第十二回 国に暗雲を呼ぶ
プライズ・サプライというPCの男は明るく、人付き合いが上手であり、何より肝の据わった者として名が知れていた。
彼は四つの国の境に当たる部分に、自ら集めた人材をフル活用し、イガキリ王国を建て、全ての国との同盟を成した。
単に自分の懐を満たしたかったのか、民を憂いこうしたのかは今となっては知るよしもないが、四国との貿易によりイガキリ王国は建国して早々、全盛期となった。
全盛期が過ぎれば、残りの時は『衰退』であるのが、この世の理である。
原因は、彼が集めた仲間の、ちょっとした野心であった。
その名は、ハイド・ダーク。彼の友の、暗殺術に長けたPCである。
彼はプライズの持つ財産に目が眩み、半年前、周囲の賊を雇い大規模な反乱を決行、プライズは死に、彼に歯向かう者は全て殺し、計画通り彼は玉座を奪ったのである。
こうしてイガキリ王国は、プライズの輝かしい遺産と、邪念を抱く汚れた者が同時に存在する、混沌の地と化したのだ。
「俺達を雇ったのはあまりにも人材が足りないから、無駄に警戒心が高いのは暗殺者としてのクセでしょうね」
「それを知ってどうする気なんだ? 別に謀反なんか戦国の世において日常茶飯事だぜ?」
「俺が危惧しているのは、それにより得た国は『不安定』な事ですよ。
イガキリ王国は囲いの四国の視点で見ると、国王は暗殺以外の能が無く、支える家臣と兵が少ない、盗れれば前線で優位に立てる国なんですよ」
「つまり、もうじき忙しくなるという事なのだ……?」
*
陸遜の予感は意外と早く的中した。
「申し上げます! ノーズ国(イガキリ王国の北にある国)が三万の兵を連れこちらに迫っております!」
翌日、その伝令の一声が、国中に轟き、そこに足を付ける者は皆、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……心配は要らない。俺には優秀な兵八千と、この将達がいるじゃないか!」
「いやー、それほどれすー」
頼りにされた四人は、照れる。しかしこれは作り物、内心は『不安』が全てである。
その重すぎる不安を持ちながら、四人は軍議を始めた。
「三万だぜ三万! 周瑜殿! ここに兵は何人いるんだ!?」
「蒙ちゃん、国王が八千と言っていたの……」
「いいえ、良くて百人、悪くてゼロでしょう」
「り、陸遜! お前はどんだけ卑屈なんだよ!」
「夜が明ければ、闇は消えますよ」
この陸遜の言葉は直喩となった。
「魯粛殿! ハイドの野郎は見つかったか!?」
「いいえ、その親衛隊すら見当たらないれす!」
一夜の間に、国王は腹心を連れて、イガキリ王国から去った。
存亡の危機に国王が亡命するという最悪の事実は、瞬く間に国に広がった。
「落ち着くのだ! 国王が居なくともボク達と、一騎当千の兵がいる! まだこの国は終わってないのだ!」
四人は混乱の鎮静化に尽力を尽くしたが、この国の兵士のほとんどは賊、義理人情という言葉が頭に無い彼らは、一人一人と国を見限り去っていった。
それを止める四人に対し、賊達は言った。
「国王が見捨てたんだ、なら俺らも見捨ててもいいだろう?」
「あいにく俺らは儲けが無いと動けないんだよ」
「弱い国、逃げる王様、人がいないと何もできない将、こんなのと戦う奴がどこにいるんだ」
そして陸遜の予測通り、イガキリ王国の兵士はゼロとなった。
「偵察から帰って来たぜ。単純計算で敵はあと五日でここに来る……どうしたんです皆?」
三人は、斥候をしていた呂蒙を城の展望台へ連れていく。辺りに広がるのは、人気の無い街である。
「おい、どうしてくれんだよ……これでどう勝てって言うんだよ!」
「周瑜殿、ここは降服れす! 戦う意味も無い上、民達を守る最善策れす!」
よかれと思ってやった事が悪い方へ行く……民という雲のような存在の上に立てば、それを度々味わう。
「ああ、あなた方はまだ居たんですね……おーい皆! 客将様がいたぞー!」
四人の前に、百数人の民が集まる。ただの国民ではない、善良な国民である。
