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第一回 陸遜とこの世界

 西暦二四〇年頃、中国大陸は魏、蜀、そして呉という、三つの国に別れていた。


 その中で、呉という国は、俗の言う『世継ぎ争い』の真っ只中にあった。


 皇帝の嫡男の死去を皮切りに、家臣は三男と四男(次男は早世)、どちらかの派閥に別れた。


 本来継ぐべきなのは上の兄弟、故に有能な家臣は皆、比較的正統性のある三男の味方となった。


 だが、三男にあらぬ所から悪い噂が浮上、結果、呉の皇帝の座は四男へ向いた。


 これは即ち、三男派の家臣が呉から見捨てられた事を意味する。


 左遷、処刑、これらを有力一族の者だろうと、忠臣の子だろうとお構い無しに行った。


 無論、例え国を救った英雄であろうとも。


「父上、また譴責書が」


「破り捨てろ」

 と、寝伏せ、痩せこけた男は息子に告げる。


 彼の名前は陸遜、蜀の猛攻に対し大規模な火計を行い、風前の灯火であった呉を救った、紛れもない英雄である。と、同時に、三男に味方したが故に皇帝から嫌われた者である。


「は、仰せのままに」


「ありがとう、お前はきっと優秀になれ……ゲホッ、ゴホッ」


「父上!」


「……我が息子よ。呉を建国すべく謀を巡らせた周瑜という英雄がいた、彼の後を継ぎ呉の道標を立てた魯粛という英雄がいた、彼の後を継ぎ呉の武となった呂蒙という英雄がいた。しかし彼の後を継いだのは、くだらぬ政争に巻き込まれくたばりかけるような、陸遜という愚か者だった……」


「父上は愚か者ではありません! 父上は立派に……」


「儂もどこからか見ていたいものだ……皆が陸遜の天命をどう評するか、を……」


「ち、父上、父上!」


 二四五年三月一九日、陸遜、憤死。


 かくて彼の人生はここで終わった、即ち、彼はこの後を何も知らない。


 *


 西暦二〇五〇年、『LoveCraft』というゲームがサービス開始した。


 このゲームのジャンルはズバリ『VRMMOストラテジー・ゲーム』。プレイヤー1人が冒険者として強大な敵と戦うのではなく、プレイヤーが国王や将軍、兵士となり数万人規模の戦争を行うゲームである。


 このゲームの最たる特徴はレベルという概念がない事だろう。


 強くなりたければ、他のゲームのようなただ闇雲に雑魚と戦えば得られる経験ではなく、些細なミスで負けた戦などの本物の経験を積まなければならない。


 ゲームとしてのステータスは無いため、やり方次第で安価で買えるボロ剣で一国の主も殺せる可能性も無くはない。


「リアル過ぎる」等のユーザーのクレームに対しての、製作筆頭、Rolfe氏の答えはあまりにも有名である。


「だから良いんじゃないかな? そうすれば現実の財産とか、プレイ歴の差を気にしなくて済むだろ? 恨みっこ無しの純粋な『人』同士の戦いが出来るわけだ。

『LoveCraft』って言葉を聞けばタコの神様を連想するかな? あるいは、その神様を作った『人』かな?

