第四十一回 鮮赤の大河 ~裏切り者とは~
「悔しい事実だぜ、ここからみれば握り潰せそうなぐらいの大きさなのによ」
カッサーラーへの抑えのため、ゲルクズレ領最後の地である要塞に駐屯していた呂蒙は、楼閣に立ち、大河を挟んで北にある、着々と戦力が集いつつあるカッサーラー軍の布陣を眺める。
彼女の言う通り、こちらからみればその大きさは豆粒程度に見える。が、それは距離を置いているからであり、実態は、カッサーラーの実力をとことんしろ示す、長大な陣である。
その中の、ある陣幕内にて、
「腕が鈍ったな、クセルクセス! あんなボロ船団を満足に追えないとはな!」
と、カッサーラー三傑の一人、クビライはクセルクセスに噛みつく。
「それは身を挺して民を守ろうとした旧ゲルクズレ王の面目と、後々カッサーラー様がゲルクズレを当地する際、しがらみを残すのはよろしくないと考えた故ですな。
得意な騎馬を酷使してもなおランク:四の凡将二人に追い付けず、横槍を入れられスタコラと帰っていくあなたとは訳が違いますな」
「な、何を……」
火花を散らす二人の視線の間に、フェリペは割って入り、
「やめるんだ二人とも。君達はこの現場の将軍、ここの士気に関わる者だ……」
「黙れフェリペ! 貴様は関係ないだろうに!」
「然り! そもそも貴様にも否はあると我は踏んでいる。何故貴様は本城制圧をするだけで仕事を済ませた、こちらに援軍を寄越すなりすればよかったでしょうに!」
「私は周辺の制圧も行っていたのですよ。無闇やたらに動けば、突然横槍を受けるかもしれませんからね」
と、フェリペはクセルクセスとクビライへ説明した後。隅にいるヴルトバース将軍へ目をやる。
「同行していましたよね。ヴルトバース将軍」
「ん、おお……そうだそうだ」
「ですって。とにかく、口論はあの要塞を奪還し、ゲルクズレの息の根を完全に刈りきった後にしましょう!」
「ふっ、また不細工な紳士面して、敵を逃すなよ、クセルクセス」
「何をクビライ。あなたこそ、蒼き狼が犬コロと同義にならぬよう祈るべきでしょうな」
「何を……!」
「そちらこそ!」
と、この一触即発の場で、突如としてフェリペは背筋をピンと張り、強ばった表情となる。
どうしたかとクセルクセスとクビライはフェリペの視線の先を見ると、同様になる。
ついでに、意味はわからないがヴルトバース将軍もそうする。
「手筈は上々であるか、三傑どもよ」
大国を統べるに相応しい、尊厳が手足をつけたような出で立ちの男――カッサーラーは、そう三傑とに問う。
「はっ、噂通りゲルクズレの本城を見事奪還、その後、各地を制圧し、残るはかの前方の要塞のみとなっておりま……」
カッサーラーはフェリペの近況報告を聞き流し、隅にいるヴルトバースと目を会わせる。
「お前は何者だ」
「え、あ、私は……ゲルクズレ王国で将軍の席についておりました、ヴルトバースという者であります。本城制圧の折にフェリペ殿の寛大な措置を受け、カッサーラー様の矛として認められました」
「ふん……臭いな」
「臭い? ああ、何たってこのかた戦、戦、アンド戦でありました……」
「裏切り者、特に格段と汚ならしい方の臭いがプンプンするぞ、お前」
ここでヴルトバース将軍は、硬直し、額より汗を流す――どんな汗であるのかは説明するまでもないだろう。
(さては、俺の裏切りのせいでゲルクズレがやられたのを見透しているのか……!)
「まさかお前が、このゲルクズレの件に一枚噛んでいる訳じゃないだろうな?」
「いえ、とんでもありません! 私は、このヴルトバースは、勇猛と仁義が誇りの人間であります! 仮に裏切るとすれば、それはゲスい同志を恨み、民を哀れに思う時だけであります!」
カッサーラーはヴルトバースの釈明を聞き終えるや否、腰の剣を取り、ヴルトバース将軍に渡した。
「これは……?」
「三傑どもよ、これより、この戦の総督はこのヴルトバースに任せる」
「え……カッサーラー様、正気であるか!?」
「何故我々がポッと出の輩に顎で使われなければならぬのですか!?」
「クビライ、クセルクセス。文句があるならまた一戦交えて、そして完膚なきままに打ちのめしても構わんぞ。
それに、俺は忙しいんだ……最近、ここ以外でも裏切りの臭いがするのだからな。
ではヴルトバースよ、即急に、このカッサーラーに相応しい戦を」
と、言い残し、カッサーラーは早馬を飛ばして陣を出た。
「では、以後よろしくお願いします。ヴルトバース殿」
ヴルトバースは、ひどく震えていた。『自分を試しているのだ』、と、彼は容易く理解した。
だがここに逃げ道はない、むしろ進まなければならない、それこそが、裏切る際に望んだ、栄光と安寧の道なのだから。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。皆様」
三傑は、一部不服に思いながらも、ヴルトバースへ礼をした。
そして話は、軍議へと様変わりする。
「我が大船団を指揮し、対岸へ上陸する」
「そしてそこからこのクビライが蒼き狼達を放ち、あの要塞一体を死体と蹄跡まみれにする。これでよかろう」
得意な話題になると、急に話が得意になる。これが人間の良い所でもあり、悪い所でもある――話は、心外にも順調に回っていた。
