第十回 王を返す者たち
あれから数十日後。
「まーたカイライ王国なのだ」
彼女達は再びカイライ王国へおもむいた。
「けど今回の目的地は、本城ではなく私達が落とした周辺国の領地にある町れすし、依頼書の送り主は国王じゃなくて臣下れす。多分しつこく臣従を迫るって話は無いと思うれす」
やがて一行は目的地の町に着いた。
「町が寂れてますね……前来た時よりひどくなった気が」
「道にこんな立派な笠が落ちているぞ。あの国王、強気に法整備をしたのか?」
荒廃し、がらんとした町を歩き、依頼主の家――周囲と同様のボロ屋――の戸を叩いた。中にいた、そこに相応しくない、標準的な臣下の格好をしたPCの男は恐る恐る顔を出し、一行である事を確認して、招き入れた。
「申し訳ありませんこのような汚い所にお招きして」
「いえいえ、大丈夫なのだ……でも何でこんな所にお招きしたのだ?」
「……結論から言います。国民の敵と化した蘇我入鹿を、殺すためです」
彼は決意に至るまでの経緯を説明した。
あの後、ライ国王は、デスクマット王国からの援軍を防ぎ、最小限の力で入鹿に、自分の腹心となる事を勧めた。
「はい、喜んで」こちらは四人と違って快く受け入れてくれた。
次に、捕らえたジョン、カラカラ、徽宗の三人の処罰を考えた。
腹心達の意見は揃って『処刑』であった。しかし入鹿は、
「彼らは曲がりなりにも国を治めたという実績はあります。我輩は彼らを部下にしたいのですが」
と、発言。これに腹心達は大きく反発、彼の気を数で動かそうと試みた。しかし、
「ああ、この国は数を揃えて物を言えば、英雄の言う事をはね除けられる国なのか」と、入鹿は皮肉った。 それを聞き国王は深く反省し入鹿の意見を尊重し、三人は無事生き長らえた。
彼の暴虐な面が白日の元にさらされたのは、この後だった。
まず、四国分の領地を隅々監視するためと入鹿は王に進言、四国の中央に巨大な城を築かせ、そこに住み着いた。
カイライ王国は発展途上、そこでの大規模建築は国の財力を大きく削る事を意味した。
腹心達は勿論反発したが、入鹿の言う事は理にかなっているとした。
次に、先述の通りカイライ王国は発展途上故の貧しさと戦っている。しかし入鹿はそれを気にせず、腹心という立ち位置をフル活用し国庫を貪り、移動は金銀財宝で飾られた馬車に乗り、衣服は農民が死に物狂いで働いて得られる収入と同価値の、良質な物を着て、毎晩のように宴を行った。
最後に、入鹿がお忍びで、ある町の視察に来た時、道に落ちていた財布を拾い、自分の胸元に入れる男がいた。
それを目撃した入鹿は男を盗人と判断し、捕らえ、尋問した。
男は『友達の財布が落ちていたから届けようと思った』と弁解し、証人としてその友を呼んだ。が、入鹿は承認せず、悪人には悪人らしい罰をと二人の親族を町中引き回し、処刑、首晒しにした。
これに町長を勤めていた、ライ国王の友人の
PCは激怒した。しかし入鹿は『むしろ罰せられるのは貴様だ、貴様が町の治安を良くしなかったばかりに我輩がわざわざ手を汚したのだ』と反論。
町長は公平な判決を求めるため、入鹿の横暴を止めるために国王へ会いに町を出た。
そして彼は、二度と人前に姿を見せなくなった。
これに国王は我慢ならず、入鹿を追求した。すると当人は言った。
「あの援軍を求む書は我輩の手にあります、もし直ちにデスクマット王国へ書を出せば、彼らは自分の臣下をろくに使えず、自ら戦に出られず、自分の欲を優先する無能の王など一息に討って見せるでしょうね」
ジョン王達と見事な降伏劇を自作自演し、国王の信認を経て腹心となり、その立場を余す事なく使い自らの欲を満たす。
全ては彼の、計算の上であった。
以降、王は入鹿の傀儡と化した。
他の腹心は、反発して首だけの状態で宴に参加させられるか、媚びて作り笑いで宴に参加するかの二通りを迫られた。
入鹿の見返りで生き長らえたジョン王、カラカラ、徽宗は彼の威光で、君主時代以上の贅沢な日々を送った。
そして民衆は、入鹿の威光に畏怖し、外に落ちているゴミすら拾わなくなった。
「という訳です」
「 ……まるで董卓だぜ」
「いかがでしょうか。この依頼は……」
「ええ勿論乗るのだ!」