「あなた達は何れす?」
民達は揃ってひざまずき、
「一国民の分際ですがどうか聞いてくだされ。この地は四国の国境故に星の数の如く戦乱が降りかかり、我々はその数だけ倒れました。
しかしプライズ様がこの地に降り、イガキリ王国という盾を使い、我々はようやくの安寧を得たのです。
でもそれはほんの一瞬で、ハイド・ダークに簒奪されました。奴は悪政を敷き、外交をないがしろにし、私欲を満たし続けました。その一方、我々は餓え苦しみ、野放しにされた賊に怯えていました。
そして今度はイガキリ王国を、あっさりと捨てていきました……あたかもゴミを捨てるように。
仮に北の国に降服した所で、他の国がまた攻めてくる……そんな地獄のループに陥る前に、あなた方にお願いいたします。どうか、我々を幾度と踏みにじった四国と、見捨てたハイドに、捲土重来する機会をください!」といった。
仮に民衆総動員で戦おうが、防衛側である事を考慮しようが、兵力差は歴然である。
なら別国から援軍を貰えば良いと思うが、それも駄目。結局他国の支配下に落ちるか、横殴りを受けるか、領土分配でさらなる戦を招くかのどれかが待っている。
故に、三人は大きく戸惑った。
――そう、三人は。
「おい陸遜。お前には何か策があるんじゃないか?」
三人と民衆は、さほど戸惑っていない陸遜一点を見つめ、『策をくれ』と言わんばかりの欲求をする。
「はい、一つだけ可能性があります……」と、陸遜は細々とした声で返す。
「じゃあさっさと出すのだ!」
しかし陸遜はそれ以上の事は言わない。苛立った三人は彼女に詰め寄り、脅し気味に真意を問うと、別の真意が吐露された。
「正直な話、俺は今怯えているんですよ……
皆をまとめあげランク四というそしりを消す道を示した周瑜殿とは違い、ただ否定するだけで終わり、入鹿という内に入った毒を奇策をもって取り除いた魯粛殿とは違い、満足な策を編み出せず、あのサラディンを制した呂蒙殿とは違い、遠くから攻撃して怯ませた程度で終わり。俺は先達方と一緒にいながら、特に何も出来ていなかった。
だから俺は功績を作ろうとこの街の闇を暴こうとしましたが、それっきりでした。
役立たずと罵られたくない、けれど大失敗をしたくない……本当にすみません、こんな事で葛藤する俺で……笑ってくださいよ皆さん、結局役立たずでしたね、俺」
「はははははは! 陸遜のばーか!」
その空気の読めなさに、民衆は、魯粛と呂蒙は『馬鹿だ……』と思った。が、馬鹿と天才は紙一重である。
「陸遜! 一つ質問するのだ、仲間とは何をする者なのだ?」
「え、助け合う……ですかね?」
「正解なのだ。そして『助ける』というのは不利に陥った者を救う事なのだ。つまり誰も不利に陥らなければ、誰も助ける必要は無いのだ」
「つまり、仲間とは『足を引っ張り合う者』……!」
「というか、リミット王国の時に『互いの良い所を束ねて強くなるんじゃなくて、互いの悪い所を補って強くなる、それが今のボク達がすべき、協力なのだ!』って言ってるのだ。
まさかそこまで馬鹿になった訳じゃないのだ、陸遜?」
「……いえ、そんな訳ございません! ただ少し、激しただけです!」
この切り返しには、周瑜だけでなく魯粛と呂蒙も思わず吹き出し、陸遜もさっきの事が馬鹿馬鹿しくなり、同じく笑った。
が、おいてけぼりにされた民衆は困惑していた。
「あのー! 結局策はあるんですか、ないんですか!」
「ああ申し訳ありません、それでは策の全貌をお教えしましょう。ただ一つ、留意してください。今我々は絶体絶命にあります、これを覆すには天地をひっくり返すが如く、壮大かつ巧妙な策を行わなければなりません……故に皆さん、この戦には決死の思いで望んでください」
「もちろんです! そうでなければ我々はここにいません!」
「よろしいです。ではまず周瑜殿、魯粛殿、呂蒙殿! 皆様に至急行って貰いたい所がありまして……」
*
五日後、決着の時。
「ようやくついたな、三万の兵を動かすのは辛いぜ……よーし皆! 攻めかかれ!」
