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第三十五回 そうそうだよ。 前編

 『LoveCraft』にいる人間全てには、名前等の情報が与えられており、それを明るみに出すのが情報ウィンドウである事は言うまでもない。

 

 (看破術等のスキルがあれば例外だが)情報ウィンドウは本人の意思のみで、程度を決めて開示される。


 流石に、戦争において易々と自分の情報を見透かされたら致命傷にも程があろう。

 だからと言って、全てを黙っていては信頼を得られないのもまた事実である。


「……」


 話を戻す。四人はとある街の掲示板を、黙りとして見ていた。


 そこには、一枚の張り紙があった。


「『曹魏勇団大募集! 僕達と一緒に曹操様の為に世界を狂奔しませんか? 我こそはという者はこちらまで! 臨時代表:張遼より』……ここにもあったんですか、これ?」


「見てるだけで腹が立つぜ、これ」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 張遼とは、泣く子も黙る魏の勇将である。

 現実の人物を元にしたNPCを、国籍・勢力関係無しでごちゃまぜに配置する『LoveCraft』の中で、仲間の于禁・張コウと共に、主、曹操の元にたどり着くべく世界を狂奔している。

 そして、度々孫呉の四人と激突している人物でもある。


「確か袁術の件で張コウも仲間にしたらしいれすね? このままいけば本気で曹操と合流するかもしれないれすね?」


「ふん、そんなの知ったこっちゃないのだ。ボク達の目標は、各地で大活躍して、ランク:四を与えた天をギャフンと言わせてやることなのだ」


 そう周瑜が言った後、孫呉の四人は張り紙に背を向け、自分達の道を歩いていった。



 一方その頃。


「すみません。曹操という方を知りませんか?」


「えー、知らないのー、めんどくさー」


「頼む、ほんの些細な事でいいから!」


 張遼、于禁、張コウの三人は、あちこちで聞き込みを行っていた。

 が、まるで成果は上がらず、ただ疲れはて、適当な酒場に転がり込んだ。


「へいおまち。随分とお疲れで、お嬢ちゃん達」


 と、馴れ馴れしく店主が話しかけてくる。


 于禁は疲労に疲労を重ね、仕事と休暇の区別がつかなくなった故か、この馴れ馴れしさを利用したいが故か、店主に尋ねる。


「すみません、曹操という方を知りませんか?」


「ソウが姓で、ソウが名でいいんだよな? なら……近くのドーオン王国の大臣と聞いているが……」


 それを聞くや否、張遼と于禁は盃を一瞬で空にし、


「いくぞ張コウ! 兵は神速を尊ぶのだ!」


「えー、めんどくさいー。もっとゆっくり酔ってか……」


「んなもん後でも飲めるだろうが! 今は狂奔が全て、だ!」


 ぐずる張コウを引きずって、酒場を後にした。


「あ、おい、お代は!」


 と、店主が叫ぶや否、于禁が戻ってきて、張コウが残した酒を代わりにいただき、卓に代金を置き、彼を睨み付けた。


「あ、ありがとうございま……」


 彼女は即行、再び酒場を後にし、張遼と張コウに合流した。


 そして彼女達は、街で自分達の手勢を纏めた後、曹操求めて狂奔し、眼中に城下町を入れた。


「あれだ、ドーオン王国だ! あそこに曹操様がいるぞ!」


「ん? あれー、何かこっち来てなぁい?」


 張コウの言う通り、城下町より、それなりに身分の高そうな男が、クワだのホウキだのを携えた民衆に終われているのを見た。


「待てー、ソウソウ!」

「貴様の暴虐はここで終わりだ!」

「見苦しいぞ、首を差し出せ!」


「ソウソウ……やはりあの方か、曹操様は! 于禁、張コウ、続け!」


 三将軍とその手勢はすみやかに、曹操と暴徒の間に割って入り、暴徒を睨み付ける。


 双方は言った。

「「な、何だ、お前達!」」


「曹操様が率いる五将軍が一、于禁、張コウ、そして張遼だ!」


 と、すごい剣幕をして張遼は言う。


 そして、威圧を受けた暴徒は、怯え、すこずこと引き下がった。


「おお、流石は五将軍の方々、やるではないか!」


「なかなか危うい場面でしたけどね。えと、あなたは……曹操様ですよね?」


「ん? おお、そうそう、俺が曹操だ! ははは、なんちってー」


 この曹操の発言に、三将軍は寒気を覚え、体をさすった。


「曹操様にしては洒落が弱いねー、あなた本当に曹操様? めんどくさくなる前に情報ウィンドウ出して」


「な、なんたる無礼か、張コウ! 俺は何と言おうが曹操だ! そんな童子でもわかる事聞くとは、貴様こそどうした!」


 曹操が頭から湯気を立ち上らせる最中、城下町より軍勢を連れて、紺色髪の、小柄な少女が鉄弓を携えやって来る。


「曹操様~! 楽文謙が参りました~!」


 名前:楽進

 ランク:五

 性別:女

 武力:七 知力:五 政治力:五 統一力:七 魅力:六


「楽進よ、たかが庶民の反乱のために、これ程軍勢を纏めてくるとは」


「いえ、何事にも全力で取り組まねば! 有事の際にたるみにやられますから!」


「その意気や良し。だが残念、事既に終わっているぞ、こやつらのお陰でな」


 楽進は、曹操が手を向けた方――三将軍に目をやった。


「お久しぶりです、楽進殿」


「はっこれは……張遼殿、于禁殿、張コウ殿、またお会いできて嬉しいです!」


 四人は揃って拱手の礼をし、再び巡り会えた事を喜んだ。


「ほら、楽進が俺についているのだ。なら俺は曹操様って訳だ? これでわかったか?」


「あー……疑ってすいません、曹操様」


「そうそう、それでいい。さて、こんな道の真ん中で喜ぶなんざ庶民のやる事だ。貴様らを城に案内しようではないか」


 と、言って、曹操は楽進と張遼の軍勢に守られながら四将軍を城へ案内。即、仕度をさせ宴会となった。

 

