トキテ、帰還命令を受ける
能力には個性がある。
それは切り札にもなるし、弱点にもなるから、能力者のほとんどはパートナーにすら秘密にする。
トキテも、セキヨウに教えていないことがある。言えばセキヨウは心配する。トキテの場合、だから言わない。
カリンにも当然、秘密があったのだ。
それは切り札の方だった。
映像を見れば、それと同じ風景に跳べる。しかも、その場合は寸分違わず着地点ぴったりに跳べる。
これは驚異的で脅威的な能力だ。使い方次第では、敵地に潜入する際、場所が正確にわからなくても写真があれば、瞬間移動できてしまうのだ。
普通、建物内への瞬間移動は難しい。部屋が狭ければ着地点がずれた時、壁の中にいる、というケースが実際にあった。しかも、高層ビルの場合は普段しない高低差のある瞬間移動なので、慣れない者は階がずれる。カリンも、それは苦手らしい。だが、映像があれば話は別だ。
行くよ、とカリンが言う。
皆がカリンに掴まった。
カリンが静かに目を閉じる。
その刹那。
目の前にはセキヨウが描いた廃墟が。
一瞬で移動したのだ。
絵と同じ角度で廃墟を見る。割れた窓、壁の傾き、纏う砂の量まで、全く一致していた。
「ここで物音がしたの?」
ロッソが聞くと、セキヨウは少し上目遣いでロッソを見た。
そういえば、ロッソがセキヨウに話しかけたのは初めてだ。トキテがそっとセキヨウの背を押してやる。セキヨウはちらりと背後のトキテを見あげたあと、ロッソに向き直って頷いた。
「うん、この建物、さっきの廃墟群より形がしっかりしてる。人がいても良さそう」
「中の様子まではわからないの?」
カリンの問いに、セキヨウは首を振る。代わりにトキテが答える。
「動くものの位置は変化するし、生物は音の反響がわかりにくいって。セキヨウが聞くのは反響音だから」
「そうか、音源そのものを聞くんじゃないんだね。要するに、音源があって、その周囲で音が跳ね返る。その音のズレから周囲の様子を知る。そう言うこと?」
「ああ、そんな感じ。あと材質とかもわかる」
「材質まで?!すげーな」
ロッソが大袈裟に驚く。カリンは冷静に頷いた。
「なるほど。固有振動数ね。セキヨウ、絶対音感も持ってるんだ?」
「あー、俺たち、学は無いから。ゲイジュツ的なこともわからないし、そのコユーシンドースーとかも意味、全然わからないんだけど」
困ったトキテが言う。そんなトキテの肩に、ロッソが軽く手を置いた。
「気にすんな。カリンは頭が良い。俺もカリンの言ってることはわからん」
ロッソが威張る。
トキテは思わず吹き出した。
「威張ることじゃねぇだろ」
傍らでセキヨウも笑っている。
あ、良かった。
ロッソ、カリンと共に行動しておよそ二週間。セキヨウはようやく、打ち解け始めたのだ。
「さて、じゃ、行きますか」
カリンが一歩踏み出す。それをロッソが止めた。片手をゴーグルに当てている。
「ちょっと待って。通信が入った」
「こんな辺境で、か?」
誰かと会話を始めたロッソに変わって、カリンが答える。
「ロッソのジェット機を介して通信してるの。あのゴーグル、ジェット機とも繋がっててね」
「へぇ」
ロッソの口調からするに、相手は上司のようだった。ロッソが躊躇いがちにトキテを手招きする。
「なぁ、おまえ、経過報告、本社にしてないの?」
あー、とトキテは天を仰いだ。
「してない。つーか、事後報告だけで良いと思ってた」
「おまえの上司、カンカンだぞ。わざわざ俺の回線に緊急で連絡入れてきた。トキテと話させろ、だと。どーする?つっても、俺が尻拭いすんのは嫌だからね」
「ああ、そこまでは迷惑掛けないって。俺が話するよ。んで、どうすりゃいいの?」
「ゴーグルのスピーカーをオープンにするから。周りに会話聞こえちゃうけど」
「いいよ。でも音量抑えてね。あいつ、すげー声でかいんだ」
ロッソが頷いて、ゴーグルの顳顬部分に手を当てる。
「では、繋ぎます」
ロッソが指で丸を作って、トキテにサインを送った。
『……聞こえるか?』
やはり、と言うべきか。
声は、トキテにこの任務に就くように言った、あのホログラムの男だ。
「はい、聞こえています」
『なぜ報告を怠った?』
「僻地での調査活動ですので、回線が繋がると思っていませんでした。その為、端末も持ってきてません」
半分は本当だ。端末は置いてきた。だが、わざとだ。僻地でも、工夫をすれば通信が可能であることくらい、わかっていた。
『携行義務だ。知らんはずはなかろう。……まあ、いい』声に諦めの色が滲んでいる。『任務の変更だ。すぐに戻ってこい』
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。幸いな事に、向こうには聞こえていなかったようだ。
「どういうことでしょう?」
『情報が嘘であった可能性が出てきた』
「情報?嘘?どういうことですか?こっちは調査活動という内容だけ受け取っただけで。情報収集は現地で行いましたが、それに嘘がある、と?」
まだ報告もしていない情報のどこに、嘘があるというのか。トキテは首を傾げた。すると、スピーカの向こうから「違う」と返ってきた。
『任務内容の一覧データ。そもそもあのデータが嘘……というか、いつの間にか違う任務が紛れ込んでいた。その一つが旧中国及びモンゴルでの超能力者捜索保護任務だ。なぜこのような任務が紛れていたか、何者の仕業かはまだ調査中だ。だが、敵の思う壺になることはない。今すぐ帰国しろ』
勝手な。
トキテは思った。
今の説明で納得がいくわけもない。
調査中だ?そっちこそ、結果が出てから報告したらどうだ。
「……わかりました。帰社予定は明日中に報告します。それでいいですか」
『構わん。早急に戻れ。以上だ』
ブツン、ツー、ツー、ツー。
「うわ、急に切りやがった」ロッソが顔を顰める。「トキテって、上司に恵まれてないのな」
「同情してくれる?」
「帰ったら酒飲みに行こうな」
そう言えば、トキテは同僚と飲みに行ったことなど、ないなと思い当たった。ロッソに飲みながら愚痴を言うのもいいかもしれない。ロッソは聞き上手だから、話をするとスッキリしそうだ。
でもさ、とカリンが言う。
「どうすんの、ここまで来て。なんか納得いかない。大体何?敵の思う壺?敵って誰よ」
そうだよなぁ、とロッソが腕を組む。
「んー、敵の目星は何となくつくけど」
え、とロッソに掴みかからんばかりの勢いで、カリンとトキテの二人が反応した。
「どういうこと?」
「あー……、自信ないからまだ言わないでおく。だけど、そうだなぁ。面白くないってのは俺もそう。このまま、はいそうですか、て帰りたくはないね。だから、」とロッソは指を立てた。「ちょっとだけ、イタズラしてみようか」
ゴーグルで顔の半分が隠れてはいるが、悪ガキが見せるような無邪気な笑顔を見せた。




