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第三十七回 鮮赤の大河 ~序曲~

 ロジスティック大陸真西部、ホイプペメギリ地方の名もなき獣道を、我が強い少女四人組――周瑜、魯粛、呂蒙、陸遜はいつものように歩いていた。


「『国防のための知恵と武勇をお貸し願いたい ゲルクズレ王国国王、グラーチ・ウーブレックより』……と、依頼書にはあります」


「ひっさびさのまともな仕事だぜこれ。依頼書も怪しさをまるで感じない」


「なら今回こそはトントン拍子に行くといいれすねー」


「んー、けどボク達はだいたいこういうのに反比例した苦労を味わわされる節が多いような気がするのだ……

 ま、だとしてもこの美周郎と孫呉の英傑にとっては、おちゃのこサイサイなのだ!」


 数分後、四人はゲルクズレ王国本都の門を目の前にする。そして、事の異様さ故に立ち尽くす。


「門番が、いませんね」


 国の警備の要である門を疎かにする危険性は、いくさまつりごとに関わる者ならば常識の範疇である。

 それも四人は皆、一国の都督を任された英傑――そのため、四人はこれを達観し、


「何かの罠ではないでしょうか」


「いや、これはひょっとしたら私達を試しているんれすよ……」


 等々、杞憂をし始めるのだった。


「むむ、見た事のない連中……さては!」


 と、そこへ、中々上等な身なりの、恐らく、国の重鎮であろう男が駆け寄って、四人にひざまずく。


「申し訳ございません、孫呉の方々。折角の食客を満足にもてなせず……

 国王がお待ちであります! 着いてきてください

! 事の子細はそちらで!」


 四人は長旅の疲れを一旦無視して、急ぎ足で歩く男に着いていく。道中、城に至るまでの道を歩くがために、街の景観が流れるように四人の視野へ入る――本城らしく、明るく活気があるように見えるが、どことなく、不穏な空気が漂っていた。

 

「陛下、お待たせいたしました!」


 そして、四人はいつものように玉座の間……ではなく、ある書斎に連れていかされた。机へ山積みにされた書類を前にして、グラーチ・ウーブレックは忙しそうに筆を走らせていた。


「おう君らか、よくぞここに来てくれた。俺が見ての通りこの国の王にされたグラーチって訳だ」


「王に……」

「されたれすか……?」


 グラーチは山積みの書類を一つ一つ片付けながら、事が現在になるまでを語る。


 この地域は土壌は肥沃、天候は安定し、大河が横切る故に水にも運搬にも困らない、国造りにはうってつけの地である。


 故に先代の王はこれをフル活用し、今のゲルクズレの形を造り、安寧を得た。


 ――カッサーラー・ミッツワーレ、あの男が気炎を吐くまでは。


 例の大河を北へ越えた先の地で、彼は手塩にかけて集めた臣下を用いて、そこの大地を鮮やかに手中にし、瞬く間にホイプペメギリ地方トップクラスの国力を保持するに至った。


 ここまで来たのだから当然、次の目的は、ホイプペメギリ地方の掌握であった。


 カッサーラーは次々と、隣国に野心という名の矛を突きつけ、串刺し、強奪していった。


 そして、矛先は、とうとうゲルクズレ王国へ向けられたのだ。


 その結果、先代の王はとことん畏怖し、やがて国民はおろか、忠臣の誰にも姿を見せなくなってしまった。


 これが、今、グラーチが王の座に座らされた所以であり、書類の山に向き合わされる所以である。


「今行っているのは二つ。近辺は勿論、少々離れた国にも示談を持ちかけ、カッサーラー包囲網を組んでいる事と、国の仕組みを今一度見直し、王の失踪のせいでガタガタになった国をどうにかする事だ。

