第二十一回 名剣は敵の胴に納めるべきか?
「勿論ここで一人、自慢話をしたいがために待っていた訳ではないぞ……やれ! 奴らに『復讐』という言葉の意味を教えてやれ!」
砦の門が開き、百人あまりの兵が、五人に向けて襲いかかった。
「まずいぜこれ! 率いる奴がジョンだからって、百人を五人で片付けるのは無理がある!」
「俺も同感です。ここは逃げるが吉でしょう!」
孫呉の四人と、ブンドリューは即、方向転換を行い、ジョン王の兵から逃げる。
「周瑜殿、ここから西に林がありましたよね!?」
「なのだ。ははん、最終的な目標が東にあるのに西へ行くという事は、策があるのだ?」
「ご名答!」
五人は、背後の執拗なジョン王軍をうざったく思いながら、西へ西へと逃げていく。その時、西よりこちらへ向かう二百の兵が。
「覚悟しろ! 貴様ら!」と、カラカラは二百の兵の先頭を駆けながら叫ぶ。
「狼煙はあげた、もうじき徽宗殿の軍も来るだろう。今のうちに私とアントニヌス殿、どちらかに突っ込んで華々しく討たれた方がすがすがしいと思うぞ?」
「いやですよだ。北へ逃げますよ」
公言通り五人は北へ方向転換、全力疾走する。ジョン王とカラカラは合流し、それに執念で食らいこうとする。その先に待ち構えていたのは、細道がいりくんでいる林だ。
細道は四、五人の少人数で通る分には支障はない。逆に言うと、三百人の大軍で通れば渋滞を引き起こし支障が出る。ジョン王とカラカラの現状がまさにそれだった。
「アントニヌス殿、兵が思うように動けていませんが……どうしましょうか!?」
「我の称号を知っているか? ゲルマニクス・マキシムス――蛮族を打ち破った英雄という意味だ。その名を持つ軍人が、強硬突破という正当かつ名誉ある策をとらないと思うか?」
二人の軍は倒れた軟弱者は蹄を食らえ、と言わんばかりの強行軍と化し加速、林の中心に至る頃には、平野にいた時と同等の間隔まで詰めることが出来た。
「そろそろいいでしょう……はっ!」
陸遜は馬上で爆炎槍を構え、適当に乱射する。
「どこ狙っている貴様! アントニヌス帝の首はここだ、よく狙え!」
「はっ! アントニヌス殿! 上を!」
カラカラはジョン王のアドバイスを受け上を見る。時既に遅し、そうした時、彼の顔面に太い枝が叩きつけられる。
「ああっ、カラカラ殿……はっ!?」
気絶したカラカラの背後にある、いや、三百の軍団の背後にある炎を、ジョン王は目撃する。
「してやられた……急げ、さもなくば焼け死ぬぞ!」
五人が森を抜けた時、林には数多の兵と、炎と煙があった。
「今のうちです。馬の疲労を考慮して、一度ジョン王がいた古い砦へ……」
「いや、私は一度、必要以上の南下をしてから砦に行く事をおすすめするれす。何故かって? ちょっと回収したい者がありれしてね……」
数十分後。
「……何という事だ」
スナッチ王国国王、ソラレル・フリーセルは愕然とした。彼の視界には、灰と黒こげの木々の中に、自分の兵が倒れている様が写っていた。
その中で、モゾモゾと、灰と木々が動き、すすだらけのジョン王が姿を現した。
「申し訳ありません、ものの見事に奴らの策にはまり、こうなりました」
「ああ、何をやってるんだ君……というより、何やってるんだ俺、隣では『仲』と名乗る国が暴れているのに。
二人に告ぐ、城へ帰って身体を労れよ。信賞必罰はそのあ……」
「ジョン殿、カラカラ殿! 無事であるか!」
ジョン王とソラレルの元に、馬一頭分の蹄の音と、徽宗の声が近づいてきた。
「どう見ても無事ではありません徽宗殿、この通り策にはまった体でございます。正直あなたがうらやましいですよ、遅れた故に策にはまらず済んだのですから」
「申し訳ない、朕のみ無傷で」
「いや、ちょっと待て。徽宗、俺が君に与えた百の兵はどこにいった?」
「汝の目は節穴か? この通り後ろにずら……なんと!?」
*
「あの徽宗ってやつは人使いが荒すぎる!」
「俺達の馬の能力じゃどう考えても出せない速度を要求してくるんだ!」
「して『出せぬのは汝らの気持ちが足りていないからよ』って、鞭打ち百回してくるんだ……付き合ってられるか!」
今日の古い砦は、元徽宗軍の兵達により、異様に賑やかであった。
