第四十四回 孫呉惨歌
いきなりだが、ここで一つ解説を入れるとしよう。
『LoveCraft』において、殺人は理論上、咎められる事はない。
ここは剣と魔法のファンタジーな戦争の地であり、ストラテジー・ゲームの中である。
戦争という名の人殺し祭りの中で、人を殺していちいち咎められては流石にたまらないだろう。
運営が咎めるのは、カミングワークの役人等の、運営直従の人に危害を加える、あるいは今作の利用規約や現実の公法に合わない行為を行った者に対するもののみであり、その他の罪状は、各国・各地の王や君主等の責任者が定め、罰すものとしている。
要するに運営は、『法整備もお前らPCのやる事』と言っているのだ。
そしてその裏には、とてつもない暴虐をも許容している事を、ここに記しておく。
*
「次の仕事先は『啓』――珍しい中国式の国号ですね――、今回は依頼者の皇帝、劉啓氏から、一時的な仕官のお求めです」
「ほんと珍しいのだ。何故かどこもかしこもなんちゃら王国的な感じだったからなのだ」
「例外はサイレン法皇のアルトリウス皇国とか、伊達光父さんのテンブン連合国とかれすかね?」
「あと、袁術のバカ野郎の『仲』もあるぞ!」
「それは思い出したくなかったですね……」
そうこうしている内に、啓国の本城が見えてきた。やはり、中国式の四角い城郭で囲った物であった。
「さっ、とっとと門潜って長に会いに行くのだ」
孫呉の四人は何気なく、門を潜ろうとする、と、そこに居た衛兵達が突如目を大きく開き慌て始めた。
これはどうしたかと困惑する四人。と、その時、衛兵達は、やっとこさ落ち着きを取り戻すどころか、見事に隊列し、楽器を高らかに鳴らす等、無駄に壮大な歓迎の体をとるのだった。
「御仕官、まこと有難うございます! 周瑜様! 魯粛様! 呂蒙様! 陸遜様!」
そして、ただ今向こうから長絨毯が転がされ、皇帝、劉啓がそこを歩いて、孫呉の四人に迫ってくる。
「ようこそおいでくださいました! 孫呉の皆様!」
「はっ、これはどうも」
四人はそれらしく、拱手の礼を劉啓に向ける。
劉啓はそんな事お構いなしに、とり合えず前にいた周瑜の手を取り、乱暴気味に握手する。
「さっ、ここで立ち話も何ですので。ここからは予め準備していた宴席にて! ささっ!」
劉啓は四人を強引に、停められていた馬車に押し込み、そして宴席の方へ走らせた。
「かなりそそっかしい人れすね。劉啓さん」
「ええ、拱手の礼に割って入ってまでして握手したがるとは、かなり熱心を持っていると思えますね」
馬車に揺られる事数分、四人は立派な中華式の宮殿を前にして降ろされ、その中にあった宴会場に招かれる。
そこには、目を見張る程の豪勢な料理があったのは、言うまでもない。
「さあさあ、どうぞお好きに座って、お好きに飲み食いしてくだされ!」
と、言いつつ劉啓は上座に堂々座り、四人が各々好きなように飲み食いするのを眺める。
しばらくして、程よく四人達の気がほぐれてきた事を見計らって、
「先日のカッサーラーとの戦いはお見事でしたね!」
「ああ、それ聞いてたのだ!?」
「勿論! あんな大勝を知らないなど人でなしのする事ですよ! 三国志を愛する者としては、尚更ですよ!」
「おおっ、つまりアタシ達の事は百も承知って訳か!」
「そうです! あの戦いはまるで赤壁を再び見ているようで、胸が熱くなりました! 特に! 呂蒙がクビライを殺した事は、もう感動で一杯になりました! ですから!」
劉啓は思い出したように、配下に小振りな酒瓶を持ってこさせ、それを自ら呂蒙の盃に注ぐ。
「こちらの一杯をどうぞ! 私の隠し玉にして、啓国が誇る名酒でございます!」
「おおっ、気が利いてるじゃねえか! では遠慮無く!」
「あと、陸遜殿も一杯、いかがでしょうか!」
「はぁ、では少々」
劉啓は気前よく、陸遜に少々注いだ後、周瑜の方を向いて、
「周瑜殿、あなたもどうです!」
と、勧めた。
「当然、たんといただくのだ!」
劉啓は周瑜言われた通りを酒瓶を傾ける。が、しかし何も出てこない。
「ちっ、空か……まぁいいや……」
「?」
「あ、申し訳ありません在庫切れです、どうやら今日はツキが無かったって事で、勘弁してください!」
