第八回 ランク六を食う
「かかれー! サラディン様の為、粉骨砕身で敵兵を退けろ!」
ランク六のサラディンは、武勇に優れ、知略に長けた将である。
が、それだけならランク五にでもいる。彼がそれと違うのは、『義の厚さ』である。
貧乏人には所持金を惜しみ無く渡し、自分は質素な暮らしを求め、誰彼構わず敬意を示す……これに人々は彼に敬意を持って褒め称え、『彼のためならどこへでも』と決意する。
これにより彼の率いる兵は、一騎当千の士に等しい。
「ぎゃあ! 助けてくれー!」
これに周瑜軍の兵は次々と倒れていく。が、別にキム・グイ国王や孫呉の四人が暗愚だと記すつもりはない。ただ、相手が強すぎただけなのだから。
「周瑜殿! 撤退れす! このままやってもどうにもならないれすよ!」
「しかし……この勢い、単純に背を向けただけでは、ただ『どうぞ殺してくださいなのだ』と言うようなものなのだ」
「いいえ! この俺をお忘れではないでしょうか!」
陸遜は自分の兵達に命を出し、一斉射撃を命じる。サラディン軍に矢の雨を与え怯ませる。
「まだ来るか、称賛に値する……引くぞ皆! これ以上深追いしても何にもならん!」
サラディンは巧みに采配を振るい、兵をまとめて自陣に帰っていく。
「おのれ! 抜け目の無い奴だ、サラディン……」
「……蒙ちゃん、ここは撤退なのだ」
周瑜は滝のように流れる汗を拭い、同じく帰陣する。
まもなく、孫呉の四人も混じえた軍議が始まった。
「サラディンは前評判通りの男なのだ。彼に率いられた兵は一騎当千を成し、本人は常識を超越しているのだ」
「龍と戦うように、まともに戦ってもいたずらに兵を失うだけです」
「まるで関羽みたいな奴れす」
「ああ……関羽だぜ」
「そうか、やは……」
「認めてはいけないですよ、奴らの言葉を!」
軍議に参加していた、国王の側近であるPCは言う。
「奴らは恐らく意気軒昂に戦ったあげく負けたという失態から逃れるためにサラディンを過大評価しているに違いありません! 直ちに彼女達を首にしましょう! 信賞必ば……」
それを聞いて、国王はこう言い返す。
「しかしあの散開からの包囲は到底我々には出来ない策であった。さらに撤退時も損害を最小限に留めてる。それに君達もわかるだろう、我が国の人材不そ……」
「そいつらを辞めさせて、ランク五の者を雇えば済む問題ではありませんか? 国王、あなたはもう少し厳しくなるべきだ」
「う、うう……わかった。少し考えをまとめる時間をくれ」
「はぁ……あんなランク四の金食い虫なんかいても何にもならないのに……」
軍議は何の結果も生まず、ただ時間を無駄にするだけに終わった。
その晩。周瑜、魯粛、陸遜は西の陣にて身を休めていた。
「あ~、なのだー! 皆ボク達の事バカにして~」
「無茶苦茶言わないで欲しいれすよ~、私達にも限界あるんれすから~」
「しかし俺達が失敗したのは紛れもない事実。もし次攻めこまれたら、確実に斬首ですよ」
「くっそ~! ほんとランクって奴は意地悪なのだー! たった二つ違うだけでこれほど能力に差が出るなんてー、ひどいのだー!」
「だ、大丈夫れすよー! 今回みたいに息を合わせて動けば百人力れす! ね、呂蒙殿? ってあれー、いないれすー?」
魯粛は辺りを見渡す、と、呂蒙……とは特にこれと言った縁の無さそうな兵が向かってくるのが見えた。
「すみません、俺の友達を知りませんか? ちょっと背が高い奴何ですけど……」
「……さあ、俺にはさっぱり」
「はぁ、そうですか。おっかしいな呂蒙様の元に行くと言ってたからここにいると思ったんだが……」
「……呂蒙、陸遜。探しに行くのだ」
「「了解」」
呂蒙はすぐに見つかった。数百程度の兵の前に、堂々と立っていた。
「蒙ちゃん! これは一体何事なのだ!?」
「ああ周瑜殿、ただいまこっそり、アタシに同調する有志を集め、奇襲を目論んでた所ですが……見つかってしまったか」
呂蒙は驚く程澄んだ目を三人に向け、胸の内を明かした。
「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相対すべしだぜ……人は時が経つと成長するから、間を開けて会った時は見直さなければいけない、同時に、アタシもジーっとしてないで成長しなければいけないんだ。