「うん。俺の経験からして、それが無難だろうな……フェリペ殿は、何か言いたい事は?」
「はい、二つ程。一つは、万が一それが台無しになっても、こちらには奥の手がある事。
して、もう一つは、ゲルクズレは恐らく、明日は我が身となっている隣国、サケリカと手を組み、必死の抵抗をしてくるという事です」
「確かに。それだと、勝ったとしても多大な損害を被る羽目になるだろうな。ならフェリペ殿、これをどうにか捌く策はないか?」
「ありますとも……今、ゲルクズレを守ろうとしているランク:四の四将がいますよね。ヴルトバース将軍は、元ゲルクズレ出身なのですから、彼女達と面識があるのでしょうね?」
「勿論だが、それがどうなる?」
「このフェリペに、彼女達の情報をありったけくださいまし……さすれば、無血開城は簡単でしょうから」
「なるほど、じゃあ、言えるだけ言ってやるか……」
*
夜、かの要塞にて。
「魯粛殿。こちらへカッサーラーからの使者が訪れました」
「む、こんな時にれすか……」
と、陸遜に言われ。魯粛は寝床から身を起こし、いそいそと着替え、客間へ向かう。
そこでは既に、使者が衛兵と共に待っていて、呂蒙がどうにか応答していた。
「お待たせしました、こちらが魯粛殿です」
「よろしくお願いしれす」
「いや、こんな時間に申しわけありません。私はこのような人間でございます」
使者の紳士は、己の情報ウィンドウを見せつける。その中には、『フェリペ2世』の記述があった。
「カッサーラー三傑じゃねえかこいつ。こんな夜中にくるとか相変わらず何様だよ」
「呂蒙殿、ここは抑えて……好ましくないのは事実ですけど」
呂蒙と陸遜はひそひそ話を止め、魯粛とフェリペの会話に意識をやる。
「私が持ってきたのは他でもない、あなた『達』にとって利益のある話であります。
魯粛殿は今現在、ゲルクズレの残将としてこの城塞に立ち、隣国サケリカと手を組みこちらへの反抗の意思を見せているという所までは、私も理解してます。 ここで質問です、何故、あなた方は雇われの者であるにも関わらず、戦おうとするのでしょうか?」
「グラーチ王への義理を果たすため。民の意思を守るため。そして、私達の名声のためれすよ」
「ふうん、なら……解せませんな。今のあなたの行動が。理由をのべましょうか?
一つ、グラーチ王は無茶苦茶な男であり、満足に民を守れない王であります。そんな者に義理を果たしても、無意味でございましょう。
二つ、民は白い糸のように何色にでも染まる、この後カッサーラー様の手によりゆっくりじっくりと仁政を飲ませてやれば、以前となんら変わらない生活が出来るでしょう。
三つ、先程チラっと言ったように、小者のグラーチや、小国サケリカに味方して、仮に勝ったとしても世間はどうとも思わないでしょう。
そして四つ、我々と横並びとなり、共にカッサーラー様の隆盛を作った方が、大義にもなり、万民を安んじ、あなた達の栄達にも都合がいいと思うのですが?」
「へぇ、それは美味しい話れすね!」
と、魯粛は身を乗り出して言った。これに、呂蒙と陸遜は不安を覚える。
「そ、そうなのか魯粛殿……!」
「いや、これはきっと何か考えあって故のはず」
「乗りがいいですね、魯粛殿。もしあなた方がその気となれば、カッサーラーは是非なく手厚いもてなしをするでしょうね!」
「それはいいれすねー、尚更素晴らしいれすねー」
「では、念のため。魯粛殿、こちらに降る気はありますでしょうか?」
「……は?」
と、魯粛は、今までの温度にまるで合わない、冷たい物言いをした。
「……え、魯粛殿?」
「話がちと早いれすよ。フェリペ殿、私は確かに『いい』とか『素晴らしい』とか言いれした。けれども、私は『あなた達に降る』という旨は、一っ言も言った覚えはないれす」
「ほう、ではあなたは、我々に降るつもりはなく、サケリカとグラーチの亡霊と共に邪道を往くつもりだと」
「どうやらカッサーラーに飼い慣らされたせいで忘れてしまっているようれすね。
正道も邪道も、優劣も、善悪も、最後にそれを決するのは、一人一人れす。愚かな王が、命燃やして国を守るように。
だからフェリペ殿、私達は、カッサーラーの言葉に操られないれす。
それに、どれだけ理屈を並べられたとしても、決して、この道をそらされる道理はないれす――戦場でねじ伏せる以外には」
「ほう、それがあなた達の意思ですが……なら」
フェリペは左手で何かの合図をし、衛兵達に自分を固めさせ、
「こちらはあなた達を砲弾で穿つ次第ですよ。では、戦場でお会いしましょう」
スタスタと歩き、客間を離れていった。
これにて今度こそ眠れる。と、魯粛が思った矢先、
「おまたせなのだ。魯粛」
何も知らない周瑜がやって来た。それ即ち、
「サケリカの援軍はたんと連れてきましたよね、周瑜殿?」
「勿論、ほぼ総動員といっても過言じゃないらしいのだ」
今宵、ゲルクズレが遺した例の要塞は、四万の兵と、百三十の木造戦艦が、大河に乗り集っていた。
「うっし、これだけありゃあどうにか……いけるか?」
「いけるのだ。ボク達孫呉の叡智と経験を掛け合わせれば!」
「でしたら……やる事はもう、あれしかないでしょうね?」
「状況が違うから、多少、変更を加えなければならないれすけどね」
決戦の時は、近い。今の四人の状況は、これだけである。
【第四十一回 完】