「ひどいのだー! おい蒙ちゃん、少しはボクにもわけるのだ!」
「ええ、なら一口だけだからな、一口だけ」
「わかったのだ」
周瑜は呂蒙から盃をぶんどった後、豪快な一口をきめ、中身が半減した盃を持ち主へ返す。
一方、陸遜は自分の満ちた盃を、何故か飲まず、まじまじと見ていた。
「あれ、飲まないんれすか? 陸遜?」
「いや、ただ飲むだけなのが唯一の楽しみ方な訳でもあるまいし」
ここで劉啓は少々声に力みを含めて言う。
「何ですか? さては俺の酒が飲めないとでも?」
「いえいえ! とんでもありません! ですが、何かこれ……」
「ああ、ああ! すみません、うちの陸遜が! これは私が責任を持ちれすので!」
と、言って魯粛は陸遜の盃を勝手に口付ける。そして神妙な顔をして離す。その矢先……
「すまない魯粛殿、陸遜! 文句は後々周瑜殿へ!」
半分を強奪され、満足に至らなかった呂蒙が盃を取り上げ、空にして陸遜に返した。
「ちょっ、何してるんですか呂蒙!」
「うへー、斬新だぜこれ。癖になりそう」
と、つぶやいた後、呂蒙はバタりと倒れ、モゾモゾ動く。
ひどく酔っているようだ。まともに思考が働いてない。
「いやはや、これじゃあ酒宴もクソもありませんね……」
「なのだ、なのだ……何だかボクも気持ち悪くなってきたのだ……」
「れすね……ふぁー、というわけで劉啓殿、私達は早めに引き上げさせて貰うれす」
「ええっ、先程の酒はまだありますのに!」
「いや、結構れす……」
かくて、四人は酒宴の席を離れ、用意されていた部屋へ行く。
「お、重い……」
その時、唯一平常でいられている陸遜は、レロレロの呂蒙を担がされていた。
「うえー、ほんっと気持ち悪いのだ。でも寝れば治るはずなのだ」
「れすね」
そして、四人は無難に寝て、今日を終えたのだった。
事態が一気に深刻化したのは、翌日の事だ。
「何か、めちゃくちゃだるいのだ……」
「ゴフン、とにかく息苦しいれす……」
周瑜と魯粛の体調が、突然と悪くなったのである。
「ゲホッ、ゲホッ、一体どういう事なんだこりゃあ。二日酔いとかの類いじゃ無さそうだが……」
どうやら呂蒙も似たような症状を起こしているようだが、彼女の場合は持ち前の気力でどうにか立っていられている。
「とにかく。劉啓殿に報告しまして、医者を借りましょう」
特に何てことのない陸遜は、早々に劉啓に報告する。
劉啓もこれを受け、直ちに自分の専属医に診察を命じた。が……
「ふぅむ。これは何なのか、私には検討はつきません」
と、お手上げしてしまった。
これでは困ると陸遜は、国中を駆け回り医者という医者を訪ねたが、皆、上のような事をのたまうか、不可解な臨時休を取っているか、留守であるかのどれかで、まさにのれんに手押しであった。
「クッソ……この呂子明がへばりかけるとは情けない! というより、何だよこの病気はよ!」
「毒、では無いでしょうか……?」
「毒!? アタシ達は毒にやられたってのか! いつ!?」
「きっと、あの劉啓殿が振る舞った酒に毒が入っていたのでしょう……
そして、これは劉啓殿の仕業であるかもしれません。
自分の隠し球を他人に細工されるなんてそうそうないですし、あの人、我々に関心を持ってるのにも関わらず、拱手の礼を妨げたり、所々悪態をついたりとしています。何か裏があってもおかしくありません」
「おいおい、そんなまさか! あんなにアタシ達の事あんなに歓迎してるのに……ゲルクズレでの事まで知ってたんだぞ!」
「何度も似たような事がありましたからいい加減わかりましょう、うまい話には裏がある事ぐらい。
……とは言えども、まだ断定は出来ませんね。なら直接問いただす他ありませんね……」
「ゲフッ、んだな、よしじゃあ行くか」
「ちょっと待つのだ!」
そう周瑜は二人を呼び止め、魯粛と共に起き上がり、おぼつかない足取りで二人につく。
「いや、二人は別に、ただ寝ていていいのでは……」
「正直な話、私達も劉啓殿には懐疑の念を持っているれす。私達がこうもなってるのにも関わらずあんな医者を寄越すだけで、まるで可哀想に思ってないれすもの!」
「このまま黙って寝てても、奴の心は動かないのだ! ならこちらから出てやるのだ!」
「……わかりました。ただし無理はなさらないでください」
