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第十九回 裏切の于(ウ)

「遼来遼来イィィィィッッッッツ!」


 読んで字の如く、張遼率いる八百の兵が、タイフーン軍目掛け狂奔する。


「陛下、恐れるに足りませんよあんなイキリ野郎」

「あんな猪武者、この俺が一刀で切り伏せてくれる!」


 タイフーン軍のPC将二人が、自らの兵を連れ、総勢二万で張遼を押さえようと試みる。


「ごちゃごちゃ言って知将ぶるな、なめくさって猛将ぶるな、このグズ共がさぁ!」


 張遼は雑兵を紙切れの如く、将を雑兵の如く方天戟で斬り飛ばす。二万の軍は無様に死ぬか、恐怖し逃げるかのどちらかをし、散々となる。八百の兵は返り血を纏い、サイク・ナイズ国王に迫る。


「魯粛、蒙ちゃん、陸遜、全力以上の力を持って奴を止めるのだー!」


 四人は皆揃って気勢をあげ、張遼に突撃。鏢重剣、弩斧、盾、爆炎槍が彼女一点に集う。


「有象無象、ごくろうさん」


 ……はずだった。張遼は各々の武器を方天戟へ、必死に押し付ける孫呉の四人をけらけらと笑う。


「孫呉の気炎は、こんなにぬるくないのだ!」


 間断無く来る四人の攻撃を、張遼は余裕綽々受け、流し、守り、彼女達を嘲笑い、そして……


「狂奔が足りねぇんだよ!」


 その豪腕を持ってして方天戟を、満月を描くように振るい、四人をはじき飛ばした。


「冷や汗は流れただろうなぁ、首を洗うのに十分な程にな!」


 方天戟が徐々に、小刻みに震える国王へ近づく。国王が助けを求めて辺りを見るが、皆自分以上に、張遼ただ一人に怯えきり、足がすくんでいた。


「狂奔、まっしぐらだぁぁぁ!」


「……させません」


 国王の眼前で、方天戟と硬鞭が交差し、張遼と于禁が睨み合う。


「おう、お前は……」


「……」


 于禁は切り返し、次の一撃を繰り出す。張遼は軽く受け流し、彼女に背を向けた。


「いい主を持ったな。あのお方には遥かに及ばないけどさ。どちらに忠義を貫くべきか、間違った方につくのは忠義か不義か、物わかりのいいお前ならわかるよなぁ?」


 張遼は八百の兵を連れ、城へ戻っていく。道中功を求めた兵数百人が立ち塞がったが、再放送の如く倒れた。


「も、申し訳ありません。国王」


「陣へ戻る。ここは血生臭すぎる」


 陣に戻った時、王は呂蒙に――何か知っているような素振りをしたために――張遼の事を尋ね。彼女は話した。


 張遼――それは呉が最も恐れる人物である。


 ある時、呉は十万の兵を連れ、城攻めを試みた。その城の守護を任されていた張遼は、八百の兵を連れ、逆に襲いかかってきた、端からすれば蛮勇の極みだろうが、奴は強すぎた、兵と将を区別無く倒した。総大将の目前まで迫る瞬間もあった。