その為には、虎穴に入らずんば虎子を得ず……多少無理をしなければ、大志は作れない! ランク四とアタシ達を定めた天を、覆す為に!」
呂蒙は兵達に向け、叫ぶ。
「これからお前達を待っているのは死ではない、飯だ! 勝つぞー! しかと肝に命じろぉーっ!」
「「「「おー!!!!」」」」
「ま、待つのだ! 呂蒙! 相手はあのサラディンなのだ、それをわかっているのだ!?」
「ご安心を、アタシには、関羽を討った記憶がある!」
周瑜達の引き止めを聞かず、呂蒙軍は拙速を持って出陣。暗闇の中にある、松明により明るくなった陣へ奇襲を仕掛ける。
「サラディン様、大変です! 敵軍がこの地へ奇襲を!」
「……皆に落ち着けと申せ」
寝床についていたサラディンは装備を整え臨戦、陣を踏み荒らす呂蒙軍に、混乱する兵を素早くまとめる。
「体勢が整えばこっちのもんだ! お前らには勝ちは譲らないぞ!」
結果、昼のような何のひねりもない正面衝突になる。
こうなれば士気の高いサラディン軍が有利、だが呂蒙の闘志は、その程度では消え失せない。
「見ろてめぇら! これが戦士のあるべき姿だ!」
呂蒙は自ら前線へ突撃、魔法と拳で敵兵の中へ切り込んでいき、ついにサラディンに盾を押し付けるに至る。
「俺らも続くぞー! 前のめりに押し切れー!」
まさに狂奔、サラディン軍は、敵の勢いに飲まれかけていた。
「これが、終戦の鬨だぜぇーっっ!」
「さ、サラディン! 危ない所だった……皆、直ちに救援せよ!」
*
東陽が微かに顔を出す頃、一人の呂蒙の兵が、自陣に帰ってきた。
「ああ、手前は呂蒙の……」
「陸遜様、サラディンより、これを預かって参りました!」
渡された書は、軍議にも持ち込まれた。
「『昨日の深夜起こった戦にて、将一人と兵二〇〇人を捕虜とした。兵一人は二〇〇〇ジト、将一人は八万ジトと引き換えに返還する カバー王国 サラディンより』……以上、これがあちらから送られた書の全文である」
これを耳にし、コップ王国の重鎮PC達は、ため息をつき、舌を打ち、頭を抱えた……総じて、怒りを覚えた。
「満足に成果を挙げられないどころか、何の相談もなしに兵を連れていった……グイ、直ちにこの三人を斬首しましょう!」
「い、いや……待て、そうすれば呂蒙は敵につく事にな……」
「ランク四が一人二人いるかいないかで何が変わるんだ! むしろこんな疫病神なんかとっとと殺した方がいいに決まっている!」
「そう一方的に言わないでくれ……周瑜殿、何か言いたい事はないか」
「……ひとまず、静観するのだ」
「そうか、じゃあ黙って見てろ! じゃあグイ、こいつらをどう処刑し……」
「人の話を聞けんのか! 周瑜の『静観する』とは、軍としてしばらく状況を探るという意味だろうが!」と、キム・グイ国王は、声を荒くして言った。
「余程ランク四と同列に扱われるのが嫌なのか、マウントをとって勝ち誇りたいのか、彼女達に親でも殺されたのかどうかは知らないが、その行為は善手か悪手か理解しているのか!? 私からはそれを気にせず感情任せに動いてるようにしか思えないがな!」
「何ですか国王! まさか建国以来からの忠臣である我々よりも来てすぐの将の方が信用できるとでも……」
「普通は状況を見て動くのが戦の基本であろう、周瑜殿はそれが解せぬお前らに改めて言ったまで、贔屓も冷遇もしていない……とにかく、我が軍はしばらく『静観する』! 以上!」
軍議の直後、三人は国王に呼び出された。
「何勝手な事してるんだ、君たちは!」
大方の予想通り、説教であった。
「ただでさえ劣勢なのに、ここで問題を作るなんて……正直私も一瞬斬首しようと思ったぞ」
「「申し訳ありません……」」「れす」
軍議では冷静を装っていたが、彼女達もやはり人。呂蒙と陸遜は責任を感じ、頭を下げた。
「……周瑜殿、何故あなたは謝らない」
「あ、勝手な行動してごめんなさいなのだ……」
遅れて周瑜も謝る。が、すぐ頭をあげ、自信満々に言う。
「しかしこれだけは言っておくのだ……呂蒙は無駄働きをした訳ではないのだ!」
「その心は」
「蒙ちゃんは世間一般から猪武者と思われるが、それが全てではないのだ! あいつは失敗するために学び、後にそれを覆す力があるのだ!