自分達の評価を上げるため仕事を選ぶ暇はない……即決である。
「して、どうするのだ皆」
「ひとまず本人に会って下調べをしましょう、ただゾロゾロ行っても怪しまれますのでここは俺が一人で……」
「いや、ここは魯粛に任せるが吉なのだ」
当の魯粛はこれに口あんぐり。けれども、
「確かにここは魯粛殿が適任だな」
呂蒙の後押しもあり、結果魯粛が蘇我入鹿の居城へ向かう事になった。
魯粛は関を抜け、城下町を歩く。
彼のお膝元故に他以上に閑静な町並み、されどその風景は非常に豪勢な作りとなっていた……ライ国王の本城を凌駕する程に。
「おらー! 次の店へ行くぞー!」
「流石ですカラカラ殿! 汝はいい趣味をしていますな!」
「お、お待ちくだされ徽宗殿!」
道中、馬車を暴走させる三人組とすれ違った。彼らの眼下には魯粛も、困窮する民の姿もない。
念のため街を見て回った後、魯粛は城の門までついた。
「何者だ貴様!」
「この方の使者として訪れましたれす」
名目上、魯粛はあの家臣からの賄賂を納めに来た代理人となっている。
「……ふむ、よろしい。通れ」
簡単な検査を終え魯粛は入場、すっかり忠誠の向け所が変わった諸侯達とすれちがい、蘇我入鹿と対面する。
「まさかこんな形で魯粛殿に会えるとは。いやぁ驚いた。折角なので少しゆっくりしていってください。おい、お茶!」
召し使いは何かに追われる――あらかた予想はつくが――ように、茶を準備する。
「入鹿様……あ、いや、陛下! お待たせしました!」
入鹿は震える召し使いをギロリと睨んだ後、にこやかな顔を魯粛に向けた。
「あなた方もカイライに残ればよかったのに。さすれば今の我輩のように贅沢三昧出来たものの」
「生憎れすが私達はこの世界に名を轟かせる事を目標としてるれす。天下統一を目指すって手も悪くないれすが、あちこちで転戦した方が現実味があると思ってれすね」
「ううむ、どうやらお前の考えは我輩にとっては理解し難いな……こうやって酒池肉林した方がいいと思うのだが」
「沢山の民が飢え苦しんでるのに、それを気にせず酒池肉林するあなたの考えの方が理解できないれす」
ここで入鹿は、一瞬の焦りを覚えた。
こんな無礼な態度をとるなら腰の剣を抜き、相手に相手の背中を見せてやろうと思ったが。魯粛の能天気さと平然さ、『何か腹の底にある』……そう確信し、冷静を装い話し出す。
「同じランク四である以上、その不遇さはもう語るまでもないだろう。我輩らは満足な職に就けず、惨めな思いをした。しかしそれに甘えてはいけない、一度の生を受けたのにも関わらずそれを無駄にするのは、天への冒涜! 故に我輩はある限りの知恵を振り絞り、苦難を乗り越えなければならない!
これは暴虐ではない……『弱者には弱者なりの勝ち方』があるのと、『私が生きた』証明だ!」
「でもそれにはもっといいやり方があるはずれす……」
「人は皆他人の力を借り、他人を貪り食って生きているのだ……悔しかったら復讐してみるがいい! やられた方が悪いのは変わりはないがな!」
魯粛は入鹿を冷ややかな目で見て、『お茶を飲んでいいのか?』と身ぶり素振りで訴えた。
「ああ、すまない。魯粛殿を悪く言うつもりは無いんだ……さぁ、どんどん飲め、いっそ泊まっていけ」
「ごめんなさいれす、私、他に用事がありまして……失礼しれす」
渡された分の茶をイッキ飲みし、入鹿の城を逃げるように出ていった。
*
「ただいまれす」
「お帰り……で、どうなのだ? 奴は」
「ものすごく可哀想な人れした……」
「魯粛殿、それは一体どういう事だ」
魯粛は入鹿がランク四故の不遇により、『弱者には弱者なりの勝ち方がある』という証明しようと、この行動を起こした事、入鹿が『悪いのは騙されたお前らだ、悔しかったらやり返してみろ』と言った事を説明した。
「要するに完全に自己中が腹の内って訳か! やっぱりあの野郎はクズだぜ!」
「魯粛、敵の軍備とかも調べてあるのだ?」
「未知数れす。入鹿直属の軍は簡単に計算出来るれすけど、デスクマットの軍の存在も加味しなければいけないれすから、それに……」
魯粛は家の主である腹心に聞く。
「王に味方していると思う諸侯は、どれぐらいいるれすか?」