 曹操は上席に座り、四将軍を含む臣下達に向けて、堂々言い放つ。


「今日は俺にとって非常に幸せな日となった、張遼、于禁、張コウに巡り会えたのだから。さお思う存分喜びを噛み締めようぞ!」


 その時、伝令が駆けて来て、

「報告! 東にある街で反乱軍が決起、こちらへ向かっております!」

 と、慌ただしく告げた。


「ふふふ、身の丈知らずも程がある……張遼! さっと行って勝鬨を上げろ!」


「ちっ、酒を前にしてるのに、丁度いいのか悪いのか……行くぞ! 于禁、張コウ、楽進!」


「「「了解!」」」


 かくて四人は暗い夜道を手勢と共に駆け、日が明くる頃には、反乱軍の前に立ちはだかった。


「あの軍勢、確実に曹操のだな……よし、ならば一つ策をひり出そう」


 反乱軍の大将は、全軍に突撃の命を出し、張遼軍へ甘めに攻撃。

 対して張遼軍は、それを軽く迎撃、戦線をじりじりと押し進める。


 この状況を面白く思わない将軍は、 

「むむむ、このままではまずいな、全軍、退け!」

 と、命を出し、自軍を張遼軍から、無理矢理引き剥がし、ほうほうの体で後方の森へ逃げていった。


 それを見て、于禁は張遼に言う。

「あの攻撃の覇気のなさといい、わざとらしい退き様といい……これは我々を誘い込む体ですね」


「そんな小細工で僕を騙そうなんざ、百年早い。だが奴はそれを本気でしたんだ、多少の褒美はくれてやらないと……楽進、僕と共に来い、奴らを狂奔して追うぞ!」


「はっ、全力でかかりますよ!」


「于禁と張コウは左右より、適当にやってくれ」


 張遼軍は三隊に別れ、それぞれ別ルートを通り、反乱軍を追った。

 最も先にそれを見据えたのは、最短ルートを行った張遼・楽進の部隊である。


「将軍! 曹操の追手が来ました!」


「よし、十分誘い込めたな……全軍、反撃せよ!」


 逃げ腰だった反乱軍は、踵を返し、あっという間に喧嘩腰となり、手はず通りに張遼達へ反撃開始。なかなか見事な作戦であった……相手を選ぶ事さえ出来れば。


「遼来遼来ィィィィッ!」


 そんな作戦百も承知だ、と言わんばかりに、張遼・楽進は敵軍に斬り込み、紙切れの如く兵を倒す。


「ち、血迷ったのにも程がある……まだだ、両翼、直ちに奇襲に入れ!」


 将軍の号令に合わせ、于禁・張コウは、両脇より彼に奇襲を仕掛ける。


「しまっ、脇までやられていたとは……」


「うぉぉぉ! 全力ぅ!」


 あらかた兵を片付け、将軍が無防備になった隙に、楽進は彼に飛びかかり、鉄弓を脳天に叩きつけ、頭に星を回させた。


「よし、これで狂奔は終わりか。皆、勝鬨を上げろ!」


 勝鬨が轟く中、ある事に気がついた于禁は、将軍の身体を探り、紙を取り出す。


「ん、どったの于禁、そんなめんどくさい事して」


「『我が臣下として、王の御身を救うのは当然だろう。だから是非とも軍を動かし、逆賊曹操を討ってくれ……』、指令のようですね」


 この後、張遼軍は、曹操のいる城へ帰参する。

 道中、曹操が、自らの親衛隊のみに囲まれ待っていた。

 そして張遼軍と会うや否、辺りに目をやり、ひっそりと問う。


「その将軍は、何を持っていたか?」

 

 于禁は答えとして、指令書を曹操に渡す。刹那、彼はそれをビリビリに破り、幾度と踏んづけ、土屑同然にした。


「『将軍は賊に襲われ逝った。そして我々はその弔い合戦を行い勝った』という事にしろ。わかるだろう、真実は、この曹操に害を及ぼす事を」


 この後、曹操は先回りをし、何事も無かったように、賊を討伐したという設定の張遼を出迎えた。


「よくぞ弔いを成した! 流石は泣く子も黙る張遼だ!」


 張遼は後ろの于禁、張コウ、楽進と共に拱手の礼をした後、一つ尋ねる。

「光栄でございます。そうだ凱旋と言えば……曹操様、あなたらしい『アレ』は無いのですか?」


「アレ……ああ、わかった。宴ならちゃんとするから任せておけ! それまで身体を休めておけ! ははは……いやー、流石は古の名将よ」


 凱歌が響く街中を曹操はスタスタと歩き、城へ向かう。張遼、于禁、張コウは彼の背中を、心外に思いながら見続けた。 


【第三十五話 完】


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