 君らに深く関係してくるのはこれら、特に、周瑜殿と呂蒙殿は前者、魯粛殿と陸遜殿には後者を任せたい」


「合点!」

「しかし、なかなかに悲惨な状況でありますね……門に門番を立たせられなくなる程とは」


 この陸遜の発言を耳にし、あきれたような様子を見せる。


 直後、一人の鎧姿の男が書類を抱えて書斎に来る。


「陛下、今一度書類をお持ちしまし……」


「ヴルトバース将軍! 諦めるのはまだ早いと幾度言えば解すのですか!?」


 グラーチの突然の叱責に、ヴルトバースと呼ばれた男は、聞きなれたが故か少々だけ驚き、


「して、今度はうちの兵士が何をしたんですか?」


「門番が門番をしていない。と、この食客の方々が言っていた」


「それは私ではなく、門番がやる気がないの間違いでしょうが。して、次は『下の者にやる気を出させるのが上の者の仕事』と言うつもりでしょうか」


「そうだ、理解しているならそうするのが義務だろうが」


「勿論それは思っております。そして必死にそれを押し通そうと努力はしたつもりであります。しかし、人の心ってのはそう易々と動くものではないんですよ。

 ……とにもかくにも、あなたがすべきなのは説教ではなく、この書類を始末する事でしょうが」


 ヴルトバース将軍は、まだ何か言おうとしたグラーチの前に書類を置いて、スタスタと退室していった。


「今の感じ悪いのは誰なのだ?」


「ヴルトバース将軍、先代よりこの国の軍権の一部を任されている重鎮だ。政治に関してはさっぱりだったから、王の座にはつけなかったが」


「意外れすね、武官があんな弱々しい事を言うなんて。孫呉の武官なら是が非でも徹底抗戦を張り叫ぶぐらいの気質があるれすのに」


「さあなぁ、こちらとそちらの事情は、大きく異なるからな……」


 それから、四人は手始めに本城の視察をくまなく行い、資源、兵力、地の利等をざっと知って、夜を迎えた。


 その時、ヴルトバース将軍はグラーチに無断で酒宴を行い、己の旗本や親衛隊と共にどんちゃか騒いでいた。


「どうして勝ち目のない戦いにやる気ださなきゃいけねぇんだよ」

「そうだそうだ、とっとカッサーラーの靴をペロペロしたほうがマシだー!」

「さっさとくだっちまえ、グラーチ!」


 と、彼らは好き放題に愚痴をほざく――酒と、彼らの気質のせいで、意図無しに無礼講と化した。


 これを肴にヴルトバースは黙々と酔っていた。


(大体にしろ、これはゲームだろうが。この中で人が数万死のうが、数千城が落ちようが、数百国が滅びようが、所詮それは作り話。

 しかもPCは死んでもステータス初期化でどっか遠く離れた地にリスポーンされるんだから、こんなちんけな国抱えて死んでも、対して痛くも痒くもねーよ)


「……ヴルトバース将軍! どうにかならないんですか!?」と、一人の臣下がヴルトバースに強く訴える。


「え、ああ、すまん、ボーッとしてた。何が言いたかったんだ?」


「一応この国の将軍なんですから、どうにかしてカッサーラーに降参する方へ動かせないんですか?」


「んなこと言われても、グラーチは俺の言う事なんかまるで聞かないし、乱を起こそうにも奴には直属軍を抱えて守備を万全にしてるし、俺達だけ黙って降りにいっても『信用に足らない』とか言われて首チョンパされそうだしな。

 実現するとしたら『戦う』が九割九分九厘、『降参してくれる』が一厘だな」


「んー、何かカッサーラーの目を丸く出来るようなお土産が用意できればいいんだろうな……」

「しっかしやっぱグラーチは無能だな。戦う以外の道しか考えられてないんだからよ、いっその事アイツ、書類に埋もれて死ねばいいのに」


「はっはっはっ、そこそこ面白い冗談だな……ん? 書類に埋もれて死ねばいい……ああ、その手があった!」


 臣下一同が頭に疑問符を浮かべる時、ヴルトバース将軍は答える。


「殺すんだよ、書類でな! いいか、よく聞け……」



 翌日、周瑜と呂蒙は本城から離れた練兵場へ、魯粛と陸遜は地理の調査へ、と、二手に別れ出かけた。

 

 その間、グラーチは普段と同様、山積みの書類と向き合っていた。


「陛下、この恐慌故に一部の兵士が軽い暴動を起こしまして、その始末書の受理をお願いします」

「陛下、何者かによる武具の盗難被害がありました。なのでこちらの方針の了承を頂きたいのですが」

「陛下、これらをご覧ください」


 しかし、書類の山は減るどころか、ますます増えていき、徐々にグラーチの集中力と根気は、底へ底へと下っていった。


 四人が出掛けてから、一週間経った日の事である。


「陛下、陛下……陛下!」


「うぉい! ……ああ、びっくりしたー」


 腹心に起こされ、グラーチは、深い寝跡がついた顔をあげる。と、相変わらずの書類の山があった。


「……寝落ちしていたのか」


「はい、そうです。して、陛下、寝起きの所申し訳ありませんが、かねてからのお客様が来ています……」


「あれ、俺はそんな予定入れた覚えはないぞ……」


 しかし『何となく』で追い返すのもアレなので、激務故に崩れた身なりを整え、そのお客様と対面する。


 その者は、シャープな顎の、いかにも貴公子な男であった。


「俺がゲルクズレ王国現国王、グラーチになります。それで、ご用件は」


 男は、一枚の契約書を差し出し、こう言った。


「では、契約通りこの国を献上していただきますよ」


 グラーチは耳と、目を疑った。


『この国を献上する事をここに誓約する』という主旨が書かれた契約書に、紛れもない、己のサインと印があったのだ。


(いつのまに……まさか、激務の最中にあの書類に紛れて……でも、誰が!)


 勿論、この発端は、ヴルトバース将軍である。


 自分の兵達に面倒事を起こさせグラーチの仕事をかさましし、その中にこれを紛れさせ、朦朧とするグラーチにサインさせる――彼らしい、安直な策であった。


「待て! この契約は成立しない!」


 男は言う。

「如何なる理由を持ってしてそう言えるのでしょうか? 国の長たるもの、一つ一つの言動には細心の注意を払って貰いませんと」


「お、己……カッサーラーの手先め! こうなれば多少手荒にさせて貰う……」


「おっと、自己紹介が遅れていましたね……手前味噌になりますが、自国では、そうするまでもなく有名な者ですから……」


 護衛の背に隠れながら、男は己の情報ウィンドウを見せびらかす。


 NPC

 名前:フェリペ2世

 ランク:五

 性別:男

 武力:六 知力:八 政治力:九 統率力:九 魅力:八


「カッサーラー三傑の一人、フェリペ、国が昇るため、交渉に来た次第であります」


「ならば、ここでその三柱をへし折ってくれ……」


 グラーチが腰の剣の柄に手をかけたその時、幾多の銃声と、破砕音が轟いた。


「そうそう、こちらからのお土産でありますが。我々カッサーラー軍三万を呼んでいますので。前国王陛下、どうぞくたばってくださいまし」


 そう言い残して、護衛に囲まれフェリペは疾風の如く、グラーチの元から去った。


「……へ、陛下……いかがなさいましょう?」


「ひとまず、ここを脱し、体勢を直す」


 かくて、グラーチは僅かな家臣と共にほうほうの体で本城を脱し、そこにカッサーラー軍の凱歌が響くのを、背を向けて感じた。



【第三十七回 完】 


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