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第二十回 名剣の刃を握るに等しく

 今さら記すまでもないが、『LoveCraft』は中世ファンタジー風の世界観を有するため、自動車や飛行機というハイテク移動手段もなく、さらにリアル重視のVRMMOストラテジー・ゲームである都合上、ベタなJRPGにありがちなワープ魔法はない。


 よってこの世界における長距離移動は、馬車か馬に頼らざるを得ない。だが、これは多少以上の金を持っている者に限り、それ以外は自分の足を使わねばならなかった。


「……カラカラ殿……次の国まであとどのくらいですか……」


「カラカラではない……アントニヌスだ……」


「朕にカラカラという言葉を聞かせるな……余計に喉がカラカラするぞ……」


 ジョン王、カラカラ、徽宗の三人組が、まさにそれに該当していた。


(私とアントニヌス殿と徽宗殿が、デスクマット王国から逃げ出して何日経っただろうか。いや、こんな事思い出してたまるものか、どこの国へ言っても厄介払いされ、村で王になろうとすれば中傷の嵐を受け、結果この通り道なき道を歩き続ける日々だ。

 あの孫呉の連中め、奴らがいなければ今ごろ我々は玉座にふんぞりかえりゆったり出来たのに……)


「ジョン王、見よ! あんな所に城門があるぞ!」


 夢か現か、三人の目前に突如として、堅牢な城門が現れた。


「蜃気楼や幻覚の類いでは、あるまいな?」


「とにかく行くぞ。中で適当な宿を見つけて旅の疲れを癒すのだ」


 藁にすがる思いで、三人は城門へと疲れを忘れてひた走る。


「むっ、何奴だ!」と、そこにいた門番が槍を構えて二人を止める。


「何奴とは失敬極まりない。朕は皇帝であ……」


「いえ! 決して怪しいものではありませんっ! アントニヌス殿、徽宗殿、情報ウィンドウを!」


 門番は三人の情報ウィンドウを、穴が空くほど見て、さらに手荷物検査、ボディチェックをし、

「入れ、そしてついてこい」城壁中へ招き、街を歩かせる。


「案内までするとは親切だな。どうやらこの国は観光に力を入れているようだ」


「芸術性があると言えば悩む所だがな」


「城がどんどん近づいて来るな。あの、門番殿。我々はどこへ案内されるのですか?」


「城が近づいてくるんだから、城以外にどこがある?」


「ほう、城に案内してくれるのか! これはかなりの厚遇だ!」


「喜べ、ジョン。この国は朕らの扱いをよく理解しておるぞ」


「さぁ、悪い意味で理解してるという可能性も無くは無いですよ」


 珍しくジョン王の悪い予感が外れ、三人は何と、玉座の間へと案内された。


「私はスナッチ王国の頂点、ソラレル・フリーセルだ。お疲れの所申し訳ないが、君達に頼みたい事がある」


「へぇっ!? 我々に頼み事だと!?」


「散々に打ち負かされほうほうの体で逃げた朕ら……げふんげふん。では、詳細を問おう」


 王は三人に、これに至るまでの話を語った。


 王には国盗り当初からの盟友にして、建国のためにその武勇と知略を大いに振るった忠臣の、ブンドリュー・トレジャーという人望のある男がいる。

 彼の様子がおかしくなったのは、一週間程前、前王国の遺産を含む国庫の整理を行わせてからだろうか。

 以前なら余程忙しくない限り、朝昼晩に用がなくても顔を出していた、が、今はめっきりと顔を出さなくなってしまった。

 王は不審に感じ、心の中で申し訳ないと思いながら、彼に密偵を放った所、家の奥の奥の部屋で、小さなランプのみを灯し、固まったように机に向かっていたとの報告があった。


「杞憂であって欲しいがひょっとしたらブンドリューは暗躍をしてるんじゃないかと思ってね。

 そこでだ、君達に調査を依頼したいんだ」


「質問。何故我々に頼むのですか? 直接聞いてみるのはどうですかな?」


「一度やったさ。けど真相には迫れなかった。だから今度はちょっと手段を工夫するのさ、それには君達の協力が必要のさ……」


「君達の」「協力が」「必要だと……」


 ここで三人は、未だかつてない喜びを味わった。九割九分の侮蔑と、一分に値するか否かので愉悦で構成された人生を送ってきた三人にとって、純粋に『誰かに頼られる』というのは、あまりにも新鮮なものであった……大体自業自得なのだが。


