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巫女なんて柄じゃない

春やとき 花や遅きと 聞きわかむ 鶯だにも 鳴かずもあるかな


遥子は文机にほおづえをついて、ぼんやり荒れた庭を眺めていた。

ここはその昔、梅が2本植えられていたっけ。庭師を雇う余裕がなくなってからはあっという間に枯れ落ちてしまったけど。

風情のかけらもない空間に目をやりながら、遥子の想いは来たるべき恋に、まだ見ぬ殿方に向かっていた。

春はまだ見ぬ人を思う季節なのだ。


 最初の出会いは、やっぱり突然がいい。お屋敷の廊下とかお使いに行った先で「今光源氏」と呼ばれているあの方と不意に鉢合わせるの。気楽な狩衣姿で、無造作に御簾をよけて入ってきたところに、私が居合わせたりして。あれ、君はだれ?新しい人だねって。

私は夏らしい色の五つ衣を身にまとって……色は、卯の花か、花橘の襲で扇は、そう……


幸せな夢に酔っていた遥子は、ため息をついて自分の装束を見おろした。

今身にまとっている薄桃色の汗衫は、女童の盛装で、正直あまり好みではない。それでなくとも十四歳という年齢よりずいぶん大人びて見える遥子には、可愛らしい色はあまり似合わない。

わかっているが、落ちぶれ貴族の悲しさ。これ以外に着れるものがないし、一番状態がいい。

現実って情けない。


遥子はうっとりと夢に戻った。

私は、一目で恋に落ちる。そうに決まってる。文をやり取りしたり、御簾ごしに見つめあったりするの。ああ。なんて素敵なの。私ったら物語の中の人みたいになるのね。

そのためには、一刻も早く姉小路の少納言様のお屋敷に仕えなくてはいけないのに、おばあさまは許してくださらない。

私がもたもたしている間に他の子に決まってしまったらどうしよう。


豊櫛神社の「あの話」がなくなれば、私の好きにできるはず。ああ。早く断らなくちゃ。


遥子の部屋に、女房の波路が迎えにきた。


「姫様。豊櫛神社の善庵様がお見えでございます」

「今参ります」


よしっ。遥子は自分に気合を入れると静かに立ち上がった。

時は来た。戦いのときが。

これから、『薬のおばば』こと善庵にあって、びしっと断りを言わなくてはいけない。もしかしたら、怒るかもしれないし悲しませるかもしれない。でも、私の人生がかかっている。


遥子は廊下に出ると裾を蹴りさばいて向きを変えたが、波路はぐずぐずとその場にとどまっていた。


「あのお、姫様。豊櫛神社の話本当に断ってしまわれるので?本当にいいお話ですのに」


「くどいわよ。波路。もう決めたの」


「御方様は善庵様とご一緒にずいぶん話を進めておられるご様子でしたし、姫様がお断りになったら、どんなに悲しまれるか。それに、波路もお叱りを受けてしまいます」


遥子はふんっ鼻を鳴らした。


「どうせ『ああ、なんてことかしら』とかいいながら、ちらちらこちらを見ているだけでしょ。2,3日で慣れるわよ」


意外なことに、波路は食い下がってきた。


「でも、姫様も、行ってみたくありません?豊櫛姫の御領。豊櫛神社の本社」


「興味ないわ」


「でも、49年に一度の大祭だっていうじゃありませんか。ちらっと見たくありません?」


「見たくない」


何かもの言いたげな上目づかいの女房に、遥子は冷たく言い放った。


「早く案内して」


波路は鈍い動きで向きを変えた。



遥子だって、最初に聞いた時には、大乗り気だった。話をもって来たのが、長年家に出入りしている『薬のおばば』でなかったら、とうてい信じられなかっただろう。それほどいい話だった。


『薬のおばば』善庵のいる豊櫛神社が祀るのは豊櫛姫命。これは神ではなく生身の女性なのだそうだ。49年に一度あるという大祭で選ばれるのだという。豊櫛姫の候補となる条件は、今年14歳になる乙女ということのみ。血筋も身分も何一つ問われない。


 もし、豊櫛姫になれたら、莫大な財産を手にできる。

 まず豊櫛姫御領とよばれる島まるごと自分のものにできる。人口は千人ほどで、施薬院で使う薬草のほとんどを産出できるほどの豊かで広い島らしい。それに田畑もあるし、紅やら塩やらもとれるという。

それに全国に散らばる豊櫛神社も施薬院も豊櫛姫のもの。


おりしも49年に一度の大祭は今年の秋に開かれる。

遥子は今年14歳。

そして『薬のおばば』はこの豊櫛姫候補を推薦できる立場なのだそうだ。


良いことづくめに思われたが、話を聞くにつれ、そうでもないことがわかってきた。

まず、豊櫛姫は巫女であり、島の守護神だか怨霊だか、そういう物の怪っぽいものを『背の君』にしなくてはいけない。もちろん子供も持てない。

そして、領主としてせっせと毎日働かなくてはいけない。

そのうえ一生、その島をでてはいけない。物の怪……じゃなかった『背の君』が怒るんだそうだ。

なによ、それ。


遥子は幻滅した。


いくらお金持ちになったとしても、都から遠い島に閉じ込められて、物の怪相手に暮らすなんて。

それに、いくら高価な衣を着て、見事な御殿に住んで、素晴らしい調度品に囲まれてたとしても、競い見せびらかす相手がいないと楽しくないと思う。

それに、女と生れたからには、たくさんの殿方にちやほやされて文の一つもやり取りしたいじゃない。

そして、光源氏みたいな殿方と恋をして玉の輿に乗るの。

源氏物語に出てくるみたいな華やかな世界に生きたい。


あれやこれやを考えたけっか、遥子は豊櫛姫に推薦するという話を断ることに決めたのだった。


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