 呉はどうにか建て直し、奴を何十にも包囲した。が、張遼は包囲を突破するどころか、取り残された兵を助けに戻って、再び包囲を破り城に生還する超人技を見せた。


 それから呉は城を包囲するも、成果が上がらす、仕方なく撤退した。士気が天を穿つ程になった魏軍が、背後を突かない理由はどこにもなかった。


 総大将が呉に帰還する頃には、十万の兵は激しく損壊し、将も満身創痍となっていた。


「……とまあ、要するに、奴は危険すぎる」


「何故そんな奴がスピレッドに。非合理的過ぎ……」


「よくここに立ってられるなこのグズ野郎!」


 騒々しい。と感じた王と呂蒙ら四人は、そちらへ向かう。于禁が血気だった、傷だらけの二人のPC将軍と彼の兵に囲まれ、罵倒されている。


「お前がもっといい策を考えておけば、あんな惨事なんか起きずに済んだ!」

「王の側近だろうが、ぼけーっとしやがって!」

「そもそもランク:五だという事を考慮してもNPCじゃねえかお前は! よくもPC様を振り回しやがって……」


「やめんか! 貴様ら!」


 王の一喝により。クレーマー達は我に返り、咄嗟にひざまずく。


「こんな時に仲間同士で争ってどうする。敵が手を叩いて喜ぶだけだ」


「い、いやサイクさん! こんな時だからこそ于禁を叩くんですよ、こいつの能力の無さはもう紛れもない真実……」


「敵が強すぎる、という案件も考えられないのか!? 利己的に頭を使うな、合理的に頭を使え! ったく、持ち場に戻れ!」


「于禁ばっかにえこひいきしやがって……」等、叱責されてもなお、ボソボソと于禁への避難を呟き、彼らは持ち場に戻っていく。


「ふぅ、勝ったら勝ったで自分を誇り、負けたら負けたで他人を罵り自分の非を認めない。これは合理だろうか……そんな事はどうでもいい、大丈夫か、于き……」


 于禁は既に、自分の寝床へと駆け入っていた。彼女の目には、涙が潤んでいた。


「これは一大事なのだ……」


「確かにな、『暴言はよく考えてから言え』と、お触れを出して置かねば」


「いや、周瑜殿が思っている『一大事』はそうじゃないと思うれすよ」


 それは何か、と、王と呂蒙は問う。


「陸遜、あなたも気づいているれしょう。なら説明上手のあなたに任せるれす」


「この戦において、注意すべき人物がもう一人います。

 于禁は『誇り』を命と同等に重く見ている者と耳にしています。呉から解放され、魏に帰って来た際、皇帝に降伏した事を馬鹿にされて憤死したという逸話が証拠です。

 かような者が、散々愚弄する者だらけの国に、平気でいられるでしょうか? 出来ないでしょうね。

 結論を言います、サイク殿、于禁の裏切りにもご注意ください」


「いや、待て。于禁への誹謗中傷は今に始まった事ではない。ずっと前からだ。ならそれなりの忍耐はあると考えるのが合理て……」


「陸遜。一つ忘れてるれす。張遼が『間違った方につくのは忠義か不義か、物わかりのいいお前ならわかるよなぁ?』と言った事を」


「ああ、すいません。そちらも裏切る理由でしたね。于禁と張遼には『曹操』という真の主がいまして、あの発言は『何故曹操ではなくサイク殿に仕えている』という意味があるのでしょう、これもまた。彼女の誇りを傷つけるモノです」


「不幸は別の不幸とやってくる、か。ああ……」


 王は、激しくうなだれた。自分が合理を追求したが故に、臣下纏めという彼女には重い役割につけたという罪悪感故にだ。


「張遼と于禁、この危険因子二人を抱えて動くとなると、この戦、かなりやりづらいですね」


「いや、ひょっとしたら平和的に解決でくる作戦が、この周公瑾の頭にあるのだ」


 周瑜は、王達に得意気に、その全容を惜しみ無く話す。


「周瑜殿、それはちと危険過ぎる気がするんだが」


「この際だから言わせて貰うのだ。サイク殿、あなたは王としての尊厳が足りてないのだ。臣下を纏められず、臣下に纏め役を任せ、臣下に頼りきる……罰だと思えば合理的なのだ」


「合理的、か。あいわかった。王の責任、果たすのが合理よ」



 翌日、タイフーン軍は、スピレッド城の正面へ向けて、全戦力――七万の兵を駆り立てる。


「先日の戦は八百対十万という戦力差を負いながら、三万の犠牲を与えて我が張遼は勝利した! このグレッド・スピレッド、そして我が将兵にとって恐れるべきものは虚構それなり! 行け、張遼、そして一騎当千の兵よ、奴らに現実を突きつけろ!」


 タイフーン軍にとって、スピレッド城の門は、地獄の門に見えた。扉が開き切った時、脳裏に焼きつけられた、張遼の姿が見えるのだから。


「狂奔、ただそれに尽くせ!」


 王の首への道を阻む兵を次々と、絶え間なく屍にして、張遼と八百の兵は狂奔する。


「このアタシ達を、忘れるんじゃねえぞ」


 孫呉の四人は、粉骨砕身の決意を掲げ、先日同様張遼に食いかかる。

 二度、いや、三度も同じ相手に負けてたまるかと、今日の四人の気炎は凄まじかった。先の勝利で意気軒昂となっていた八百の兵も、一人二人、じわりじわりと減っていき、張遼に死線が、幾度と訪れる。