「「「わかった!!! 全力で取り組もう!!!」」」


「よくぞ言った。いいか、今から言う事はしっかり覚えるんだぞ……」



 一方その頃。

「この家ですね。はい」

 孫呉の四人は、スナッチ王国なる所の中心の、家臣の邸宅が集まる地区の、ある邸宅の前に来ていた。


「ごめんください。ブンドリュー・トレジャー殿より依頼を受けた、一行ですが」


 呼び声に応え、中から使用人が現れ、四人を邸宅の奥の奥に連れていく。


「おお、おお、よく来た! 俺が依頼主のブンドリュー・トレジャーだ! よろしく!」


「名乗りは間に合ってるでしょうから省きまして、今回は『国からの亡命のお手伝い』と聞いておりますが、念のため、どのような経緯でこのご決断を?」


「……黙りたいと言ったらどうする?」


「訳を話して貰わないと計画が立てづらいんですよ。それにもし理由がアレでしたら、あなたは世間の笑い者になりますからね」


「わかった、話す。と言うより見せる」


 ブンドリューは本棚の裏に隠していた剣を取り、四人の目の前で、怪しくも美しい、部屋が薄暗いのも相まって紫に輝く刀身を見せる。


「綺麗なのだ……」


「『ティルヴィング』、ランク:六の名剣だ」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 『LoveCraft』のアイテムにはNPC同様、ランクがついている。

 NPCの場合は強さ・扱いにくさを表す物であるのに対し、アイテムの場合は希少価値のみを表す。

 つまり、NPCは高ければいいという訳でもないのだが、アイテムは単純に高ければ高いほどいいのだ。

 

 ……高ければ高い程強さも変わるのでは? と、考えるPCも少なからずいるが、これは間違いである。

 海老で鯛を釣るように、時にランクに合わない効果を起こす時があるのだ。要は、使い方である。

 とは言えども、最高位のランク:六となれば、『とにかく凄い存在』である事は、どうあがいても否定できない。


「つい最近の事だ、俺はソラレルに命令されて、書庫の整理をしていた時に一冊の書物ーー前国王の日記を見つけた。そこにあった一文に目を奪われ、俺はこの国のとある場所で穴を掘った、するとその一文通りの場所に、これが埋まっていた。

 そりゃあもう狂喜乱舞したさ、けど。終わってから俺は思い出した。『ソラレルが厳しい奴』だって事を。

 もしこの剣の存在がバレたら、とりあげられるのは勿論、財政の為と質に入れられたり、同盟の為と他国への貢ぎ物にされると思った。同時に、俺は『そんな事させてたまるか』と思った。

 これが、俺が亡命したい理由だ」


「そうかそうか……馬鹿かお前!? たかが剣一本の為にそんなみじめな行動とろうってか! そんなの断じて認められねぇ、だろ、皆さ……」


 共感求めて振り向いた呂蒙を待っていたのは、そっぽを向く周瑜、呆れきった魯粛、陰険な顔つきの陸遜であった。


「呂蒙殿、玉璽って知っていますか?」


 玉璽、または伝国璽とは、中国の漢王朝の皇帝が代々受け継いで来た判子の事である。すなわち、これを持っている事は当人が皇帝という事だ。

 が、ある時都で大混乱が起こった際、それは皇帝の手から離れてしまった。

 それを奇遇にも、孫呉の皇帝の父、孫堅が拾い、仲間を上手く欺き、危うくも自分の物とした。

 史実演義含めて細かな差異はあるが、この出来事により、呉は『玉璽を拾ったという事は天に選ばれた』という一つの大義名分を得たのだった。

 同時に、しばしば『それだけで自分達の立場を正当化するな』と非難されるが。

 

