第五回 四人の初陣
NPCにはステータスがあるのは言うまでもない。
基礎能力に関しては武力、知力、政治力、統一力、魅力に分けられる。この分類はよくNPCも自分の力をわかりやすくするためにも使われる。
大抵の鳥が海を泳がず空を飛ぶように、自分が何が得意で何が不得意なのか、それを見極めなければ生きることは難しい。現実でも『LoveCraft』でも同様である。
*
呉の四都督は宿にいた。そして個々の情報ウィンドウをじっくりと見ていた。
「陸遜は知力、蒙ちゃんは武力、魯粛は政治力、そしてボクは統一力が高い……隙無しなのだ!」
呂蒙と魯粛が驚き、周瑜が喜ぶ中、陸遜は冷静に言う。
「しかしこの評価、易々認められませんよ、それ以外のステータスはどれも平均以下に見えますし」
「心配ご無用だぜ陸遜! 戦争って言うのは一人でやるもんじゃない、皆が協力してするものだ! アタシ達が協力すれば、どこにもつけ入る隙がない最強の士と化すはずだぜ!」
「良い事言ったのだ呂蒙! 蜀のバカヤローのように義兄弟では無いけど、ボク達は一丸となって、低レアと罵った奴らを見返すのだー!」
「は、さいですか……」
「もう人材は揃ったから仲間集めの旅は終わりとするのだ。という訳で、早速本題の戦場に行くのだ……安心を、ボクにいい策があるのだ……」
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ここで一つ解説を入れる事にしよう。
『LoveCraft』の舞台は、『ロジスティックス大陸』となっている。大陸は縦横三マスに、九つの『地方』として区切られる。例の四人がいるのは真西の、通称『ホイプペメギリ地方』である。
ただしあちこちにアーチ状の石造物がある、というような地方ごとに特色のような物はほぼない。これについて開発筆頭のRolfe氏はこう答える。
「僕みたいなアメリカ人に聞くけど、タンブルウィード転がる保安官だらけの荒野と、桜吹雪のサムライニンジャの国どっちが行きたい? もちろん後者だよね?
最初は地域ごとに特色をつけてもいいなと思ったけど、そうするとプレイヤーの好き好みで地域人口が片寄っちゃうからね。それに、自分好みの国を作るっていう楽しみも出来るだろう?」
故に、自分の国は中東風と言われるが、すぐ隣の国はフランス風だ。という現象があちこちで起こっている。
話を戻そう。
四人はリミット王国という国に押し掛けた。
『もうじき他国が攻めてくる』という噂を聞き、戦を求めたのだ。
「陛下、あなた様の為に戦いたいという四人組が訪れております」
「ほう、通せ」
四人は初めて訪れた機会に、武者震いしながら。王の前にひざまずく。
「俺こそがリミット王国国王、アルム・ヨッスルである! 控えよ、図が高いぞ!」
四人も、間にいた家臣達も皆深々と礼をする。
「話は聞いてある。誰も負け戦には行かない、故に君達はいい目をしていると思う、このアルム・ヨッスル様が勝つと見込んでいるのだからな!」
「はい、そうでございれす」
「気に入った! 君達を我が軍に加えよう!」
これを聞いて四人はひっそりと喜びの声をあげる、が。
「たーだーし! 一つ残念な話があってな……」
アルム・ヨッスル国王は自ら四人を連れて、ある場所に案内する。
「見たまえ、これが我が国力の象徴! リミット砦だ!」
北にある国の正門、その前に存在する、大きな砦を国王は四人に見せびらかす。
「これは大きいのだ……」
「けど、これと残念な話に何の関係があるんだ?」
「そうそうそう、それを言いたかった。今こちらに攻めかかろうとしている国の王は非常にプライドが高い奴でな、故に奴は『我が戦は王道である! 正面からの攻撃が全てだ!』と思っている! だからここに俺は十二分な力を注いだ訳だ!