 僕は人が持つ可能性ってのを信じている、だからレベルとかステータスを消したんだ。大志を持つ人が英雄になれるように、悪知恵を持つ人が大悪人になれるにね。

 これで納得できなければごめん、ね?」


 誰もが皆、栄光を掴み、志を可能性がある。アメリカンドリームさながらのゲームデザインは多くの人を『LoveCraft』に誘った。


 そして『LoveCraft』は、たちまちVRMMOの金字塔となったのだ。


 遅すぎるかもしれないが記させて貰う、この物語は、そんな計り知れないモノを秘めた世界での、あまりにも小さなモノ達の物語である。


 *


「ばんざーい! ついに買えた、『LoveCraft』!」


 やや散らかった部屋に空箱を投げ、バイクのヘルメットのような――『LoveCraft』の本体を照明に掲げる。


「ではでは、早速世界へダイブ!」


 スイッチを入れ、ヘルメットを被る。


 いつの間にか身体が真っ暗な空間にあり、正面に初期設定のウィンドウが幾つも現れた。


 それらをポチポチと処理し、全てが消えると同時に身体は二次元染みた美少女に、背景がレンガ造りの街に変わった。


「あ、君。ひょっとして新入り? 名前は何て言うの?」


 と、いきなり近くにいた男が声をかけてきたので、


「え、あ、マコ・アンブラって言います」


 慌てながらも礼儀として名乗った。


「マコか。もし良かったら僕の国に仕えてみないかい? さすれば君は……」


 アンケート商法が脳裏に過る、マコは路地裏へ逃げた。


「ったく、浸る暇もありゃしない! ……けど、この後どうしようかな。やっぱイケメンな王子様の嫁に……ん?」


 噂をすれば影とやら、か。


 髪は薄紫、背丈は小学四年生程、目付きは幼げながら鋭い――そんな少年が自分の前を横切った。

 と、同時にマコはある言葉を思い出した。


『このゲームに法は無い、故に何をしても構わない』

『LoveCraft』のルール第一条の一節である。


(いけないのはあの子だ、あの子がこんな野蛮がいる所をうろつくからだ……)


 そう思った直後、彼女の両手は、少年の首を掴んでいた。


 背後は物理的にも比喩的にも何もない、マコは少年を地面に倒し、股がり動きを封じる。


 少年が名を尋ねるが、気に止めず口付けし。それが終わったら少年の衣服をむしり破る。締まり切ってない身体とほんのり膨らんだ胸が露になる。


(雄っぱい付きとか大当たりじゃん、へへへ)


 それを笑み喜び、満足した所で少年の顔を見る、心底恥ずかしそうに赤く染まっていた。


(こりゃ可愛そうだ、じゃあ特別にフィナーレを早めてあげよう)


 マコは息を荒くしながら、少年のズボンに手をかけ、一気に引く……前に、


「ん、何か焦げ臭いな……って!?」


 いつの間にか自分の衣服に火がついていた事に気づく。


 マコは慌てて股がるのをやめ、辺りでのたうち回り消火に励む。


「くそっ、肝心な時に! 何がどうなれば火が!」


「火魔法で手前に火をつけた。これじゃ駄目ですか?」


 マコが天を睨むと、上半身裸の少年が彼女を見下した。


「あなた、何者!」


「姓は陸、字は伯言……とは言えど、皆軽々しく、『陸遜』って呼びますけど、ねっ」


 少年はマコに右手をかざし、ピンポン玉程度の大きさの火の玉を放ち、彼女を更に燃やす。


「な、名前何てどうでもいいの……それよりも、こうだ!」


 とりあえずただ者では無い事はわかった。これから自分は助からない事もわかった。なら最後に天国を見せてくれと、少年のズボンに手をかけ、一気に引き破る。


「……あなた女性ですよね。何故俺にここまで執着する必要があるんですか」


 マコは陸遜の下半身を見上げる、が、そこに望むモノはぶらさがっていなかった。


「お前……女だった……よ……」


 NPC

 名前:陸遜

 ランク:四

 性別:女

 武力:五 知力:七 政治力:三 統率力:五 魅力:四


 親切に自分の情報ウィンドウを表示する陸遜であったが、その時にはマコは、見聞き出来ない身体となってしまった。


「ちっ、どこかのロッカーに行かないと、あの野郎が無駄に粘ったせいで下まで使えなくなった」

 