 とにもかくにも、呉にとって玉璽とは、重要な物なのだ。


「あー、そうかそうか! そうだな、ごめん、忘れった、ははは……すまん、撤回させてくれ。アタシがいっちゃいけない台詞だった」


「は、はい。それで、言えるだけの事は言いましたけど、どうです?」


「わかった、引き受けるのだ。じゃあまず逃げる場所を適当に……」


 ドアをノックしつつ、使用人は言う。


「ブンドリュー様、今にもくたばりそうな旅人三名が、今晩の宿を探していると言っています。いかがなさいましょう?」


「とりあえず客間に連れていけ」


 これを使用人は、待っていた旅人三人に告げる。と、三人は生き返ったように――いや、くたばりかけの真似をやめ、客間へつ案内された。


(『始めに、ブンドリューの前でくたばりかけの真似をしろ。奴は優しいから、少なくとも家に連れてってお茶をだしてくれるはずだ』、まさにソラレル殿の言う通りだな)


(まずは順調。ここからが朕らの腕の見せ所よ)


「おまたせした。家主のブンドリューだ」


「「「よろしくお願いします」」」


 『次に、相手に悟られないように腹を探れ。やりかたはその場次第でな』、ソラレルの言葉を脳裏に浮かべ、三人は仕掛ける。


「立派な邸宅ではないか、反乱を起こす時、拠点に出来そうだ」


「……お茶を用意する」と、『は?』の代わりにそう言ってブンドリューは客間を出る。


「朕ながら効いたな今の。あやつ、なかなか動揺していたぞ」


「やはり裏があるに違いないな、こりゃあ大手柄だ!」


「戻ってきたらまたどんどん攻めていきましょう」


 こっそりと三人を覗いていた陸遜は、奥の部屋に戻り、言う。


「ブンドリュー様、あいつら完全に王からの刺客ですよ」


「やっぱりな。雑談の最中に『反乱を起こせそうだ』とか言う馬鹿がどこにいる。一周回ってそういう感じの刺客だと思ったぞ」


「一度奴らと合間見えた経験がありましたが、あの無能っぷりは素です。今回刺客になったのは、ボロボロになって本物の旅人に見え、同情されて拾って貰えるからでしょうね」


「そもそもこんな難しい役回り引き受けてる時点で、身の程をわきまえない馬鹿なのだ。

 本音を言うと実力行使したいけど、それだとボロが出るから、いい感じに付き合ってやるのだ。

 念のため、陸遜、魯粛、こっそりとブンドリュー殿を補佐するのだ。ボクと呂蒙は何かあったら動くのだ」


 ブンドリューは適当な紅茶を用意し、客間に戻った。陸遜と魯粛は客間の窓にスタンバイした。


「どうぞ。お飲みください」


 遠慮無く、三人はティーカップを口につける。そしてジョン王とカラカラは、それを吹き出す。


「何だこれは、草臭いぞ」


「あっつ、あっつ、貴様! 我に煮え湯を飲ませるとはどんな神経をしている! 湯は浸かるものだろうが!」


「汝ら、茶も飲めんのか……いや、確かに飲めたものじゃないな。無駄に香りが良すぎて気持ち悪い」


 ブンドリューは、人生で一番人を殺したいと思い、三人をティルヴィングの錆にしようとした。それを魯粛が『二人は西の者れすから茶の文化がわからないんれすよ』と、カンペを出しなだめた。