「砦の兵糧はたんと残っていたれす。これなら多少は安全になりれすね」
「『徽宗は無能故に何人か脱走兵が出る、それを利用して兵力をつける』、魯粛の策、見事過ぎる程決まったのだ」
「ひとまず今日はここで一夜明かすのは確定だろ? じゃあ明日はどうするんだ?」
「今日の戦で奴らが『逃走の名人』である事がわかりました。ですからもう我々の小細工は無意味、なら相手も小細工が出来ないよう平野をひた走り、最短の道を行きましょう」
「きっと相手も今日の戦で警戒心が強まって、動きがやや後出になる、そうなれば目的地のオルゴール王国に、ギリギリたどり着けるのだ」
「んじゃ、全力で走れるよう今日はガッツリ寝ないとな。お前ら、ここに来たからにはアタシ達の言う事に従えよ! その為にゆっくりと休め! いいな!」
「「「はい!!!」」」
かくて兵達は、ぞろぞろと寝床に向かうのであった。
「しっかし何故ソラレル王はあんな無能を使ったんだ?」
「逃げのプロフェッショナルだからだってよ、けどそれ以外ろくに出来ないんじゃ、ダメダメだろ」
「徽宗やソラレルみたいな、まともに人を見れない奴に従ってたまるか。やっぱブンドリュー様が一番だな」
と、いうようなひそひそ話も、呂蒙の発令から三十分後には止み、古い砦に、静寂が帰ってきたのだった。
「んじゃ、ボク達も寝るのだ。呂蒙、三時間後ぐらいになったら交代するから、それまでブンドリュー殿の護衛を頑張るのだ」
「合点。ではブンドリュー殿、お休みな」
「呂蒙殿、その前に一つ聞きたい事がある。お前は、私が正しい事をしていると思うか?」
呂蒙は一瞬困った顔をして、返答する。
「自分が正しい事をしてるか否かってのは、いや、自分がしてる事が正しいか否かは自分で決めるもんじゃねえか? 何だよこの質問、まさかだと思うが今してる事に迷いでもあるのか?」
「いや、んなんなまさか!」
「……だよな! もしそうなら今までの苦労がおじゃんだからな! ははは……もう言いたい事は無いよな? じゃあお休みなさいませ!」
この晩、ブンドリューは深い眠りにつけなかった。
されど朝は止まらずやって来る、ブンドリューは眠気と疲労も抱え、仲間と共に亡命への道を駆ける。
「周瑜殿! あそこに何か見えねぇか?」
最中、遠くに幾つもの点が見えた。
「ざっと百人ぐらいの集まり……なのだ? けど国王の軍とは思えないのだ。だってあそこにたどり着くには夜通しで強行しないといけないのだ」
「ここで進路を変えると怪しまれるれす。そのまま向かうれすよ」
一行は慎重に、自然を装い前に進む。遠くにあった点は、近づくにつれ正体を現す――それは文字通り、国王の軍であった。
「し、周瑜殿! あなたさっき『国王の軍じゃない』って言いましたよね!?」
「常識的に考えるとあり得ないという意味なのだ! けど動揺の必要はないのだ! 非常識を行った後には不利益が来るのがこの世の道理、無理に先回りしたおかげで敵兵は少なく、疲れているのだ!」
周瑜の言う通り、国王の後にいる兵達は槍に寄りかかったり、首をコクンとさせたりと、嘘偽りなく体力がない。さらに周囲は平野、伏兵などあるはずもない。よって、亡命を目指す天命を課せられたブンドリューに、前進以外の選択はない。
ブンドリューは謎の熟考の後、前進の命令を出し、恐る恐る歩み、国王の軍との間合いを詰める。
「久しぶり、ブンドリュー」
国王、ソラレル・フリーセルの声に、あるはずであろう怒気はなかった。が、この先の読めなさにブンドリューの不安は大きく膨らむ。
だがもう後戻りはできない。腹をくくって、そつとない言葉を返し、国王の真意を尋ねる。
「そうだなソラレル。で、ここで何してる?」
「こうするためだ」
国王は、ブンドリューに向かって、躊躇無く頭を地につけた。
「ソラレル、何の真似だ!」
「今回の件は全て無かった、見なかった事にする。だから頼む、また元通りスナッチ王国の臣でいてくれ!」
ブンドリューの心が大きく揺れる。同時に、彼は助けを求めるように腰のティルヴィングを掴んでいた。
「その剣も君の好きにして構わない。さぁ、早く!」
何度でも記す、彼は、ブンドリューは、もう後戻りはできない。どれだけ有利な条件を与えられても、彼の意思は決してしまっていた。
