機械の腕
☆ ☆ ☆
「凄いな……」
知らない大人が集まってシノノメを覗き込む。
正確には、シノノメのその腕を。
キシルとヒサメに保護された少年ーーーシノノメは今、アークという施設の施術所で寝かされていた。
そもそも、シノノメの保護はミカサ夫妻からアークに依頼があったからだ。廃墟で、壊死した腕で死にかけているシノノメを、ミカサ夫妻が助けてくれた。壊死した腕を切り落とし、代わりに機械の腕をつけてくれた。しかし、十分な施設がない中での緊急手術だったため、十分な治療ではなかった。シノノメは超能力者だったために、アークに救援を求めたのだ。
その後、ミカサ夫妻は事故で亡くなった。一体何があったのかは、わからない。前触れもなく、連絡が途絶えたのだ。お陰で、キシルとヒサメはシノノメを探すのに随分と時間を使ってしまった。
壊死した腕が心配されたが、接続口からの感染症は確認されず、健康面ではしばらくの定期検診で済みそうだった。
問題は取り付けた機械の腕である。
この機械は、ミカサ氏が廃墟で発掘した旧式サイバーハンドだった。
サイバーハンドは、第三次世界大戦頃に、戦争で肢体を失った人に向けた義手である。数年後には、機械ではなく、細胞から腕を再生させる技術が実用化され、サイバーハンドはなくなったのだ。
つまり、サイバーハンドは失われた技術である。アークの機械技師たちには、とても興味深いものだった。
見ず知らずの大人たちが、シノノメの腕を弄りながら、何やらわからない言葉を喋っている。
とても居心地が悪かった。
(セキヨウはどうしてるだろ……)
施術台の上で仰向けになりながら、シノノメは独りで待っているセキヨウのことを思った。
みな、シノノメが投げ出すように伸ばした腕ばかり見ていて、シノノメの顔など見ていない。
食べ物を与えてくれ、保護してくれたキシルとヒサメには感謝の気持ちを持てるが、ここにいることはどうしても嫌だった。多分、セキヨウもそうだろう。
ここから出て行きたいが、まだ子供のシノノメにはどうすることもできなかった。
…………
「これで一通りの検査は終わりだね」
アークに来てもうすぐひと月が経とうとしたころだった。
キシルが言ったこの一言に、シノノメは大きく息を吐いた。
「やっとか」
シノノメの手術後のケアから始まり、機械のメンテナンス、ウイルス検査、そしてアークならではの超能力検査と精神鑑定まで、多岐に渡る検査の数々を終えたのだ。
もちろん、セキヨウもだ。ただ、セキヨウはかなり嫌がったので、常にシノノメが付き添った。
言語が通じないのは、大人たちの方が合わせてくれた。ただ、シノノメも耳に装着するタイプの自動翻訳機を借りているので、何を言っているかはわかった。
「いやぁ、ごめんね」
今日はキシルだけでヒサメがいない。ヒサメは、別の任務に当たっていた。
「これから俺たち、どうなるの?」
「うん、シノは超能力者だから、引き続きアークで保護及び教育していくことになる。セキヨウちゃんは、まぁ……一緒にいれる」
キシルがセキヨウのことを濁したのは、シノノメの事での報告会議で揉めたからだった。
単に話すことができない子供だとするなら、孤児院なり、しっかりした施設に入れるべきという意見が多数だった。
話せない。
つまり、何らかの疾患を患っている可能性はあるし、精神的なものだとすれば、同年代の子供たちがいる施設の方がいい。
だけど、それを頑なに拒否したのがセキヨウ本人だった。
キシルとヒサメがセキヨウに説明したとき、セキヨウは首を振って逃げてしまった。話せはしないが、こちらの話は理解できるし、彼女なりの意思表示法はあるのだ。
『彼女』なりのーーー
そう、キシルとヒサメは、アークに二人の子供を連れて来てから、セキヨウが女の子だと知った。
廃墟に居た頃は、顔も髪も埃まみれだったし、着ているものは単なるボロ布。とても女の子には見えなかった。アークに来て、体を洗うために服を脱がせて初めて気付くという間抜けっぷりだ。
今では、髪も綺麗に切り揃え、ワンピースを着ているので間違えることはない。
「セキヨウは今、どこ?」
不安そうにシノノメは辺りを見渡した。
「待合室にいるよ。さっきまで俺も一緒にいたから大丈夫」
さあ、行こう、と手を伸ばすが、シノノメは差し出された手を無視して待合室に向かう。
中々手懐けるのが難しい野生の狼のようだと、キシルははにかんでシノノメの横を並んで歩いた。
「セキヨウちゃん、何で俺と喋ってくれないんだろうね?」
「喋んないんじゃない。喋れないんだ」
診断した医師は喉や声帯に異常はないと言っている。喋らないのは自分の意思か、もしくは心因的な緘黙症が疑われた。しかし、精密検査はしていないので、これ以上のことはわからない。
シノノメが、セキヨウのことを喋れないと言うからには、緘黙症の方が可能性は高いのだろう。
「シノは、セキヨウちゃんと喋るの?」
この質問に、シノノメはあっさりと首を振った。
緘黙症の場合、親しい人とはよく喋るケースが多い。キシルはてっきり、シノノメとは話すのだと思い込んでいた。
「じゃあ、どうやってセキヨウちゃんと意思疎通するの?」
「簡単なことなら大体わかるさ。腹減ったとか、眠いとか。セキヨウはそう言うことしか俺に意思表示しない。あいつが何かしたいなんてことは殆どないよ」
「でもさ、何かに困ったとき……、う〜ん、例えば具合が悪くなったときとか、気持ち悪いのか、頭痛いのか、お腹が痛いのか、とか。それはどう伝えるの?」
「ええ?そんなこと、なかったしなぁ」
「じゃあさ、シノはセキヨウちゃんと喋れなくて困ったことはないの?」
「そりゃあ、まあ、喋れたらいいな、とは思うけど。あいつを困らせても意味ないだろ」
お、とキシルはシノノメを見た。
小さくても男だな、と思ってしまったのだ。側にいる女を守る。それは言わば、男の使命のようなものだ。
キシルは思わずニヤニヤしてしまい、シノノメに蹴りを入れられてしまった。




