ぬりかべ女と鉄乙女(ユングフェル)・番外編
◆番外編・まかいてんしょう◆
転生したら魔王になってました。
ある日の事です。
繁華街で私をお母さんと間違えた幼稚園児に抱きつかれたので頭をナデナデしたらお縄を頂戴してしまい、裁判所のミスで死刑になってしまったのです。
でも神様はこんな不幸な私をお見捨てになりませんでした。
ファンタジーな異世界に生まれ変わらせてくれただけでなく、魔族の女王様にしてくれたのです。
魔王になったからには、魔王としてのお仕事が待っています。
私は即位したその日に、人間界への侵攻を宣言しました。
人間さんたちはエルフさんやドワーフさんといった亜人さんたちと連合軍を組んで対抗しましたが、前世で戦略・戦術を(趣味で)学んだ私の敵ではありません。わずか半年で6つある大陸のうち2つを占領してしまいました。
元々の領土は北西大陸の全体に及んでいたので、これで世界の半分を征服した事になります。
さすがの私も、これはちょっと急ぎすぎかな~と思って侵攻を中断。
国境地帯での戦闘はまだ続いてますが、ここは内政に力を注ぎます。
まずは身分制度。貴族制度を撤廃して、血筋はもちろん魔族さんも人間さんも亜人さんも関係なく、実力で出世できる社会にしたのです。
魔族さんたちは元々『力こそ全て』という信条を持っていたので、この制度は意外とあっさり受け入れられました。
でも第一次産業と兵站を重視したのは、魔族さんたちに【腸の腐れ者】と言われてウケませんでした。ここは併合した領土の人間さんたちにお任せです。
善政を布いていた人間さんの指導者さんたちの地位を保証したのが功を奏しました。官僚型の魔族さんは少ないので、ここは適材適所と行きましょう。
戦闘力の高い魔族さんが前線を支え、コツコツと地味な作業が得意な人間さんは内地で生産。亜人さんたちにもそれぞれ適したお仕事を与えます。
この種族ごとの適材適所政策は巧く行きました。おかげで魔王たる私の人気は種族を問わずうなぎ登りです。
異世界ファンタジーって結構チョロイです。チート上等です。
ですが人間界の連合軍は、異世界ファンタジーならではの最終手段に打って出ました。
伝説の勇者さんを旅立たせたのです。
※
「勇者さんの足取りはどうなってますか?」
私は広くて天井の高い巨人用エアロックを潜ります。
「情報部によると、ヨウショの港に上陸した所まで確認済みですが、迷いの森で足跡を絶ったとの報告です!」
足元で人間さんの将官さんが大声で説明してくれます。
「この世界にも迷いの森なんてあったんですね……」
エアロックを抜けて廊下に出ると、低い天井に頭をぶつけそうになって、屈んで歩く私です。
そう、魔王に転生した私は、身長が4メートルになってしまったのです。
もうバストサイズを計る気にもなれません。頭には2本の角まで生えて、まるで牛さんにでもなった気分です。
私の名前をホルシュタイン(ミドルネームはジャージィ)にした父上様|(身長2メートル・ご隠居中)をお恨み申し上げます。
廊下のつき当たりにある扉を開くと、そこは魔王城の指令室です。
正面は壁一面に世界の勢力図が表示されています。中央のテーブルには戦闘区域の地図と、両軍勢の戦力配置を示す駒が並べられ、室内を職員さんたちが忙しなく走り回っていました。
ドイツ第三帝国の指令室をモデルにショッ●ーとかギャ●クターとか色々混ぜて作らせたものです。やっぱり侵略者の本拠地はこうでないと。
ただし玉座はありません。父上様の倍も背丈のある私には天井が低すぎるので、専用の座布団に座ります。
「あっ、まおうさまだー!」
座ると、控えていたハーレムの子たちが集まって来ました。
私のハーレムは魔族や人間の子供たちで構成されています。魔王城の職員さんたちには女性も多く、そのお子さんたちをハーレムに献上してくれるのです。
……託児所じゃありませんよ?
「まおうほるしゅたいんさまだ~」
その名前はやめてー!
「まおうさま、しーしー」
あらまあ大変!
「ではおトイレにいきましょうね~。他に行きたい子はいますか?」
「ぼくも~」「わたしもいきたい!」「ぼくうんち」
小さなお子さんたちが足元に群がります。
「では皆さん、このクッションに乗ってください」
せっかく前世以上の巨体に生まれたのですから、まとめて連れて行ってしまいましょう。クッションに乗りたいだけの子もいますが、後でまた行く面倒が省けるので良しとしましょう。
「わ~い」「きゃ~っ」「あわわわわ」
「落っこちないように気をつけてくださいね~♡」
※
「おしっこやうんちをしたい子は、もういませんね?」
おトイレで天国を垣間見てしまいました。
ちっちゃい子のお●んちんは最高です!
