トキテ、悪い方向に思考を巡らす
気付いたら朝だった。
とは言え、空が仄白んできているだけで、まだ日も顔を出さない早朝だ。粗悪な寝床なので、寝辛さから早く目が覚めてしまったらしい。
トキテは上体を起こすと両腕を目一杯伸ばした。そして布団を剥ぐと、目覚めに水でも飲もうと立ち上がる。
「あれ?」
部屋を見渡してロッソがいないことに気付いた。また夜通しコンピュータ弄りでもしていたのだろうか。そのときはそう思い、あまり気に留めなかった。
この宿は、辺境にあるにしてはまともだった。
おそらく、この地域を縄張りにしているギャングだかマフィアがいて、そこが経営しているのだろう。街の破落戸は一切手を出してこないが、料金が破格に高い。それでもここを選んだのは安全性ゆえだ。そして何より、辺境地ではお目にかかれない立派な食事がついている。
朝食の時間になると、トキテはいつものようにロビーで女性陣を待っていた。
「おはよう」
いつものように、五分遅れでカリンとセキヨウがやって来た。
「あれ?ロッソは?」
カリンが尋ねる。
「さあ?カリンは知らないの?」
「知らないって言うか……、昨日のケンカ以来、顔合わせてないんだけど」
と尻すぼみになりながら、カリンが言う。気まずそうに、視線が泳いだ。
「……おかしいな」
トキテの呟きに、カリンは「え?」と首を傾げる。
「昨日、ケンカの後、ロッソはカリンに話に行くって部屋を出てったんだ。しばらくして戻って来て、今度は『ちょっと時間かかるけど、気にしないで』って、アタッシュケース持ってまた出てった。俺もそれ以来、ロッソを見てない」
三人の間に、沈黙が流れた。
昨日の話がトキテの頭に過ぎる。
ーーーエージェントが行方不明
ーーー急な帰還命令
当てはまる条件、似た状況に、悪い予感がした。
「ちょっと来て」と言って、カリンとセキヨウを連れて部屋に戻る。トキテはそこで、昨日、ロッソから聞いた話を二人に聞かせた。
終始、黙って聞いていたカリンに「どう思う?」と聞くと、意外にも行方不明のことは知っていた。
「スタッフで何人か、いなくなった人がいてね。アークってさ、慈善活動している企業だから内情、良く思われがちだけど、こと能力に関しては実力至上主義だから。実は、スタッフにはあまり居心地よくないんだよ。だから、こそこそと噂話が飛び交うの。誰某がクビになった。次は私かもってね。まさか、エージェントも行方不明とは知らなかったけど」
「その背景にカーロフ派が関わってるとかは?」
「昨日、ロッソに聞くまで知らなかった。スタッフの方はクビだと思われてたしね。エージェントがいなくなるのは只事じゃないけど、スタッフは元々入れ替わり激しいし、こっちにはエージェントの情報ってそんなに入らないから」
「じゃあ、」とトキテは本題に入る。「ロッソがいなくなったのをどう思う?」
カリンは黙って床を見つめた。そしてポツリと言う。
「攫われた、が第一候補」
それはトキテが考える可能性とも一致し、尚且つ考えうる可能性の中で最悪なものだった。
「ただ、あいつは普通の人間だから、攫うメリットはないけど、色んなことに首突っ込むから」
そこでカリンは口を噤んだ。
普通の人間だから。
それはトキテも考えた。なぜ攫う必要があるのか。その発想に至ると答えは簡単だった。
ロッソは何かに首を突っ込みすぎた。それで攫わなければならなくなった。そう考えるのが自然だった。
だとしたらーーー。
ここから先は考えたくない。
攫った相手がわからない以上、すべては推測だ。
ただ、カリンもトキテも、ロッソが単なる散歩に出ていて、ひょっこり帰ってくるなんていう、楽観的な考えは持てなかった。