「孫呉の方々は雇われ者だが、貴様らはスナッチ王国の臣だ。俺達はこれより、行くべき所へ行く。だから、貴様らは王に付き添い、俺は前に突き進むのみだ!」
ブンドリューと四人は、ソラレルの軍の脇を通り、目的地へ向かっていった。
「国王、ブンドリューをこのまま逃がしてよろしいのですか」
「良い訳ないだろう。だが、奴を止める道理も……」
平野に取り残されたソラレルの軍に、早馬が迫って来て、告げる。
「報告、かの『仲』が陛下の留守をつき、ただいま本城に迫っています!」
「流石大国『仲』だ、抜け目がない……俺がここにいるのはトップシークレットにしていたはずなのに。
切り替えていく、直ちに城へ帰還するぞ!」
*
昼過ぎ、一行は亡命先のオルゴール王国へとたどり着き、その身を適当な宿で休めていた。
「一時はどうなるかと思ったのだ。けど、無事に逃げられてよかったのだ」
一仕事終え、四人は達成感に浸り喜んでいた。が、ブンドリューはその逆、顔を強ばらせていた。
「あ、申し訳ありませんブンドリュー殿。さぞかしつらい別れを終えた後なのにはしゃいでしまって……」
「大切な物の価値は、失った時にしかわからない、ってのは本当にあるんだな。
確かにこの剣は名品だ、けど、俺はこれを遥かに上回る代物を、鯛で海老を釣るように、入れ替わりで捨ててしまった。
お前らは察しがいいから何だかわかるだろう……そう、『信頼』だよ」
何故あの時、大人しく国王、ソラレルの元に戻らなかったのか。何故大人しく戻った際の罵りを恐れたのか。いや、そもそも、
「何故こんな剣一本のために、多くを失ってしまったのだぁぁ!」
ほとばしる激情に身を任せ、ブンドリューはティルヴィングを地面にぶん投げる。それを呂蒙が滑り込み、キャッチする。
「危ないじゃねえか! この剣までダメになったらどうする!」
「すまない、悔しさ極まって……」
「昨日の夜言ったよな、『自分が正しい事をしてるか否かってのは、いや、自分がしてる事が正しいか否かは自分で決めるもんじゃねえか?』って! なのに正しいって決めた事にぐちぐち後々文句を言うって、お前はどんな発想して……」
「ちょっと呂蒙、あなたが孫呉にくるきっかけとなった話を覚えているれすか?」
自分を馬鹿にした役人を感情任せに斬り殺し、一時は逃亡したものの、後に自首した事を、当時の呉の主、孫策が非凡と見て孫呉に迎えた。これがきっかけである。
「勿論だ。それがどうした」
「その時あなたは『役人を殺した事』を正しいと思っていたんれすよね? けどどうして一転して自首したんれすか?」
「それは……やっぱ正しくないと思ったから」
「と、このように。一度正しいと思った事が、後々間違っていたと気づく時が多々あるれす。けど、そこでくよくよしては駄目れすよ! 呂蒙が自首したように、次の一手を打って挽回するんれす! わかりれしたか、ブンドリュー殿!」
「しかし、この後どうやって挽回しようか……」
と、ここで借り部屋の扉を何者かが叩く。陸遜が開けて出迎えると、一人のスナッチ王国の兵士が飛び込んできた。
「お前は元徽宗軍の……帰れと俺は言ったぞ!」
「自分本位で申し訳ありません。ブンドリュー様に伝えたい事がありまして……かの『仲』がスナッチ王国に侵攻を開始しました!」
『そんな事言われても俺には関係ない』の『そ』を言う前に、陸遜は言う。
「よかったじゃないですか。良い機会ですよブンドリュー殿」
「どこがだ、ソラレルがピンチなんだぞ!?」
「やっぱり、スナッチ王国に戻りたいのが真意ですか?」
「そうだ、戻りたい! だが、救いの手を振り払った身、ピンチに駆けつけたからといって快く受け入れてくれるだろうか」
「鯛で海老を釣ってしまったのなら、その海老でより大きい鯛を釣れば、汚点はありませんよね。
その剣を使った打開策が、俺の頭にあるのですが……」
「あ、そうか、その手があったのだ! 呂蒙、あなたに名誉挽回のために、一つ問いを投げるのだ。
孫堅様が得た玉璽を、息子の孫策様はどうしたのだ?」
「それは流石に覚えているぜ。孫策様は……」
*
数日後、スナッチ国王……では無くなろうとしている地にて。
