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SHADE  作者: 真木 雫
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廃墟の地下バー

 ☆ ☆ ☆


「いるんだなー」

 何が、と聞くと、キシルは遠くを見たまま答えた。

「人が住めなくなった国に、人が」

 キシルの視線の先は、(くす)んで曇った灰色の空。この空が晴れるには、まだ何年とかかるらしい。

「人が住めなくなった国、ねぇ……」

 ヒサメは頬杖をついた。

 二人は今、廃ビルの中にいた。以前はビジネスホテルだったらしく、風呂やトイレはある。しかし、電気や水道はもはや機能していないので、寝床だけ拝借していた。ベッドも、スプリングが壊れたものが多かったが、何とか寝れそうなものを見つけて、勝手に使っていた。


 この国は、かつては世界に台頭する国家だった。

 第二次世界大戦以降、経済的に急成長を遂げ、発展した。非核を掲げ、戦争に反対し、争わないと宣言したこの国はしかし、第三次世界大戦でもまた核兵器と生物兵器によって攻撃を受けた。核による環境汚染、細菌によるウィルス感染の恐怖は、国民を国外へと動かすには十分だった。

 当時のことは、記録としては残っているものも多い。が、しかし、当時の国を(うれ)いた人々の気持ちはわからない。

 国民、政府、皇室の意見はまとまることなく、最終的には核による国土汚染によって住む土地が極めて少なくなったことからの国家移転が決定した。つまり、他国に土地を間借りするのである。国の滅亡よりも、マシな選択だと考えられたのだろう。それでも、納得ができない一部の国民は、国外へと退去することはなかった。

 現在、その土地はまだ、見捨てた国の土地ではあった。

 ただ、管理する国家体制はない。荒れ果てた土地が残るばかりだった。

 土地だけではない。管理されなければ人も荒れる。

 犯罪、麻薬、暴力。

 理不尽が横行する中、それでも人が住んでいるのは天晴(あっぱ)れと言える国民性なのかもしれない。国が安定していた頃は、親切な国と言われていたのだ。老婆心(ろうばしん)という言葉があるように、世話焼きの多い人種でもある。お互いが助け合い、協力し合うことで今日(こんにち)まで生活してきたのだ。

 そして、この土地が今もなお(したた)かなのは、しっかりと自治と外交、自給自足を成り立たせているところであった。

 一部ではあるが、プログラムに強い者たちがネットワークを作り、自治管理をしているらしかった。

 廃棄された工場を再利用して、大体の野菜の栽培と、小規模ではあるが家畜の飼育も機械的に行なっている。だから、食料には困らなかった。

 しかし、キシルのような余所者(よそもの)は別である。


「とりあえず、これで」

 地下にあるバーは、この(すた)れた街の娯楽の一つだが、一部の者にしか知られていない隠れ家でもあった。

「これだけ?三人分でお願いしたはずだけど」

 キシルがカウンターに肘をつく。バーのマスターが出してくれたのは食材だ。

 横ではヒサメがサービスで出してもらった酒をちびちびと飲んでいた。

「あん?文句あんの?」

「うっ……」

 一度は強気に出たトキテだが、刺青(イレズミ)の入ったスキンヘッドに睨まれると、蛇に睨まれた蛙の(ごと)く、身を(すく)ませた。その上、マスターの(あら)わな腕は筋肉隆々だ。

 出された食料は、三人分というには少ない量だった。だが、新鮮かつ日持ちするもの、という条件は満たされているようだ。

「そもそもね、新鮮なものって高額だし手に入りにくいの。輸送プログラムができたと言っても、問題は山積み。解決と維持のための資金として、がっぽり取られんの。あんたの金じゃ、これが限界」

 マジっすか、とキシルは目の前の食料に目を丸くする。それに、買ったのは食材だけだ。これでどれほどの料理が作れるのか。

 マスター、とヒサメが空のグラスを返した。

「美味しかった。ありがとう」

 なんてことはない言葉だが、マスターは破顔(はがん)した。

「でしょでしょ?自信作なの、これ」

 これ?とキシルが聞くと、マスターは嬉しそうに喋り出す。

「そお。これね、最近流通し出した梅を使って作ったの。梅酒。昔はこの国でよく飲まれてたけどねぇ。梅の木は無くなっちゃったし。でも栽培がうまくいって、実をつけ出したの。それをいただいてワタシがつけたの」

 先程まで怖かったマスター。いや、今も見た目は強面(こわもて)だし、筋肉質の男で地下バーのマスターでオネエ口調ってだけで怖いのだが。それでも、自分の好きなことを話すマスターは幾分(いくぶん)可愛らしいと感じてしまった。

「へぇ、マスターって料理が得意?」

「梅酒だけで料理が得意と言われるのも心外だけど、まあ、そうね。じゃなかったらバーなんて経営しないわ」

 情報屋を兼ねていると紹介されたこの地下バーを、キシルは初め、特殊な人達が集う場所だと思った。だが意外にも、飲食をメインとする健全なバーだった。特殊なのはマスターだけらしい。

 じゃあ、とヒサメがある食材を指差す。

「これはどう調理するの?」

 それは白い粒だった。

「あら、あんた達、お米しらない?そうよねぇ。国が滅んだっていうのは、文化が滅ぶということかもね」

 マスターは一人納得したように頷く。

「これが米?触るとめちゃ固いんだけど。それになんか丸いし」

「だって炊いてないもの。固くて当然。あと、世界的に流通しているインディカ米より断然白米よ」

 世界的に流通、とマスターは言ったが、キシルはインディカ米も食べたことはない。

 ねぇ、とヒサメがキシルの腕を小突く。

「これ、あの子に持ってくつもりなんでしょ」

 ヒサメが言うあの子とは、昨日、廃墟で会った片腕が機械の少年だ。「ゴハン」という言葉に反応したため、地下バーのマスターに頼み込み、今日中に新鮮かつ日持ちする食材を調達したのだ。

 そうだけど、とキシルが言うと、ヒサメは困ったと(つぶ)いた。

「私、料理したことないよ」

 キシルも「あ」と口を開けた。そのまま、マスターを見る。すると、マスターは両腕を腰にあてて二人を見返した。

「仕方ないわねぇ。ワタシが料理するわ。それに、この食材ならオニギリと煮物ね。あんた達には無理そうだわ。梅干しも作ってるのよ。さっきの梅酒と一緒にね。だから梅オニギリが作れるわ。追加で料金取るけど、構わないわよね?」


 ☆ ☆ ☆

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