「まおうさまだっこ~!」「わたしも~!」
指令室に戻ると、ハーレムの子が前より増えていました。
「あら? 初めて見る子が結構いますね」
「魔王様、勇者が城下町に出没したとの報告がありました。警備に予備役を動員しましたので、彼らの子供たちを城内に避難させたのです」
傍らのインテリ宰相さんが教えてくれました。
宰相さんは身長が2・5メートルもある食人鬼さんですが、知恵も知識も豊富な重臣さんなのです。
「あらまあ何て気が利く……じゃなくて大変!」
でもさすがは宰相さんの采配です。
ご家族揃っての疎開ができない兵隊さんたちへの配慮を欠かさない、見た目に反して優しい宰相さんです。
「どうやら勇者は迷いの森から空間転移した模様です」
ワープしちゃったんですか。無理なショートカットはレベルが追いつかなくて苦労しますよ?
「すでに城内に侵入している可能性があります」
「それってここに来るって事じゃないですか!」
勇者の目的は魔王の討伐と相場が決まってます。
「すぐにこの子たちの避難を! ルートと人選は任せます!」
「ははっ! 魔王様専用の脱出用地下道を用いてもよろしいでしょうか?」
「許可します。どうせ私には使えませんから」
魔王城を建てた父上様の倍も背丈があるので、匍匐しないと通れません。しかも一部は下水道との兼用なので、ばっちくて乙女の通れるルートではないのです。
「城内に浄化槽を設置すべきでしたね」
まあ逃げる気なんてありませんけど。
どうせ脱出するなら、自爆ボタンを押して『おのぉ~れおのれ勇者さん、覚えておれぇ~っ!』とか言いながら個人用ロケットと洒落込みたいものです。
「まおうさま~!」「だっこ~!」
子供たちが各種族の兵隊さんたちに連れて行かれます。
私も名残惜しいです……。
「勇者を捕捉しました! 現在地下第2層を進行中!」
魔王城は町の中心にある小高い丘に建てられていて、地下施設の方がはるかに大きいのです。
「もうそんな所に⁉」
そろそろ中ボスさんと戦っている頃合いでしょう。
ちなみに司令部は第5層にあります。
「確か2層のボスさんは……」
「ゴーレム使いの大魔術師、テームレイ殿です」
酸素が足りてるか心配です。
「ゴーレムが突破されました! 修理費は10!」
やっぱりつけちゃったんですね、怪しい回路。
「撃破されたゴーレムが床を踏み抜きました! 地下4層まで落下!」
「何と! それでは一気に進入されてしまうではないか! 3層のボスは何をしておるのだ⁉」
「瓦礫に埋もれて重傷との事です!」
「ああっ、まだお名前も出てないのに!」
各ボスの部屋は縦に並んでますからね。
建設したのは父上様なので、私の責任じゃありませんよ?
「4層ボスのラノベーシュ・ジンコー殿はどうした⁉」
「現在水着イベントで旅行中です!」
きっとアニメの十一話目だったのでしょう。これは外せませんよね。
「4層の映像来ました!」
「よし、魔晶スクリーンに映せ!」
世界地図が表示されていたメインスクリーンに、ビョォ~ンという音と共に警備隊長さんのお顔が映し出されました。
画面にはヒビが入っていて、今にも通信が途絶しそうな感じです。
『勇者は中央廊下を最下層階段に向かって侵攻中! 現在警備隊が対応中ですが、勇者は未知の飛び道具を使用……うわああああああっ!』
バラララララララララララララララッ!
警備隊の方々は銃声と共に蹴散らされてしまいました。
『何じゃこれは……おおっ、タクミではないか!』
そしてスクリーンに見慣れた金髪美少女の可愛らしいお姿が……。
「あ……アヴリル⁉」
『久しぶりなのじゃ! 会いたかったぞ!』
「どうしてこんな所に! ここ異世界ですよ⁉」
まさか天に召されて転生しちゃったんですか?
