念力
☆ ☆ ☆
「念力っていうのは、念じて物を動かす能力だ」
大人は簡単に言ってのけたけど、シノノメには全く意味がわからなかった。
シノノメの教育係についたのは、同じ念力能力者のヨーコだ。
シノノメが知る大人、つまりキシルやヒサメよりは年上の大人。そういう大人は「オバさん」と呼ぶのだとキシルから聞いていたので、初対面でヨーコを「オバさん」と呼んだら、拳骨を脳天に頂いた。隣でキシルが笑ってる。はめられた、とシノノメは涙を浮かべながらキシルを睨んだ。
「キシル、テメーだな。余計なこと吹き込んだのは。私はまだ三十前後だ!」
このとき、シノノメには大人たちが何を言っているのかは分からなかったが、とにかくヨーコが年齢のことで怒っているのだけはわかった。翻訳機があっても、どうもアークの大人たちの感覚が違いすぎて、分からないことが多い。
「え、でもヨーコさん、この前誕生日が来て、四捨五入するとよんじゅっ……ぐわはっ」
今度は肘鉄がキシルの鳩尾に沈んだ。キシルは変な呻き声をあげて蹲る。
「え?なんだって?聞こえないなぁ。キシル、もう一度、言ってごらん」
「な、なんでもございません、お姐さま……」
「先輩!姐さんはやめろ」
随分と呼称にこだわるんだな、気をつけよう。
シノノメに植え付けられた第一印象はそれだった。
ヨーコはくるりとシノノメの方を向いた。
「ヨーコ・トキテよ。ヨーコさんって呼んでくれたらいいわ」
そう言って長身のヨーコは屈んで手を差し出した。
…………
「念力っていうのは、念じて物を動かす能力だ。たとえば、こう」
ヨーコの手のひらに乗っているペンがゆっくりと浮かんだ。
「念じるって、どんな風にやるの?」
シノノメは聞いた。
「頭の中に思い浮かべるんだ。ペンが浮くところを。それだけで浮く」
ヨーコがペンをテーブルの上に置いた。もちろん、念力で、だ。やってご覧、とヨーコが言った。
シノノメは先程の光景をイメージする。ペンをじぃっと見つめて、浮かぶところを思い描いた。しかし、ペンはぴくりともしない。
「ぷはぁ」
シノノメはペンを力強く見つめるあまり、無意識に息を止めてしまっていた。
「力めばいいってもんじゃない。むしろ、体はリラックス」
シノノメは頰を膨らませてむくれた。
「わかんないよ。ヨーコ先生が言ってんのは、目つぶってあそこまで走れって言ってるようなもんだよ。ちゃんとまっすぐ走れてるのか、どこがゴールか、わからない」
「へえ。貧民街で育ったって聞いてたけど、中々面白いこと言うね」
呼称はさん付けではなく、先生に落ち着いた。ヨーコがご機嫌なのは、そのためだ。
「そうだね。確かに超能力は見えない。別の言い方では超感覚とも言うから、感覚的なものを言葉で教えるのは難しい」
そもそもヨーコが教育係に抜擢されたのは、日本語が喋れるからだ。翻訳機をつければシノノメも英語がわかるが、細かいニュアンスはやはり伝わりにくい。キシルとヒサメが教育係にならなかった、というより、ヨーコを紹介したのはそのためだ。
自己紹介のときに、ヨーコは字も書いて見せたが、シノノメは字を知らなかった。それで、貧民街の話も聞いた。
知らない事が多いシノノメに、超能力を一から教えることは骨が折れるのは言うまでもない。
「とりあえず、下手でもめちゃくちゃでも何でもいいからやってみる。どんな感覚か、一度掴めたら方向性がわかるから」
「そんなこと言われたって、最初のきっかけがわからないのに」
シノノメは完全にむくれてしまった。
子供は扱いが難しいとは聞いていたが、こんなに面倒だったかとヨーコは自分の幼少期を思い出そうとしたが、曖昧すぎて何も思い出せなかった。
ただ、ヨーコは生まれたときからアークで超能力指導をされていたので、大人の話をちゃんと聞くこと、それが当たり前だった。超能力は使い方を間違えると命に関わると、散々聞かされ、話を聞かないような態度をとれば厳しい罰則が待っている。だから、周りをみても反抗的な子供はいなかったはずだ。だから、反抗的な子供にどう接するべきなのか、ヨーコにはよく分からなかった。
それに、超能力はヨーコにとって、言葉を話せるようになるのと同じくらい、自然に身に付いた事だ。力は自然と使える。言葉にはそれぞれ字があるよ、と教わるように、あなたの能力はこうするとより扱いやすいよ、と教えられただけだ。使い方というより、コントロールと精度の上げ方を教わった。使い方そのものを教えることは、まずないのだ。
ヨーコは頭を抱えた。




