第四十七回 【転】闘う孫呉たちへ愛を込めて
「人と信を持ってね……その真意は?」
今の所は温厚な態度を取り、接してくるホイプペメギリ地方都督、ドーロ・イルヴェントに対し、陸遜は語る。
「俺は、前に、大分前に、道理を外した主君を諌めようと馬を飛ばしました。しかし、その前に何者か――俺を嫌い敵とする者か、はたまたその主君自身だろうか――に阻まれ、それは半ばに終わりました。
それ以降は幾度と書を送り、どうにかして俺の気持ちを伝えようとしましたが、まるで返答がなく、逆にこちらを責める内容の書が送られるばかりでした。
結果、俺は最後まで、主君を諌める事はできませんでした……
もし阻まれた時、無理を押して諌めにいけば、未来は変わったかもしれないというのに……!
今回俺がここに無理矢理訪ねたのは、それ故の衝動があったのと、今までの経験――俺達が長らく流れ客将をしていた事――からです。
満足に功績を評せない王、危機の際国を捨てる王、友との交流の為に娘を忘れる王、自分だけが得をする教えを広める王、家臣を自分でまとめられない不合理な王……確かに、ムーブメントの奴らが恨んで当然なPCも、この世の中にはいます。
けれども、それと同時に、民の為に快く服従を選ぶ王、一度は名剣に心を奪われて手を切った友を、心優しく受け入れた王、命を捨てて民を守った王、どんなに劣勢だろうと家臣達と共に立ち向かい見事跳ね返した王……等、PCの方々は、一まとめに『憎い』で片付けられない者もいます。
だからです。どうか、自分達をしっかりと信じてください! そして、変に回答を濁さず、きっちりと立場を明確にして、ムーブメントに対処してください!」
これを聞き終え、周りの家臣達はどよめいた。一方、ドーロ都督はふぅむ、と何かを思い、そして陸遜に尋ねる。
「なるほど、君は、我々を『今、我々の非を薄々と認め、これ以上の恨みを買わないようにしている』と、見ているから、我々に『手遅れになる前に、非を鵜呑みにせず、きっちりと自分達の意思を通せ』と言いたいのか……
じゃあこう尋ねよう。君は、それを、本当に正しいと思うのかね?」
陸遜は、この問いに即答する。
「いいえ、そうは思いません! ですが、間違いとも思いません!
天道は、永久に、是か非かと問われるものなのです。正しいとされた事をするのが絶対正解という訳でもなければ、間違いとされた事をするのが絶対間違いという事でもないのですから!
最も大切なのは、自分の信じた事を、徹底的にやり遂げる、これが俺の、いや俺達孫呉の、真の天道であると思います!」
これにより、またも家臣達はざわめいた。ちらほらと、『何を言ってるんだ奴は』と、小声で陸遜をけなす者もいた。
しかし陸遜は、ただ真っ直ぐな目をして、ドーロ都督を見上げていた。
すると、ドーロ都督は突然と、ドッと笑いだし、
「ああ、ある意味その通りである! イイキュフォアグ地方が何だ! 四百万の憎悪の者達が何だ! 我々には、我々なりのやり方があるではないか!
……よく言った! ランク:四! そして者共聞けッ! たった今より、ホイプペメギリ地方都督、ドーロ・イルヴェントは宣言する!
我々はムーブメントを悪賊と見なす! それ即ち、奴らにかける情けは一切無い! かけるべきは、駆逐のみだ!」
「ど、ドーロ都督! いいのですか! ランク:四の凡人の口車に乗せられて!」
「知らん、どうせいずれはこうなったのだ! 無駄口叩く暇があるのなら、直ちに貴様らもすべき事をせい!」
「はっ!」
かくて、ホイプペメギリ地方に、ドーロ都督の宣言が放たれ、この争乱は、新たな段階へと以降するのであった。
「……感謝します! ドーロ都督!」
と、家臣が四散したために二人きりとなった謁見の間にて、陸遜は深々と頭を下げた。
「何を、感謝されるべきは、私の背中を押したあなたであろうに……と、言いたい所だが、その前に君に伝えたい事がある」
ドーロは速やかに何かを書き記し、陸遜に手渡す。
「別にあなたを貶すわけでは無いのだが、一応あなたは非正規の手段、しかもお縄事に片足突っ込んだ手段でここに来たのだから、多少示しをつけて貰わないといけない。
その条件はそれに書き記した。すまないが、よろしく頼む」
「はい、申し訳ありません」
陸遜はその書を受け取り、宿へと帰った。
「大丈夫だったれすかー、陸遜!?」