実は前に突出し過ぎて窮地に陥った事があるのだ……だから今回は何か策を持って行ったに違いないのだ」
「ふぅむ……とにかく静観、それしか私達のやる事はない」
「れすね。呂蒙殿も恥を忍んでご飯食べてくれている頃れす、私達も出来る事をやるれす」
一方その頃。呂蒙軍は、カバー軍陣地の一角にて、見張りに囲まれていた。
「うう……腹へった……」
「おい、お前、それは何だ!?」
「ああ、これはたまたま持っていた菓子……」
「よこせ、この野郎一人占めすんな!」
捕虜となり、劣悪な環境に押し込められ、食に飢えた兵達は自然と気性が荒くなっていた。冷静さを失い、些細な事でも興奮するようになった。
(いいぞいいぞ、もっと取っ組み合え、いっそのこと裸でやれ……!)
その原因、呂蒙も例外ではなかった。
「うるさいぞお前ら!」
そこへカバー軍の兵士がやって来た。呂蒙の兵は喧嘩をやめ、呂蒙は慌てて身なりを元に戻す。
「ほら、飯だ。食え!」
カバー軍兵は、呂蒙軍の一人一人に飯を配る、捕虜らしく量は少ないが、無いよりましだと自分に言い聞かせ、黙々と食べた。
「さっさと食えよ、まもなくここの掃除を始めるからな……ったく、感謝しろよサラディン様に。本当ならお前らは首だけになっていたんだからな」
「合点、感謝する!」
*
それからというもの、両軍は硬直状態となった。
カバー軍が、サラディン部隊を放つと、コップ軍が周瑜部隊を放ち辛うじて死守する。
これを繰り返している内に両軍は疲弊していった……特にカバー軍が。
「撤退だ、撤退だー!」
「ひぃ、一時はどうなるかと思いれした……どうしたれす陸遜殿? 何を考えてるれす?」
「サラディンの奴、最近動きの鈍りが凄まじくなったような気が……」
陸遜の予感は見事的中した。
「ほら、飯……」
呂蒙軍に飯を与えた後、怒り心頭なカバー軍兵士はサラディンの元へ行く。
「サラディン様、もう奴らを返しましょう! このままでは我々は飢死します!」
「されど、折角捕らえた将兵を易々返せば、敵が喜ぶに決まっている」
「なら処刑しましょう! それなら相手にとって有利にはなりません!」
「しかしそれでは義に反する……だが、お前達の気持ちはよくわかった。どうにかしよう」
それから、サラディンはただでさえ少ない自分の食事を、さらに少なくした。当然ながら空腹になり、彼の力は大きく衰えた。
(私は今、大いなる選択を求められている……義を捨て、国の英雄になるべきか、国を捨て、義に生きるべきか……)
ランプが爛々と輝くテントの中、サラディンは僅かな飯を食べながら。葛藤していた。
最中、テントの入口が開き、そこから呂蒙が入る。
「皆食糧不足でやる気を失っているようだな、お陰さまでここまで楽にこれたぜ」
「何だ、痩せ細った私を罵りに来たか、この機を狙い私を殺しに来たか」
「まさか、アタシはあなたに敬意を払ってますから」
呂蒙は床に座り、自慢げに語り出す。
「アタシにはどうしても忘れられない記憶があるんだ。皆から慕われた名将中の名将、関羽を討った記憶がね。そいつはとんでもなく義が厚い奴だった、だから大量の捕虜を生かして、兵糧を大きく浪費した……今思うと、それのお陰で勝てたのかもしれないな」
「……ああ、成る程。全て、私を利用した策だったと言う訳か」
「こういうズルい事をしなければあなたを追い詰められなかったんだアタシは。逆にそれ以外では何一つ叶わなかった……だからあなたに敬意を払っているんですよ。参りました、完敗です」
頭を下げる呂蒙を見て、サラディンは大きく笑う。
「いや、こちらこそあなたに敬意を示す! 『敗北』という己の誇りを失う行為をしてでも私を倒そうとしたその勇気、何者にも勝てまい!」
唐突に称賛されたが故、呂蒙は困惑する。
「いやいや、アタシは敗北したからさ……別に褒めなくても」
「遠慮はよしなされ、結果勝ったのはあなたではありませんか」
