第四十八回 【結】闘う孫呉たちへ愛を込めて
ホイプペメギリ地方制都、トードイスムカの近辺にある名も無き平野にて、ムーブメント軍四百万と、ドーロがかき集めた連合軍三百万が対峙し、
「『ロード』の名の元に、かかれ! この世界を清く正しく進める権は、我らにある!」
そして双方、意気軒昂に、突撃し、激突した。
「カエサル様。この戦、あなたはいかに見ますか?」
「ひとまずは、数で勝る我々が主導権を握るであろう。このままのペースでいけば、順調であろうな」
ムーブメント軍の中間で大軍を指揮するカエサルとナポレオンは、改めて前を見る。
「くらえっ! そしてくらわれろっ! この獅子心王は止められない!」
すると、リチャードが愛用の剣を滅茶苦茶に振るい、連合軍の将兵を紙切れのように散らす様があった。
「ほう、どうやらただの血気盛んな若武者ではないようだ」
「どうせならあの勢いで三百万を殺してくれれば非常に助かるのだがな……奴の辞書に『不可能』が無いといいな。ははは」
と、カエサルとナポレオンが余裕綽々に談笑する中、連合軍は混乱しかけていた。
「怯むな、粘れ!」
連合軍は、文字通りトードイスムカにいた正規軍と、たまたま在来していたPC達有志と、戦う意思を見せたNPCを混ぜた軍であるため、平均的に訓練が行き届かず、連携も不足しているのだ。
「なのだ! あんな賊まがいに負けてたまるかなのだー!」
されどその状況下でも、皆は奮戦する。特に孫呉の四人の気炎は凄まじかった。
「凄まじい執念ですね……これは才の振るいがいがありますよ」
「どうにか連合軍に混ざれたれすからね! 期待に応えなければいけないれすよ!」
「とは言えども、真っ向勝負じゃあやはり厳しな、クソッ、味方が敵になるとこれ程恐ろしいとは……っ!?」
何やら不可解な気配を察知した呂蒙は、魔力を込めた右手を向ける。
「「「ひっ!!!」」」
すると、見慣れた三人組――ジョン王、カラカラ、徽宗が、忍び足を止める。
「あれれ、何であなた達がここにいて、何逃げようとしているんれすか?」
「勘違いするでない。朕らは好き好んでここにいるわけでない」
「何やらあの街のお偉いさんが大規模な戦員募集をかけていたから、街中でフラフラするのもあれ故に、何となく来たのだ」
「妙に人が多かったから、おこぼれでも楽に稼げると思ったのですよ。そしたらまさかこんなどえらい大戦だったとは……と、言うわけでここから逃げ出そうと」
「阿呆ぅっ! アタシらが必死こいてやってるというのによくもそんな口を利けるなぁ!」
「命あっての物種ともいうれすが! 残念な事にムーブメント、特にあのリチャードという将の勢いはとんでもないれす! 逃げたところで前に倒れるか後ろに倒れるかの違いしか生まれないれすよ!」
「「ひぃぃ!!」」
カラカラと徽宗は二人に責められ怖じ気づく。その一方で、ジョン王は目をパチクリさせる。
「今、リチャードと言ったか!?」
「ああ、リチャードと言った」
「それは、私の兄ではあるまいか! よし、ならば……」
弱者特有の以心伝心で意を纏めた三馬鹿は、逃げ足を準備する。刹那、魯粛はジョン王をつまみ上げ、共に適当な馬に乗り、
「なら、私が超即行で連れていくれす!」
その馬に一鞭強烈に与え、疾風の如く戦場を駆ける。
「リチャード王! リチャード王! ここにいるのはジョン王れすよー! 何か一言言いたがってるれすよー!」
と、魯粛が叫ぶや否、リチャードは猛攻を一旦止め、駆け寄ってきた魯粛と、連れてこさせられたジョン王と対面する。
「本当にお前か、ジョン王。何故ここに割って入ってまでくる必要があった」
助けてくださいお願いします。と、ジョン王は喉まで出かけた、しかし背後の魯粛の面持ちが、恐怖心を駆り立てる類いの笑みであったために、
「いや、その……ど、どうか、ここは剣を納めてくださいまし!」
「ほーん、お前もか……何故またPCの犬にされなければならない! 何故また安い報酬で遠方遙々の戦地をかけなければならない! 何故仁も義も足りてない連中に顎で使わされなければならない! さぁ、答えろ!」
「い、いや……そ、それは、運が悪かったのでしょう」
