第三十八回 鮮赤の大河 ~三傑~
ゲルクズレ王国本城、陥落す――その一報が孫呉の四人に届いたのは、事から半日経った時だ。
「ええっ、そんな呆気なく……嘘じゃないのだ!?」
「してやられたれすね……」
周瑜と呂蒙の二人は、郊外の練兵場で、魯粛と陸遜の二人はある兵糧保管所で――双方別々の状況で驚嘆するのだった。
陸遜は走る焦燥を抑え、魯粛に進言する。
「魯粛殿、こうなれば要所に立ち、奴らの動きを本城の辺りで封じるべき。ですから、すみやかにここを……」
「いや、陸遜……まず、それよりも先にすべき事があるれす。
この事件はきっと、あの将軍が一枚かんでいるに違いないれす。そして奴の望みが現実となった今、この国は相反する二色になっているれす――『国を守る』か『国を譲る』かに」
「なるほど、俺達が安易にうろつけば、カッサーラー派の連中にやられかねないって事ですね。ヴルトバースは軍も持っていますから……軍、兵……はっ!? という事は……」
「相変わらず、察しがいいれすね! 幸いここは兵糧庫、あの二人を助けるぐらいの兵ならどうにか動かせるれす!」
魯粛と陸遜は、すみやかに兵糧庫にいた兵達百数人を言いくるめ、周瑜と呂蒙のいる地を目指した。
「貴様らはカッサーラー様が治める地に不要だ! せいぜい肥料になるがいい!」
「この売国奴が、ヴルトバースの飼い犬が! 死んで詫びろ!」
魯粛の予想通り、練兵場の兵達は、カッサーラー派とグラーチ派に別れ、血脂滴る、真の戦場と化していた。
周瑜と呂蒙は、当然グラーチ派に味方し、彼らの背後で采配を振るい、暴動を鎮めようとしていた次第である。
「蒙ちゃん! 狼煙はちゃんとあげたのだ!?」
「あげたぜきちんと! ああ、すれば魯粛殿と陸遜が勘づいてこちらへ来るんだろ!?」
「なのだ! けど遅すぎるのだ! どちらもキレモノだから何をすればいいのかわからないとか、途中でグッサリやられたとかは考えられないのだ……」
ここで、かの兵糧保管場がある場所がある方角より、砂埃を舞わせる数百の武装した集団がやって来た。
その集団を率いる将は、爆炎槍を構え、火弾を撃ち、二人の視野にいた兵一人を狙撃した。
「ほら、ちゃんとあげたぜアタシは!」
「陸遜! 遅すぎるのだ! 一体何をしでかしてたのだ!」
「そんな説明してられる程平穏じゃないでしょうここは! 早く目先の連中を片付けなければ!」
陸遜隊と合流した周瑜と呂蒙は、より一層奮戦し、より強く軍を纏め、終いには練兵場よりカッサーラー派の兵を一掃しつくしたのであった。
「……で、陸遜、合流が遅くなったのは何故なのだ?」
「あ、あとついでにだ、魯粛殿はどこに行ったんだ?」
二人の問いに対する答えは、間もなく実になって現れた。
「はぁ、はぁ、皆さんよく頑張りれした……ちょっと血生臭いれすけど、ここなら休憩できるれすよ」
数万の民を背にして、魯粛は三人へ姿を見せたのだ。
「何となーく事情はわかるのだ、けど一応聞くのだ……魯粛! その民草はどうしたのだ!」
「こちらに向かう最中に、自ら寄ってきて『このままカッサーラーの生殺与奪を受けたくない』と懇願されて、連れてきたれす……今、私のお人好しが迷惑なのはわかってるれすよ周瑜殿……けど、かといってほっとけと言われたら酷れすよ」
「ふざけるなのだ! 民草なんか置いていくのだ……何て、確かに言えないのだ」
周瑜は、己の将としての良心を、胸の内だけで踏みつけた。後ろの呂蒙と陸遜も、魯粛を貶そうは微塵にも考えていない。
「ひとまず、ここは一旦皆を休ませるぞ。兵だって疲れるんだからな」
「その間、俺達は作戦を練りましょう。確実に、安全に、皆を導けるように」
「れすね……ありがとうございれす」
「あ、そうなのだ呂蒙。あの狼煙、どうにかしてまだ炊きっぱなしにしておくのだ。あれで他の人達も集めるのだ」
*
その頃、ゲルクズレ王国の本城にて。カッサーラー三傑の一人、フェリペ2世の前に、一人の縄に巻かれた、まるで演技のように苦虫を噛んだような面をする男が突き出された。
