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第十六回 ロジスティック神話を語る

「だーかーら! 買わないと言っているのだ!」


「そーこーを! どうにかしてくださいよ!」


 ロジスティック大陸の真西にあるホイプペメギリ地方の、名も無き獣道で、緑髪の少女――旅商人、軍富國と、周瑜が火花を散らしていた。


「見やこの商売に失敗した故の在庫! 今までこれを引いて来たせいで肩がバッキバキなんですわ! 可哀想だと思いませんか?」


 富國の己の背後にある、山のように本が積まれた荷車が周瑜の目につく。


「そんなもんどこか適当に捨ててしまえばいいのだ!」


「周瑜殿、それは世間一般で不法投棄っていうんれすよ」


「くっ……とにかく、自分で後始末をするのだ!」


「そんなー! たったの千ジト! 買値から五割引いた格安なんやぞー! ワイが何か恨まれるような事でもしたんかー?」


 ここで一つおさらいを入れるとしよう。

 実は軍富國と会ったのはこれで二回目であり、初めての時は四人に武器を押し売りした。

 性能は文句なしであったが、いかんせん彼女達は金欠の身、この出費は後に響いた。

 そのため、四人には多少の、富國に対する恨みがあるのだ。


「そ、そういう事じゃなくて、ボク達はお金が無いのだ! 半額だろうと千ジトは払えないのだ!」


「そっちがそこまで強気になるなら、ワイも強気になるわ、買う意思見せるまで後追っかけ回したる! 覚悟しいや!」


「何だと……んー、あ! 用は買う意思を見せればいいのだ!?」


 周瑜は荷車に近寄り、本を一つ取る。


「おお、お嬢さん、ようやく買う気になりましたか!」


「しばらくの間試し読みさせるのだ。千ジト払う価値があるかどう、たちの悪い押し売りかどうか、調べる必要があるのだ」


「ああ、そうきたか、わかりました……けど数日たったらまた来るで! その時は覚悟しいや!」


 富國は荷車を押し、ようやく四人の元を去った。


「ところでこの本何なのだ?」


 周瑜の発言に、三人はマンガめいてずっこけた。


「ちょっ、周瑜殿! まさか何の理解も無しに取ったのか!?」


「どうせ買わないんだし、適当でいいのだ。ほら呂蒙、あなた本好きでしょ、貸すから適当に読むのだ、適当に。さあてうざい旅商人はおっぱらったし、行くのだ……えっと」


「アルトリウス皇国です」


「行くのだ! アルトリウス皇国へ!」


 四人は、アルトリウス皇国へ向かうべく、ロジスティック大陸の土を改めて踏み出す。


「何々、『ロジスティック神話全集』……」


 ロジスティック神話とは、『LoveCraft』の世界、ロジスティック大陸に存在する、世界の仕組みを示す文献である。


 わかりやすく……と記すより、本質を記すと、何の意味もない『フレーバーテキスト』である。


 証拠に、開発筆頭Rolfe氏が下記の発言をしている。


「こういうファンタジーな世界観とか作る時は、ギリシャとか北欧とかの神話からそのまま引っ張ってくるのが手っ取り早いけど、それじゃあベタすぎる。

 だから自分なりに神話を作ってみたんだ。ナンセンスだけど」


 これ故にPCからはたまに話のネタにされる程度でしか扱われない。

 しかし、ゲームにおいて、このようなフレーバーテキストはNPCがよく従っているものだ。が、序文にこのような記述がある。


『これに記載される文は全て、この世界の仕組みを操る者がいるという根拠のない仮説であり、またその者が今、人として生きる者に影響を及ぼす事ができない。要するにこの文は何の意味も無い事を明記する』


 この恐らくPC達に『これはフレーバーテキスト』だと教えるのが主旨であろう文により、NPC達は『ほら話』という認識を持っているか、意味が無い故に知らないままという二つに分かれている。