「それもあるれすし、そもそもPC全員が悪い人とも限らないれす! だから、ここは弟さんに免じて、一度考えを……」
「ふざけるな! そんな根も心も腐れ切った野郎なんざ、俺の弟ではない! 水色髪の淑女! あなたは特別に一旦見逃す、だが、ジョン! お前は即刻たたっきる……」
リチャードは背の剣の柄に手を伸ばす。と、その時、二人の男が彼の前に現れる。
「リチャード、と言ったか。弟殺しとは、その口ぶりには似合わぬ下劣をする」
「然り。それでいて仁や義を語るとは、汝は何様であろうか」
「アントニヌス殿、徽宗殿! 助けに来てくれたのですか!」
正確には、ジョン王が抜け駆けするのを未然に防ぐためである。だがしかし、事実はそれで正解であった。
「なっ、何を! これは俺達兄弟の話だ! お前らには関係ない……」
「見よこの大戦の模様を。ここまで大勢の民を巻き込んだのだ。なら、これは汝らの話でおさめるのは、仁義として、いささか苦しい話ではないか?」
「そうだそうだ! 特に弟を殺そうとするなんざ最低だ、卑怯者だ、不義だ! 弟から殺しに来たのであれば例外ではあるがな!」
「……兄上。やはりここは、一度頭を冷やしましょうぞ」
リチャードは沈黙する。そして、自分の手勢に向けて、
「ただいまよりこのリチャードは、この戦地を脱する。ついてきたくばついてこい、悪く思うなら悪く思え……わかったか、ジョン王、そしてお仲間達」
と、言って、馬に股がり、三馬鹿と、同情した手勢と共にこの戦場から離れようとする。
「ありがとうございれす! では私は、早く周瑜殿の元に帰らないれすと……」
それ即ち、ムーブメントからの離反である。
「リチャード、お前もか」
「やれやれ、あの若造め……カエサル様、いかがなさいます」
「裏切り者は何よりも嫌いだ……このカエサルが直ちに規律をきちんと示す!」
カエサル軍は指揮官の意向により、直ちに方向を変え、逃げ行くリチャード軍を追い回す。
「兄上。大丈夫でしょうかこれ……あちらの軍隊の方が圧倒的多人数に見えますが……」
「何の、獅子心王の手に掛かれば、あの薄毛なんざ……!?」
ここで、リチャードと三馬鹿の元へ、カエサルが放った少数精鋭が接近し、彼らの首を狙う。
「ぐぬぬ、流石はカエサル! 抜け目の無い……! お前ら、どうにか耐え……!?」
流転の上に、流転は重なる……リチャードに飛びかかった刺客が、突如、リチャード達の進行先から飛んできた矢に撃たれたのだ。
「まさか、貴公を助ける事になるとはな……リチャード王」
「お前は、サラディン!?」
連合軍は、闇雲に戦いを挑んだのではない。この戦の第一の本質は、『時間稼ぎ』――ドーロ都督は水面下でホイプペメギリ地方の諸侯に連絡し、援軍を要請していたのだ。
「あれだけやりあったのに、その相手の顔を忘……」
「コップ王国国王、キム・グイ。遅れながらただいま参りました!」
「ほう、PCの下にいるのか、サラディンよ」
「……ここは戦場である。まず、態度をさっさと示して貰えぬか」
「ああ、わかった……今回は共に、己の義を振るってくれ!」
かくてカエサルは刮目する。サラディンとリチャード王が並び立ち、共に自分の手勢を次々と斬り削られる様を。
「ロード! 大変です。各地から連合軍の援軍が現れ、我々ムーブメントは包囲されてしまいました!」
その報告がロードの元に届いた時、事は既に動いていた。
「いくぞ、ブンドリュー! 俺達スナッチ王国の実力を見せる時だ!」
「ああソラレル! この剣の錆にしてくれる! ……安物だけど」
「いくよっ、テキーラさん! あそこの男二人に負けないぐらい連携して!」
「はい、スペッチさん! はぜ飛ぶぐらいやっちゃいましょう!」
「葦名王国、葦名浦桐! この謀りでムーブメントの賊共を食い破ってくれる!」
「他国に負けるな! カッサーラーの次にこの地方の覇権を握るのはこのデスクマット王国だ! それをとことん見せつけろ!」
四方八方から現れた連合軍の援軍――各地の諸侯は、各々の知勇を存分に活かし、ムーブメントの勢力を徐々に小さくしていく。