早速、四人は念のための装備を整え、劉啓に無理矢理押し掛ける。
「これはこれは、一体私に何のようで?」
「あくまで俺達の推測になりますが、ただ今の周瑜殿と魯粛殿、そして呂蒙殿の病状には何か、そちら側に原因があるのではと思いまして、それを調べたくてここに参りました」
「まさかぁ。あれだけ歓迎してやったではありませんか。なのにこちら側に良からぬ意図があるのは、あまりにもおかしな話ではありませんか」
この白々しい態度に、呂蒙は怒り心頭。そして強くこう訴える。
「しらばっくれんな! じゃあ何であの酒宴の直後に揃って具合が悪くなるんだよ! どっかの馬鹿厨房がアタシ達に毒を飲ませるよう仕組んだとかでもしなきゃ、そうならないだろうが!」
これを聞き、劉啓は口角を上げ、フッと、微かに鼻で笑う。
何がおかしいのだ。と、間髪入れず周瑜に指摘されると、劉啓は余計に大っぴらに笑って、
「気づくのが遅すぎるんだよ。孫呉のボケナスどもが」
と、本性もろとも吐き捨てた。
「ボケナスれすと……! やはり今までのあなたは仮面だったんれすね! 三国志が好きで、私達を尊敬しているというのも!」
「いや、それは半分嘘だが、半分事実だ……
お前達の孫呉って、醜くないか? まるでそこいらの賊のように、人の手柄を横取るか、寝首をかくばかりで、国としての尊厳って物がないだろうが」
「なっ、おい! 貴様、何だその減らずぐ……」
「特に呂蒙、陸遜! 貴様らは畜生以下だ! 狼心を持ってしてケイ州を関羽の首と共に奪い、当然の報復を劉備の余命と共に焼き払う……ああ、やはり孫呉は忌々しい!
あのゲルクズレの話を聞いた時は狂喜乱舞したよ、この俺が、貴様らを、目の前で、徹底的に、ぶちのめせる機会が出来たからな!」
「やはり……全てあなたの策謀だったと!」
「そうだ、大変だったよ……人を殺さず弱らせる程度の毒を用意するのは! けど、それで貴様らをいたぶれるのなら、安いものだ!」
刹那、孫呉の四人の周囲を、幾多の衛兵が何重にも囲う。
「さぁ、引っ捕らえろ! ただし殺しはするな! 俺の復讐のために!
さすれば貴様らにたんと報酬をくれてやる!」
生憎、四人は万が一を想定して武器を持っている――圧倒的状態不利ではあるものの、四人は決死の奮戦を行い、どうにか包囲をこじ開け、逃げ回る。
「ぜぇ、ぐふっ! ……頼むのだ、陸遜、あまりボクに無理をさせないで欲しいのだ……」
「ですよね。なら……!」
やがて四人は、馬小屋にたどり着く。
「むっ、お前は孫呉の……ぐはっ!」
陸遜は、そこにいた馬飼いを暴力で黙らせ、そこにあった馬車を出す。
「皆さん、これに乗ってください! そしてただちにここを脱しましょう!」
「わかった、相変わらず気が利くれすね!」
体調の優れない周瑜、魯粛、呂蒙は馬車に乗り込み、陸遜はそれに全力を出させ、本城内を走る。
「やっ、あれは孫呉の連中か!」
「急げ、急げ! 早くしないと逃げられちまう!」
「懸賞金は俺のもんだ!」
最中、あちらこちらから武装した民衆が顔を出し、四人を追い立てる。
「くそっ、さては劉啓め、あらかじめ手を回していましたね……この腐れ道徳が! どおりで国中の医者が黙りこくってた訳だ……皆様、少し揺れますよ!」
陸遜はめちゃくちゃに鞭打ち、馬をとにかく速く走らせる。
しかし、いかんせん民の数が多すぎる上、あちらこちらから沸いてくる……四人の逃走劇は、とんでもない綱渡りと化していた。
「い、今のあれ、たいまつじゃないのだ!」
「まずいれす、本気で殺しにかかってれすよ皆さん!」
「くっそ……もっと速く走れ、もっと速く逃げろ! 今俺達には、それ以外の突破口が無いんだからよ!」
と、陸遜は馬に当たるが、彼らも四人同様に必死である。が、それでも民衆は、孫呉の四人を着々と追い詰めるのであった。
「うう……最高に気分が悪いぜ」
「すみません呂蒙殿! ですが今回だけは勘弁ください」
「ああそうか、だが、悪い! ちょっくら外へ吐き出してくる!」
呂蒙は愛用の盾を構え、外へ飛び出す。
「だぁー!? おい蒙ちゃん! あなた一体何をする気なのだ!」
「わりぃ、説教はまたどっかでだ! できれば集まりやすい目印になるどっかでな!