 そろそろ本題に戻そう。歩きに歩いた四人は、アルトリウス皇国へとたどり着いた。


「あれ、陸遜? ここであってるのだ?」


「はい、間違いなくここです」


 家々は損壊し、道には痩せ弱った人が何人も倒れていた――ここは、嵐でも通り過ぎたように廃れていた、こう言い出すのも無理はない。


「恐らく本城は、あそこれすね、目に見えてわかるれす」


 一行は一際目立つ、立派な建造物へと歩く。その道中、

「ホイプペメギリ様よ、見てくだされ我々の惨状を! 早く我々に名誉ある死を与えください!」

 揃って人の像を囲い、拝み続ける、みすぼらしい身なりの民衆を見かけた。


「ホイプペメギリって確かこの地方の名前ですよね? それが一体どうかしたのでしょうか」


「……ああ、そうか! このホイプペメギリか!」


「呂蒙殿、どのホイプペメギリですか?」


「この本を見てくれ!」


 呂蒙は他三人に、自分が持っていた本……『ロジスティック神話全集』を見せた。


 その内容を下に記す。


 ホイプペメギリはロジスティックの十神の一つ、大陸の真西にある、トードイスムカを宅とし、居る。


 神は死を司り、生活するだけで人に死をもたらす。故に神の仕事は死者の魂を集め、宅で安らげた後、現世に返す事。


 神は慈悲深く、あまりにもひどい死を受けた者は、並外れのもてなしをする。

 ――『ロジスティック神話』より引用。


「つまりあの人達は神に並外れのもてなしを求めてるんれすね」


「けどおかしいぜ、序文にはこう書いてあるんだ」


 さらに呂蒙は例の序文を、三人に見せる。


「何の意味も無い……とがっつり書いてありますよね?」


「手に終えない災厄が来たから、人の力を超えた神に救いを乞う……古来からよくする手だと思うのだ?」


「でもおかしいれすね……こういう時、王は民を思いやるべきだと思うれすけど」


「とにかく、本城に行くのだ。それがボク達の今すべき仕事なのだ」


 閑話休題、四人は急ぎ足で城へ向かった。

 城は近くで見れば、より立派に見えた――周りの困窮が嘘かのように。


「よく来た、俺がアルトリウス皇国の、サイレン・クリード法皇だ」と、豪華な内装の、豪華な玉座に、豪華な格好をして佇む彼は名乗った。


「依頼書通り君達の仕事は、暫しの本国での仕官だ。この国の発展のため、頑張ってくれたまえ。

 では、そうだな……ただいまこちらに進軍中の敵国との防衛戦の手伝いをしてもらおうか」


 早速、四人はサイレンと、アルトリウス軍兵三千人と共に、戦場へ歩いた。


「あれ、どうかしたのか魯粛殿」


「兵達は皆、さっきの民同様痩せ細り、兵糧や武具等の物資は明らかに足りず、かわりに神の像を引きずり、ただ進軍してるだけで餓死者が出る……この軍、すごく不気味れす」


「んだな。戦の最中にポックリ逝くっていう冗談とか無いといいが……」


 アルトリウス軍は予定の戦場へ到着、布陣を整えた。

 その詳細は、右翼を周瑜と呂蒙、左翼を魯粛と陸遜、本隊をサイレンが指揮する鶴翼の陣――防衛戦においてオートドックスかつ、この上ない布陣だ。が……


「どいつもこいつもヒョロヒョロ、正直不安しかないのだ」


 やはり四人は、兵の貧弱さに不安を持っていた。 


「やぁやぁ、アルトリウスの者共よ! 我が戦場に行幸とは、僥倖よ! この形相、特と噛み締めよ!」


