廃墟の中の子供たち
☆ ☆ ☆
昨日来た場所に、再び来ていた。
辺りを見渡すが、見えるのはやはり廃墟と瓦礫だ。
おぉい、と呼ぶが、当然誰も出てこないし、物音ひとつしない。辺りに生気と呼べるものは何一つ見当たらなかった。
ねぇ、とヒサメが呆れたように声を掛ける。
「ここが潜伏場所で、隠れてる人がいるんなら、呼びかけても出てこないんじゃない?」
あ、そうか、とキシルは手を打った。ヒサメが溜め息をつく。
何に対して身を隠しているのかはわからないが、敢えて隠れている人物が、呼ばれただけで出てくるはずもない。
「何のためにゴハン持って来た?」
言われてキシルはカバンからタッパーを取り出す。保温機能付きの容器なので、煮物の方は蓋を開けたらあったかそうな湯気とともに、食欲を唆る香りが広がった。
「おお、すご!時間経ってるのに」
煮崩れもなく、艶やかな食材はまるで、食べてくれとでも言うように匂いを振りまく。タッパーを持つ手に、温もりも伝わって来た。
もう一方、梅オニギリの方は冷えても美味しいからというマスターの言葉通り、保温機能のないタッパーの中に入っている。また、マスターのこだわりで海苔は自分で巻くタイプだ。その方が海苔がパリッとして美味しいらしい。
美味しそうな匂いと色艶に、キシルの腹の虫が鳴った。
ヒサメに「食べるなよ」と釘を刺される。タッパーに入っているのは精々二人分。もちろん、キシルとヒサメの分ではない。
昨日の片腕が機械の少年のために用意したのだ。
果たして、これで出てくるか。
「ゴハン、食べる?」
キシルは日本語で呼びかけた。
昨日より抑揚が不自然ではないのは、自動翻訳機が付いているメガネをかけているためだ。メガネ型のコンピュータは、その小ささ故に性能は低い。しかし、昨日の少年に警戒心を与えずに会話するには最適であろう。そう考えての装備だった。
耳近くの小型スピーカーから流れる日本語を繰り返す。
「ご飯、食べる?」
「駄目だね、やっぱり出てこないよ」
ヒサメが首を振る。
「まだ諦めるなよ」
「昨日、あの子にGPSつけとくんだったね。まぁ、あんな警戒心剥き出しだと無理だろうけど」
「……ちょっと移動しながら様子を見よう」
タッパーの蓋を閉めると、煮物の香りがしなくなる。しかし、蓋をしないと煮汁が溢れてしまうので、仕方なく蓋をし、カバンにしまった。
キシルとヒサメは辺りを見、人の気配を探りながらゆっくり進む。進みながら、二人は他愛のない話をしていた。
コトン、と小さな小さな音が聞こえた。
それは気のせいかもしれないほど、微かなもので、いくら周りを気にしているとはいえ、話しながら歩く二人には気付きにくいものだった。
しかし今日、キシルはメガネをかけている。それは翻訳機のためであるが、相手の日本語をキャッチするための集音器も備えている。だから、ほんの僅かな物音にも気付けた。
背後だ。
キシルはヒサメに合図を送り、そうっと後ろを振り返る。
瓦礫から半分、何かが飛び出ていた。
黒い、もじゃもじゃ。
それが左右に二回揺れて、さっと影に隠れた。
キシルはヒサメと視線を交わす。
(どうする?)
小声で聞く。ヒサメもメガネをかけているから、聞こえているはずだ。
(タッパー、もう一度出してみたら)
キシルは頷いて、余計な物音を立てないように、カバンからタッパーを取り出す。蓋を開けた。すると、またゴトゴトと音を立てて、黒いもじゃもじゃが見えた。もじゃもじゃが躊躇いがちに左右に振れる。そして、
二つの目が現れた。
もじゃもじゃの下から、埃に汚れた顔が見えた。白く見えるのは目だろう。
(昨日の、子……じゃないね?)
