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第四回 魔法学校下の呂蒙

 『LoveCraft』にはスキルという概念がある。

 これは技というより、現実でいう所の資格のような物である。例えば『剣術:レベル一』というスキルは、それの所持者がそれ相当の剣術であるという証明になる。


 基本的に末尾のレベルが高くなれば成る程、強いものである。だからこそ、レベルを高くするために、この世界のプレイヤーは皆、『学ぶ』という行為を欠かさない。


 その学びを手伝う物といえば、学校だろう。


 この世界にも当然学校は存在する、例えば、今回の舞台であるリフグリル魔法学園など。


「それでは本日は放水術の応用を教えたいと思います」


 リフグリル魔法学院では、地水火風等の属性ごとに別れ、授業を行っている。こうする事で専門分野の魔法使いが育てられるのだ。


「このようにゆっくりと出すことを意識してください、するとほら! 泡のように水が漂うでしょう! ではやってみてください!」


「「「「はい!」」」」


 水魔法はホースを用いたように放つのが初級中の初級、今回の応用はそれをゆっくり放てばいいだけ。故に生徒達は楽々水風船を作り上げる……ある一名を除いては。


「おお、落ち着け子明、ただゆっくり出せばいいんだぜ、」


 ガタガタ震える左手を右手で押さえながら、橙髪の、魔法使い見習いとしてはミスマッチな鎧姿の少女は、左手から水を放つ、もの凄い勢いで。


「……」


 生徒達が天井から降り注ぐ水滴に唖然する中、先生は少女に、自分が作り上げた水風船をぶつけ、怒鳴る。


「呂蒙さん! どうしてあなたはすんなり頭に入れられないのですか!」


「す、すみません!」


 呂蒙、と呼ばれた少女はただただ頭を下げた。


 *


 放課後、呂蒙はうつむきながら、二人の美男子に挟まれ帰路についていた。


「そんなに落ち込むなよ蒙ちゃん。前回の水流剣も二時間も補習を受けて出来てたじゃんか」


 二人の内、天然パーマが目立つ方、ランク四のNPC、フロンティヌスは呂蒙を若干失礼な事を言いながら励まし、


「恥ずかしながら僕、あなたに感謝しなければいけないのですよ。あの大暴発の最中に自分の水風船が自壊してましてね。僕も出来が悪かったのでしょう」


 二人の内、眼鏡をかけた方、ランク四のNPC、ケリーは呂蒙に皮肉混じりに感謝する。


「うう……ありがとう。アタシ嬉しいぜ、こんな心の優しい美男子の友がいるなんて」


 そしてバカにされた事に気づかない呂蒙は、うっすらと嬉し涙を流す。


「おっと、もうここまで来たか。じゃあ明日も一緒に頑張ろうぜ!」


「幸運を祈る」


 家までの道が違うので、二人は呂蒙に背を向け、


「ところであれ、完成しそうか?」


「ああ、もう少しで皆をあっと言わせられる奴を……」


 仲良く話をしながら歩き続けた。


 呂蒙はそれをまじまじと見て、満足した後、急いで家に帰り、ベッドに飛び込んだ。


「争え、争うがいい……同族同士で争うのは実に快感だぜ……」


 彼女の頭にはフロンティヌスとケリーの姿があった……過剰な程に、なかむつまじい二人が。


 自身にもわからないが、彼女はこういう事を考えると、口うるさい役人を斬り殺したような、背徳的な快楽を味わえるのだ。


 俗の言う、腐女子というものだろうか。


「ああ、何て邪魔だぜ何もかも!」


 呂蒙は雑に鎧の紐をほどき、豊かな肉体を解き放つ、そして怒り任せに胸を揉む。


「男なりせばアタシも、邪な愛をひしひしと楽しめたのに! 天よ、何故アタシを男にしなかっ、げほっ、ごほっ!」


 感情昂り思わずむせる呂蒙、それが止んだ頃には頭も冷える。そして現実を見る。


「明日も今日と同じようなら、補習は避けられないはずだぜ。少しは練習しなければ」


 さっきと同じように呂蒙は『ゆっくり』を意識しながら左手に、力を込め水を、意に反し勢い良く放つ。


「……寒い」


 *


「一つ気になる事が、このスキルって何なのだ?」


 珍道中の最中、周瑜は自分の情報ウィンドウのスキル欄にある、『地魔術:レベル一』に指差す。


「これは魔法って奴を使える証明ですよ。試しに何かやってみてはいかがです。いいですか、手に力を込めるんですよ」


 陸遜の言う通り、周瑜は右手に力を込める。すると砂鉄や砂埃が集まり、鋭利な石になる。


「おおっ、凄いのだー! 何に使えばいいのかわからないけど」


「魔法って便利れす。私も『風魔術:レベル一』ってのを持ってるれすけど、暑い時によく使ってるれす」


(他人を焼き殺した、と言うべきか……)


 一方その頃、呂蒙は予想通り、放課後の補習を受けていた。


「これで、どうだ!」


 彼女の願いも虚しく、出来た水風船は数秒で一生を終えた。


「呂蒙さん、ずっと気になっていたんですけどあなたは何故魔法を学ぶのですか? どちらかと言うと武闘派ですよね」


「悔しいからだ。それ意外の何者でもない……」


 NPC

 名前:呂蒙

 ランク:四

 性別:女

 武力:七 知力:三 政治力:五 統率力:五 魅力:四 


 情けないウィンドウを見せながら、呂蒙は語る。


「昔はカミングワークに通い、仕官を求めた。されど皆は言ったぜ、『お前みたいな馬鹿はいらない』ってな。最初の頃は好きに言えと思ったが、段々と腹が立ったんだ、自分に! 