「でも奇襲したのにがっつり負けたから……それでも兵をまとめて勝ったあなたはもっと自信を持つべきかと」
「夜襲は基本中の基本なのにそれを警戒できませんでしたから……」
「「……はははは!!」」
必死に譲り合いをする事が馬鹿馬鹿しくなり、二人は大笑いした。そこへ、
「サラディン、失礼するぞ!」カバー国王がやって来た。
「何故ここに敵の将がいる」
「あ、いや……これはだな……」
「敵の将に敬意を持って、ちと面白い話を聞かせて貰った所存。何か問題でも?」
「ああ、それならいいだろう……だが! それはそれとして、何だ最近の戦は! 貴様はランク六のサラディンだぞ、なのに何故今だにあんなボロ城を落とせない!」
「戦とは名前でするものではありません。時には私でも不利になる事もあります」
「言い訳無用! 直ちにこの硬直をどうにかしろ!」
「それに、兵の疲弊もありますから」
「そんなもの気合いでどうにかさせろ! 勝て! いいな、これは国王命令だ!」
言いたい事を全てぶちまけ、満足そうに国王は帰っていく。
「……不義の主に使えても、不義の主の部下と笑い者にされるだけだぜ」
「……呂蒙殿、直ちに戻り、兵をまとめておいてくだされ。私もすぐに参ります……」
*
「何が『静観しろ』だ、敵は飽きっぽい子猫ではないんだぞ……やはりこの俺が直々に始末するのがベストのようだな……」
日が昇る頃、国王の腹心であるPCは、私兵を連れ、周瑜達が駐屯する陣へ向かっていた。
「奴らさえいなくなれば、サラディンのようなまともなNPCを雇えるのだ、これは国家のためだ、きっとキム・グイも許してくれ……」
「それは貴公の独断ではないだろうな?」と、彼らの前に立ち塞がるサラディンは訪ねた。
「きっ、貴様はサラディン! 何故ここに!」
「安心しろ、アタシがしっかりと言ってあるから危害は加えない。今の言動も全部黙ってやる。その代わり、極力早く国王を呼んでくれ、説明したい事が山程ある」
同時刻。
「た、大変です! サラディンが、捕虜を連れ、兵を連れ、私物を全て持って陣を飛び出して行きました!」
「まさか……裏切ったな、サラディン!」
その後、サラディンはキム・グイ国王に、カバー王国国王の不義さに怒り、こちらに寝返った旨を説明。
グイ国王は納得し、彼と兵を国民として認めた。
そしてグイ国王は、ドッと兵力を削がれたカバー王国に降伏勧告を出し、これを認めさせ、逆に領土と財を増やす事に成功した。
弱者であるが故の勝ち筋もある、呂蒙達はそれを見事、証明したのであった。
「ありがとうございます、周瑜殿、魯粛殿、陸遜殿、そして呂蒙殿! あなた達には感謝の気持ちで一杯です!」
国王は敬意を持って、四人に感謝を示す。
「お礼と言っても何だが、君達に旧カバー王国の地方自治権を与える……どうだ、悪い話ではなかろう」
周瑜は呂蒙の肩を叩き、耳にささやく。
「蒙ちゃんが代表して言うのだ、ボク達はそれに任せるのだ」
「合点……アタシ達には大志がある、が、それは各地で名をあげる事により叶えられる物で、領地の長になる事には繋がらない。申し訳ないが、そのお誘い、丁重に断る!」
それを最後まで聞いた国王は、にんまりとして四人にこう返す。
「ならば行きたまえ! そして、思う存分生きたまえ! それがキム・グイ国王の、最後の命令だ!」
「「「「はっ!!!!」」」」
四人はコップ王国の民に見送られ、馬に乗り、風となって国から消えていった。
「サラディンよ、こんな所で何をしている。皆旧カバー王国の城の見晴台の下で、お前の姿を見るのを楽しみにしているのだぞ」
「はっ……それはまさか!」
「あの四人に地方を任せ、本城にてお前がまとめる……それが理想だったのだが、どこまで叶うだろうかな?」
この後、コップ王国がどうなったのかは、また機会があればするとしよう。
ただ、これなら今でも記せる。
呂蒙達は、この戦いを得て、大きかれ少なかれ学んだはずだ。
【第八回 完】