「ナポレオン様、酷い状態です! あのカエサル様が、乱戦の末に何者かに殺されました!」
「何の! 俺が状況を作るのだとも言えば、最も大きな危険は勝利の側にあるとも言う! 弱音を吐くな、革命せよ!」
そう己の兵達を鼓舞するナポレオンの元に、また新たな伝令が来る。
「な、ナポレオン殿! 遠方より、また未知の軍が!」
その軍は、狂奔に限りなく近い体を持ってナポレオンに迫る。
また、その軍は、ただ『魏』の一字を描いた数百程度の少数であった。
「曹魏五将軍、張文遠!」
「同じく、于文則」
「略、張シュン乂~」
「同じく、楽文謙」
「我ら、泣く子も黙る曹操様の矛! ただいま、信念を持ってして狂奔している次第であるッ!」
「さぁ、退いた退いた~、こちらはそこの白馬の将軍以外に興味がないの」
張遼達は最低限に兵を退けながら、ナポレオン一点に突き進む。
「公孫氏の親類だか何だか知らないが……狂奔を受けやがれェ!」
「何を、そんな野蛮な物にくれてやる首は、ここには無い!」
と、言ってナポレオンはサーベルを、迫る張遼へ振り下ろす。
直後、サーベルは弧を描いて飛び、ナポレオンの身体は白馬から落ち、張遼は方天戟についた血を振り払った。
「う、嘘だ……こうも一瞬で決着がつくなんて!?」
「あのナポレオン様があっさりと……!」
そして、魏の四人はナポレオン達へ叫ぶ。
「さぁ、貴様らの主は僕達によりたった今死んだ! 御託は言わない、決めろ! 次に誰に従うべきかをな!」
復習心等を忘れる程、ひどく恐れを抱いた元ナポレオン達の兵は、たちまち張遼へ改めて忠誠の意を示す。
「ありがとうございます。利口な方々は曹操様もさぞかし喜ばれましょう」
「うっし、これだけあればいいだろう。よし、ここには用はない! 改めて曹操様を探しに狂奔する!」
かくて、魏の四人は、嵐のように兵を持ち去って、この大戦から姿を消すのだった。
リチャード、カエサル、ナポレオン――他、幾多の将兵を失い、もはやロードを守る者は、ごく僅かとなった。
「だが、諦める事なかれ! このフリードリヒ! 最後まで我らの為に戦う所存である!」
しかし、それに反比例するが如く、ムーブメントの士気は高まっていく。恐ろしいかな、この反骨心。
「ああ、そうだ。我らはもはや引くに引けないのだ! この世界にいる、同志の為にも、決して退くことは成らぬのだ!」
と、そこで、ロードの眼前に、ある部隊が突出してくる。
「前情報通り、やはりここにいたぜ……! 奴だ、あの羽織物の野郎が、ムーブメントのロードだ!」
その部隊の将四人の名は、周瑜、魯粛、呂蒙、そして陸遜と言った。
「呂蒙……この反逆者めが……! フリードリヒ! 奴らに心理を学ばせい!」
「御意!」
孫呉の四人は、一斉にフリードリヒへ得物を向ける。当人はそれらを、ランク:六の才と、ムーブメントの意地にかけてことごとくいなし、止めていく。
「貴様らよ! 何故そこまでして我がロードを苦しめる! 貴様らも、結局はPCに虐げられていた者であろうに!」
「それでもこちらに下らないのは何故なのだって聞きたいのだ……? そんなの決まってるのだ! あなたがいつまでたってもくじけないように、こちらにも、こちらなりに為すべき事を持っているからなのだー!」
「ならば、挫くまでっ!」
フリードリヒは渾身の一振りを繰り出し、孫呉の四人を無理矢理はね除ける。だが刹那、
「挫けねぇよ、孫呉の将は絶対になぁ!」
先のやらかしを雪がんとする呂蒙が、盾で殴りかかる。
フリードリヒは、その巧みな剣さばきで柔らかくいなし、脇目に彼女の背を捉える。
それと同時に、呂蒙は左手より生やした水の刃を、フリードリヒに突き立てる。
「う、そ……だ……」
「やっと上がった……水魔術:レベル三に」
これに最も驚いたのは、他でもない、ロードであった。
ロードは後退りをしながら言う。
「……だがしかし、ここでは我の天道は途絶えていない! 此度は敗北を受けておこう! けれども、いずれは、いずれは、我々が……」
その最中に、周瑜は鏢を放つ。
「いいから、とっととやられるのだっ!」
ロードは、がむしゃらに剣を扱い鏢を弾く、だが、その内のいくつかが、身につけていたローブを切り裂いた。