北国の将軍は突撃を決行、イガキリ王国を囲い守る壁の内部に攻め込み、本城を目指す。その道中……
「来たな! イガキリとのかつての盟を忘れ、欲望に駆られた者共め! かかれ!」
南国の将軍が一斉攻撃を命令、油断していた北国軍に痛手を負わせる。
「よしその調子……」
「大変です将軍! 西よりかの者達が……」
南国の将軍が左を向くと、西国の軍が砂煙をあげこちらに迫っていた。
「他国の優越を黙って見逃すものかー! 最後に勝つのは我々だ!」
これにより南国軍はターゲットを西国軍に変える。その好きに北国軍は両軍を的確に打ち破るべく、南国軍の後ろ、すなわち東に回り込む。
「おらおら退けろ! この地は我々が譲り受けてると決まっている!」
しかし突如、東国の軍が背後を突き、奇襲は失敗。
こうして四軍はイガキリの中央で乱戦を始めた。
それを本城より、陸遜は見物していた。
(一国と結べば他三国が束になり襲撃しひり潰され、二国と結べば他二国が束になり更なる一進一退を招き疲弊する、三国と結べば余裕で勝てるがそれらの取り分で揉める、四国と結べば……これが出来たら苦労しない。
なら俺達が描くべき結末は……イガキリ王国が、四国全てに勝つ以外無い)
陸遜は爆炎槍で、太陽めがけ火の玉を放つ。
それと同時に、門が全て閉じられ、壁の上より雨霰の如く火矢が降り注ぎ、王国の中に火が灯る。
「な、何だ! これは!」
「我々南国は魯粛という者より『イガキリの民をお救いくださいれす』と聞いているのに、これでは民が焼け死ぬぞ、あべこべではないか!」
「『この国をお前達東国に寄越すから、どうか助けてくれ』と頼まれたのに! 約束が違うぞ! 灰なんか誰が欲しがるんだ!」
「西国は、『このまま他の国に負けて良いのだー!?』と周瑜なる女から諭され……まさか!」
「「「「イガキリの狙いは! 我々を一網打尽にする事!」」」」
「ご名答でございまぁぁぁぁす!」
歓喜に浸る陸遜の声が、燃えゆくイガキリ王国にこだました。
「長々と戦争を続け民を困窮させる国などに、この国を渡してたまるものか! それがハイド・ダーク様のご意向だ!」
「なら四国と同盟をすればよかったであろうに、何故このような……」
「イガキリを挟まなければ仲良くできなかった手前らにそれが出来るのか信じられるものか! それより、周りを見た方が良いんじゃない!?」
この頃には既に、城中は赤く染まっていた。
「ご安心を、この炎は手前らの侮蔑では無い。手前らを悲運の将とするための洗礼だぁぁぁぁっ!」
「おのれ……呉越同舟だ! 東国よ、どうか西国と協力してくれないか!?」
「ええ、この状況に敵味方など気にしていられません!」
東国と西国は危機を脱するため一時協力を組み、撤退を開始。
「生きて帰るぞ! そして南国の民に、イガキリの悪行を伝えねば!」
南国は義憤に駆られ、同じく撤退を始めた。
「全て燃やすなら奴らは共倒れになる、それを防ぐには安全地帯がいる……あの城を攻め落とすぞ!」
しかしどうしてもイガキリが欲しい北国は、兵達を無理矢理従わせ、燃え盛る街を抜けて城を目指す。
始めに目標に手が伸びたのは、東西連合軍、彼らの目の前に閉じきった門が現れ、協力してこじ開けた。
「よし帰るぞ! 我が東ご……」
そして、東西の協力劇はここにて終了した。
「皆の者! 勝者は我々西国のみで十分だ! 直ちに、東国の者を殺せー!」
すっかり呉越同舟の気でいた東国は、西国の裏切りに対応出来ず、全滅する。
やるべき事を終えた西国は、撤退を再開する。が、
「仲間同士で戦って楽しかったか? こっちは楽しかったぜ、ゆっくり準備も出来たしよ!」
壁の上に潜んでいた呂蒙率いる民兵が、がむしゃらに石を投げ降ろす。さらに、
「手を組んで妥協しとけばよかったものを、欲張りなのだ!」
予測していた東国の逃走経路に潜んでいたが、急遽遊撃に出た周瑜軍が背後を襲い、西軍は東軍の後を追わされた。
一方南軍は火により徐々に兵を減らしながら、門の前に到着する。勿論ここにも民兵が伏せられており、魯粛は皆に一斉投石を命じた。
