第十八回 遼来遼来
ロジスティック大陸に、スピレッド王国という極小国がある。
スピレッド王国は元々、隣接する小国、タイフーン王国の一地域であった。が、数日程前に太守が国王のやり方に反発、離反し独立を宣言したのだ。
無論、タイフーン王国は黙って見逃す理由はない。国王は自ら総大将となり、討伐軍の旗印を掲げ、集わせた。
「……というわけで、皆様方には一部隊の指揮をお願いしたい。これが合理的ってもんだ」
タイフーン国王、サイク・ナイズの話を聞き終え。孫呉の四人は拱手の礼をする。直後、陸遜は尋ねる。
「差し支えなければ、作戦の子細を教えていただきたいのですが」
「そういう具体的な作戦はないが……強いて言うなら、『部隊ごとに半独立的な行動をとらせる』事か。敵軍一万に対しこちらは十万、大軍だ。これを一人で動かそうと思えば骨が折れる、故に我は十万の兵を十等分にし、小回りが利くようにするのだ。合理的だろう?」
「自兵力と同等の部隊が十もある、こりゃ半端ない威圧だぜ」
「とにかく、子細は戦場で語る。今は手前と向き合うのが合理的だ」
十万の軍は、スピレッド本城付近に集い、数を持ってして威圧する。
対して敵軍は、怖じ気づいた故に、もしくは、大軍相手に真っ向からの野戦は愚策と判断した故に、動く素振りを見せずにいる。
城を攻めるのは最終手段、孫子の言葉通りタイフーン軍は物量押しには走らず、敵の戦意をへし折るため包囲に入る。が、スピレッド本城は扇状地に築かれ、背後と両脇を山で固めている――山への布陣は水不足を招く――ため、仕方なく正面に陣を敷く。
そして夜、国王は部隊を率いる、四人を含む十将軍を呼び、初めての軍議を行う。
「いかにして敵を釣り出し倒すかがこの戦の課題だ。諸君には合理的な意見を聞きたいと思う」
ある、タイフーン王国のPC将軍は言う。
「連中は城の守りに頼りきっている。ならそれを投石機を築き、城を破壊し続けようではないか」
するとあるPCは、
「敵の城は高地にある故になるべく近くに寄らなければ効果が発揮しにくい。といって近寄れば、敵が黙って見逃す訳がない、兵と時間と労力の無駄だ」と、反論をする。
それを聞き別のPCは、
「本題は城の破壊ではなく、敵の釣り出しである事をお忘れか? もし投石機を築けば、それはデコイとなり、妨害に来た兵を倒すという策が出来る。どこに無駄があるのだろうか?」と、反論の反論をする。
さらに他のPCは、
「建設中にやられるなど馬鹿馬鹿しい、兵は戦って死ぬのが仕事。正面から激突し、奴らに闘争を促すべきだ」と、持論を展開する
なら我もと、さるPCは、
「そもそも何故戦う事に積極しなければならない。例え裏切り者だろうと話し合う機会を与え、平和的に解決する道も歩むべきじゃないのか?」
――詰まる所、五人のPC将軍は皆、意見不一致である。故に、互いの意見にいちゃもんをつけ始め、口喧嘩に近い論戦を始める。
「ええと、孫呉の皆はどのような意見をお持ちで」
揉め事を放っておいてこちらに話を振る国王の判断に驚きつつ、周瑜は言う。
「陸遜、何か思い付いたのだ?」
「敵が抗戦を続けるのは、何らかの勝算があるか、余程引き際を解せないかのどちらか、けど両方に言える事は、『抜け口はない、とわからせれば戦意が弱まる』事です。よって俺は、あの城の三面を固める、木々生い茂る山を燃やす策を提唱します」
「なるほど! 山を燃え上がらせて俺達がガチだとわからせるって算段か!」
「山は数日にかけて燃え続けるれすから、敵の撤退路を妨げるという面もあるれすね」
「理由はお二人の言う通りです。いかがでしょうか、サイク国王」
「四人の意見はそれか。では最後に意見を聞こう、于禁将軍」
(ん……于禁だと?)