キシルが言うとヒサメが頷く。
瓦礫から頭をのぞかせているのは、昨日会った少年よりも小柄な子供のようだ。警戒しているらしく、顔の上半分だけしか見えない。キシルとの距離はおよそ二十メートルだ。
「ご飯、食べる?」
一か八か、昨日と同じセリフを言ってみた。
黒いもじゃもじゃがパッと顔を上げた。
「大丈夫だよ」
ヒサメが、キシルよりも流暢な日本語で呼びかけた。
子供は左右をキョロキョロと見回して、瓦礫の隙間から這い出て来た。
その子は、とにかく黒かった。
黒髪は伸びたい放題。埃をかぶった髪はあちこちにうねり、もじゃもじゃと絡まっている。顔も煤け、服は所々破けている。大人の服らしく、シャツだけをワンピースのように着ていた。手には、スケッチブックを持っている。それだけが色鮮やかで、なぜそんなものを持っているのか、不思議だった。
「おいで、ご飯あるよ」
ヒサメは女性だ。女性がもつ母性のためか、キシルが呼びかけるよりも子供の反応は良い。
子供は少し、近づいた。その時、「おい!」と呼ぶ声と、瓦礫が音を立てて崩れた。子供が驚いて足を止め、崩れた瓦礫の方を見た。
「待て!」
崩れた瓦礫から現れたのは、昨日の少年だった。少年は慌てて子供に近づくと、子供の前に立った。背中にその子を隠す。
「お前ら、誰だ!またこいつをいじめるのか!」
少年の、興奮した早口を、メガネが遅れて翻訳する。伝えたい言葉を入力して、翻訳されたものを話す。その間が少々焦れったい。
キシルは両手をホールドアップした。
「僕らは、君たちに必要なものをもってきました」
敵意はない、という意思表示だが、これがどこまで伝わるのだろう。
「何もしません。一緒にご飯、食べませんか?」
それでも、少年の警戒心は強い。
背後の子供を守ろうとしているのだろう。それが、警戒心を強めてしまっている。
キシルがどうしよう、と思案していると、意外にもあっさりと事は解決した。
少年の方が折れたのだ。
それは、背後の子供が少年の服の裾を掴んだときだった。
キシルのメガネは、子供の腹の虫が鳴るのを、ちゃんと捉えていた。
少年たちが、ゆっくりとキシル達のそばまで来た。
キシルは、安定してそうな瓦礫の上にタッパーを置き、少し後ろに下がった。すると、少年たちはタッパーに飛びついた。意地を張っていても、少年もお腹が空いていたのだ。二人は手づかみで食べていく。煮物の煮汁が手につくのも御構い無しだ。手についた煮汁を舐め、タッパーにへばりついた米粒すらも綺麗に平らげた。
キシルは、その様子をそばでずっと見ていた。
食べ終わると、小柄な子供は目がトロンとしてきた。眠そうだ。
それに困ったのは少年の方だ。いくら相手が小柄でも、この瓦礫の中を抱えて帰るのは難しい。寝るなよ、と声をかけるも、黒いもじゃもじゃの頭はふらふらと揺れている。
「大丈夫だよ、僕らは何もしないから」
食べ物を食べたとは言え、警戒心の残る少年にキシルは言った。少年はキシルを睨みつける。
「お前ら、何しに来た。昨日もいたな」
「君に会いに来たんだよ」
予想外の答えだったのだろう。「俺?」と目を見開く。
翻訳機の性能と、少年の理解力次第だが、キシルはとりあえず説明をすることにした。
「去年、救難信号が出てね。場所は日本、スラムで瀕死の子供を緊急手術したって。正直、僕らは公の国際機関ではないから。国連にも連絡行ってるし、然るべき機関が動くはずだった。でも、しばらくしてこっちに要請がきてね」
多分、言っている意味の半分くらいしか理解はしていないだろう。
キシルが聞いた話は、片腕が壊死した少年に、機械の腕を取り付けた、というものだった。
機械の腕は、発掘品だった。貧民街と化した日本では、正規品が手に入らない。廃墟に眠る過去の遺産だ。だから、手術が成功するかが疑わしかった。しかし、医師が派遣されるまで待てない。そんな緊迫した状況だったのだ。
この廃墟に発掘品を探しに来た夫婦は、たまたま元外科医だった。十分ではない施設での施術はやはり難しかったとキシルは聞いている。施術をした夫婦は運が良かったと言っていた。成功したのだ。
ここまでだったら、キシルの出る幕はない。日本国家が少年を保護、アメリカの病院で施術後の経過を見ればいい話だ。
だが、状況が違った。
片腕が機械となった少年は、超能力者だった。
だとしたら、保護する機関はアークとなる。そして、キシルとヒサメが派遣されたのだ。
「…………」
少年は黙って話を聞いていた。もう一人の子供は、少年の足を枕に寝てしまっている。
ところで、とキシルが続けた。
「君に腕を取り付けた夫婦はどうしたのかな。数ヶ月前から連絡が取れなくなって、君を探すのに苦労したよ」
簡単な任務のはずだった。
しかし、少年を保護した夫婦との連絡が突然途絶えた。そもそも、廃墟にいる人物との連絡をとるのはなかなか難しい。電波環境が整っていないからだ。衛星を介しての通信となる。その通信機も旧式で、速度が遅かった。
「死んだ」少年はポツリと言った。「殺された。俺たちは逃げた」
「俺『たち』?」
少年は自分の膝の上で眠る子供に視線を落とした。
「この子は?」
「ミカサの子」
ミカサと言うのが、夫婦の名だ。
「ミカサ氏に子供がいたなんて聞いてないけど」
「拾ったって。俺と一緒」
「ああ、そう言えば、孤児院とも関わりがあったっけ、ミカサ氏は」
英語でヒサメに聞く。
「辺境に発掘に行っては、寄付やら復興援助やらをしてたみたいだね。孤児まで引き受けてるってのは知らなかったけど。元医師としてはほっとけなかったんだろね」
「ところで、殺されたってのは、どう言うこと?」
わからない、と少年は俯いた。
「多分、みんなこいつが欲しいんだ」
少年はそう言って、眠る子供の頭を撫でた。
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