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第四十五回 【起】闘う孫呉たちへ愛を込めて

 『LoveCraft』の舞台、ロジスティック大陸は三かける三の九マスで地方分けされる。


 それぞれの名はゲーム内のフレーバーテキスト、ロジスティック神話に登場する十神から取り、真北から時計回りに、ア・ドネザスオグ、トドッバ・マ、キトァミァ、マダキウポオーベー、ジャグガバゼパ、イイキュフォアグ、ホイプペメギリ、ユールコアと名付けられ、そして中央の地方が主神、レソカーラ・シュクペバーの名を冠している。


 その九地方にはそれぞれ、運営自らが管理する『制都市』が置かれ、地方を最低限に統括する存在である都督がいる。


 そして今、同一の問題を抱え、彼ら九人は電子会議室に集まっていた。


「『ムーブメント』、各地にいるNPC達が突如、PCを忌み嫌い出し、小さくて一揆、大きくてクーデターを起こし始める現象。また、自他とも認める彼らの総称である事、あるいは近日各地で乱暴狼藉を働く者達である事は、ここにいる以上承知でしょう」


「我々イイキュフォアグ地方は都の財政を切り崩し、各地を納めるPC君主達に大規模な異端審問を行い、辛うじて被害を食い止めています」


「だがこちら、ジャグガバゼパ地方は同じ手法をとっても、人材を削げないと拒絶され、混乱に喘いでおります」


「このままではプレイヤーの方々に変な気を持たれてしまい、人口減少に繋がってしまいましょうな」


「……確かにこれまでの履歴にも、怪しい信仰が流行った時が散見された。だが、全地方を跨ぐ規模のものは見たことがない!」


「この原因は、余程のカリスマ性を持つ者が指導したに違いない……いや、そんなはずもないか、きっとバグだろう」


「おいおい、僕をバグ呼ばわりしないでくれ。けどカリスマ呼ばわりも好きじゃないな」


 電子会議室に来るや否、その男は一斉にこう呼ばれる。


「開発筆頭、Rolfe氏!」


「そう、それが正解」


「Rolfe氏、まさかこの件に関しては、あなたが一枚噛んでいるのですか?」


「いや、一枚噛んでるという程でもないかな。

 無作為に選んだNPC達に、『PCは外道だ』という具合の思想を学習させただけだもの」


「やはりあなたが黒幕でしたか! 開発筆頭! 自分の産んだ作品の寿命を縮めるとはどうかしているな!」


 と、一人の都督が詰問すると、Rolfe氏はあっけらかんとして、


「人の殺し方を学べば、人は逮捕されるのかい? その是非は、その後の行動によるものであって、それは関係ないだろう?

 僕はあくまで、思想を学習させただけ。誰も『大反乱を起こせ』とは命令していない。今回の場合は、その思想を得て、自分の憎悪と織り混ぜて燃料とし、どっかのカリスマ性のあるNPCが勝手に働いただけだ」


「ですが、その理屈が正論としても、NPCが大反乱を起こさないという保証は当然できません。

 やはりあなたの行為は、『LoveCraft』の寿命を縮める事になるのでは?」


「大反乱という言い方がそもそもよくないよ、君。これは同業他社のオンラインゲームが周一から月一のペースでやるような『イベント』のようなものだと思ってくれ。

 全体的に有象無象が入り乱れ、結果的に一進一退の状況が続くこのロジスティック大陸に、全人民に新たな刺激を与えるような、ね?」


 Rolfe氏は、一旦呼吸を整え、そして九人の都督を睨み、


「そして忘れてはいけないよ。君達もその全人民の内だというのをね。

 殺戮者になるも、敗北者になるも、大犯者になるも、君達の一存にあるからね」


 と、言った後、電脳会議室を後にした。


「全く、やはりRolfe氏は恐ろしい……」


「では、我々は直ちにこの事態の収束を図るとしよう」


 間もなく、九人の都督達も電脳会議室から出ていくのであった。



 ロジスティック大陸真西部、ホイプペメギリ地方、制都市『トードイスムカ』にて。


「ドーロ・イルヴェント氏! おかえりなさいませ!」


 トードイスムカ都督、ドーロ・イルヴェントは再び、自分用の椅子に座り、己の側近達を前にする。


「状況報告を」


「はっ、ホイプペメギリ地方においてのムーブメント達の勢いは破竹でありまして、今まで散々、この制都市の脅威とされていたカッサーラー・ミッツワーレもムーブメントの一員であった兵士により殺害され、他にも啓国、ミンチョ王国、エスカープ王国等々……内部に紛れていたムーブメントにより崩壊した国は、数知れずです!」


「一説によれば、この地方におけるムーブメントの勢力数は農民から一国の将軍までのNPC三百万と、これに便乗したPC百万人、計四百万とも言われています」


「……本都て何か目立った事件は?」


「NPCの商人が市街地に放火し損なった等、小規模ながら臭い事件が多々あります。

 この城がある、中枢となる地区では厳重な管理を行っているため何事もありませんが……」


「自分達の心配だけでてんてこまいになってはいけない、だろう?