冒頭からだんまりとしていた女性は、辺りの顔色を伺った後、憂鬱げに、
「囮として投石機製造を敵前で行い、その隙に山を焼きましょう。強攻・交渉はこの策の後です」と、皆の策を纏めた。
『私の思った通りだ』と言わんばかりに、王は首を縦に振る。王の于禁への信頼が見て取れる。
「ではこれを実行する! して各部隊のすべき行動は……」
軍議が終わり、諸将が散っていく中、孫呉の四人は王に近寄り、問う。
「陛下、彼女を于禁と呼びましたが、彼女は魏の将の于禁ですか?」
「百聞は一見にしからずだ。于禁、こっちを来て情報ウィンドウを見せてくれ」
NPC
名前:于禁
ランク:五
性別:女
武力:六 知力:八 政治力:六 統一力:八 魅力:二
「うひゃー、本当に于禁じゃねぇか! 元気にしてたか?」
「馴れ馴れしいな、知り合いか?」
「ああ、ちょっと色々な」
于禁は『不機嫌』である事を顔より出す。こうなるのも無理はない。何故なら……
「関羽に城を落とされて、捕らえられた時、付き添いの奴(名前忘れた)は頑なに降伏を拒んで処刑されたのに、お前は逆に降伏したっけ。へへへ、懐かしいな。で、その後アタシが関羽を倒した時に、呉の捕虜になって虞ほ……」
「言うな、言うな、言うなっ!」
「やめたまえ呂蒙殿、ここで揉めれば戦に不都合が出る」
「ちぇっ、すいませーん」
「話を変えさせていただきます。サイク国王は于禁殿を信頼しているようですが、どういう訳で?」
「先程の五人のPCは、我が旗揚げの時からいた友であり忠臣だ。が、友達の友達は友達、とはならず、皆の我が強いのも相まってあのように意見はバラバラ、皆と友である以上纏めるのに苦労していた。そんなある日、運良くランク:五の于禁が我の元に来てな。藁にすがる思いで採用した所、問題を解決してくれたのだ。これが理由だ」
于禁は『光栄』である事を顔より出す。
「申し訳ないが話はこれまでだ。明日は早いぞ」
四人が外へ出ると、外は薄暗くなり、兵達があちこちで火を囲み、談笑しつつ飲んでいた。
「でさ、また于禁がやらかした訳よ」
その中にはPC将の姿があり、愚痴を自分の兵にぶつけていた。
「俺の完璧な作戦を、他のカス共の愚策と混ぜるからな。素直に俺の意見を聞けば良いんだよ! ああ、本当に邪魔だわ于禁、奴がいなければ俺の意見は直で通るのによぉ!」
于禁への誹謗中傷はこれだけではなく、四方八方から聞こえてくる。
「おべっか使うのと、良いとこ取りするの以外何も出来ないくせに」
「いずれ王の位を簒奪するって噂があってな……」
「NPCの癖に上に立ちやがって、NPCは黙ってPCに従ってりゃいいんだよ!」
「もんのすごいギスギスしてるのだ」
「これが戦に響かなければいいのですが」
「とにかく今日は寝るれす。明日には明日の風が吹く、れすよ」
四人はすたすたと、誹謗中傷を聞き流し、自分達の寝床へ戻っていった。
「……グズン」
*
「日が明ける頃か。タイフーン軍は、まだ動けないか」
「左様でごさいます。グレッド・スピレッド様。このまさに大地を見方にしたような鉄壁の城に、怯えているのでしょう」
「寄せ手は十万の兵を連れていると聞く……兵糧が早期に尽きるのは、目に見えているわ! ははは!」
「申し上げます、敵軍が前方に投石機を建設中です!」
「千人の弓兵を向けて、一斉放射せよ。サイク・ナイズに目に物みせてくれる」
意気軒昂に千人の弓兵は出陣、投石機製造に励む敵軍に、矢の雨を浴びせた。
「あわわ、退却だ!」
あくまでこちらは守勢、故に無意味な深入りを避け、千人の弓兵は城へ戻るべく一八〇度方向転換する。
「今日はやけに暑い……あ!?」
彼らは、城の三辺を固める山々が、赤く炎で染まるのを目撃する。
「まずい、このままでは城に飛び火する、戻るぞ!」
弓兵部隊は顔面蒼白の状態で、城へ引き返す。予想は当たった、城内の邸宅等の建物が、燃え盛っていた。
「皆の衆、直ちに消火せよ! さもなくば皆くたばってしまうぞ!」
スピレッド軍は火事場の馬鹿力を出し、全焼というバッドエンドを回避する。が、言わずもがな無傷というハッピーエンドには程遠く、敵がほぼ無傷に対して、こちらは兵三千を失ってしまった。