「申し訳ありません。水です」


 ブンドリューは三人に水を渡し、三人は無礼を恥じたのか、余程言う事がないのか、黙って飲んだ。

 その後、客間で誰一人、声を発さなくなった。どうやら言う事がない方が正解だったようだ。


「……ジョン王よ。何か言いたまえ」


「徽宗殿が先程のように攻めればいいのでは?」


「もう奴の隠し事が何かを明かす以外、何もやる事が無い。されど、直接言ってもろくな返答がないのは国王が実証済であろう」


「ふむ、なら我が一肌脱ぐしか無いようだな。ご安心を、武働きには自信がある」


 三人が、ひそひそしてるようでひそひそしてない話をブンドリューと魯粛と陸遜に聞かせた後。カラカラは立ち上がり、グラディウスをちらつかせ、言い放つ。


「貴様、何か隠し事をしているな! 吐け! 我は国王よりその任務を預かっている!」


 これは頭の悪いカラカラに出来る、最善最良の策であり、最も手っ取り早い方法である。実際窓付近の二人は、大いに焦っていた。


「助けに行くれすよ! でないとブンドリュー殿が……」


「ここは住宅街ですから、乱闘騒ぎなんか起こせば余計危なくなります。ですからここは、こうです!」


 『冤罪を着せられた悲運の将のふりをしろ』と、書かれたカンペを陸遜はブンドリューに見せる。


「真実を口に出すか、この剣を口に入れられるか。どちらか決断しろ!」


「ああ、そうか。ソラレルは俺をそういう風に見ていたのか……」


 不思議がる三馬鹿の前で、ブンドリューは目をうるうるさせて、

「俺は旗揚げの時からずっと、不平・不満も言わずに従ってきたのに、こんな些細な事で疑うなんて……えーんえーん」


 カラカラはグラディウスをしまい、「失礼しました」とだけ言って、ジョン王と徽宗と共に、罪悪感を背負って帰っていった。


「上手く騙せたみたいれすね」


「危なかったのだ……」


「なかなかの名演技であっただろう、陸遜殿? で、この後どうする?」



 三馬鹿は、事の顛末を王に語った。


「いくらなんでも実力行使はいけないだろうが……!」当然、与えられたのは大目玉である。


「「「も、申し訳ありません」」」


「よっぽど悲しかっただろうにブンドリューは。あれだけ信じていた者にこんな仕打ちを受けたんだから……ん、待てよ? こんな時、奴なら『王の人格を勝手に歪めるな! この不届き者め!』と叱責するような気が……まあいい、とにかく謝罪に行かなくては。君達もちゃあんとついてくるんだぞ」


 王と三馬鹿は、すぐさま、ブンドリューの邸宅へとお邪魔した。


「ソラレルだ、返事をしてくれ。おかしい、本人はおろか使用人も来ない、加えて異様に静か過ぎる」


「出掛けた、という可能性は無いのですか?」


「その時は使用人がいないと知らせてくれるし、国の重役が歩いていたらそれなりに騒がしくなるはずだ。まさか……」


 意を決して、王はドアを突き破り、三馬鹿と共に家内を散策する。そして、四人は奥の奥の部屋に集い、ここには他の人間がいない事を確認する。


「かなりこたえたのか……ん、何だこの本は?」


 王は雑に机に置かれていた本――前国王の日記を手に取り開く、と、何度も開いたために本に癖が付いたのか、『ティルヴィング』のページが真っ先に現れる。


「こんな話聞いていないぞ。まさか……今まで隠していたのはこれだったのか!? ついてこい、直ちに追跡軍を編成する!」



「最も亡命先に適切なのは、ここから三十キロメートル東にある、オルゴール王国でしょう」


 孫呉の四人とブンドリューは、城から逃げ出し、亡命への道を馬で駆けていた。


「けど最短の道は限りなく平野だ。こちらの馬は付け焼き刃めいて用意した物だから、簡単に追い付かれてしまうぜ?」


「なら進行路を少し捻りましょう。ここから南東に古い砦があるので、そこでひとまず休養を取るのがてら、一旦潜伏しましょう」


 五人は疲労しながらも安全の為、急いで、砦へと向かう。と、そこにはスナッチ王国の『真新しい』旗が翻っていた。


「陸遜、ここであってるのだ?」


「はい……まさか、先回りされていた……」


「それ以外に何があるというか!?」


 砦より、君主の威厳を醸し出しつつ、ジョン王が顔を出す。


「ジョン王! 何故あなたがここに!?」


「ランク:四は敵味方の概念もわからないのか!? いや、まさか、恐らく何故私がここに先回りできたのかを借問しているのだろう。

 答えてしんぜよう、何故なら私は、数えきれない程の敗北を重ねて、同じ数だけ逃げを重ねた『逃走のプロフェッショナル』! 故に、どこに逃げるかどうかは、簡単にわかるのだよ!」


 威張れるような事では無いのだが、この機において彼は、とんでもない脅威に大化けしていた。


「勿論ここで一人、自慢話をしたいがために待っていた訳ではないぞ……やれ! 奴らに『復讐』という言葉の意味を教えてやれ!」


 砦の門が開き、百人あまりの兵が、五人に向けて襲いかかった。


【第二十回 完】

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