「わかりません、今生きている者は皆、入鹿の気分を損ねないよう常に媚びへつらいしていますので……王も先の話通り、すっかり力を失っていますので」
「つまり反乱は危険って訳か、じゃあ暗殺は!」
「入鹿は警戒心が強すぎるれす。茶会の時も剣を肌身離さず持っていたれす」
「じゃあどうすりゃいいんだよこれ……」
呂蒙がお手上げとなった直後、周瑜はようやく自分の番が来たとばかりに、呂蒙へ聞く。
「魯粛、あなたの頭の中にはもう策があるのだ?」
魯粛は多少驚きながらも、即答した。
「はい、あるれすよ」
「流石天下二分の骨組みを作った者、思った通りなのだ」
ここで一つ解説を入れるとしよう。
『天下二分の計』とは、魯粛が語った策に周瑜が加味したとされる、『中国大陸を南を孫呉の手中に収め、北を治める魏に対抗する』という策である。
とある重鎮は『今僅かな地を治めるのに精一杯なのにそんな事出来るか』と、現実味が無い故に否定したが、結果これはおおむね実現し、三国時代を作り上げる所以となった。
この件がある故に、周瑜は魯粛こそ今回の騒動で活きる奇策を作れると踏んで、魯粛を入鹿に接近させ、素肌で状況を感じさせ、策を作らせたのだ。
「しかし……始めに言っておくれす、この策、状況が状況だから国にとってかなりの荒療治になるれすよ」
「承知なのだ。さあ、言ってみるのだ」
*
「陛下、来客が来ております」と、ライ国王の部下は、彼のいる暗い書斎に言う。
「僕は病だ、適当に断ってくれ」病でも何でもなく、ただ山のように積まれた軍学書を前にしてうなだれているだけの国王は、そう言ってやり過ごそうとした、しかし……
「その者は、魯粛殿ですが……」
「何! あの魯粛が、直ぐに呼べ!」
数分後、久しぶりに国王は魯粛に対面した。
「一体、どのような用事でここにいらしたのですか」
「あのー、お茶は無いんれすか?」
「……」
「冗談れすよ。私はあなたの家臣の依頼を受けて、この国を食い潰す虫を取っ払う為に来ましたれす」
「私はただ良心でやったんだ、こんな事になると思いもしなかった! 本当に、申し訳ない……」
身も心も打ちひしがれた国王は、感極まり、情けなく涙を流しながら、魯粛に頭を下げた。当の魯粛は彼の頭を上げさせ、こう優しく言う。
「もう過ぎた事れす。謝った所で何も変わらないれすよ」
「心遣い感謝します……」
国王は涙を拭い、どう国害を拭うのかを尋ねた。
「良禽は木を択んで棲む、という言葉があるれす。賢い鳥は木を選んで住むように、賢い者は君主を選ぶっていう意味れすよ」
「つまり入鹿は僕を選んでこの策を決行したというわけか」
「正直アイツは中々の曲者れす。だからこそ私は、それを覆す前代未聞の奇策を持って来ましたれす」
国王は大喜びし、その詳細を尋ねる。そんな彼に魯粛は、重く言う。
「国王様、故意は無かったと言えど、この騒動はあなたが入鹿を招き入れた事が原因れす。それはわかってれすよね?」
「勿論だ、それは痛い程わかる」
「今私の頭の中にある策は、多大な物――それ即ち『国王としての誇り』を犠牲にして行うれす。その覚悟がなければ言えないれす。
行うか、否か、明日まであの家臣の家で待つれす。それまでに来なければここを去るれす」
そう言って魯粛は、静かにライ国王の元を去る。
「いや待て、もう答えは出来ている!」と、王は堂々と言い放ち、魯粛を止める。
「で、どっちれす?」
「民を入鹿から守るためなら僕は死でも何でも受け入れる! だから教えてくれ、君の策を!」
「そう言うと思ったのだ!」
他三人は返答を聞くや否、書斎に入っていく。
「皆いたんですか……」
「そりゃ『四人まとめて格安』で売っているからな! いつでも四人で動いてるぜ!」
「魯粛だけ苦労させる気は一切無いのだ!」
「皆……ありがとれす!」
かくて、孫呉の四人とライ国王の、入鹿誅罰作戦が始まったのだ。
*
「本当にありがとう、入鹿殿」
「お陰で我々は贅沢三昧だ」
果てしない自由より、昼間にも関わらず、蘇我入鹿は勿論、ジョン王、カラカラ、徽宗は真っ昼間からだらけていた。
「なんの、あなた達のお陰でこの日々を得られたのだ。感謝したいのは我輩だ、はははは……どうしたジョン王、浮かない顔して」