 そうだ、我々都督の任務は地方の最低限の統治……このままムーブメントの好きにさせては、立ち位置が腐ってしまう」


「そうです。というわけで、我々家臣一同は、あなたの命令をお待ちでありました」


 命令――と、言われても、ドーロ都督にはそれが無かった。

 都督という、地方の万民の生殺与奪を握る身であるため、軽率な動きは出来ないため、ただいま熟考中である次第だ。


「ひとまず、本都の警備を最高レベルに引き上げ、いずれ来る大戦に備え予算と物資の補充を……」


 その時、形振りかまわず、切羽詰まった家臣がドーロ都督達の前にかけてくる。


「……緊急の伝令だな」


「はっ! 報告! ムーブメント軍、ジェレエット王国を征服しました!」


 ここで、家臣達と、ドーロ都督は酷く動揺した。 

 ジュレエット王国とは、トードイスムカの南東隣を支配し、ドーロ都督自身が勲章を与え、トードイスムカの盾とした、名誉ある国である。


「ホイプペメギリ地方におけるムーブメント達の勢いは、常識を逸脱しています。ジェレエットの人々は必死の抵抗をしたようですが、まるで押さえきれず、兵と民問わず尽く、むごく滅ぼされました。

 特に国王の死に際はすさまじく、焼け焦げた都の歩道で三日三晩引きずられ、石ころのように蹴られ続け、事絶えたと聞いています」


「こ、ここまで……ムーブメントの憎悪はすさまじいだと……」


 ドーロ都督は、頭を抱えた。けど、それ以外は何も出来なかった。

 ここで、痺れを切らした一人の家臣が、こう進言する。


「こうもなれば、まずイイキュフォアグ地方のように、大規模な異端審問を行い、今後の波乱の根源を立つべきです。次に今こちらへ来るムーブメントの本隊は、トードイスムカの財力に物をいわせ懸命に守り抜きます。そして疲弊を待ったところで殲滅しましょう」


「……わかった、それで行こう」



「……おい、おい、もっと速く走れよ!」


「荷車にそんなスピードだせるかいボケェ!」


 その怒声で、陸遜は目を覚ました。そして、自分は今樽の中にいる事と、その樽は荷車に乗せられている事と、荷車は『あの』PC商人『軍富國』が引いている事を把握する。


「あれっ、富國さんではありませんか……何故に?」


「路上でお仲間さんと一緒にへばってたから、特別に助けてやったんやで。何か変な毒にやられてたっぽいから、おまけに薬も飲ませてやったし」


 後ろを向いていると、同じく樽に入ってスヤスヤ眠る周瑜と魯粛がいた。


「そうですか、ありがとうございます……あれ、呂蒙殿は?」


「あのボロ馬車の周りにはおりまへんでしたな。ほんま何があったんかいなって感じですわ」


「……ああ、それはですね」


 陸遜は、富國へ事細かくこれまでのあらすじを語る。


「ほんま自分も大変だったようで……ったく、こちらも長居場がドエライ事になりましてなぁ……お、見えてきた」


 遠くから見てもよくわかるその大きさ、それがホイプペメギリ地方最大の都市、『トードイスムカ』の単純にすごいところである。


「そこの二人、一応解毒剤は飲ませましたがすぐには動けないでしょうから、いったんどっかの宿で寝かして置きましょうや。あそこの街、トードイスムカはこの地方の制都市やから、あんな輩に追われるぐらいの治安の悪さはないはず」


「そうですね……いや、まさか!」


「何がまさか何ですかいな……!?」


 二人の視線は、トードイスムカの門にあった。


「貴様ら、NPCだな!」


「はい、それが何の問題でしょうか……」


「なら話は早い! 突っ込め!」


 この街の役人であろう男は、検問にかかった難民とおぼしきNPCを近くの大きな鉄カゴに押し込まれる。そしてその阿鼻叫喚が鳴り止まぬ鉄籠は、静かに本城の中に運ばれていった。


「おいおい、ここもかいな……陸遜さん、ちょっとお仲間共々静かに隠れてもらいまっせ」


 富國は陸遜達を荷物に仕立て隠し、何気なく門を潜る。


「お嬢さん、情報ウィンドウを」


 役人はしかと、軍富國の情報ウィンドウ――特に『PC』の二文字を見る。

 そして、次に彼は背後の荷車を見る。


「これの中身を拝見してもよろしいでしょうか?」


「自分正気ですか? ワイは商人やで、そしてこれは企業秘密やで?」


「いや、そう言葉にされれましても、それが本当か確かめませんと……なんせ今は物騒な世の中ですし」


「いやなのはワイの方や! もしこれでこちらの商売のカラクリが露見したら、ワイは等々一文無しになってしまうやん!

 せっかくムーブメントの連中から命からがら逃げ出してきて、かなり苦しいのにぃ!」


「……わ、わかった……なら、どうぞ」


「ありがとうございやす! この恩は一生忘れまへん!」


 かくて、富國はピリピリした雰囲気の検問を走り抜け去り、トードイスムカの中へと入っていった。


【第四十五回 完】


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