 ――されど、彼女は何にも怯えていない。


(丁原は押しが一つ足りず宦官を討てず、董卓は酒池肉林というくだらぬ欲に溺れ、呂布は武人としては尊敬に所詮は目先の欲に踊らされる獣だ。

 大志さ。何の目的も持たず駆け回るのはただの狂い。狂奔するには、相当の大志がなければいけない――曹操孟徳、奴は僕に狂奔すべき大志を教えた。

 故に僕は……)


「どけえ! 僕に狂奔の暇を寄越せぇ!」


 覇気を帯びた張遼の叫びが地を震わせ、四人は怯み、神がかった方天戟の一振りが風を凪ぎ、四人を弾く。


「僕が欲しいのはなぁ、有象無象の首じゃない。その首さ!」


 数十人の張遼の手勢は、狂奔を再開する。先にあるのは、于禁を脇に置く、サイク・ナイズだ。


「自分の身を守るのは自分、これが合理か。なら、是非も無し!」


 王は携えていた剣を抜き、張遼らに言い放つ。


「真にこの首が欲しければ、来い! タイフーン王国国王、サイク・ナイズ、王の尊厳を知らしめる!」


 文面通りたまには良いところを見せたいが故か、自分が信用ならないが故か、先まで自分を頼っていたサイクとは、まるで違うために困惑してしまう。

 助けなければ王から裏切り者の謗りを受け、誇りに傷がつく。于禁は困惑の直後に責任感に駆られる。もし助ければ今度は張遼から、裏切り者の謗りを受けるからだ。

 まさに葛藤。再び困惑が于禁を襲う。されど、ここで迷い続け、何も出来ぬまま事が顛末に辿り着く事こそ、彼女の誇りを傷つける。


(考えろ于禁。私は今背水の陣を敷いている。ここで知恵を出さねば、一体いつ出せばいい!)


 追い詰められるだけ追い詰められた于禁は、一つ、最善と信じられる術を編み出す。躊躇する時間はない、それを避けるべく、即、身を投じて大博打に出る。


「やめろォーーッ!」


 斬れるものなら斬ってみろ。と、言わんばかりに于禁は、大の字になり王の前に立ち、張遼をしっかりと見据える。


「狂奔のつもりか、于禁」


「罵るのは後にしてください。あなたに一つ、尋ねたい事があるのです。先日、あなたは『何故曹操様ではない人物に忠誠を誓っている』とのような事を言っていましたよね」


「その通りだ。が、故に何だ?」


「この発言、今『曹操以外に仕えている』あなたにそっくりそのまま返せば。どう動きますか、張遼殿」


 張遼は真顔になり、「……これだ」于禁の首に、方天戟の柄をぶつけ、気絶した彼女の身を担ぐ。


「僕についてくるなら好きにしろ。分際相当の歓迎をするからさ」


 辺りにあった馬へ于禁を乗せ、それでサイク王の眼中から走り去っていく。残された張遼の数十人の手勢は、何も言わず彼女についていった。その一部始終を、サイク王と彼の軍は、黙って見ていた。


「これでよかったのでしょうか、国王?」


「周瑜殿の策の通りだ。文句を言わないのが合理だ。さて、もうスピレッドの手勢は骨抜き同然。全軍、周瑜殿達を追うぞ!」



 さかのぼる事先日。

「まず我々が適当に張遼と当たり、負けたフリをする。そうして張遼が目標へひた走った時、我々は素早く体勢を建て直し、迅雷の如く城へ行き、攻め落とすのだ」


「つまり我を餌にして張遼を引き付けるという訳か。腰が引けるな、あの怪物を相手にするとなると」


「いや、恐らく張遼は、あなたの首など全く欲しがってないと思うのだ。もし欲しかったとすれば、あの時引き返さず討ってしまえばよかったのだ」


「では餌は誰になる? 少なくとも我は選択肢から外れたぞ」


「となると、答えは一択、ずばり于禁なのだ。呂蒙、あなたが説明する所なのだ」


「はっ。奴はガワだけ見れば獣のように暴れまわる者に見えるが、以外にも頭が切れ、何より義理深い者だ。特に、曹操に対しては信頼が厚すぎる。でなきゃあんな大奮戦しねえぜ。

