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第四十二回 鮮赤の大河 ~黒煙が意味する者~

 今日の朝はあまりにも静かであった。

 空は無難に晴れ、大河の流れも平たく、風も無と言っても差し支えない。

 かといって、それが続くとは限らない。


「今日こそ、今日こそが、カッサーラーの常勝終焉の日なのだ! 皆は、それを創るのだ!」


 大河の南に、要塞近辺に布陣するサケリカ・ゲルクズレ連合軍は、周瑜の演説により奮い立っていた。決戦直前以外の何物でもない雰囲気だ。


 これをクリフらサケリカの者と、魯粛と陸遜は感慨深く見ている。


「ここまで、短いようで、長かったですね……」


「そうれすね。ああ、やっと弔い合戦が出来るれす。ね、呂蒙……ん? あれ、呂蒙!? 呂蒙ー!」


 魯粛は異変に気づき、辺りをくまなく見渡す。が、どこにも呂蒙の姿は見当たらない。


「ん、どったのだ、魯粛?」


「どったもこったもありませんよ、周瑜殿! 呂蒙殿がいないんですよ! ここに!」


 これ故に連合軍はザワザワする。が、周瑜はおちついて、


「皆、いい芝居してるのだ」


 と、一言。


 クリフは周瑜をどういう事かと尋ねる。


「勿論この件は、ボクの承知なのだ。敵を騙すにはまず味方からなのだ」


「じゃあこれはお姉さんの策だと……なら。皆! 安心を! アタシ達の勝利は、揺るぎないから!」


 一方その頃、カッサーラー軍の陣に、一隻の小舟がやって来る。


「ヴルトバース将軍、不審者を連れてきました」


 直後、ヴルトバース将軍と、三傑の前に小舟の乗り手――ひどくボコボコにされた呂蒙が差し出される。


「貴様は、グラーチの雇い将の一人……えっと、呂布!」


「呂蒙だ! 元同僚なんだから覚えておけ!」


 クビライは問う。

「おい漢民族。こんなズタボロの体で何をしに来た」


「結論から言うと、そっちに降りたいんだよ。

 昨日、アタシ達の方にフェリペが来て、『こっちに来たほうがいい』的な事を言われて、アタシは『いいな』と思ったんだよ。

 けどそれを魯粛のバカヤローは反論して追い返したんだ。

 だからその後『何故乗らなかった』って魯粛に言ったら、こんな有り様にされて……で、夜に紛れてあんな小舟で逃げ出したんだぜ」


「ほう、そうか。可哀想に……とでも言うと思ったか、この漢民族! あれだけこのクビライに反抗した癖に、今度はこちらに降りたいだと! ナメた真似をしてくれたな!

 だろう、ヴルトバース!」


 ここで呂蒙は、フェリペの方を向いて言う。


「じゃあ、こいつは一体何なんだ? 端から降伏させる気がないなら送らなければよかったじゃねえかよ。

 ひょっとして、鵜呑みにしたアタシが悪かったって言うのか? ならやっちまったな、そこでふん反り返ってる将軍様の前例もあるし、いけると思ったんだけどなー」


 フェリペは思った。もしこのままならば、昨日自信満々に使者となった行いが無意味となり、自分の立場は怪しくなる。ならば……


「ヴルトバース将軍。ここは受け入れるべきでしょう。さすれば他の三人も芋づる方式で引けるはずです」


 と、最もらしい理由を添え、自分の行いを実にしようとする。


「うう、そうしよう」


 ヴルトバースも、降将という人の事を言えない立場にある上、ひょっとしたら呂蒙が自分の事を『ゲルクズレの裏切り者』とバラすかもしれないという脅威がある。この承諾は自然である。


「さぁ、この後、どうするのですかな蒼き狼君? 今のところ三対一ですなぁ?」


「クセルクセスまで……わ、わかった。この降伏、認めよう! ただし、念のため我の側において監視する! 異論はないか!?」

 

「ふむ、確かにその警戒心があれば見張りは十分でしょう。わかりました、あなたに預けます。ただし、彼女は今後の交渉に使いますので乱暴はよしてください」


「では、いい加減本題に戻るぞ。三傑ども……」


 この時、呂蒙の表情に、微かな笑みがあったのは言うまでもない。



 昼前の事である。


「敵襲! 敵襲! ついにカッサーラーの船団が動き始めました! その数……二百!?」


 大河を狭くみせる程のカッサーラーの大船団は、凄まじき気迫をもって、南へと下る。

 前衛は騎馬戦を得意とするために早期の上陸が求められるクビライが、後衛は詰めに必要な船団と人材を持つクセルクセスが、それぞれ指揮している。


「お、おちつくのだ! 直ちに船を出すのだ!」


 どうやらあの周瑜は、これをまるで把握出来ていなかったらしく、おぼつかない指揮で戦艦三隻を放つ。


 その結果は言うまでもない。圧倒的に数で勝るカッサーラー軍の前衛、クビライ部隊が木っ端微塵にした。


「なっ、落ち着くのだ! どうにか集まるのだ!」


 この敗北を受け、周瑜達の動きは一気に大人しくなる。

 その隙に、カッサーラー軍は――特に、早く己の騎馬隊を陸に解き放ちたいクビライは、対岸へ迫る。


「ええい、まだか! 早くしろ! ……おい、何ボサッとしているんだこの漢民族!」


「えっ、アタシ!?」


「貴様は誰の部下になったんだ? 我の部下であろうが! なら貴様も手伝え!」


 この時、クビライには一つの自信があった。

 『蒼き狼の目からは逃れられない』。仮に呂蒙に悪い気があったとしても、どうにかなるだろう、と、思っていたのだ。


 だが、忘れてはいないだろうか。このような些細は、時に重大を生む事を。


「む……どうしたのだろうか? クビライの船から煙が……」


 クビライの乗る船に、突如として火が灯った。念のため記しておく。今は昼前――かがり火を炊くにはまだ早い時分である。それ即ち……


「だ、誰だ! 我の船に火を放ったのは!」


「はい、こいつです!」


 クビライは、呂蒙――ではなく、一人の蒼き狼を睨んだ。


「何の冗談だ、これは!?」


「いや、悪気はなかったんですよ! 俺はただ……船の中で火を炊くと、熱い空気によって船が持ち上がり軽くなり、より早く進める。と、呂蒙殿から教えてもらったので、試したところ、派手に炎上して……」