「……ちょ、ちょっと周瑜殿! 一旦攻撃をやめるれす! あの人、いや、あの方は……」
「まさか、あなたは……」
そして、その真の素性が、孫呉の四人の前に、懐かしくも晒される。
NPC
名前:孫権
ランク:五
性別:女
武力:五 知力:六 政治力:九 統率力:十一 魅力:九
「周瑜殿とかなら気づいてくれると思ったんだがなぁ……アタシがちょっとへこたれたからって、主を変える事なんてあり得ないのに」
「あなたが、ロードだったのですか。孫権様」
「始まりは今一覚えていない、いや、本当は思い出したくないんだろう……我は孫呉の長であるにも関わらず、さる国の一太守として働かされていた。
この扱いは不当だ、と、我は国王に文句を言った。そうしたら『貴様はあの、飲んだくれで、出た戦が負け戦となる、あの孫権であろう? 普通ならそれに甘んじるのが常識であろう』として、国を追い出された。
それから先も、転々と国を移ったが、『貴様はあの孫権だろう』と見なされ、満足な仕事にありつけず、挙げ句の果てにはその辺りで倒れた。
その時、まるで天から降ってきたように気づいたんだ『PCは悪だ。我を認めない愚か者だ』と」
「そして貴方は、ロードとなったのですね」
「ああそうだ、我を認めない連中に、報復する為に……」
そして孫権は気づいた。孫呉の四人が、ひどく険しい表情をしている事を。
「……なぁ、頼む。許してくれ……別に我は、悪意はなかったんだ、これらは全て、PCが悪いんだ、なぁ、我の『家臣』だろう!? なぁ、許してくれ……」
孫権は懇願した。それを受け、周瑜はうなだれ、魯粛は戸惑い、呂蒙は深く頷いた。だが陸遜は、濁りも曇りもない真っ直ぐな目をして、主君を見ていた。
「陸遜、あなたは、何を考えているのれすか……」
「俺が為すべき事、それだけです」
「陸遜が、為すべき事……」
「わかった……陸遜、ここまで頑張った礼に、ここは一存するのだ」
陸遜は辺りを見て、先達三人の顔色を伺う。皆揃って、笑みを浮かべて、陸遜の行く末を待っていた。
陸遜は、孫権に歩みよりつつ、こう言う。
「孫権様、貴方の苦しみは痛い程わかります」
「そうだろう! なら、ここは見逃して、いやいっそ我らと共に……」
「ですが、貴方はここに至るまで、幾多の人々をたった一つの悪に押し込め、踏みにじりました……故に」
陸遜は爆炎槍を構え、
「この陸伯言、今度こそ、貴方を諌めたいと思います」
*
ムーブメントは、夢のように鮮烈に現れ、そして幻のように形を失った――各地方の都督達の、各々の政策が功をなしたのだ。
勿論、ホイプペメギリ地方も例外ではない、各地の諸侯が一致団結するという奇跡的な作戦は、他地方の都督も舌を巻く程であった。
これを受け、此度の戦で戦った将達は、すっかり上機嫌となり、幾日も制都トードイスムカで勝利に酔いすがったのであった。
その一方で。
「あれ、孫呉の皆様? また旅ですかい?」
と、たまたま通りすがった孫呉の四人に、軍富國は声をかける。
「あったり前なのだ。だってまだボク達はランク:四のままなのだ」
「あんだけ頑張ったのによ、ドーロ都督の奴『まさかこの一戦だけで浮かれてはランク:五の名がすたるのでは?』って言うわ、ランクが上がる気配も手応えもあんまねぇから、やっぱもっと頑張ろうってなったんだ」
「本当に残念やな……あんなに活躍したのに」
「なんの、別にランク:五が遠ざかった訳じゃあないれすから。残念がる必要はないれすよ」
「と、言うより不思議ですね。軍富國さんが俺達に同情するなんて。あ、まさかこちらがランク:五になれば、財布から搾り取れる量が増えるとか思ってたりは……」
「へ、いや……ああ、せや! 今後も何かあったら、是非ご贔屓にしてもらいまっせ!」
「その時その時に考えときますね。では、皆さん、いきましょうか」
「あれ、そういやアタシ達、どこに行くんだっけ」
「周瑜殿、次はどこに行くんれすか?」
「んなこた聞くまでもないのだ! ボク達孫呉が輝けるどっかなのだ!」
そして孫呉の四人は、長い長い獣道を、悠然として再び歩き出すのだった。
【第四十八回 完】