 そうこうしている内に、敵軍が真正面に現れる。

 彼らは、アルトリウス軍を貫かんと言わんばかりの気勢を上げ、真っ向から突撃をした。数はざっと数えて六千……この豪勢に頷ける。


「左翼隊、待機れす!」


「完全に敵が陣の内に入った時、ボク達も攻めかかるのだ! それまでは絶対突っ込んではいけないの……」


「周瑜殿! あれを見ろ!」


 呂蒙、遅れて周瑜は、敵を誘い込みが甘い時に対抗して突撃を決めたサイレンに唖然する。


 鶴翼の陣とは、大雑把に解説するとアルファベットの『U』の形に兵を並べ、突撃してきた敵を囲んで叩く陣形である。

 すなわち、この陣形の効果を最大限まで発揮するには、敵を奥まで誘い込まなければいけないのだ。


「アタシ達の兵は敵の半分……なのにその一部が何の捻りもなくぶつかった所でどうにもならないのは、アタシでもわかるぞ!」


「過ぎた事を語ってもどうにもならないのはわからないのだ蒙ちゃん!? ああ、どうにかしてこの状況を何とかするのだ」


「し、周瑜殿! あれを!」


「今度は何なのだー! ああっ!?」


 呂蒙、遅れて周瑜は、倍いる敵軍を押す、サイレンの本隊に呆然する。


「我々は劣勢と強行を求められる、悲運の兵だ!」

「ホイプペメギリ様よ! どうか俺達を救いたまえ!」


 その影にはやはり、ホイプペメギリがあった。この意気軒昂は、信仰のため、救いのためであった。


 このようにして、アルトリウス軍は奇跡の勝利を手にした。しかし元々三千いた兵は、三百にまで減ってしまった。

 理由は簡単に予想できた。貧相な軍備、杜撰な作戦、そして……刺し違え以外の勝ち筋を見出だせない兵、これらだ。


 とは言えども勝ちは勝ち、サイレンと兵達は、多いに喜んだ。

 ただし四人……特に最も良心を持ち、人思いの魯粛は。勝利を手にしても、もとい、アルトリウス皇国に来てから、まるでいい思いをしなかった。


 国は飢え苦しみ、現状打破を求めず、『死による救済』という信仰を続ける者にあふれ、行きで餓死者が多数現れ、戦でそれ以上の犠牲が産まれる……喜ぶ事が難しいぐらいだ。


「ただいま、サイレン・クリードが帰ったぞ!」


 アルトリウス軍は餓死者を出しながら、国へ凱旋した。貧困故に当然、サイレンに近い将兵数十人の歓迎しかなかった。サイレンは気にも留めていないが。


 その後、サイレンは四人を呼んだ。


「此度はあまり強い印象は無いが……とりあえず感謝する」


「ありがとうございれす。ところで私、あなたに聞きたい事があるのれすが?」と、魯粛は彼女特有の思いきりで、法皇に尋ねた。


「この国はホイプペメギリへの信仰が厚いようれすが、どうしてれす?」


 法皇は、答えた。

「結論から言う。利益のためだ。

俺がたまたま読んだ本に、ホイプペメギリの事が書いてあってな、ちょっとアレンジを加えて教えを民に植え付けたんだ。

 んで奴らは、『自分達に降りかかる苦役は、神の安らぎへの手招き』って解釈し始めてな……だから俺が慈悲深く、『悪政』を与えたんだ。そしたらあいつら、げっそりしながら『ありがとう』ってなぁ! お陰さまで政治は搾取し放題贅沢し放題、軍事は戦役させ放題特攻させ放題。まさに神の恵みだ!」


「思ったより多く喋りれしたね。捉える人によれば『悪党の言う事』れすけど」


「これはフェアトレードだ。君達が伸び伸び働けるように、出せる情報は全て公開しなくては、な?

 それにだ、『使える物は全て使う』だ。時間・財産・労力を余すこと無く国に献上する、これこそ国民がすべき『忠義』ではないか!?」


「どこが忠義だ! 詐欺の極みじゃねえか!」と、感情極まり思わず叫んだ呂蒙に、法皇は言う。


「民達は喜んで献上している。ならこれは詐欺ではない、だろ?」


 そのしらじらしさに呂蒙は歯軋り。これ以上話を進めれば危ない、と、踏んだ魯粛は呂蒙をなだめ、

「し、失礼しれした……」

 皆と共に逃げるように……否、逃げた。



 夜。城は暗闇の中、太陽の如く輝いた。サイレンと、国の重鎮のみが参加できる、豪華な酒宴によるものだ。

 そう、重鎮のみ……四人は脇のこじんまりとした邸宅で、夜を過ごしていた。


「じゃあおやすみなのだ。消灯はしっかりするのだ」


「おう、合点。なぁ魯粛殿? さっきからどうしたんだ、机に向かってだんまりして」


 意図か偶然か、呂蒙がこう聞いた刹那、魯粛は灯火を消し、外へ出る。


「え、ちょっ、おい、どうした!?」


 呂蒙は不審に思い、こちらも家を出て魯粛に着いていく。


 先にあったのは、いつの日に通りすぎた、ホイプペメギリ像のある所だ。


 相変わらず、民衆が今にも倒れそうな身を押して、悲鳴や泣き声に近い声を出し、救いを乞うていた。


「お助けくださいホイプペメギリ様……ホイプペメ……」

「どうか、私を導きください……ああ来た……」


 その最中でも民衆がバタバタと倒れていく――悲惨すぎる光景に、魯粛(と呂蒙)はおののく、されど、立ち止まるのは意思に反する、自分を奮い立たせ、民衆の前に行く。


「こほん、私はこの国の客将、魯子敬と申しれす。この度は皆様に話したい事があるれす。

 この国は類稀に見る大悪政を行い、皆様を苦しめているれす。その上、デタラメで飾った自分達に有利な教えを広め、悪政を正当化しているれす!

 本来なら民衆達は、虐げ、騙された故に義憤を燃やし、上に反乱を起こすのが筋れす。なのにあなた達は相手の言う事にホイホイ従い、惨めに倒れるだけなのれすか! 相手は同じ人間、数はこちらが遥かに上、勝機はこちらにあるれすよ!?」


「あなたはホイプペメギリ様を嘘八百と申すのですか!」


「そう……とは言い切れないれす。けど、仮にいたとしても、反乱を起こして苦役から容易く逃れられるのに、あなた達は現状打破せず、自ら苦役をしてるれす。

 ホイプペメギリは悲運の者を救うのであって、自分本意で苦しむ人は助けないれす!」


 演説する魯粛の元に、長老とおぼしき人物が迫り、一冊の本を渡す。読め、と目で強く訴えられた気がするので、彼女は読む。

 『法皇とその家臣は神の使い故にどのみち救われる』、『民は必ず虐げられる運命にある』など、本当にサイレン法皇は、ちょっとアレンジを加えて教えを広めていた。


「わかったかこの邪教徒! 俺達を騙そうと言ってもそうはいかないぞ!」

「この詐欺師! ホイプペメギリ様は絶対よ!」


 神を否定され、邪道を歩まされそうになった民衆の怒りく、魯粛に向かって小石の雨霰を降らせた。


「い、いや、落ち着くれ……」


「魯粛殿! ここは、逃げるんだよぉっ!」


 呂蒙は魯粛を引っ張り、無我夢中に街を駆け……共に大事から抜けられた。


「ぜぇ、ぜぇ、危ない所だったぜ……」


「……浸透っぷりが恐ろしいれすね。痛い程わかったれす」


「その言葉通りに事を捉えると、魯粛殿は民の状況を調査したかったのか!?」


 魯粛は首を縦に振る。それを見て呂蒙は、この先彼女が何を言い出すかを読み、無意識に「あ~」と言う。


「あんなのもう見てられないれす、同じ生を受けた者同士なのに、自分で立ち上がろうとせず、ただ簒奪され続ける……そんなの人間じゃない、家畜れすよ! ……そして何より許せないのが、あの偽りの太陽でそれを貪りくって、平然とするあの王の性根れす!」


「やっぱり魯粛殿は民思いだな……アタシも同感。それに軍事的な面でも、確かに民の力を余す事無く使っているが、いかんせん消耗が早すぎる。このままいけば人員が足りなくなって終わるぞこの国……」


「私としては、あの教えが間違っていると伝われば民を簡単に救えるのれすが……何かいい方法はないれ……」


「ん!? ろ、魯粛殿!?」


 ガガガガガ、とけたましい音かどこからともなく鳴る。ひょっとしたら今までの軽率気味な言動が王の耳に届いたのでは、と予測した魯粛は弩斧を構え、音の鳴る方を向く。


 音が近づいてくる、魯粛(と呂蒙)の顔から汗が流れる……そして、


「やっと見つけましたでぇっ、二人ともぉぉっ!」


 暗闇より、それは荷車を引いて現れた。


【第十六回 完】

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