『忘れ物を届けに来たのじゃ!』
アヴリルの手に、前世で使っていたウクライナ空軍洋上迷彩模様の、あの怪物ブラジャーがありました。
『これがないと重うて困ると言うておったではないか』
「いえそれがですね……」
身長が4メートルになってしまったんですよ。
おまけに私の防御力は530000です。毎ターン自動回復もあるので、キン●スライムおっぱいを支えてなお余る強度と復元力を持つクーパー靭帯を備えているので、もう怪物ブラは必要ないのです。
『何じゃそのブラは⁉ 今にもこぼれ落ちそうではないか!』
今の私は恐ろしく露出度の高い極小ビキニにマント姿なのです。
平成日本で外出すると、痴女として通報されると思います。
『待っておれ! すぐに持って行ってやるのザーッ』
途中で通信が途切れてしまいました。
「……人死にが出そうになくて安心しました」
アヴリルが自分で使える内蔵火器は、右腕の機関拳銃と左腕の短銃身ショットガンだけです。肩の対物狙撃銃や脛の対戦車擲弾などの搭載火器は、他人の手を借りないと使えません。
装弾数は機関拳銃のゴム弾が15発、ショットガンのビーンバッグ弾が3発。
どちらも非殺傷兵器なので死傷者の心配はありません(瓦礫に埋もれた3層ボスさんは病院送りですけど)。
「そういえば第1層のボスさんはどうなったんでしょうね……?」
名前どころか存在すら忘れられている可哀想なボスさんです。
「警備隊全滅! 勇者が第5層に到達します!」
「警備隊って何人いらっしゃいましたっけ……?」
「城内勤務は総勢150名ほどです」
宰相さんが即答してくれました。
「……弾数が合いませんね」
アヴリルが使用可能な銃器の装弾数は、両腕合わせてで計18発。
両太腿に予備弾薬が入ってますが、それでも150人には到底及びません。
「勇者が司令部に進入します!」
その時、職員さん用のドアが吹き飛びました。
アヴリルが蹴破ったのです。
「アヴリル!」
「お待たせなのじゃ!」
アヴリルは私の怪物ブラを頭に被っていました。
「……成長期とは恐ろしいのう」
身長4メートルになった私を見上げて、開いた口が塞がらないアヴリルです。
「みなさん攻撃を中止してください! アヴリル、両手の武器をしまってこっち来て!」
久しぶりに会ったアヴリルはやっぱり可愛いです。抱きしめたいです。
幸い今の私は身長4メートル、魔族最強を誇る魔王です。筋力もあるので、体重りんご466個分|(1個300グラム換算)のアヴリルを抱き上げて、高い高いすら可能なのです。
「勇者を近づけてはなりません!」
親衛隊長さんが横から庇うように現れました。
「魔王ホルシュタイン様は、僕が守る!」
ホルシュタイン言わないでください。
ってゆーか、若狭くんでした。
「若狭くん⁉ あなたも転生したんですか⁉」
思わず座ったままふり向くと……。
ばい~ん。
「うわ~~~~っ!」
ふり向いた拍子に、私のティ●トウェ●トおっぱいで張り飛ばしてしまいました。
若狭くんはぶっ飛ばされて、そのまま指令室の石壁に……。
【いしのなかにいる!】
ロストしてしまいました。
「またやっちゃいました……」
魔王になった私のザ●キーマおっぱいは、前世の数十倍の破壊力があるのです。
「来世ではおっぱいに縁のない人生が送れるといいですね……」
美老人さんとムフフな生活を送れるようになったら呼んでください。高解像度カメラを持って馳せ参じます。
「ご、親衛隊長が……おのれ勇者、許さん!」
司令部づきのデーモン参謀長さんが、鉞型のギターを持って突進します。
「ああっ、待って参謀長さん危ない!」
バララララララララララララララララララララララララララララララララッ!
参謀長さんは機関拳銃のゴム弾を大量に喰らって、腰のベルトを回転させながらぶっ飛んで行きました。
「確か装弾数は15発だったはずでは……?」
今30発以上撃ってましたよね?
「またお師さんが改造したんですか⁉ 今度は自動小銃でもつけたんですか⁉ アヴリルをこれ以上重くしてどーするんですかお師さ~ん!」
「改造ではないぞタクミ! 通りすがりのヒゲのおっさんに、これを貰うたのじゃ!」
アヴリルが被っていた怪物ブラを引き抜くと、その下には黒っぽい鉢巻きが……。
「そ、それは【へびのばんだな】!」
これがあると銃火器がいくらでも撃てるという、ゲームの神様が作りたもうたお助けアイテムです。
「参謀長殿まで……皆の者、かかれぇ~っ!」
普段は冷静なオーガ宰相さんがキレてしまいました。司令部に残った魔族や人間さんたちが、アヴリルに向かって一斉に斬りかかります。
バララララララララララララララララッ! バンッ! バンッ! バンッ!
