第二回 周瑜の獣道
『LoveCraft』の世界はサブカルチャーで扱われがちな中世風ファンタジーに仕上げている。
そのためロボット等の機械的な物は無い。これに関して、開発筆頭Rolfe氏はこうコメントする。
「そうすると皆ロボットに乗りたがるからね。僕がして欲しいのは人と人との戦いだ、技術競争がしたいなら他でやってくれ」
だがそれのような物は存在する、例えば今周瑜と陸遜がいるカラオケ、これは音を記憶する魔法石等を駆使して現実での使用を再現している。
「全くひどいのだ、この周公瑾をあんな冷ややかに扱うとは!」
注文したフライドポテトを、間断なくつまみながら周瑜は愚痴る。陸遜はうなずき、疑問を述べる。
「ランクとは何様でしょうか、我々は孫呉の英傑、古の名将にも引けも取らぬ実力はある気がしますが」
「なのだ! そもそも何を持ってして我々がランク四なのだ! 上にいる者は神か何かなのだ!? あー、腹減ったのだ!」
周瑜は一本ずつつまんでいたポテトを、二本、三本と徐々にいっぺんに食べる。そして全て食べ終えると同時に、
「三五九番、あと五分です」
壁に描かれた音を伝達する魔方陣から終了間際の連絡が来たので、二人は店から出ていった。
「さて、ここからどうしましょうか周瑜殿、カミングワークで待っていても仕事はありつけなさそうですが」
「待っていても来ないものは来ないのだ! なら、こちらから行くのだ!」
天が彼女達に味方したのか、遠くからの叫びが来る。
「助けてくれー! 賊だー!」
「あれをとっちめれば名が上がる、あの孫堅様に倣うのだー!」
それに応え、意気揚々に周瑜は声のする方へ、剣を携えひた走る。
「そ、孫堅様は実力を行使せず、役人が来たような素振りをして……いや、名声の為だ、一騎当千を成してみせなければ!」
陸遜も短槍を携え、向かっていく。
襲われていたのは質屋であり、声の主は近所の住人であった。肝心の賊は僅か一人、されど傷だらけでありながら平然と立って歩ける屈強な肉体を持つ男だ。
「やい賊よ! この周公瑾が誅罰に来てやったのだ!」
周瑜は軽い身のこなしで、風の如く駆け、まず腹に剣を向け、相手の槍に阻まれる。
「このオエノマウス様に楯突くとはいい度胸だ! お前の身体が自由な内に逃げときな、さもなくばお前の身体から自由が逃げるぞ!」
NPC
名前:オエノマウス
ランク:五
性別:男
武力:十一 知力:四 政治力:一 統率力:七 魅力:七
周瑜は情報ウィンドウの『ランク:五』の記述に震えるが、
(武者震いなのだ)と、自分に言い聞かせ果敢に攻める。
槍と剣が幾度と激突する、その都度、周瑜は押されていく。
「周瑜殿! ただいま陸伯言も参ります!」
陸遜は短槍を振るいオエノマウスを攻め始める、が、低ランクの者が二人に増えただけで、状況はいっこうに変わらない。
「自由だ、俺が要求するのは自由だ……だから今みたいにザコに振り回されるのはなー、心底ムカつくんだよ!」
オエノマウスの渾身の一振り、それは烈風を巻き起こし、二人の武器を破壊し、当人達を吹き飛ばす。
「こん、にゃろー……」
「たったランクが一上なだけで、ここまで差が開く物なのか……」
周囲に再び声が上がる、ただし悲鳴ではない、歓喜である。
「廖化様だ、廖化様が来たぞー!」
NPC
名前:廖化
ランク:四 性別:男
武力:七 知力:五 政治力:五 統率力:六 魅力:六
この国の軍隊が来たのだ。隊長である廖化は、素早く部隊を配置に着かせ、一斉射撃を命じる。逃げようとしたオエノマウスは、針ネズミのような姿で倒れた。数の利と、廖化の統率の大勝利であった。
「ひ、助かったのだ……」
「いや、どうやらまだ息はつけなさそうですね……」
悲しそうに陸遜が言うや否や、軍隊が彼女達を囲み、告げる。
「君達、この件に茶々を入れたようだね。ちょっと署まで来てもらおうか」
「「は、はい……」」
その後、二人は事情聴取を受けた後、特に罪は無いとして、何事もなく解放された。同時に、オエノマウスを足止めしたという功は、
「素性の知らないランク四の者に手伝って貰わないといけない程、我が国は愚かじゃない」と、理由付けられ認められなかった。
「……骨折れ損のくたびれ儲け、ですかね」
「一体何なのだこの世界は……何故天はボクという存在がいながら、それよりも上の奴をポンポン作るのだー!?」
「おや、数分ぶりでございますな」
署を出て早々、ベタな古代ローマ風の格好をした壮年の男と出会う。彼は手持ちのノートをめくった後、
「周瑜殿、陸遜殿」と、彼女達の名を呼んだ。
「何者なのだ! お前は!」