 アタシは信じている、プレイヤーってのでもNPCでも、天才でも馬鹿でも、小さくても大きくても、『成長』できるはずだ!

 だからこそアタシはとにかく何でも学ぶ! 皆に認められる士になるために!」


「やる気は充分ね、ならそれを活かしてみなさい!」

「合点!」


 呂蒙は再び力を込める、だが結果は同じ。やる気はあれど実にはならない事のいい例である。


「あなた、ひょっとしたら『ゆっくり』を強く意識していないんじゃないの? 何か邪念があるとか」


「い、いやそんな事は無いはず……」


  ここで呂蒙と先生は、床が微かに揺れるのを感じる。


『非常事態発生! 生物室より魔物が!』


 と、部屋に書かれた音増しの魔方陣からなる。


「この教室の近くだよな、先生!」


「ええ、止めに行かなくては!」


 先生は廊下へ飛び出す、イカのような怪物が、のそのそと向かってくる。


 早速、水の弾丸を怪物に当てる、が、まるで効かないどころか、反射し、こちらが負傷する。


「く、こうなれば大人しくす……」


「先生下がって、ここはアタシが!」


 呂蒙は己の愛用する盾を両腕に構え、突撃。先生は必死で彼女を止める、されど彼女は聞く耳を持たない。


「そいつは魔法を跳ね返すのよ! よって戦うのは無意味だから……」


「よく知っているでしょう、アタシが魔法をろくに使えない武闘派だと。ならここでアタシが成すべきは!」


 呂蒙は床に両手を置き、全力を込め水流を放つ。天井ギリギリまで来た彼女は、鷹のように怪物に飛びかかり、絶え間無く盾で殴る。怪物は怯む。


「これが、終戦の鬨だぜぇぇぇ!」


 呂蒙は怪物に渾身の一撃を叩き込む、刹那、ピンク色の粉が辺りに放たれる。


「な、何だこれは! ってうおぃ!」


 呂蒙は何本もの、怪物の細長い足に巻かれ引き寄せられる、そして頬擦りを強要される。


「万が一生物が暴走した時用の『執着の粉塵』よ……『操獣術』のスキルがあればおすわりとかの簡単な願いを聞かせられるけど、呂蒙さん……あなたみたいにそれを持ってなければベタベタ執着されるだけよ」


「先に言ってくださいよ先せ、うわっ、やめろ、それは……」


「言おうとしなかったけど襲いかかったのはあなたですよね……はぁ、ちょっと待ってください、まず犯人探ししますんで。恐らく構造的に生物室にいるんでしょうね」


 鎧を剥がされ、豊満な胸を踊らされる呂蒙を他所に先生は生物室へ参る。


「大成功ですな。魔法を反射する生物を産み出すとは」


「ああ、おまけに呂蒙のゆさゆさを拝めた……って、あ……ども先生」


 その後、フロンティヌスとケリーは勝手に怪物を作り学校を困らせた事、呂蒙は先生の命令を聞かなかった事と、あの後怪物と彼女を引き離すのに苦労を要した事を罰せられた。


 が、信賞必罰に沿って二人は魔法生物の可能性を多少は広げた事、呂蒙はその武勇によって怪物を粉塵の範囲に止められた事を評価され、足し引きして厳重な注意だけを受けた。


 それでも学校中に悪名が轟き、居心地が悪くなり、自主退学という結果になったが。


 *


「ありがとうございます」


 何とも言えない顔をして呂蒙は書店から出る、そして駅に近い公園のベンチで、買った漫画本を広げる。


(結局『水魔術』スキルはレベル二までしか成長せず、仕官にまるで影響せず、結局足りない頭と無駄に肉付いた体を抱えて性欲に浸る毎日に逆戻り、か)


 だだっ広い空を見上げ、呂蒙はため息をつく。そんな彼女に薄紫髪の小柄な者が近寄り、鋭くも幼い目でジロジロと見てくる。


(何だこのかっこかわいい子は……)


「手前、呂蒙という名をご存じで?」


「知ってる、というより、アタシだ」


 呂蒙は不思議に思いながらも自分の情報ウィンドウを見せる。


 相手も情報ウィンドウを見せ、対面した理由を述べる。


「……という理由から、我々は名声をあげるため、手始めに仲間を集めているんです。

 では本題、周瑜殿と魯粛殿があなたの事をお待ちです、もしよければこちらへ」


「やはりアタシは戦場を駆けるのが天命という訳か……行く、アタシは行くぞ!」


 呂蒙は目を輝かせ、ベンチから飛び上がった。


「しかし陸遜よ、お前は随分と幼げだな、これでは初見で気づかないぜ」


「手前も分かりにくいですよ、噂話では『胸が大きい』とあったのに、今のあなたは真逆ですからね」


「……まさかあれでアタシに会えたのか」


 とにもかくにも、孫呉が誇れる名将、周瑜、魯粛、呂蒙、陸遜が揃ったのであった。


 しかし彼女達の航路はまだまだ不透明のままであった。


 【第四回 完】


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