「南門も制圧! これにて逃げ場は無くなりました!」
城内の将兵達は、絶望しきっていた。無論、国王、ソラレルも例外ではない。
(ブンドリューは、これを見越していたのだろうか。なら『戻ってこい』と言った俺は、究極の愚か者だろうな)
一方、城と街を包囲する将兵は、すっかり上機嫌になっていた。無論、ジョン王も例外ではない。
「ジョン殿、情報提供感謝する。おかげで奴らを完璧に包囲する事ができた」
「感謝したいのはこちらですよ、将軍様。ソラレルの罰を恐れて逃げ出した私達を快く受け入れたのですから。それに、感謝する時は明日、仲国の本城での宴会でしょうに」
「ははは、早まるな、後が無くなった兵による、死に物狂いの抵抗は恐ろしい。じっくり、確実にスナッチの首を絞めるぞ」
「はぁ、わかりました……」
この時、仲国軍の本陣が、わあっと騒々しくなった。いや違う、その前から、幾多に連なる蹄の音が、本陣に飛んできていた。
その正体は、幾多の騎兵を連れたブンドリューであった。
「孫策様は袁術に玉璽を渡す代わりに兵を譲り受け、それを用いて領土を得た。だろ?」
「正解なのだ。てなわけでブンドリュー殿。オルゴールの国王に、その剣を渡すのだ。さすれば王は兵を貸してくれるのだ」
(自国の為に戦うのはこれ程嬉しい物なのか。あれか、好きな物を間を開けて食うとうまいってあれか!)
「かかれ! 敵は我らの登場に浮き足立っているぞ!」
包囲陣を敷いたために、軍団は伸びきり、慢心で油断し、来るはずのない敵が来る――仲軍の危機の規模は、察するにあまりある。
「落ち着け! 見よ将軍、先頭に出て愉悦にひたってるぞ! 大将を討てば総崩れとなるのは赤子でもわかるだろう!」
野心を燃やす者は、蛮勇高々にブンドリューに矛先を突きつける。と、もれなく脇から鏢が、脳天に与えられた。
「亡命代で俺の財布はさっぱりしたんだ。これ以上助けても利益は見込めないぞ」
「ボク達が欲しいのは金じゃなくて評価なのだ。かってにがめつい奴にして欲しくないのだ」
襲いかかる者は孫呉の四人、あるいは彼女達が率いる兵により片付けられた。これにて仲国の将軍は、敵がただの有象無象ではない事を理解する。が、遅すぎた。
「奇襲されればもう勝ち目はない、逃げるぞ!」と、半数の兵の気持ちをジョン王は代弁し、彼らと共に逃げ出す。もう半分の兵も、頭ごなしに突っ込むか、腰が抜けたかのどちらかであり、まるで使い物にならない。
「ぐぬぬ……うろたえるな! 刺し違えだ! 刺し違える覚悟を持って奴らにかかれ! 勝機はそこにある!」
どうにか残兵をまとめた将軍は、それを連れ、ブンドリューの軍を貫かんとする。
将軍は『眼前の敵を倒す』以外、考えを持たなかった。
「いけ、スナッチの兵よ! ブンドリューの軍と共に、これまでのお返しをしてやれ!」
前のめりに駆けた仲軍は、背後のスナッチの兵につつかれ、そのまま将も兵も関係なく、前のめりに倒されていった。
阿鼻叫喚が終わった後に轟いた勝鬨が、スナッチ王国の物である事は、記すまでもないだろう。
「おお、ブンドリュー……」
「あ、ソラレル……ど、どうだ! 敵をすっかり油断させた所を突然の援軍で突くという俺の策は! 完璧だっただろう!」
「全く、飾りが多すぎるぞ! 俺は君が戻ってきただけで十分嬉しいのになぁ!」
そして勝鬨が止むと、今度は友の笑い声が、スナッチの地に響くのだった。
*
「この重鏢剣も、良い感じに使い込まれてきたのだ」
一仕事を終えた道中、周瑜は重鏢剣をまじまじと見ていた。
「あの軍富國という商人、あの時はガラクタを押し付けられた気がしたけど、今になってみれば本当に良いものを与えてくれたのだ」
「どんな物も愛着があれば、宝玉に勝るものれすよ。けどこの武器の質の良さは純粋に認められれすけどね」
「けど愛着がありすぎて、道具に操られるのはどうかと思うけどな。ブンドリューも一歩間違えば玉璽を得てうぬぼれ、しくじった袁術みたいになるとこだったしな。ははは、笑えよ、陸遜」
「ん、あ、はい、ははは……」と、陸遜は呂蒙に、取って付けたような笑みを見せた。
(『仲』という国の名、どこかで聞いた事があるような……)
【第二十一回 完】