それでも、悲しみのドミノにはまだ続きがある。
「陛下、山の木々が全て焼け失せた故に、地肌が非常に脆くなっております。もしこの期に雨でも降れば……これから先はお察し願います」
軍師の発言に、グレッド王は頭を抱えた。丁度その時に、タイフーン軍から降伏の催促が来たために、さらに頭を抱えた。
自分の身が惜しいのであれば、これが最善なのはわかっている。されど、彼の意地がそれを許さない。
「誰か、この状況を打開する術を知る者はいるか? 降伏以外で頼む」
半分本気、半分諦めの体で、王は家臣に尋ねる。と、一人の女性が返答する。
「八百の兵を貸してくれよ。そうすれば敵の王の首を取って来てやるからさ」
「また貴様か――張遼」
NPC
名前:張遼
ランク:五
性別:女
武力:十 知力:六 政治力:三 統一力:五 魅力:六
「まだここに居候していたのか、何が欲しくてここにいるのだ……ゲフンゲフン、相手は十万だ。〇があと二つつけばまだ勝ち目はあるが、それがなければただの狂人だ……」
「じゃあお前は狂人じゃねぇってことか?」
張遼は王の胸ぐらを掴み、睨み付ける。
「何故獣が人より強いかわかるか? 何事にも恐れを持たず、ただ目的に向かって命燃やして突っ込む事が出きるからさ。けど人間は『知恵』って枷があるし、獣は時に、その『知恵』がない故にやられる事がある。
だから僕がするのはさ――『狂奔』だ。獣になり人を超えつつ、知恵を持つ、人間に出来る方法はそれ以外にない!
存亡の鍔際だ、尋常じゃ駄目だ、なら狂奔だ、狂奔無しに人間が成るか!?」
「……わかった。やれるものならやってみろ!」
*
「陸伯言、ただいま帰りました」
「こちらも終わったれす」
家計部隊――孫呉の四人は黒こげの山をバックに、タイフーン軍の陣地にて再開する。
「于禁の策は見事きまったってか。けぇー何か腹立つな」
「そもそも昨日から思ってたのだ、何故ボク達がランク:四で、奴がランク:『五』なのだ」
「そういえば、ストラポン殿が言ってましたね。呉は魏や蜀と比べて不人気と」
「だと言って人間まで反映をする必要はないのだ、関羽に打ち負かされてみじめに敗北した……」
「……コホン!」
噂をすれば影とやら、于禁が書状を持って、四人の元にいた。
「王より伝言があります。『ある一部隊が独断で城へ突撃を決行したので、全軍に救援を命じる。大至急頼む』と」
「あの正面突破を望んでた将軍れすかね? ってこんなのどうでもいいれすね、自分の兵を纏めてくるれす」
「けどあの策の損害は尋常ではなさそうですし、ひょっとしたらこの勢いで城を落とせる線もありそうですね」
「……いや、それはねえぜ」
「ん? どうしたのだ呂蒙。あなたにしては下向きなのだ?」
「何か、体がゾワゾワするってか、嫌な予感がするんだよなぁ……」
御託を並べても命令は命令、タイフーン軍は、スピレッド城へ急ぎ向かう。と、その突出した部隊の兵が、ほうほうの体で戻ってきた。
「ほらいわんこっちゃない。堅城を攻めるという非合理を働いた罰……」
「早くお逃げくださ……陛下……遼が……来る……」
于禁は言う。
「陛下、この兵が逃げられる距離から逆算すると、突出部隊は城にすらたどり着けていないと思います」
「つまり何者かが進軍して、現在進行形でこの先で戦っているのか。なおさら急がねば」
「いえ、この兵の弱りようから、もはや壊滅状態でしょう」
「貴様、言ってる事がしっちゃかめっちゃかだぞ。あの被害で敵兵は七千程に減ったと我は踏んでいる。仮にそれ全てが城外で戦いを仕掛けたとしても、あの部隊は名将が率いる一万の兵だ。坂の上という地の利があるかも知れないが、そんな早々にやられるのはおかしすぎる」
「遼が……来る……!? いや、アタシは知ってるぞ……百も千も、万すらも軽々蹴散らせる野郎を!」
蹄が地面を叩く音が、幾つも重なり、タイフーン軍の耳に入り出す……刹那、
「遼来遼来イィィィィッッッッツ!」
読んで字の如く、張遼率いる八百の兵が、タイフーン軍目掛け狂奔する。
【第十八回 完】