「我々は貴様らに幾度と救いの手をのべるためにここに来たんだ! それをこのように扱うとはなにごとか!」
「幾度と救いの手をのべたというのは、幾度と苦しい思いをさせたという事に等しいれす……あなた達の気持ちはよくわかるれすが、それが実にならかったから私達はこうしてるんれすよ!」
地にいれば街を飲む炎、天を見れば民の心の中の炎、それらに逃げられず、南軍は壊滅した。
そして北国は、満身創痍で城の元にたどり着いた。
「イガキリの将よ、名乗れ! この俺が来てやったぞ!」
北国の将軍の要求に答え、陸遜は己の情報ウィンドウを表示する。
「ほう、ランク四か。流石だイガキリ王国! 四国に媚を売り生き長らえるという手を失えば、今度はランク四の雑魚に任せ、国を焼き我々を一網打尽にすると来た――ここまで愚かな国がロジスティック大陸のどこに存在しただろうか!」
「……手前らに、そこまで馬鹿に出来る権利がどこにあるんだ?」
「もう言っただろうが! イガキリ王国は、下らない策を連発して生き長らえるバカどもの国だからだよ!」
北国の将軍は高らかに笑い、他の兵達も同調圧力で笑う。
「……じゃあ何で手前らは、ランク四の雑魚将と、雑魚い国のせいで窮地に陥ってるんだ? 手前らのほうが優れてるって言うなら、それを上回れるんじゃないのか?
まさか、『天が我々に味方しなかった』とか言って、自分達の失敗を棚上げするか、『弱者の反撃』の強烈さを否定する気じゃないよなぁ!?」
陸遜は、爆炎槍で将軍の心の臓を射抜く。力無く転がる将軍を見て、北国の兵は、腰を抜かして逃げ出していってしまった。
その後彼らは、鏢が刺さる、矢に射たれる、盾で殴られる、火に包まれる、岩が落ちてくる等、バリエーション豊かに死んでいった。
空が紅蓮から蒼に変わる時、イガキリ王国に、僅かな、身体中泥とススで汚れた民と四人が、黒一色に染まった地で勝鬨をあげた。
*
弱者の反撃を受けた四国は、これを気に長らく続いた戦争でどれだけ民が困窮しているかを知り、イガキリの地で四人の王が集まり、協定を結んだ。
その後、戦後処理が行われ、四人に罪が問われたが、あの戦いがこの協定を結ぶきっかけになった事、民の意見を身を持って伝えた事を賞され『追放』のみで済まされた。
余談だが、この際、同時に平和への道に四国を導こうとしたプライズを殺し、私欲を満たし、挙げ句の果てに国を捨てたハイド・ダークの存在が上がり、国民からの非難の声が大きい事、災いの種となる可能性が高い事から、大捜索が決行されたが成果が得られず、彼は闇に隠れてしまった。
何がともあれ、イガキリ国民の悲願である『捲土重来』は、無事成功したのであった。
*
四人は連合国を追放され次の仕事を求めて、別の国を目指して歩いていた。
「見事な火計だったな、陸遜! やっぱり物理的な戦なら陸遜が一番強えぇぜ! ん? どうした、浮かない顔して?」
「やはりもう少しいい策が無いかと今思いましてね……何か、こういう悪どい策をすると逆に名声が下がってしまうような気が……」
「大丈夫れすよ! あの民も皆喜んでいたれす。それに……悪い事をしようが天地をひっくり返すような策を行えたのはまぎれもない、喜ぶべき事実れすよ」
「そうですかね、こちらとしても中々の快感でしたし……」
「いーや、まだ満足するのは早いのだ!」
三人が何故かと問うと、周瑜は拳を強く握り答える。
「ボク達はまだランク四の雑魚扱いされたままなのだ! それを覆すまで、真の満足は来ないのだ!」
「あ、そうれしたね周瑜殿!」
「俺とした事が……すみません」
「はいはいわかったぜ……じゃあ周瑜殿、言ってくださいよ、『次の仕事目指して急ぐのだ』と」
「言わずもがななのだ。次の仕事目指して急ぐのだ魯粛、蒙ちゃん、陸遜! ボク達をこけにした者達に、ギャフンと言わせるのだー!」
荒野の真ん中で周瑜は、天に鏢重剣を突き付けながら、その声を轟かせた。
【第十二回 完】