つまり本来君達が出る幕はない、しかし勇気を持って来てくれたのは事実……よって君達には南にある陣の守護を命じよう。どうせ何も無いと思うがな」
こうして四人は国の南へ向かった。
「まるで戦の前とは思えないぜ……」
陣というのは名ばかりで、実際の所は小さな民家が建ち並び、簡単な木の柵で囲まれた廃村。
兵はいるがその数は五〇、北の兵の千分の一という貧相ぶりであった。
「これはいけませんよ! 俺、ちょっと文句を言いに行きます」
陸遜は踵を返し城に戻ろうとするが、
「駄目れす陸遜! あの人が敵が来ないと言っているんれすから大丈夫れすよ! しかも行ったら行ったで王が機嫌を損ねるれす!」
と、魯粛が持論を展開し、さらに、
「魯粛殿の言う通りなのだ! それにもし行こうものなら、あの王の傲慢さを活かして無理矢理仕官するというボクの作戦を台無しにするという反逆行為になるけど、それでいいのだ?」
周瑜が脅しをかけたため、陸遜は踵を返した。
「本当に大丈夫でしょうかね……」
「安心しろ陸遜! アタシ達は孫呉の都督、それが四人だ、仮に倍の兵が襲って来ようが協力して蹴散らせる! 自信を持とうぜ!」
三人に丸められた陸遜はそれから何も言わなくなった。
それから数時間後、日が最も高く昇った頃。
「逝け、一騎当千の強者よ! 我が王道を紅く染め開け!」
アルム国王の予測通り、敵は正門がある北を攻めた、同時にリミット砦の餌食となった。
「お、己……我が王道を阻むか……」
それを知らない四人は、退屈故の憤りを覚えていた。
「いくら何でも退屈過ぎる、これが必死こいて得た役目なのだー!?」
「でもあの王様がそうしてくれと思ったんれす、なら私達は従えばいいんれす。それで喜んでくれるならこちらも幸せれす」
「嘘つくのだ! この周公瑾を間に合ってるからというだけで適当にここへやったのだ! ああ、ここに賢人はいないのだー!?」
武人気質からの勘故か、呂蒙は両腕に盾を装備し、叫ぶ。
「敵襲! 敵襲だ!」
直後、百人の兵士が南から現れる。
「やっぱ正解だな軍規を破ってよぉー!」
「何であんな鼻高野郎のために命捨てなきゃいけねーんだ!」
「ラッキーじゃねえか、間抜けそうな女と少しの兵しかいないんだからよ!」
「やっちまおうぜ、上手くやれば侵入出来るぞ」
その言動から取れるように、彼らは無頼の輩、まともな策も陣形も無しに攻めかかる。
なら安全に戦えるであろうと彼女達は予測する。しかし運命は易々と見通す事は出来ない。
「て、敵が来たぞー!」
「逃げろー! 逃げろー!」
これが駐屯兵のする仕事なのだろうか、村に滞在していた兵の半分が、腰を抜かし、背後の城へ逃げていった。
「奴らは何をしにここに来たんだ……念のため、手前は本陣へ援軍を呼べ、皆さん! ここは全力で死守しましょう!」
「そんな事、童子でも知っているのだー!」
四人は気勢を上げ、自ら武器を取り、敵兵を斬り叩き伏せていく。
雑兵はどこにでもいて、かき集めやすいランク一のNPCである。武力も知力も、ステータスはどれもこれも四人に比べれば雲泥の差。されどそれが束になってくれば話は別。
「取り押さえる、いくぞ!」
疲労を顔に出す周瑜に兵が飛びかかり、身柄を押さえ、彼女が持っていた剣を遠くにやる。
「周瑜殿、これを使うれす!」
見かねた魯粛は己の剣を投げ、周瑜を襲う兵の一人の首を射る。
「よくも、この周公瑾に、こんな恥辱をしたのだぁ!」
もう片方の兵に蹴りを噛ました後、魯粛の剣を抜き、鬼の形相で殲滅を再開する。
魯粛はたまたま落ちていた鍬を振り回し、どうにか敵をあしらう。
その一方、『協力すれば倍の敵も倒せる』と豪語した呂蒙は、辛酸を嘗めていた。
四人の中で最も武に優れているという満身故に、無意識に敵深くへ飛び込んでしまい。倍以上の兵量を相手にせざるを得なくなった、他人より少々優れた魔法を使えなくなる程、疲労困憊していた。
しかしその間、あの者の策は完成していた……
「皆息を揃えよ……放て!」
空き家に残った兵達と共に潜んでいた陸遜は、火矢を放つ号令をした。
敵兵は慌てて逃げ始めた。そこを他三人が追い、屍の山を築き上げた。
