念力 続
「あんたの依頼って時点で嫌な気はしてたんだ」
その日の夜、ヨーコはキシルを飲みに誘った。
場所は、アークにほど近いバーで、カウンターから離れた壁側のテーブルを陣取っていた。なるべく、人が近くに来ないところ、尚且つ店内を見渡せるところだ。極秘の話と言うわけではないのでバーを選んだが、それでも人に聞かれないよう、用心するに越したことはない。
でも、と淡いゴールドの液体を口に含んだあと、キシルが言った。
「超能力は能力が多岐に渡るし、同じ能力じゃないと教えられないじゃないですか」
「でもまさか、歩き方を知らない子供だとは思わなかった。歩き方くらいだったら、あんたでも教えられるでしょう」
「無茶言わないでくださいよ。俺は念力、使えないのに」
本当はヒサメも誘いたかったが、残業だそうで、断られてしまった。ヒサメは有能だから、人気がある。
この場にヒサメがいたら、きっと「超能力の使い方の初歩を教えるくらい、やったら?」と言ってくれていただろうに。
ヨーコは、真っ赤な液体をぐいっと仰いで飲み流した。ベリー系のお酒だ。甘い。
「だいたいさぁ、なんでアークの教育プログラムにつっこまないで、個別教育?世間知らずな貧民街育ちだから?それとも外国人だから?」
キシルは苦笑した。
キシルから見たヨーコは、何に対しても強いお姉さんで、正しいと思ったことは強行するタイプだ。一言で言えば怖いもの知らず。人間関係の柵を全く気にしないその豪胆さは羨ましいばかりである。しかし、そのヨーコも理詰めや正論が通じない子供相手では形無しだ。
「どっちも正解ですけど、一番はあの腕ですかね」
「あー、あのリミッター付きの」
極秘事項をさらりとヨーコが言うので、キシルは思わず目だけで周囲を見回してしまった。そばに誰もいないのはわかりきっているのに。
「ヨーコさん、発言、気を付けて下さいよ。まさか、もう酔ってる?」
「酔ってないし」
と言いつつ、ヨーコはもう三杯はグラスを空けている。
「苦戦してますねぇ」
キシルとしては、そんなヨーコを見れただけでも価値があったと思うところだが、そんなことを言えばヨーコの怒りを買うことは確実なので笑いをかみ殺すにとどまった。
「あ、そうだ」キシルはシノノメと出会った時のことを思い出した。「ご飯に連れてったらどうですか。セキヨウちゃんも一緒に」
この何気ないアドバイスは、絶大な効果を示すことになる。
目の前に広がる料理の数々に、シノノメは石化したかのごとく、硬直している。別に、誰かの超能力のせいではない。
「これ、本当に食べ放題?」
ようやく魔法が解けたと思ったら、目を輝かせて聞いてきた。
「そう。あっちのマシーンはドリンクバー。飲み物も食べ物も、自分で自由に取るの。ただし、時間制限あるからね」
説明も不十分なのに、シノノメは聞くや否や「セキヨウ、行こう」と、セキヨウと手を繋いで行ってしまった。まだ席に案内されていないが、まぁいいだろう。そう思い、ヨーコだけが席について、とりあえずドリンクだけとってくる。ドリンクを取ってくるついでに、シノノメに席を教えておいた。
シノノメとセキヨウは、一番大きな皿に、山のように食べ物を乗せてきた。セキヨウもこんなに食べるのか、とちょっと意外だった。
シノノメが食べようとフォークを持った。それをヨーコは咄嗟に念力で止めた。ヨーコの念力は生物には作用しないから、シノノメの持つフォークに力をかけて動かないようにしたのだ。
「え、なんで?」
突然動かなくなったフォークに、シノノメが戸惑う。手を離しても、フォークは空中に張り付いたままだ。
「待ちなさい。慌てすぎ。いい?あんた達はもう少し作法を知るべきよ」
「さ、作法?」
シノノメはセキヨウのフォークを取ろうとしたが、そちらはテーブルにくっついて動かない。もちろん、ヨーコの仕業だ。
「ごはんを食べる時はね、手を合わせて『いただきます』って言うの。作ってくれた人に感謝の意を込めて、ね」
「感謝……」
「そう。私たちは常に誰かの支えがあって生活できている。その感謝を忘れちゃいけない」
そう言うとヨーコは、手を合わせた。
「いただきます」
やってごらん、と言うと、戸惑いつつも、シノノメとセキヨウは真似て手を合わせた。
「いただきます」
セキヨウが喋らない代わりに、シノノメが大きな声で言った。周りが不審がってこちらを見たが、ヨーコは微笑んだ。
「上出来。ほら、手を出しな」
ヨーコは、シノノメの手に、先程のフォークをすぅっと運んだ。それをシノノメはじっと見ている。
「これが念力?」
「そうだ」
ヨーコはそこで、はっとした。
(なるほど。言葉で説明してもわからないはずだ……)
一度はペンを浮かせるところを見せはした。しかし、それをシノノメは体感したわけではない。
それに、キシルは「俺は念力が使えない」と言っていた。つまり、やってみせることができない。
気付いてしまえばなんてことはない。教えると言うことは難しいが、工夫次第では一気に簡単になる。
実際、シノノメはこの後の訓練で初めて念力を発動させたのだ。
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