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SHADE  作者: 真木 雫
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トキテ、上司と口論する

 いつまで経っても、ヒトは誰かの上に立ち、また誰かの下に()うようにして生き抜いている。


 時代が巡り、教育が(ほどこ)され、歴史がそれを積み重ねても変わらない事象だ。ヒトとは、そういう生き物だと解釈するほかない。

 ほかの動物とは違う。気持ちという不確かなものを、言葉という曖昧なもので情報をアウトプットできる。

 トキテは、それがヒトをヒトたらしめる要因だと考えていた。

 そして、ヒトがヒトの上に立ち、またヒトの下を這うのも、それが要因だと言える。

 群れる動物のリーダーではない。ヒトは他者との優位性の中で存在を感じ、生きることができる。もしくは、他者との劣等感を受け入れ、卑屈に自分自身を(おとし)めることで生き残っていく。

 だから、

 争いが絶えないのだ。


「嫌ですよ、俺」

 トキテは憮然(ぶぜん)と答えた。

「断る権利はない、とわかっているのでは?」

 目の前にはホログラムの人物。トキテが知る、ヒトの上に立つ者だ。

「嫌なものは嫌です。セキヨウだって、嫌だと言いますから」

 ホログラムの人物は、眉を(ひそ)めた。

 言いたいことはわかる。セキヨウは喋れないと言いたいのだ。

 しかしそれは、セキヨウの声を聴こうとしないからである。

「俺以外にも適任はいるでしょう。他をあたってください」

「お前はいつだってそう言い、難易度の高い任務を遂行しようとしない。点数が低いのはわかっているだろう。このままでは、ここに置いてやることもできんぞ」

 置いてやる、だと!

 トキテは一瞬、沸騰したように熱くなった血液が頭に上るのを感じた。背中で組んだ腕をガシッと互いに掴み、力を入れることで何とか踏ん張った。

「でしたら、ここを出て行くまでです」

 愚かな、とホログラムの人物は吐き捨てた。

「ここを出てのち、平穏に暮らせる(はず)もないのはわかっているだろう」

 そうですね、と幾分冷静になったトキテは答えた。

「あなた方は俺の監視に時と人を割かなければならない。俺は当然、監視から逃げるし必要なら反撃や迎撃もする。つまり、監視役は俺以上の適任者か、重装備をした兵士数名。長丁場(ながちょうば)も覚悟の上だとすると、こんな愚かな浪費(ろうひ)はありませんね、ミスター」

 舌打ちが聞こえそうだった。ホログラムの人物は舌打ちをする時のように表情を(ゆが)めたのだ。

 それでも舌打ちが聞こえなかったのは、向こうのマイクが音を拾えなかった為だろう。

 この通信システムは(いささ)か古い。そもそも、何故ホログラムを投影する機能を付けたのかは謎だ。情報量が増えるとそれだけで通信に負荷がかかるのに。実際、ホログラムと音声はずれていた。メリットを感じない。

「次、送信した仕事の中から上級ランクのものを選ばなければ、減給などの処置を考える!」

 それだけ言い残し、ホログラムは突然消えた。

 背中で組んだ腕を外し、ホログラムがあった場所に向けて腕を伸ばし、立てた親指で床をぐっと指す。

 上等だよ。

 地に落ちろ、という意味のハンドジェスチャーだが、ああいう立派な肩書きの上で踏ん反り返っている穀潰(ごくつぶ)しの人間ほど、不思議と地に落ちないものだ。トキテも、彼奴らを落としてやりたいとは思うものの、その為の労力をかけることすら、彼奴らには勿体無いとも思えた。

 無視するに限る。

 精々、俺に対してイラつけばいいさ。

 通信室を出て、トキテはラウンジに向かった。

 熱いコーヒーが飲みたかった。

 しかし、少し思い直して、ラウンジとは逆のコンピュータ室へと向かう。

 機械類がある為、基本的に飲食は禁止だ。だが、デスクとパソコン、椅子があるだけのブースが並んでいるその部屋は、小さな個室の集まりで、他者に見られにくい。そのため、飲食禁止を律儀に守る人は少ない。

 途中、自販機でペットボトルのコーラを買った。買ってすぐに、一口飲むと、炭酸の刺激が喉に心地よかった。

 コンピュータ室を見渡すと、空室は三分の二であった。仮眠室よりも居心地がいい、といった理由での利用者がほとんどなのをトキテは知っている。

 だから、セキヨウのように人目に触れないとか、狭い部屋で落ち着くとか、パソコンで異国の風景を見たいとかの理由で使う人は少ない。というより、セキヨウ以外にいないだろう。

 トキテは、一番奥の角にある入室者ありの赤いランプが灯る個室へと向かった。

 小さくノックしてから静かに扉を開ける。中ではセキヨウが椅子に座って絵を描いていた。

 セキヨウがゆっくり振り向き、トキテを確認すると何事もなかったかのようにまた絵を描き始めた。覗いてみると、一面黄土色の濃淡である。色鉛筆で塗っていたらしい。

「セキヨウ、これは?」

 トキテが聞くと、セキヨウはパソコンのディスプレイを見た。今はスリープしている。マウスを少し動かすと画面がパッと明るくなった。

 そこに映ったのは砂漠の写真だった。

「行ってみたいのか?」

 聞くとセキヨウは色鉛筆を走らせながら頷いた。

 トキテはマウスを操って、その写真の情報を見る。場所はアジア、座標はどうやら旧中国のどこかを指し示している。

 何故、旧と付くのかというと、中国は世界大恐慌と第三次世界大戦の影響で国土が三分の一にまで縮小した。今では上海を首都とした小国家だ。昔、中国だった大陸の殆どは砂漠や荒野となり、ある地域では難民や犯罪者が集うスラム街となった。それらはどこの国にも属さず、国連が管理しているが、要は手のつかない無法地帯だ。

 セキヨウが見ている砂漠は、そんな現状を世に知らしめる為にカメラマンが撮ったものだろう。ただの乾いた何もない土地だが、光の反射や彩度は芸術的である。セキヨウがそれを描きたいと思った気持ちもわからないでもない。

「………」

 トキテは画面を見ていた。

 スラム、無法地帯、難民、犯罪。

 どう考えても、条件が良い。

「わかった。行けるかどうか、調べてみる」

 セキヨウが、トキテを見た。

 その表情は「大丈夫?」という心配と不安の表情だ。セキヨウの頭に手を置いて撫でてやる。

「仕事。そこで取れるかもしれない。さっき上司にも任務やれって言われたばかりだし」

 ただ、厄介そうなんだけど。

 それは黙っていた。セキヨウを無駄に不安にさせる必要は無いから。

 俺がしっかりやれば良い話だし。

 トキテが考えに(ふけ)って黙ると、セキヨウはまた黙々と絵を描き続けた。

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