「ええ、ちょっと都督様の所へ行ってきました……」
「都督ならここにいるのだ。ほらー」
「周瑜さん、その都督じゃなくて、ここの地方を統括するドーロ都督の事やで……って! 陸遜さん、こんな混乱の中でドーロ都督に会いにいったの!? 本当よく無事で帰ってこれたねぇ……」
「いや……ただ相応の罰は受けましたねー」
と、言いながら陸遜はドーロ都督の命令書を見せびらかす。
「何々、『陸遜氏へ、今日より三日後に、ムーブメントの中の一将を倒す事を命ずる』……うわ、これは中々ハードなミッションですこと……」
「んなこた言われたって、今のボク達にはまともな戦力もなければ、ムーブメントっていう勢力の印象を『どえらくデカイ』程度しか知らないのだ……ほんと無茶言ってきたのだ」
ここで、魯粛は閃いた。
「いや、これはひょっとしたら簡単かもしれないれすよ? 私、陸遜がよく知ってて、楽に倒せそうなムーブメントの将を知ってるれすもの」
「では、それは一体何者ですか?」
「名前は呂蒙、ランク:四のNPCれすよ」
これを受け、陸遜……と、周瑜と富國は、鳩が豆鉄砲を食ったようになる。
「ろ、魯粛! お前、何でそんな情報を知ってるんだ!?」
「一、馬鹿力の呂蒙なら大分疲れる事はあっても、くたばる事はない。
二、あの時、呂蒙自身が『集まりやすいどこかで』と約束した。
三、呂蒙は特に劉啓にひどい扱いを受けた。
四、今はムーブメントが各地で騒いでいる。
この四つの条件から、呂蒙は今、『私達を探してる』か『ムーブメントにいる』かの二択に絞りこんだれす。
そして答え合わせに、昨日夜中にこっそり街へ出て、審問から逃れた人達に片っ端から聞いたら、ジェラエッタって国の元民から聞けたれす、正解は後者とね」
「冴えてるのだ、魯粛……けど、どうやって呂蒙と戦うのだ? そして、魯粛、このままでは陸遜と蒙ちゃんのどちらかがやられるのだ、それでいいのだ!?」
「陸遜、あなたには覚悟があるれすよね?」
「……ええ、ドーロ都督はかくまってくれましたが、この件は、今はしがないランク:四が起こした物。いくらかの人は、これを快く思わないでしょう。
ですから、俺は、『示し』をつけなければなりません」
「……わかった、のだ」
*
正午、ジェラエッタ王国跡地にて。
「ロード。こちらの方に、何やら怪しげな矢文が来ました」
ロードは渡された文を広げ、隣にいる呂蒙と共に内容を読む。
「『三日後、そちらの軍にいる、呂蒙殿に決闘を申し込む 陸伯言より』……
陸遜、か……どうする、呂蒙よ。同胞と戦う気はあるか?」
「そのような事、聞くまでもないでしょう。戦い、奴に、なすべき事をなさせるのです」
と、呂蒙は即答した。
「流石だ、呂蒙……では、心しておけ」
そして、時刻はすんなりと午後三時となり、ジェラエッタとトードイスムカの間にある、名もなき平野にて、陸遜と呂蒙は対峙する。
陸遜の後ろには、周瑜と魯粛と軍富國、そして遥か遠くにこっそり、ドーロ都督とその側近達がいた。
一方、呂蒙の背後にはムーブメントの兵達と、カエサル、ナポレオン、リチャード、フリードリヒに守られるロードがいた。
「カエサル殿、この決闘いかに思う」
「リチャード君。その質問は必要だと思うか」
「呂蒙殿の勇猛さは、先のジェラエッタでの戦にてしかと拝見した。対してあの少年だか少女だかはどうだ?」
「ナポレオン殿、あまり事を達観せぬ方がいい。勝利というのは、いびつなサイコロであるからな」
「陸遜、頑張るのだー!」
「れすー!」
と、二人の先達に背中を押され、陸遜はしかと呂蒙の姿を捉える。
「本当に、生きていたのですね、呂蒙殿」
「おう、かくいうお前も無事逃げられたか」
「でしたら、早く、こちらへ戻ってきてください! そんな暴徒と混ざらないで!」
降参させるも、引き抜くも、広く言えば『倒す』に等しい。この台詞は、陸遜のそれ信じる故の、呂蒙への仲間としての言葉である。
対して、呂蒙は、
「陸遜、お前は一体いつからそんな口の聞き方をするようになったんだ」
と、それを弾く体をとる。
「わからないのか、陸遜。ロード様は偉大なんだ! 見よこの大軍勢! ロード様には、これを作るだけの英才と、これを引き付けるだけの大義があるって事だ!」
これを受けた陸遜は、胸の内で即断する。
「……わかるわけないじゃないですか」
「へ?」