 多分奴は曹操のため、魏の人材を集めているんじゃねえか? 曹操は人材集めが大好きだし、あの去り際の発言、アタシには『仲間に戻れよ』って言ってるみたいだったぜ?」


「于禁は、張遼に下る事だけを望み、張遼は于禁に、下る事だけを望んでいるのだ。なら、張遼が于禁と共に去ってくれる。この策の主旨はずばり、『張遼の無力化』なのだ。異存はあるのだ、国王?」



「だいぶ時間が立ったな、そろそろ張遼がサイクの首を持ってきてもいい頃だが」


「伝令! 張遼は敵将軍・于禁と共に戦場より脱出! タイフーンは攻勢になり、こちらへ向かっております!」


「狂奔の意味を履き違えているのか奴は! 奴が我が軍を抜ければ、同時に勝利の可能性が消え失せるのだぞ……」


 グレッドが籠る城の外より、爆発音が武器庫から轟き、パチパチと街のあちこちから連なり鳴る。


 どうしたか、とグレッドが外へ目をやると、漆黒と紅蓮があったーー街が、城の周囲が、黒煙と烈火で覆われていた。


「どんどん燃やすれす! ただし一般人は助けるれすよ!」


 いち早く城へ向かい、先日の攻撃で防御力が脆弱となったために、容易く侵入出来た四人は、自兵にスピレッド本城の家計を命じていた。


「へ、陛下。いかがなさいましょうか……」


「無双の武を誇った張遼は裏切り者だったのだ……なら、裏切り者の私は無双の武だという事か! 皆の衆、戦支度を、サイクの首をはね飛ばしに行こうか!」


 と、狂人のそれな事をいい、グレッドは、タイフーン軍へ狂奔した。張遼と比べて、それが最後までどうだったかは、語るまでもない。



「ありがとう、皆様。この戦で我は大きく学んだ、特に、君主としての誇りをな」


 王の感謝の言葉から一時間が経った頃、獣道のど真ん中で、周瑜は呟く。


「張遼、奴は本当に恐ろしかったのだ」


「話で聞くのと直で味わうのは全然違うれす」


「今回は周瑜殿と魯粛殿がいるので。合肥の時とは違い、六対四ぐらいで勝てると思ったのですが、そうもいきませんね……ああ、この変鉄もない獣道を歩くのがここまで嬉しいとは。終わった……という感じがしますね」


「いや、まだ安心するのは早いと思うぜ……奴の狂奔は、常識を打ち破るからな」


 一方、別の土地で。

「ん……ここは?」


「よく寝たか? ……悪いがお別れの挨拶は出来なそうだ」


 于禁が目を覚まし、自分が張遼の後ろで馬に乗っていて、ここがタイフーン王国からかけ離れた地である事を察する。


「私は、何をしていたのでしょうか?」


「頭に血がのぼってたな、お前……仲間になりたいって言ってたから、力ずくであの王から奪い取ってここまで来たのさ」


「そうでしたっけ……でも、仲間ってどういう事です?」


「お前どこまで忘れてるんだ? お前は魏の五将軍、于禁だ。魏の忠臣だ!」


「流石にそれはわかります。私が疑問に思っていたのは、魏としてもう、同じ仲間なのに、何故さらに仲間にならなければならないのかという事です」


「放浪生活を続けていた中、僕はこの『ロジスティック大陸』の地図を見た。本来いるべき場所ーー『曹魏』に行くためだ。が、この二文字はどこにもなかった。この世界には、曹魏が無いという訳だ。

 そして俺は二つ思った。無いなら新たに作ればいい。僕がこの世界にいるという事なら曹操様と魏の臣もいるはず。これらさ。

 よって俺は立志した。『曹操様と魏の臣を見つけ出し、この世界に曹魏を作り、それ一色に世界を染め上げる』とな。

 つまり、僕はお前に、『曹魏再興軍』ともいうべき存在の仲間になれ、と言った訳さ」


「なるほど……申し訳ありません、目先の生存欲に甘んじて自分を見失って」


「感謝の対象が謝るな。やっとこさ仲間に巡り会えた喜びを味わわせろ」


「はっ……ありがとうございます」


「何人ついてきた? 百人ぐらいか……行くぞ皆、準備はいいか、次の戦場で得るのは無か、死か、名声か、仲間か、曹操様か! 好きなの選んで、狂奔するぞ!」


 広大なるロジスティック大陸の小さな小さな一点にて、また一人の戦いが始まった瞬間である。


【第十九回 完】

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