「これだけ楽な思いをしているのですよ……私の人生経験上、そういう時はそれ相当の苦が訪れるんですよ」
「ははは! ジョン王は臆病だな! 心配は要らぬ、我輩には大量の兵と、賛同する諸侯、そしてデスクマット王国があるからな!」
望む時に望む物が得られず、望まない時に望まない物が得られる。運命とは、天邪鬼である。
「大変です、陛下! ライの城が、突如攻めて来たデスクマット王国に支配された模様です!」
「そんなの知らん。あんな奴もう我輩には必要ない、煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
「話にはまだ続きがあります! 同時に各地の諸侯に、このような書を!」
「『今日をもって、カイライ王国は降伏とし、全領地をデスクマット王国に渡す』……あやつめ、狂ったか!?」
これが魯粛の提案した、デスクマットに攻められる事を恐れたライ国王が、自らデスクマットを招き入れ、それは起こり得ないと油断していた入鹿を、国を渡した見返りで倒させるという、荒療治以外の何物でもない策だ。
対して、入鹿は各地に部隊を派遣し、諸侯への協力を求めた、が、それらのほとんどは勝ち目が無いとしライ国王の元に帰参した、あるいはカイライ王国から逃げ出した。
入鹿に忠誠を誓い、真剣に協力しようと軍を飛ばした者もいたが、皆魯粛によって顔が割れている……周瑜、呂蒙、陸遜の軍に先回りされ、あえなく滅した。
これらの報が流布されると、入鹿の軍は雀の涙程になった。おまけにあの三人組も唯一人並み外れた逃げ足でどこかに行方をくらました。
皆、入鹿そのものに惹かれていた訳ではない、入鹿の権力に惹かれていたのだ。
デスクマット王国の襲来は、それを上回る物の襲来と、入鹿のハッタリが嘘まやかしだという事実の認知となった。
夢が捨てきれない入鹿は、デスクマット王国に必死の抵抗を披露したが、完膚なきまま敗北。
これにてカイライ王国は、完全に降伏となった。
「本当に、よかったのだ? 国王?」
「お前は王国っていうデッカイモノを失ったんだぜ?」
「もう覚悟はしているさ……そもそも僕は、ただ民を守りたいだけ、それに国王という肩書きは必要ない。あれを倒すための代償としては、格安だよ」
四人と国王は姿勢を直し、改めてあれーー縄に巻かれた入鹿をに睨む。今は戦後処理、それも黒幕の審判の最中だ。
「間違いないな、ライ殿……こやつが蘇我入鹿だな」
「はい、そうです」
「話は全て聞いている、王を騙し、民を苦しめた邪悪の化身よ! それだけの悪知恵があるならここから先のお前の仕打ちはわかるだろう!? 最後に何か言いたい事は無いか!」
入鹿は目くじらを立て、デスクマットの国王に問う。
「何故あそこにふんぞり返っている売国奴を我輩の横に並べない?」
「民を守ると己を守る……これがどう同じに見えるか!?」
「逆に我輩が何をしたという、公平に裁けんのか貴様は」
その白々しさに呆れたデスクマット国王は合図をする。刹那、入鹿は処刑人の一太刀で、あっけなくその命を落とした。どれだけ偉かろうが、どれだけ賢かろうが、どれだけ強かろうが、所詮人は、人同士で固まらなければ弱いのだ。
かくて自業自得な末路を迎えた蘇我入鹿であったが、ランク四という逆境の身から事実上の一国の主になるという下克上を成し遂げたのは紛れもない事実。
皮肉にも彼は、『ランク四でも活躍できる』事を四人に証明した――あまりにも無能な者が意外な功績を残すのは、よくある事だ。
*
一件落着し、孫呉の四人はデスクマット王国を出て、間髪入れず舞い込んだ依頼を受け、現場に向かっていた。
「ライ国王はあの後、旧領の一部の統治を任されたらしいな」
「国が降伏した時、臣下は前通りの暮らしが出来るけど、主君は遥かに劣った暮らしを強いられる。やっぱり赤壁前の予想通りになったれすね」
「でももう何にも怯えずに住むから、正直楽だとも言っていたのだ」
「それは良かったれす。ねー陸遜……ん?」
「そういやずっと浮かない顔してるな陸遜。どうしたんだ?」
「さぁ、何でしょうかね?」
【第十回 完】