「ヴルトバース将軍。この国の軍権を多く握る重臣であります、こそこそと城を出ようとしたところを捕らえました」
と、張本人である一兵卒は説明した。
「ふむ、なら縄を解いてやらねば」
「……え、あ、はい」
兵が縄を解くや否、フェリペはヴルトバース将軍の手を取り、
「安心してくだされ、カッサーラー様は寛容である。貴方がその気であれば、これまでのいざこざは全て水に流され、貴方はきっと地位はそのままで、カッサーラー様の一家臣になるでしょう」
「……ほ、んとうですか! あ、ありがとうございます!」
と、ヴルトバースは、芝居めいて過剰に、狂喜を現した。
「さて、後は……逃げた元国王を捕らえ、波乱の萌芽を摘むのみ」
「でしたら、このヴルトバースに命令くだされ!」
見事に事が運んだために調子に乗っているヴルトバースは、フェリペに、
「今から私の傘下をかき集め、軍を国中に広げ、直ちにあの売国奴の首をかっさらい、この恩を返しましょう!」
と、勧めた。
「いや、気持ちだけ受け取っておこう。何せ、こちらには、それよりも上質な策があるので」
*
「ぜぇ……ぜぇ……」
左手は杖を持ち身を支え、右手は冠を押さえ位置を保させ、玉座なき王、グラーチは一筋の煙がのぼる方へ、ようやくたどり着いた。
「要点を纏めますと、こちらの残存兵力はおおよそ三千、ついてきた民の数は約八万、ここから十キロメートル南西に要塞があり……」
「皆様! 陛下がこちらにいらっしゃいました!」
「おっ、狼煙が効いたか!」
四人は軍議を中断し、兵達により労られ、横になる国王に顔を見せる。
「やはり君たちか、流石、孫呉の都督だ……すまない、私の不明がこのような事態を招いて」
「なんの、一度の敗北なんかかすり傷なのだ! こっから巻き返せるのなら尚更なのだ!」
「そうれす。孫呉の将たるもの、過去のうざったるい歴より、未来を重んじるものれすよ」
「ありがとう……悲しいものだ、今頼れるのが、雇いの者しかいないというのが……」
そのグラーチの言葉を聞き流しつつ、陸遜は改めて、
「では、話の続きを。ここから十キロメートル南西に要塞があり、一キロ先にはかの大河に面した港がありますので、陸路と水路に別れ、かの要塞で落ち合いたいと思います……で、よろしいでしょうか、皆様?」
「上出来なのだ、陸遜。じゃあボクと魯粛は兵二千と民五万を連れて、船を上手く使って水路を行くから、蒙ちゃんと陸遜は兵千と民三万を連れてくのだ」
「うっし、任しとけ! ここがアタシの敏腕の唸り所って訳だ!」
「ところで、グラーチ様はどちらについていくれすか?」
「人数が多い水路側につく。王として、統率してやらねばならないからな」
周瑜と魯粛は港に到着し、十数隻の船団を作り、呂蒙と陸遜は着々と歩を進め、共々に南西の要塞を目指すのだった。
「南船北馬という言葉があるれす。意味は『絶えず旅行する事』というものれすが、語源は『北は山や平原が多いので馬をよく使い、南は河が多いので船をよく使う』というものれす。
私達孫呉は南の人間、故にその語源どおり、しょっちゅう船を使うのれすよ」
「つまり、天下においてボク達の水上の働きはずば抜けてスゴいのだ」
「……だとしても、果たして無事たどり着けるだろうか?」
杞憂で終わってくれ、と、グラーチは祈った。だが、事実は常に、想像を裏切っていく。
「陛下! 伝令! 後方より、百近くの船の群れが迫っております!」
「くっ、ぬかりない……」
周瑜と魯粛は後方に目をやる。
そこには、伝令の言う通り、大河にひしめき、怒濤の如く迫るカッサーラー軍の船団と、
「我、カッサーラー三傑の一にしてェェ、神王なりィィィイッ!」
NPC
名前:クセルクセス1世
ランク:五
性別:男
武力:五 知力:五 政治力:十 統率力:九 魅力:十一
その内の一隻に乗る、エキゾチックな風貌の、あたかも第二の太陽のように宝飾品でまばゆく着飾った男がいた。
「まずいのだ、こちらの船は皆敵に背を向け、勢いに乗ってしまっているのだ! 反抗に出ようとしても出られないのだ!」
