試練
セキヨウと離れて行動するなんて、いつぶりだろうか。
トキテは考えてみたが、セキヨウから離れて何処かに行くことはほとんどなかったし、ヨーコに訓練してもらった時や、任務の報告会議や打ち合わせくらいしか、セキヨウとは離れない。つまり、これがほぼ初めてだ。
不安ではある。しかし、相手の狙いを知るにはこれが一番だ。もし、セキヨウやカリンが狙いなら、トキテが離れたこの時を利用しない手はない。カリンを狙って、ホテルに行くだろうことは予想できる。カリンなら、瞬間移動で逃げれるから、相手の思惑をギリギリまで探ることは可能だ。カリンには、リミッターの使い方は教えてきた。相手の能力を封じつつ、カリンだけ能力を発動することもできるのだ。そうすることで、こちらがかなり優位に立てるはずだ。
トキテはホテルを出たところで、キョロキョロと周りを見渡した。見えるところに不審なものは何一つないし、そして全てが怪しく見える。
本当は、自分の方に釣れればいい。そうしたら、安心できる。
(そのためにも、せいぜい目立ってやる……!)
トキテは目星をつけていたビルに入った。
『精神がコントロールできなければ、力は暴走することがある』
ヨーコに言われた言葉を、トキテは思い出していた。
ビルの屋上、吹きすさぶ風には砂が微かに含まれているようで、少し目が痛い。
風の音以外聞こえない。だからだろうか。懐かしい声が蘇る。
『念力の怖いところは力の暴走だ。超能力の中ではもっともシンプル、故に簡単に力が溢れてしまうんだ。お前のリミッターは、元々その暴走を止めてくれてたんだよ』
リミッターはカリンの所に置いてきた。今まで、精神制御訓練はしてきた。大丈夫なはずだ。
ビルの屋上から、ホテルが見える。どちらも大した高さはないが、トキテがいる方が若干低い。それでも十分、見渡せる。カリンには、部屋のカーテンを開けるように言ってある。部屋の中も、双眼鏡でばっちり見えた。
あとは、待つだけ。
釣りは、待つことが大事だ。焦ってはいけない。
『我慢しろ』
またヨーコの声が聞こえてきた。
『だって、無理だよ』
これはまだ幼い自分の声だ。
『諦めが早い。自分でそうやって限界を決めるな』
『だって、俺だってやってるもん!でもできないんだから』
確かこれは、念力の訓練を始めて間もない頃だ。まだ、超能力を知らない時だ。
ヨーコの言う意味がわからず、知らない環境、知らない大人、分からない言葉の中で、あのときのトキテはいつも独りだった。
言われた通りにしているのに出来ない。言われた通りにしているのに怒られる。はっきり言って、グレていた。
なぜ今、あの時のことを思い出すのか不思議だった。そして、自覚する。
不安なのだ。どうしようもなく。
(子供だな、まだ……)
身体だけは成長した。
しかし、今も昔も、セキヨウとの小さな小さな二人の世界を、大切に守って、誰にも足を踏み入れさせずに、生活してきた。
それが、崩れるかもしれない不安。その不安は、今も昔も変わらないのだ。
『諦めるな』とヨーコは言った。それと同時に『変化を恐れるな』とも言った。きっと、保守的なシノノメ・トキテの性格を、本人以上にわかっていたのだろう。今になって、それに気付く。
さぁ。来い。
震える心で念じる。
来い。
きっと、これは試練だ。