「学者として雑な話はしたくないので、気になるなら付いてきてください。そこでじっくり話します」
気になるので二人は男に付いていく、着いた所は、城付近の邸宅だ。
NPC
名前:ストラボン
ランク:三
性別:男
武力:一 知力:六 政治力:五 統率力:三 魅力:三
「私はこの国の筆記官として働いております、そのため先程の事件の記録に軍と共に参り、帰りにあなた達と会った、というわけです。
あなた達の問いに答えましたので、今度はこちらの番です。筆記官としても問います、何故あなた方は賊に襲いかかったのですか」
「自分達の名誉のためなのだ! ボク達がランク四では収まらない事を証明するためなのだ!」
「左様です。六は孫権様に譲るとしても俺達は曹操や劉備を退けた功績があります! なら五くらいはくだらないと思います」
「ははぁ……ええ、自分語りになりますが、私は歴史家と哲学者、両方の名を持っております。
これは後者の学会でよく囁かれる話ですが、どうやらこの世界の人物は皆『元ネタ』という故郷的な概念を持っておりまして、PCは現在進行形で存命している者、NPCは歴史・記録上の人物がそれになっているようです。
して、ランクとは、天か神かが元ネタを参照して付けたものだと考えられています」
「では、何故俺達のランクが低いのでしょうか? 確かに歴史上の名将と比べれば低くなるとは思いますが、自分で言うのもあれですが、我々は呉の名将ですのに」
「それはズバリ、あなた達が呉の将だからだと思います。申し訳ありませんが歴史家として、率直に言いますと魏、呉、蜀の三国の内、呉は裏切るか横から殴るかのどちらかしかしないともっぱら不人気でして……あなた達のランクが低いのは、その影響を受けてだと思います」
「ふ、ふざけるなのだ! そもそも、何故ボク達を元ネタにしなきゃいけないのだ!」
「人は無から有を生み出せない、だからNPCにする素材を求めた。結果、三国志という元ネタにたどり着き、君達を造ったのでしょう。」
「……つまり、低ランクに苦しむのが、俺達にかけられた天命と」
「まあ、言ってしまうと、極論はそれでしょうね」
ランクという永久に外す事が出来ない枷をつけて生きなければならないという絶望と、今まで逆らう事の出来ない天に逆らい続けた後悔。
これを聞き、二つが同時に襲いかかった故に、陸遜の目から光が消えた。
だが周瑜は違った。真逆にその目は、火が灯った。
「はるか昔、戦は天の気まぐれにより勝敗が決まると人々は思った。しかし我が主、孫策の先祖、孫武は人の手により勝敗を決められると言った……そして偉大なる英雄となったのだ。
天が何なのだ! そんなものにいちいち従っていたら……折角与えられた命は直ぐに燃え尽きる、それ即ち、真の天の冒涜であり、愚か者なのだ!」
周瑜は踵を返し、陸遜に言う。
「行くのだ、陸遜!」
「行くって、どこにです!?」
「戦場なのだ! ランク四というだけでボク達を見下した連中を、ギャフンと言わせるために、足掻きにいくのだ!」
「は、はい! あ、お邪魔しました!」
陸遜は拱手し、邸宅を出た周瑜を追いかけた。そんな二人を、ストラボンはクスクスと笑った。
「あの二人、新たな歴史をも産み出すかもしれんな」
*
「戦場に行くと言いましたが、周瑜殿。具体的には何をする気でしょうか」
「何度も活躍して、名声を上げる、そうすれば皆ギャフンと言わせられるのだ!」
「しかし前印象最悪の俺達、正直最初の活躍の時が訪れるでしょうか……統率力と知力が微妙に高い事ぐらいしか優れた点がありませんし」
「つまり何か優れた点があれば職にありつけるのだ。よし、ならばまず、仲間を探すのだ!」
仲間とは、陸遜が問いかけると呆れたように周瑜は、
「孫呉の将以外に何があるのだ! この知力と統率力だけの二人は確かに要らないのだ、でももし武力と政治力が強い者と一緒になって動けば……」
「四点ともに隙のない将として振る舞えますね!」
「正解なのだ! 孫呉の将にそういう事が出来る者は心当たりがあるのだ。陸遜とボクがいるのだから、きっとこの世界のどこかにいるのだ! よって、陸遜! 付いてくるのだ、ボク達の汚名返上の戦に!」
「はい! 喜んで!」
陸遜にとって、この日以上に変転があった日は無いだろう。
周瑜との再開、自分達の無力さの理解、そして、自分達の成すべき志の設定。
しかし休んではいられない、もとい、休められない。
大いなる航路は、始まったばかり、彼女の希望と期待が、彼女を突き動かし続ける故に。
「ところで陸遜は可愛いのだー! ほっぺぷにぷにー」
「いや、ちょっ、周瑜殿までそんな事を……」
【第二回 完】