「その上、あちらは大規模な人員を用い船を動かしているため、速さが桁違いれす! 完全に裏をかかれてるれすよ!」
「かくなる上は、トカゲの尻尾作戦なのだ! 最後尾の船に連絡を回すのだ、直ちに小舟を用意して蜘蛛の子めいて避難させ、大船に火をつけろと!」
周瑜の伝達は混迷の時にも関わらずすんなりと通り、最後尾の船より民と兵をちまちまと乗せた小舟が飛び出し、燃え盛る大船を背後に、クセルクセスの艦隊から距離を取る。
「押し流せェェ、大軍を持ってしてェェエ!」
クセルクセスの一声により、豪雨を彷彿させる数多の矢が、容赦無く小舟達に突き刺さる。
それに乗っていた兵達は、民達は、声にならない悲鳴をあげ、大河に沈み、赤色を滲ませる。
「くっ、申し訳ないれす……皆さん」
「後悔している場合じゃないのだ、魯粛! 奴の軍の勢いはまだまだ途切れていないのだ!」
クセルクセスの艦隊は燃え盛る船の残骸を躊躇無く船首に激突させ粉砕し、水路を開き、次の標的を見定める。
「早く、もっと早く! しっかり帆を張り、ガンガン漕ぐのだ! さもなくば次の餌食はお前らなのだ!」
「……せめて、呂蒙と陸遜は無事であって欲しいれすね」
*
「大河の方からですね、あの煙は……」
一方その頃、陸遜と呂蒙は、草原に蹄をつける馬に股がり、黒煙を見ていた。
「あちらで何かあったという訳か……けど、生憎こちらに心配する暇はないぜ、陸遜。アタシ達にも後ろの百姓を要塞まで運ぶって役目もあるんだからな」
「ええ、そうですね。それに、あの周瑜殿と魯粛殿がいるんですから、きっとどうにかなるでしょう」
二人と、続く千の兵と、三万の民は、程々に急ぎ、要塞へと向かう。
その最中、彼らに、凄まじい地鳴りが伝えられる。
「何だ、地震か!?」
「いや、だとしても肝心な震動が然程感じられません! これはきっと……蹄音です!」
「けどよ、この音……後ろからも、右からも、左からも来てるじゃねえかよ!?」
「それを人は、『包囲』と呼ぶんですよ! 呂蒙殿!」
背後より四千、左右よりそれぞれ三千――計、一万の騎兵が、踵音を連ね轟かせ、
「蒼き狼の末裔、草原を馳せて候……!」
NPC
名前:クビライ・ハーン
ランク:五
性別:男
武力:十二 知力:九 政治力:九 統率力:六 魅力:四
全身一式を蒼に染めた騎馬民族そのものの出で立ちの男に率いられ、呂蒙と陸遜達に迫った。
「あの風貌からして匈奴の輩か……アイツら!」
「なら最悪ですよ、まさか平原で出くわすなんて……皆さん! 最大限の警戒を!」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
匈奴とは、古代、現在のモンゴルからロシアの辺りにいたとされる遊牧騎馬民族の呼称である。
馬の扱いに長け、その剛烈さと疾風さを持ってして、度々漢民族に多大なる被害を与えていたと史書にある。
あの『万里の長城』は、そんな匈奴から守るための防衛壁であると言えば、その凄味は伝わりやすいであろう。
話を戻す、クビライの姿が見えてから、悲鳴が上がるのは間もない事であった。
最初の犠牲者は、名も知らぬ民であり、首に矢を射られて死んだ。
それから、まるでドミノのようにクビライの軍が馬上より射る矢で、バタバタと死んでいく。
「おいっ、ぼさくさするな! 野郎共! お前らの仕事は戦う事だろうが、こうやってなぁ!」
呂蒙は水流を纏わせた盾を投げつけ、目に入った騎馬兵十数人を一気に薙いで見せる。そこから彼女は、無謀とも言える突出をし、強引に兵達の士気をあげる。
「うらぁ、どうしたぁ! 虎穴入らずんば虎児は得られんぞっ!」
「呂蒙殿……」
陸遜は近くにいた、目にかかった兵卒に、
「あなたは民達を連れて、皆包囲される前にすみやかにここを脱してください」と、命令をし、爆炎槍を構え、クビライの軍を射殺していく。
「ほう、あの漢民族、まぁまぁの才を持っていると見たり。が、しかし……このクビライ、いや、カッサーラー三傑は、容赦無く貴様らに牙を突き立てるであろう!」
【第三十八回 完】