 どうやら、この場合、騎馬民族に船を操らせるのは、至難だったようだ。餅は餅屋ということわざを説明するのにいい例だ。

 さて、これを真に受け止めさせて主犯、呂蒙はと言うと……


「うらぁ!」


 水流により勢いづけ、バキバキと甲板を打ち破り、クビライを足元より盾で殴りかかる。


 打ち上げられたクビライはどうにか着地し、槍先を呂蒙に突きつける。


「貴様……何様のつもりだ!」


「恨むなら、あそこでさっさと斬れなかった、貴様の意気地を恨め!」


 と、呂蒙は迫り来る馬の無い騎馬兵を紙切れの如く蹴飛ばしながら、吐き捨てる。


「こんの、ランク:四の塵芥がぁぁ!」


 クビライの猛烈な突きが、呂蒙に迫る。しかし、今彼が上にいるのが、草原を駆る馬ではなく、燃え、沈みかけ、揺れる船であるために、先日のような強烈さは感じられない。


「そういう上下的な事はなぁ、終戦の鬨を上げた後に言うもんだろうがぁ!」


 呂蒙はそれを盾でいなし、空いた手でクビライの頬へ拳を叩き込む。と、共に、そこから水魔法を放つ。


 クビライは水流に押され、甲板より身を出され、大河に落下。どうにか体勢を建て直し、浮かび上がった所へ、呂蒙が適当に拾った槍をぶん投げたために、串刺しになって息途絶えた。


「……よし、逝ったな。あー疲れた、むさ苦しいおっさんじゃあ妄想もはかどらないしよ……よし、今だっ! やれっ!」


 呂蒙の号令に合わせて、他のクビライ隊の船にも火がつく。

 先程周瑜が付け焼き刃に放った三隻は、実は泳ぎ達者な選抜兵達のみを乗せた物であり、初めから撃墜され、こっそりと船に泳ぎ入り、火をつけさせる算段だったのだ。


 これを呂蒙が知っているという事は……ここに説明はいらないだろう。


「うわー! 助けてー! クビライ様ー!」


 混乱に次ぐ混乱……カッサーラー軍の先鋒は、あっという間に火の壁と化してしまったのだった。


 そして、この事態を、ひどく重く見る者が一人。 


「何をしているのです! 早く船団を止めなされ!」


 火の壁に迫り往く船に乗る、クセルクセスだ。


「このままでは我々の部隊まで火だるまになってしまいますぞ!」


「わかりましたクセルクセス殿! 善処します!」


 クセルクセスの迅速な指揮により、彼らの大船団はどうにか船を止める。そして、無事引火を逃れた。


「今なのだ! 者共かかるのだー!」

「思う存分仕返しするれす!」


 この様を、勢いに乗った、挟み撃ちの陣形を取りサケリカの船団は、クセルクセス隊の両脇から大いに嘲った。


「し、しまった! おい、早く、動かしたまえ! さもなくば挟み撃ちにな……」


 轟音を立て、クセルクセスの船に、サケリカの船首が激突する。間髪入れず、それを伝い周瑜率いる精鋭兵が乗り込む。


「さぁ、この前の宣言を撤回させて貰うのだ!」


「な、なんと……! させるものかァァァ! やれェェェ!」


 クセルクセスの兵は、蟻のように群がり、周瑜達へ襲いかかる。だが、相手の気炎は、それを脅威と見ず、次から次へと蹴散らしていく。


「理解したのだ!? こいつはただ、物量押ししかできない奴なのだ!」


「黙れェェェ! テルモピュライの真似事で、イキリ立つのでは無いィィッ……!?」


「まぶしい上に、うるさくて、でしゃばり。的に最適ですね……あのランク:五様は」

 

 クセルクセス隊は、陸遜に狙撃された大将の御身により、隊としての体を失い、雑魚の如く血迷う。当然サケリカ軍は、これを徹底的に打ち破っていった。


 カッサーラー軍の出撃から数時間足らずで、それらは、もはや見る影も形も無くなってしまったという事実が、後に残った。


「見たのだ! 水上で真っ向からやれば、こちらは絶対負けないのだ!」


「……ま、まさかこれだけ優位に終えられるとは、侵害

です」


 クリフは、ブラッドは、その他サケリカの家臣は、何度も目を擦った。しかし、前にあるのは、常に、信じがたき勝利である。


「周瑜殿、恐れ入りました」

 

 元降伏派の家臣すら、周瑜達に感謝するのだった。


「ははは、嬉しいのだ! ……さて、こんな血生臭い河の上で喜ぶのは、戦略的にもあれだし、帰るのだ」


 と、その時。大河は一気に静まりかえる。同時に、炸裂音が鳴り、サケリカの船一隻に鉄弾が降りかかり、沈んだ。


「さぁフェリペ、思いっきりこの戦場を巻き直せ!」

「まさか、本当に出なければならないとは……この、祝福されし無敵艦隊が!」


 そして、サケリカ軍に、カッサーラー軍の技術と財源をしろ示す、フェリペとヴルトバースに率いられた、勇あふるる船団十隻が襲いかかる。


【第四十二回 完】

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