「危ない戦だったぜ……あ、周瑜殿、何処へ?」
突然踵を返した周瑜、彼女の目の先にあったのは、眩い鎧を着、屈強な精鋭兵を連れた、アルム国王だ。
「見たか諸君! 俺の威光が、軍規をも乱す輩を打ち払った歴史的瞬間を!」
ははーっ、と、国王を囲む精鋭と四人は彼に敬意を示す。
「そして、君達には感謝しているぞ!」
精鋭の中から、それらとは遥かにひ弱そうな兵達が現れる。これに四人は唖然する。何せ彼らは、先程まで南の陣に布陣しながら、真っ先に逃げ出した者なのだから。
「君達の迅速な報告! これがなければあの屑共は俺の国に侵入していただろう! このアルム・ヨッスルは心より貴様らに君達する!」
「「「あ、ありがとうございます!」」」
「さて、では引き揚げるぞ! 戦勝祝いの宴の準備をしなければならないからな!」
国王は踵を返し、城へ帰ろうとする。鍬と盾で、魯粛と呂蒙が道を塞ぐ。
「何の真似だ、君」
「それをそっくりそのまま返してやりたいのだ!」
怒り心頭な周瑜は国王の眼下に堂々立ち、言う。
「一体ボク達がどれだけ苦労したと思ってるのだ! 倍の一〇〇人が来たのに、五〇人のこちらは開幕半分が逃げ出し、血と油と汗にまみれて奮戦して、どうにか持ちこたえたのに、何故あなたはボク達じゃなくて逃げ出した連中を褒めたのだ!」
「……コホン、君達は『持ちこたえた』だけであり、もし俺が来るのが遅れていれば結果はわからんだろうが。なら俺を呼び寄せて奴らを確実に仕留められるようにした彼らが褒め称えられるべきであろう」
「だとしてもボク達を褒めない理由はどこにもないのだ! あなたが来るまで時間を稼いだという功があるのだ! それにそもそもこんな事になったのはあなたが兵力のほぼ全てを北に注いだからなのだ! 何しれっと自分の過ちを棚に上げているのだ!」
国王は暫し絶句した後、胸元から革袋を出し、周瑜の頭に投げる。
「いだっ! 何なのだこれ!」
頭をさすりながら周瑜は袋を開けると、金貨がぎっしりと詰まっていた。国王は、手持ちの小銭をそっくりそのまま褒美として与えたのだ。
「せっかく仕事を与えてやったんだぞ俺は! なのに小学生のようにブーブーブーブークソたれやがって! どうしてもイキりたいならさっきの敵に圧勝してからしろや! 守っただけでいい気になるんじゃねえ! ランク四のザコ共が!」
魯粛と呂蒙を払い除け、国王は帰っていく。
「……陸遜! あなたの火矢が奴らを怯えさせたのだ! ならそれを誇ってもいいのだ!」
しかし陸遜は敵兵が、二十数名で放った弱々しい火矢の雨ではなく、駆けつけた国王に怯えて逃げた事を知っている故に何も言わず、彼女の命を受けた兵達もしれっと帰っていった。
こうして、重い空気が漂う廃村に四人が残った。
「申し訳ありません、皆さん。俺が、陸伯言がもっと知恵があれば……」
それを破り、陸遜は他三人に深々と頭を下げる。
「いや、これはアタシが悪い! アタシがもっと頭を使って戦えば窮地に陥るどころか楽に倒せたのに……」
「私もれす……何で王様に親切して皆に親切しないのか今思うと不思議れす……」
続いて呂蒙と魯粛も頭を下げる。対して周瑜は……
「でも最も悪いのは、あんなバカヤローに仕えようとしたボクなのだ。ごめんなさいなのだ」
すんなりと、自分も頭を下げた。
「……これでわかったのだ。互いの良い所を束ねて強くなるんじゃなくて、互いの悪い所を補って強くなる、それが今のボク達がすべき、協力なのだ!」
周瑜はリミット王国に背を向け、歩き出した。
「行くのだ。皆」
何処へ、という三人が揃って言った問いに、周瑜は笑って答える。
「決まっている、次の戦場なのだ!」
「やはりですか、いや、他の選択肢はありませんか!」
「そうこなくては面白くない! この呂子明、まだ戦いが足りていないぞ!」
「あ、待ってくださいれす~!」
四人はランク三という苦労の絶えない立ち位置から始まった。しかし人は成功よりも失敗から学ぶモノ、何度でも負けても構わない、その分強くなり、後で勝てばいい。四人揃ってそれを思っていると、各々確信しながら、『生きる』という名の戦いの地を歩き続けた。
【第五回 完】