数秒後には魔族軍の全員がおねんねしてしまいました。
私は四つ折りにした座布団を盾にしていたので無傷です。
「……ところでアヴリル、迷いの森からどうやってワープしたんですか?」
「ワープ? 妾はパパを名乗るモジャモジャにヘリを出して貰うただけじゃ」
「学園長さんの親バカ……」
門もないのに異世界ファンタジーでヘリコプターを持ち出す人がどこにいるんですか! まさか米軍さんのヘリじゃないですよね⁉
「私も乗りたかったです!」
身長4メートルじゃ乗れませんけどね。
「タクミ、妾と共に帰るのじゃ! 父上も待ってお……おにゃ?」
バンッ!
アヴリルの機関拳銃から、勝手に弾が飛び出しました。
バン! バン! バララララララララッ!
「おや、止まらぬ」
「コックオフ⁉」
もしくははクックオフと呼ばれている現象です。
機関銃の類は撃ちすぎると銃身の熱が薬室に達して、弾薬が自然発火して射撃が止まらなくなる事があるのです。
汎用機関銃ならお手軽に銃身を交換できる構造になってますが、アヴリルは【へびのばんだな】を過信して、小さな機関拳銃で撃ちまくってましたから……。
「おおっ、これは……わひゃあっ!」
射撃の反動でひっくり返ってしまいました。
もちろん射撃は止まりません。
バララララララララララララララララララララララララララララララララッ!
「キャ~ッ! キャ~ッ!」
魔王の皮膚にゴム弾なんて効きませんが、結構痛いです。天井が低いので逃げる事も叶わず、体育座りの姿勢で尻もちをついてしまいました。
ツルッ。
「あっ」
転がっていたゴム弾を踏んづけて、お尻がつるりと滑りました。
勢い余って、指令室の段差をお尻から飛び出してしまいます。
そして大理石の床に頭を……。
※
「あいたっ!」
ローテーブルの角に頭をぶつけてしまいました。
「タクミ、大丈夫か?」
ネグリジェ姿のアヴリルがコントローラーを握ったまま、心配そうなお顔をしています。
「いたたたた……」
畳に這いつくばって、痛みに耐える私です。
「……どうやら寝落ちしてたみたいですね」
何だか無性に葛飾区の荒川土手でランニング中のラグビー部員さんたちの邪魔とかしたくなりました。
「痛いの痛いのとんでけ~」
TVの情操教育番組で覚えたのか、おまじないをしてくれました。
痛みを知らないアヴリルですが、元から持っている知識をTVで補完したのか、何となく理解しつつあるご様子です。
「ああっ何だか癒される……」
ここはお師さんの家にある六畳間。民俗学者の学園長さんが作らせた建物なので、お師さんの意志とは関係なく和室があるのです。
「ほれ、手を貸すのじゃ」
アヴリルが座ったまま私を引っぱり起こしてくれました。まだ右足にギプスをつけているので助かります。
「ありがと。ゲームの方はどうなってますか?」
「今ラスボスに吶喊しておる所じゃ」
TV画面を見ると、勇者さんが魔王さんに竹竿で無双してました。ローテーブルにはぐちゃぐちゃな字で復活の呪文が書かれたレポート用紙が散乱しています。
お師さんにゲーム機の購入を提案したのは私です。二十一世紀では子供の教育にゲームを使うのは普通ですし、難しいレトロゲームならアヴリルの器用度アップに役立つと思ったからです。
でも坂道でジャンプすると死ぬゲームとかはまだ早すぎるので、まずはRPG(携帯ロケットランチャーではない方です)から始めてみました。
「アヴリル、竹竿でボス戦なんて誰に教わったんですか?」
「ワカサじゃ」
「こんなマニアとおじさましか知らない裏技、よく知ってましたね……」
画面上で魔王さんが、勇者さんにクリティカルを喰らって轟沈しました。
「倒したのじゃ」
「エンディングを見たらもう寝ましょう。お師さんも心配しますよ」
「嫌じゃ! もっとゲームしたいのじゃ!」
すっかりハマってしまったご様子です。
「今はこれしかないですよ? 明日また学校で借りて来てあげますから」
今やってるゲーム機本体とカセットは、お師さんがネットで買ったものですが、京野くんに連絡して何本か借りる約束になっているのです。
「新しいゲームか⁉」
「古いゲームですけどね」
「どんなゲームじゃ⁉」
「跳ね回る配管工のおじさまとレーザーの出る宇宙戦闘機、どっちがいいですか?」
「戦闘機がいいのじゃ!」
まあそうなりますよね。
「ではさっさとゲームを終わらせましょうね。明日はアヴリルも学校に行くんですから」
「楽しみなのじゃ! 学校はどんな所か聞かせてたもれ!」
「それはベッドの上でしましょう」
エッチな意味じゃないですよ?
「早く終わらせないと、話の途中で寝ちゃいますよ?」
「わかったのじゃ! 今やるから待っておれ!」
もちろんアヴリルは、ベッドに入るとすぐに熟睡してしまいました。