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巫女なんて柄じゃない 2

遥子が部屋に入って気が付いたのは、薬師の善庵の格好がいつもと違うことだった。いつもはよれっとした水干姿という、爺さんか婆さんかわからないような装束だが、今日は見事な五つ衣。落ち着いた色合いだが綾織りの見事なものだ。


威儀を正してきてくれたんだと思うと、遥子の良心はチリチリ痛んだ。

隣に座っていた遥子の祖母が、いそいそと遥子を促した。


「さ、お座りなさい。良いお知らせですよ」


遥子がのろのろと、言われたところに座ると、善庵は傍らの文箱から書状を取り出して読み上げ始めた。


「豊櫛神社は源高季娘、遥子を豊櫛姫の候補と認める。選定の儀は」


遥子はすうっと息を吸い、早口で言った。


「私、お断りいたします」


善庵は書状を読むのをやめ、遥子を見た。

先に声をあげたのは祖母だった。


「なんてこと。なんてことをおっしゃるの。遥子。そんなおふざけはおやめなさい。善庵殿、お続けくださいな。この子はあとで叱っておきますわ」


「ふざけてなど居りません」


顔を曇らせた善庵を見て、申し訳なくなったが、ここが正念場である。

遥子は用意してきた口上を述べ立てた。


「豊櫛姫は巫女として俗世間を離れて清らかにおすごしなのでしょう。私などは、ふさわしくないと思います。私、俗世間大好きですの。なにしろ最近は物売りが趣味ですの」


「なんてこと、遥子さん、貴方って人は」


祖母が目をむいて、わなわな震えはじめた。

目の前に物の怪でも見たかのような狼狽ぶりで息もうまくすえなくなっている。


「なんてことを。う…ウ・・・・・もの…もの・・・・」


遥子は祖母の言いそうなことを先回りした。


「ええ。右大臣の孫ともあろうものが、物売り女のような真似をいたしました。楽しゅうございました。実は、ここ一年ほどうちにある小間物や使っていない櫛とか集めて、それを売りに行ったんです。」


あまりのことに、祖母は脇息に覆いかぶさって、荒い息をついている。

白髪頭を振りながら、「なんてことかしら」とぶつぶつつぶやいている。


おばあさまったら、本当にお姫様育ちなのだ。

「なんてことかしら」といいながら困っていたら、誰かが何とかしてくれるという順風満帆すぎる人生を送ってきたのだから、無理もない。


遥子は息の根を止めにかかった。


「それに、私はお金が大好き。商いの才能もあるような気がしていますの。値段吹っかけるやり取りがたまりませんわ。先日、善庵殿から仕入れた紅も五倍の値段で売りさばきました」


「うぐっ」


祖母は魂が抜けたかのように動きを止めた。それに引きかえ、『薬のおばば』こと善庵のほうは動じた様子はなかった。

それどころか嬉しそうに話の続きを促した。


「五倍とはまた。どのようにして五倍に」 


「紅の容器の蛤に絵を描きました。うちにある端切れで袋を縫ってつけましたの。豊櫛姫御領から仕入れた、幻の最高級品ですっていって、貴族の館を売り歩いたんです」


ほほほほ。善庵は楽しげに笑った。


「すばらしい。わたしの思う豊櫛姫にふさわしい」


「は?」


祖母が一瞬で復活していた。くわっと顔をあげると、善庵のもとに膝でにじり寄った。


「善庵殿。本当ですか。孫を見捨てないでくださるの?豊櫛姫に推薦をしていただけましょうか」


「もちろんです。ぜひとも推薦させていただきたい」


「まあ、ありがとうございます」


感極まった祖母は涙ながらに、善庵の手を取って振り回している。


「ちょっとお待ちくださいな」


遥子は慌てて割って入った。


「善庵殿。豊櫛姫といえば巫女なのでしょう。俗世にまみれぬ清らかな姫君をお探しなのではありませんの」


「いやいや。私の役目は次代の豊櫛姫にふさわしいと思うお方を推薦すること。豊櫛姫はたしかに巫女であられるから、その側面ばかりが強調されがちだが、領主でもある。豊櫛姫の島の領民をはじめ、もちろんあちこちに散らばる豊櫛神社を統べていかねばならない。遥子姫のお話を聞いて、目から鱗が落ちる思いでした。今まではいなかったが、これからは貴方のような豊櫛姫もよい」


建前で何とかなると思ったが、このままでは話がまとまってしまう。遥子はぶっちゃけることにした。


「お待ちください。姉小路の少納言様のお屋敷で女房を募集してますの。お仕えしようと思います。だから、お受けできません」


祖母が再び目をむいて、震えはじめた。


「まああ。なんてこと。右大臣の孫が、少納言の娘なんぞに仕えるなど」


「関係ありません。都でお屋敷につとめて、華やかに暮らせればいいんです」


「まああ。なんてはしたない」


「ええ。なんとでもおっしゃって」


祖母の抗議をあっさり切り捨てると、遥子はつづけた。


「それよりも、せっかく物売りまでして、あちこち歩き回って、この情報を知ったのですわ。千載一遇の機会ですの。お願いいたします。巫女になるお話はなかったことにしてください」


善庵は、特に気を悪くした様子もなく微笑んでいた。


「では、遥子姫。わしと取引と行きましょう」


「はあ」


「とりあえず10日後に都の豊櫛神社において舞姫選定の儀が行われる。これに参加してもらえんじゃろうか」


「舞姫?」


「そう。豊櫛姫御領で行われる大祭で舞うことができるのは五人だけ。その五人を選ぶ儀式じゃ。これで5人に選ばれなかったら、わしも見る目がなかったと、すっぱりあきらめよう。ついでに姉小路の少納言様へ口添えもしよう。まんざら知らぬ中でもないからの」


「本当ですか。ぜひっお願いします」


「うむ。ではとりあえずお受けいただいたと考えてよろしいな」


「はいっ」


「くれぐれも儀式には真摯に取り組むこんでくだされよ。それと、姉小路様への推薦は豊櫛姫の選定から漏れた場合のみ。舞姫に選ばれたら、しばらく棚上げといたしますよ」


「もちろんですわ」


遥子は元気よく答えた。


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