「所詮俺達は、戦人! 結局物事を定めるのは、これに限る!」
と、言い放ちつつ、陸遜は爆炎槍を構える。
「ははっ、いい心がけだ……よし、ならやってみろ!」
呂蒙も盾を構え、空いた右手で後方に、得意の魔法で水流を放ち、陸遜へ急接近する。
陸遜は冷静に狙いを定め、火弾を撃つ。呂蒙はそれを盾で容易く放ち、己の得意な近距離へ入った。
盾と槍、それは直ちに連続して組み、弾き合い、互角を広げる。
「粘るじゃねえか! やるな陸遜! ならば、こうだ!」
わずかな隙を突き、呂蒙は陸遜の胸ぐらへ右手をやり、思いきり水魔法を噴射。陸遜を押し倒しつつ、自分は反動で跳び、今一度間合いを空ける。
「そこです!」
陸遜は押し倒されてもなお、がっちり槍を構え、飛び上がり、体勢が開いた呂蒙へ、火弾を与える。
「なるほど、アタシが都合が悪くなれば跳び離れる事を読んでやがったか。なら!」
呂蒙は盾を投げつけ陸遜を牽制し、再度急接近、再び鍔際の組み合いへ持ち込む。
「生憎武勇においてはこちらが上だ! 先程の粘りはこれ以上出させない!」
「……はぁ、何故、出させないのですか?」
「全ては、我がロードの為だ! ロードに仇なすものは、断じて看過できない!」
「でしたら、尚更、逆に粘らせていただきます! 本当に戻るべき場所を忘れ、呉下の阿蒙以下に成り下がった野郎の為にも!」
「何だ、その減らず口は……!」
呂蒙は盾付けた左拳を強く握り、陸遜の頬目掛けフックを繰り出す。
陸遜は冷静に、槍の柄底で向かってくる盾の裏面を叩き、弾き飛ばす。そして、それに引っ張られ、体勢の崩れた呂蒙の首へ、くるりと一回転して蹴りを与え、強引に伏せさせた。
「本人が鈍れば、拳も鈍る……そういうものです、よ」
と、言いつつ陸遜は、前のめりに倒れる呂蒙に、爆炎槍の刃先を突きつける。
「ははは、本人が鈍れば……か……」
と、そこへ周瑜と魯粛が駆け寄り、
「さぁ、戻ってくるのだ、呂蒙!」
「安心して欲しいれす。もし、また劉啓のような残虐外道な奴にあれこれひどいことされても、私達も共に居れすから!」
そう、仲間として向かい入れる体を見せる。
呂蒙は、再び立ち上がり、陸遜を見下ろして言う。
「お前の覚悟はよくわかった……だが聞くぞ、お前は、アタシ達のロードに、本気で向き合う気はあるか」
「なければ、このような機会はありませんでした」
「……わかった」
呂蒙は突拍子もなく飛ばされた盾を拾い、背後のロードの方へ投げつける。
「させませぬっ!」
ロードの側にいたフリードリヒは、咄嗟の判断で細剣を振るい、呂蒙の方へ弾き返した。
「ちっ、やっぱり楽には終わらないか……だが、ムーブメントの野郎共! わかったか、それがアタシの気持ちだ!」
「……フリードリヒ、リチャード、カエサル、ナポレオン。我の堪忍袋はとうに切れた、それ即ち」
「「「「はっ、直ちに圧殺の準備を!」」」」
ロードの周囲は、突然ときな臭くなり、やがて見物客から、軍としての体裁を取り戻す。
「ありがとう呂蒙。これにていいきっかけができた……四百万の英傑達よ! 直ちにトードイスムカへ参れ!」
怒声か、蹄音か、足音か、もはや何の音かすらも判別不能な轟きが、名も無き平野に広がった。
「くっ、おちおち再開を喜ぶ暇もないのだ……」
「というよりまずいれすよ! 私達、今たった四人でこの平野のど真ん中にいるれす!」
「いーや、五人やで!」
と、背後の荷車をちらつかせつつ、ドヤ顔をして富國は言う。
「ああ、お前もいたのかこの銭ゲバ商人! さっさと乗せろ! そして早く走れ!」
「切り替えはやいなぁ……そしてムカつくなぁ」
孫呉の四人は即、荷車に乗り込み、富國は押し売り後に使う逃げ足を流用し、えげつない速さでムーブメントから離れる。だが、その量は微かである。
「駄目や! やっぱ荷車ごときじゃあ足りない!」
「あんな得意気な顔してそれですか! くっ……このままでは俺達五人は、カモになりますよ!」
「いや、五人でもなければ、カモにもならない。我が幾多の軍がある限り」
呂蒙と陸遜の決闘の話がすすむ間、水面下で準備していたのだろう――トードイスムカの方より、ドーロ都督率いるPC・NPCが折り交ざった総力とも言える軍、三百万がやってきた。
「さあ、行け、ホイプペメギリの勇士達よ! 目指すのは最終決戦である!」
【第四十七回 完】