 破れたズボンを腰に巻き、上の服を着、大事な部分を隠し、その場を後にし始めた。


「やはり、何故天は俺をこのような半端者に仕上げた。ここまで男に近づけながら女にするとは」


 と、彼女は文句を呟きながら、塵と化したマコから遠ざかって行った。


 *


 数分後、陸遜は『カミングワーク』と書かれた看板の下を通り、建物の中へ踏み入った。


「遅くなりました」


「ああ、陸くんじゃない」


 ガランとした店にいた、役人の女は彼女を招き、机を挟んで座る。


 ここで一つ解説を入れる事にしよう。

 『カミングワーク』とは運営が全国に設置された人事に関する役所である。ここで自分の情報を登録して置き、それを見て気に入って貰えれば雇われる事が出来る。

 故に、ここに登録して自分が雇われるのを待つ陸遜は、何か報せが無いかと覗きに来たのだ、が。


「君への報せは相変わらず無いわ」


 と、役人は無慈悲に告げた。


「もう三週間経ちましたね、最初の依頼から」


「とある国のバーベキューのお手伝いだっけ? でも君あの時すっごい不服そうに炭燃やしてたって聞いたけど」


「俺は呉の都督、陸伯言です。火の取り扱いを任された程度で満足する程小物ではありません!」


 気持ち昂り、机に足を上げ、堂々と語る陸遜。役人は目をパチクリさせながら教える。


「ずっと思ってたんだけど、その性欲を煽るような破れは何? さっきから胸とかチラチラ見えてるし、今だと……」


「あ、すみません……道中ロッカールームが見当たらなかったので、忘れてました」


「あそこにあるから、着替えていいわ」


 役人が示したロッカーの前に立ち、陸遜は自分の初期衣装――PC・NPC初期衣装は売値が無い代わりに、無限に支給される――を取り、ボロ布共を脱ぎ捨て、せっせと着替える。


「あ、これ、落としていたのか」


 最後に『呉』と彫られた判子の首飾りを提げ、席に戻る。


「正直な話あなたはもう少し頭を低くすべきよ。だってあなた、ランク四でしょ?」

 レベル、ステータス廃止という型破りな『LoveCraft』であるが、それはPC、プレイヤーの事であり、NPCにはそれ二つが存在し、さらにステータスの全体的な価値を表すために、六段階のレアランクが用いられる。これ強さを表すだけでなく、要求する給料が高いなど、NPCを手懐ける難しさを表す側面も持っている。


「微妙なの四は。三以下なら安価な兵力として雇えて、五以上は喉から手が出るレベルだけど、四はあんまり安くもないし強くもない微妙な立ち位置、なら有能かつ安価なNPCを集めるって話になっちゃうわけ。まぁ、カミングワークの役人しか出来ないランク一の私が言うのもアレだけど」


「俺は呉の都督ですよ!? 劉備の大軍を焼き殺した、陸遜ですよ! なのに……何でこんなひどい扱いを!」


「さぁ、天の気まぐれでしょう……何度も言わせないでくださいよ」


「え、俺にそれ何度も言いましたか?」


 間違いに気付いた役人は陸遜に頭を下げ、言う。


「さっき、ある人が仕事を求めてこの街に来てね、その人も職に恵まれない人で、『私は呉の都督だ! 私のお陰で広陵を得たし、曹操の大軍を焼き殺したんだ!』って感じの事を何度も言ってて……ついごっちゃになって。同じ判子の首飾りしてたし」


「……その人、『シュウコウキン』って名乗りませんでしたか?」


「ええ、そうね……それがどうしたの」


「その人……どこにいるかわかりませんか!?」


「腹が立ったからカラオケで晴らしてくるって言ってたような……」


「ありがとうございます!」


 陸遜はパーにグーを合わせ――拱手の礼をし、カミングワークを飛び出した。


「周瑜様だ! 周瑜様がここにいる!」


 NPCにはある程度の設定があり、例えばカエサルとブルータスという名のNPCを同じ空間に居させると、自然と不仲になる。


 陸遜も少女の身になれど、周瑜、魯粛、呂蒙から継いだ呉の都督としての記憶は、身に染み付いていた。


「シュウコウキンって人、来てませんでしたか!?」


「ああ、三五九番の部屋に今いる……」


 店員の言葉を聞き終える前に、陸遜は三五九番の部屋へ駆けていた。


(きっと周瑜様なら、俺の事をわかってくれる、頼りになるはず……そうすれば!)


「周瑜殿! 陸伯言が参りました!」

 と、言いつつ三五九番のドアを開ける。


「うるさいのだー! 雑音入れるなコノヤロー!」


 と、長身かつ細身で、艶やかな黄緑の髪を持ち、呉と彫られた判子の首飾りを着けた美少女は陸遜に怒鳴り付けた。


「し、失礼。ですがもう一度、陸伯言が参りました!」


 陸遜は自分の情報ウィンドウを開いてみせる。


「ん、ああ! なるほどなのだ!」


 これで事をようやく理解した周瑜は自分のウィンドウを開く。


 NPC

 名前:周瑜

 ランク:四

 性別:女

 武力:五 知力:四 政治力:三 統率力:七 魅力:五


「ランク:四……」


「会えて嬉しいのだ! 陸遜!」


【第一回 完】


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