おろしチキンタツタ弁当
「お疲れ様でしたー」
輩兼相方の大学生を帰してからやっと人心地つく。
時刻は午前三時。
納品の片付けも終わり、後はもう軽い仕事しか残っていない、そんな塩梅の時間だった。
あとは客hの様子を適当に見ながら、事務所の椅子に座って暇を潰していれば金が入って来る。そんな、有難い時間なのである。
「さて、と」
監視カメラの映像をチェックして客の姿がないことを確認してから立ち上がる。
飯を探しに行くのだ。
弁当コーナーにはキツイと言うほどではないが、そこそこの量の商品が並んでいる。先ほどの納品を出し終えたばかりなので当然と言えば当然だった。
だが、この中の大半は目を向ける必要がない。必要なのは廃棄になる、売れ残ったものだ。
表示を確認していき目星をつけていく。ここに来て長い。最初の頃はどきどきしていたような気もするが、今に至ってはもう作業の一環であると言えた。
「お、チキンタツタ」
その中の一角に見覚えのあるやつを見つけた。廃棄時間も、条件に適している。
俺はそいつを掴んで事務所の中に戻った。
飯の時間だ。
おろしチキンタツタ弁当は何度となく店に並んだことのある商品である。だが、一年中はない。
どういう理由かは知らないが一度出ては数週間の間店に置かれ、そしてまたすぐに姿を消して、次に現れるのは数ヶ月後というサイクルを繰り返してる商品なのである。
きっと本当は季節や周期の法則はあるのだろうが、気にしたことは無いので細かいところは分からない。
別に知る必要もない。ある時に見つけて、気と条件が合えば食うだけのことなのだ。
包装にテープで貼り付けてあるおろしソースを外してからレンジの中に弁当を入れる。表示されている推奨時間よりも心持ち長めの設定で温めを開始し、その空き時間で食事のセッティングを行う。
食べる位置は監視カメラの死角になる場所を常に選んでいる。俺は人に物を食ってる所を見られるのが嫌いだった。だから、人が帰ったこの一人の時間に、ゆっくりと飯を食うのだ。
あとは箸とