第十五回 鎖(くされ)のお父さん
日が登りたてのテンブン本城の玉座の間にて、ざわつく国臣の前を歩き、出せる限りの威厳を出し、座る。
「既に情報は広まっているが、一応言う。諸君、先代伊達光父の身は私が捕らえた、これからは私、伊達夜姫がテンブンの国の長だ」
この夜姫の発言に、周りの国臣はさらにざわめく。光父が囚われの身になったためではない、悪逆を起こした身を現す、狂気に近い度胸のためだ。
「夜姫殿、正気ですかあなた。もし正気と言うのなら、何故このような行為に及べるのですか!?」
「この国を馴れ合いから、正しい道に戻す為だ。
我がテンブンの国は他国を圧倒できる国力を持っているにも関わらず、光父はそれを勝手に義兄弟という甘事のためにこま切りにし、台無しにした。
それを戻すため、私はここにいる」
「あなたの言う国力は光父殿の義兄弟の盟約が重なった故の結果。なのに肝となる光父殿に手をかけ盟約をなし崩しにするとは……」
「勘違いするな。私は光父殿を殺していない、厳重に拘束しているだけだ」
「しかしそれでも盟約は死んだような物ではありませんか」
「ああ、確かに死んだ。なら新たに生み直す、テンブン王国二代目国王からの最初の命令だ、貴様ら、私の家臣となれ、これなら結果は同じだろう」
「……そう言われて、易々首を縦に振ると思ったか!」
義兄弟の一人は剣を引き抜き、夜姫に突きつける。
彼女はその剣も鋭く、冷たい目を彼に向けながら、告げる。
「私に不都合な事をすれば、光父の命が危うくなると言えば。貴様はどうする? 忠義の英になりたいか? 不義の輩になりたいか?」
「……くっ」
義兄弟は剣を納め、元の立ち位置に戻る。
「では皆よ、今後もよろしく頼む。以上だ」
家臣達は各々の思いを持って、解散した。
*
一方その頃、城下のとある宿にて。
「ビラ、拾って来たぜ」
「『テンブン共和国、改めテンブン王国に、新国王伊達夜姫が即位する』陸遜、あなたの見聞きした事は間違いなかったんれすね」
昨夜、寝床に帰った振りをし、こっそりと夜姫の蛮行を目撃していた陸遜はうなずく。
「正直乱暴極まりないですねあのお嬢さん。昨日色々見聞きしてましたし、この乱、人質がいなければあっさり鎮圧されますし」と、陸遜は得意気に話す。
「ん? その言い方から察するに、光父殿は生きているのだ?」
「ええ、昨日隠し場所とかも、がっつり聞いていますし」
「ははぁん、じゃあ、行くしかないのだ」
「どこへれす?」
「助けに行くに決まってるのだ! この好機見逃すわけないのだ……もっと恩を売って、名声を稼ぐのだ!」
「おお、さすが周瑜殿。目ざといですね!」
四人は情報を元に、兵糧庫へと訪れる。そこなら牢屋よりは人を隠していると予想しにくく、見張りをつけても違和感がない、と、読んでの夜姫の行動だったのだろうが、筒抜けになれば何の意味もない。
「こら、君達! 何をしに、ゲブッ!?」
「申し訳ねぇが、ちょっくら眠ってもらうぞ」
見張りを片付けたのを確認し、四人は兵糧庫の中へ入り、そこにあった檻を開ける。
「おお君達か、よくここを見つけら……」
「ごたく並べはいいんで、とにかく逃げますよ!」
四人は光父を適当に変装させ、夜姫のお膝元の本城下な街を出る。
「こら君達どこに行く、もう街を抜けてしまったぞ」
「光父殿! まさか夜姫に会って話し合いで決着をつけるつもりなのだ!?」
「当たり前だ! 父親として娘を清く正しく糺す必要がある……」
「けど奴は躊躇無く奴を襲った上、本城を掌握したんだぜ? 行ったら行ったでまたひどい目に会うぞ」
「確かに……」
「でも話し合うのは平和的に解決出来るので悪くないれす。ただ順序がちょっとダメれす。先にすべきなのは、夜姫を無力化する事れす……ところで光父殿? おかしくないれすか、今のところあなたの義兄弟は誰も動いてないれすけど」
「そうだな、義兄弟なればイバラの道を通ってでも助けにくるはずだが」
「恐らく、あなたを人質にとって動けなくしたれす。もし誰かが夜姫にとって不都合に動いた時、あなたを殺せば、その人の名声はがた落ちれすからね。でももし、人質が無い事がわかればどうなるれすかね~」
「夜姫の味方をする必要が無くなる」
「正解れす。というわけで、まず誰か発言力のある人にあなたを連れていくれす!」
「なら葦名殿だ、彼は最も力のある義兄弟だからな」
「いや、ここは、先日降伏した国に行った方がいいのだ」
何故か、と一同に問われた周瑜は解説した、
「夜姫の当分の目標は自分の地位の安定化なのだ。そのためには各地の王の力が必要、故に有力な葦名殿は確実に奴が手を回してる危険地帯。ならそれよりは懐柔の優先度が低く、恩を受けたばかりで気持ちが大きい例の王が一番確実なのだ」
四人は光父を護りつつ、その国へ急行する。
王はは彼女達を快く受け入れ、
『光父様の身柄は押さえた。もはや夜姫に怯え、誅罰をあぐねる理由はどこにもない』
と、檄文をテンブン中に放ち、光父を慕う義兄弟達が挙兵。反夜姫軍を形成した。
対して夜姫は、光父のやり方を逆手にとる。
『仮に光父殿に味方しても新領地や報酬は期待できず、それ以降戦い続けても、奴は得た領地を義兄弟にした王にそのまま返し、ただ信頼するだけだ。
私は違う、しっかり戦った者にはそれなりの報酬を渡す。例えば、光父殿に味方した愚か者が遺した領地などを』
光父は義兄弟として仲良くやる為に、皆を平等に扱った。どれだけ頑張ろうとも、怠けようとも、平等に扱ったのだ。
夜姫の檄文により、それから脱したい、領地を得たい、出し抜けしたいと野心を抑えきれなかった義兄弟が、夜姫に様をつけ、彼女の元に軍を連れ集った。
結果、テンブン軍は比率七対三で、割れてしまった。
これに光父は、「まさか義兄弟が、私をそんな風に思っていたのか」と悲しんだ。
それでも彼は、今だなお自分を慕う義兄弟の為にも、歩みを止める訳にはいかない。彼は覚悟を決め、自らの手勢に告げた。
「首領伊達夜姫とその一派、これら逆賊を罰すべく、気勢を上げろー!」
忠義のため、安寧のため、光父軍は、夜姫軍の国へと侵攻して行った。
その時、例の四人は光父の直属軍――夜姫の策略により元来の軍は彼女のものとなっている――として戦った。
戦争勃発してから半日、光父軍の怒濤の進撃により、夜姫に味方する有力国が陥落した。
「ばんざーい! 光父様ばんざーい!」
この結果に光父軍は大いに喜び、まだ戦いは始まったばかりにも関わらず、その日の夜はあたかも戦勝し終えたように、野営地内で宴を行い、盛り上がった。
――総大将の伊達光父は、テントの中で、机に向かってうつむいていた。
「すみません、ここ入っていいですか」
「好きにしてくれ」
言われた通り、陸遜は好きにして入る。
「ああいうノリあんまり好きじゃないんですよ俺。それに少しあなたと話がしたくて……これも好きにしていいですか?」
「いや、それはダメ」
「ですよね。やはり下手に首を突っ込むのはいけな……」
「違う違う……私が自分語りを、したいからだ」
光父は長々と、自分語りをする。
*
光父は現実世界において、エゴサーチしても自分が出てこないぐらいの、掃いて捨てる程いるレベルのwebデザイナーである。
(技量などは一旦置いておくとして)仕事柄、業務時間よりも自由時間の方が長かった。故に、毎日毎日、退屈な日々を送り、憂鬱に襲われて、気力を失っていった。
とどめに、呆れた妻が突如家を出て、光父は完全に絶望しきってしまった。
これを心配した娘――夜姫は光父に、「これなら新しい体験が出来るよ」と言葉を添え、『LoveCraft』をプレゼントした。
人生のスパイスを与える為……というよりは、開始早々ゲーム内で素性を隠して接近し、タイミングを図って正体を明かすという、ベタなドッキリをし、喜んでもらう為という主旨が強かった。
光父は渋々『LoveCraft』を開始、夜姫も無事接触し、彼に『自分の国を作り上げる』という目標を与え、続けさせた。
その中で光父は、現実ではあまりなかった人と触れ合う事の喜びを知り、徐々に気力を取り戻し、一時一時の時間を大切にし、楽しんだ。
――夜姫の存在を軽視する程に。
それが当人が知ったのは、光父が夜姫の奮戦により、国盗りを成した――目標を達成した時だった。
「よかったね、お父さん……いままで隠しててごめんね、私……」
「ありがとう我がファミリーよ! 君達のおかげだ!」
ネタばらししたものの、まるで気にも止めてくれなかった。
多分感極まっていて、こちらに手が回らなかったのだろうと思い、現実で改めてネタばらしをした。
しかし、「ありがとう、お前のおかげで色んな人と出会えた」……自分を真っ当に褒めてくれなかった。
後に光父は国の各所の統治を、義兄弟に委ね、自らは本城付近を治めるというシステムにした。
その中において夜姫は、『光父の補佐』とされたが、各地の義兄弟への発言力が弱いため、実質飼い殺しとなっていた。
これにより夜姫は、彼に対する不満を募らせていった……その結果が、あの夜の出来事だ。
*
「夜姫は『広大な領地を我が物にする』と言っていたが、あれは嘘で、本当は私にかまってほしかったのだろう……私は何て愚かな親なのだろうか……」
「親だから、子の思いに答えなければいけないんですか?」
「そうだ、家族なんだから。互いに互いを思わなければいけないんだから」
「始めに言っておきます俺の家族は袁術って男の仕業で殺されまして、家族の意味を知れませんでした。だから、自分なりに考えたんですよ。
袁術という男も自分の親族と争っていましたし、周瑜殿は自分の家族より他所の家族を思ってました……これらから察するに俺は、家族だから互いに互いを思わなければいけない、じゃなくて、互いに互いを思いやったら家族、だと思うんですが。
でもあなたは家族という言葉は自分を思ってくれる便利な言葉、そういう考えがどこか頭の片隅にあったのではありませんか?」
「……そうかもしれないな。義兄弟と呼んだ者は、結局は赤の他人だからと気を使いまくり、娘は、娘だから私に歯向かえないと軽視してた。思い当たる節だらけだ。」
「あくまで俺は客将です。この戦乱の後の事は、あなたの思うがままにしてください」と、陸遜は締めて、テントを出ていこうとする。慌てて来た伝令兵に激突する。
「いたた……あ、陸遜殿! 申し訳ありません!」
「急ぎの用事ですよね……心配の前にそれをしてください」
「はっ。伝令! 葦名軍が離反! 夜姫軍につきました!」
「どういう事だ、詳細を!」
*
事の背景はこうだ。
宴の最中、先日降伏した王が酔った勢いで、義兄弟達に言い放った。
「刮目しろ! 光父殿の身柄を押さえた英雄がここに居るぞ!」
義兄弟達は腹を立てたが、ここで争うのは無意味、と自分に言い聞かせ、見て見ぬふりをした。
王はからかいを続けた。
「特に葦名殿! あなたはテンブン一有力な義兄弟! 故に光父殿の命を受け俺の城に攻め行ったが……まるで敵わなかったな! しかも今回の争乱でも光父殿を助けられず、夜姫に怯えて何もできなかった! テンブン一有力な義兄弟なーのーにー! ははは!」
これに葦名は激怒し、王に剣を向けた。義兄弟達は「ここで争うのは無意味だ」と言い彼を全力で止め、王を逃がした。
葦名は空気が悪くなった宴会場を抜け、自軍を集め、言った。
「ここにいても利益は無く、ただ虫の居所が悪い。今こそ夜姫の元に行く時だ」
かくて葦名は光父から寝返ったのであった。
*
「な、何て事を……葦名殿はあれほど仲良くしていた義兄弟だというのに!」
「……」
葦名の裏切りにより、勝利の行方は夜姫へと動いた。
それでもまだ兵力は光父の方が上回っている。はずだった、
「葦名殿が寝返ったか……あの方と戦えば、勝てると言えば勝てるが、大損害を受けるぞ」
「いや、あの方は強すぎる、ひょっとしたらひっくり返されるかもしれない」
「もしそうなったら、俺達は終わりだろうね」
「こんな所で終われない……決まりだな」
義兄弟達の大半は葦名に弓引く事への不安に駆られた。
その軍にとっての不安の萌芽を抱えたまま日が昇り、光父軍は進軍し、また別の国にて夜姫軍と激突した……芽吹きの時は、ここであった。
「大変です! 多くの将軍が、夜姫の軍へと寝返りました!」
「な、何だと!」
後の祭りかもしれないが、ここで解説を入れるとしよう。
夜姫の扱いを無視したとしても、光父の統治システムは国にとって大きな問題点だった。
君主という身柄でありながら光父は、義兄弟達と比べ、何の優越性を持っておらず、彼らを義兄弟という『義理』でどうにか押さえていた。
しかしそれを無視し裏切れば、どうてことはない。
本題に戻る。義より栄を優先した者達の、裏切りの連鎖により、開戦当初の光父軍と夜姫軍の比率『七対三』が、逆転した。
「あの四人を呼んでくれ」
報せを受けた四人はすぐさま、光父の元へ馳せ参じた。
「君達は客将な上、既に『制圧の手伝い』という契約は終わっている。ここに残る理由はない、早くテンブンの地から逃げてくれ」と、光父は物悲しげに、四人に告げた。
「何でだ!? 大義名分はこちらにあるし、まだ完全に負けたわけじゃない、死ぬ気で戦えばまだ……」
「そうです! 卑怯な輩に負ける程、俺達は愚かではありません、残って振れる限りの才を」
「呂蒙、陸遜、行くのだ」
「周瑜殿! そんな……」
呂蒙は周瑜を不服げに睨んだ。周瑜は動じず、黙って彼女を見つめ返し、諦めを促した。
「今までありがとうございれした」
魯粛は四人分の礼をし、周瑜は皆を先導し、光父の元から離れていった。
一人になった光父は少しばかり考えた後、武装せず、馬を走らせ、夜姫軍に突撃し、捕縛され、夜姫の元に引き出された、狙い通りだった。
「降伏のつもり? 本当にそうでも許す気は毛頭ないけど」
「お前が勝ったのは紛れもない事実という事を認める。後の事は好きにしてくれ……けど、一つ言いたい事がある」
「わかった。手短に終わらせて」
目の前に立ち、刀を握る夜姫に、光父は言う。
「これは父親としてでも、恩を受けた者としてでも、国王としてでもない、一人の人間としてだ――すまなかった、お前は私の事を思ってくれたのに、私はお前の事を思ってやれなくて」
夜姫は、目をパチクリさせた後、父親に手を伸ばす。
「弓兵部隊、撃て」
最中、葦名は伏せていた弓兵部隊に命令した。数秒の内に、親子が針ネズミのようになって倒れた。
「あ、葦名! お前は一体何て事を……」
「すまない、ちょっと野心の味を、覚えてしまってなぁ……」
これ以降、テンブンの地は、至る所が血塗られた――戦乱の世が、再び訪れたのだ。
*
事の結末を、四人は他国の宿で、情報紙により知り、悲しんだ。
「葦名とかあの王とかの性格を察していれば……申し訳ないのだ光父殿、夜姫殿……」
この機会に呂蒙は、周瑜に尋ねた。
「何故、戦わずして逃げたんだ?」
「確かにあの時、光父軍には少なからず兵力が残っていた、けれどももしそれが機会を伺うため残っていた者だとしたら、交戦した所で懐から奇襲を受けて終わり、そう考えたからなのだ……」
「そうか、そう言われてみればそうだな。さすが周瑜殿」
「負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、言わせてもらうのだ。
信頼とか人望とか、名声は持っているだけでは意味がない。それに見合う行動をしなければいけないし、時には非情に、切り捨てる事も必要……光父殿はそれを教えてくれたのだ。ここ覚えておくのだ」
「はっ、合点!」
二人のやり取りを眺めていた魯粛は、ふと思い、陸遜を見る。虚しそうに窓を向いていた。
「どうしたんれすか、陸遜殿」
「この件は常識からすれば、『親子のすれ違いによる悲劇』なはずです。が、俺には家族の意味は薄々理解しても、何というのでしょうか、『暖かみ』というのがわかりませんから、恨めしいんですよ、満足に悲しめない自分が」
「でも、陸遜はそれに近いものを持っているれすよ、ここに」
魯粛は自分と、周瑜と呂蒙を示した。
「光父殿はもう一つ大切な事を教えてくれたれす。『仲間の大切さ』をね」
「……確かに。すみません、皆さん」
「だいぶ前から言ってるのだ、『互いの良い所を束ねて強くなるんじゃなくて、互いの悪い所を補って強くなる、それが今のボク達がすべき、協力なのだ!』と……
さて、気持ち切り替えていくのだ、次の勝利のために!」
「「「おー!」」」
悲しき情報紙は、くしゃくしゃに丸められ、後ろのゴミ箱へと捨てられる。
そして四人は名残惜しまず、宿から出ていった。
【第十五話 完】