……やい、啓国の野郎共! そして、劉啓! この呂子明は卑怯者でもなければ、貴様らの財布でもない! ましてや、アタシ達は、貴様に罵られるような下劣では決してない!
真の本質は、終戦の鬨と共に聞かせてやらぁ!」
「はぁ……呂蒙! そこまで言うなら、必ず、必ず帰ってくるのれすよ!」
呂蒙は民達に容赦なく武力を振るい、彼らの足を止める。
その間、陸遜は彼女から悔しくも遠ざかり、そして鞭を振るう事以外考えなくなる。
(さぁ行け……これ以上の悲惨は御免だからよ!)
*
いつの間にか日は沈んだ。陸遜は、自分達かどこだかわからない暗闇にいる事に気づいた。
「まだだ……まだだ……」
そして馬車は、暗闇で止まり、その乗員三名は、疲れ果て眠ってしまった。
一方その頃、啓国では。
「探せ、探せ! あの橙髪の鎧女はまだここにいるはずだ!」
光無く、人気の無い路地裏にて隠れていた。
「ごほっ、ごほっ……ははぁ、クソッ、まだ、ここじゃあくたばれないのによ……」
と、そこへ、不幸にも劉啓とその親衛隊が来る。
「ふん、やはりドブネズミはこういう所にいるものだ……やれ」
兵達は呂蒙に飛びかかり、相手が疲労困憊なのをいい事に、鮮やかに押し伏せる。
「ちっ、この人でなしが……そこまでして、アタシを貶したいか、劉啓!」
「人でなし……誰が何を言っている? それは貴様だ、呂蒙。忘れたか、貴様は、孫呉の将だろうが。ならば、この扱いは妥当だろうに!」
「それだけの理由で、それだけの理由で、アタシはこうならなきゃいけないのか! 貴様と同じ、人一人だと言うのに!」
「一緒にするなこの産業廃棄物のNPCが……貴様らは黙って、畜生になればいいんだ……」
刹那、一人の兵が、劉啓の首に槍を突き立てる。
続けて、半数の兵も同調し、もう半数の兵を殺す……あたかも、今まで別な二つの勢力がいたかのように。
「やはり、我らのロードの考えは正しい。PCの連中には、仁義という物が無さすぎる」
「……そして知恵もない、自分の愚かさに気づく知恵も、我々がいつの間にか紛れ込んでいる事に気づく知恵も」
突然の事態に、呂蒙が呆然とする中、劉啓を裏切った兵達は呂蒙の前でひざまずく。
直後、呂蒙の視界に、ローブで姿と顔を隠した者が現れる。
「皆、大義であった。そして呂蒙、よくぞ生き残った」
「はっ、誰だ貴様。そして何故アタシの名前を……」
「我は、同胞にはロードの名で通っている。その同胞の名は『ムーブメント』と世間で通り、嫌われている。
我々NPCを差別し、虐げ、道具とするPCをこの世界から徹底的に排除し、当たり障りない世界を築きあげる為に各地で活動を起こす故に。
君の名は知って当然だ、自分のランク:四という汚名を振り払おうと、日々各地で活躍しているから――その行為はあまり関心しないが、我々の本質と同様であるから。
だから今、我々はここにいる。君を、我々の同胞にするために、PC達を皆殺すために」
ロードは、呂蒙へ右手を差し出し、さらにこう告げる。
「君だって、今のように、ずっと嫌な思いをしてきたのだろう。さぁ、早く、あんな苦しい事はやめて、またこっちに戻って来てくれ」
呂蒙は、一瞬ロードに手を伸ばす、が、脳裏に『彼女達』の顔が浮かび、引き戻す。
「いや……ふざけるな、何が関心しないだ、苦しい事だ! アタシ達は、アタシ達なりにやってきたんだ! それを上から言われて、好き放題塗り替えられてたまるか!」
するとロードは、左手でフードを掴み、
「あまり、正体は明かしたくないんだけどね」
外し、その素顔と、己の情報ウィンドウを呂蒙に晒す。
「き、貴様……いや、あなたは……?」
「さぁ、どうするんだ。呂蒙よ」
その後、ロードの眼前には、ひざまずく呂蒙の姿があった。
【第四十四回 完】




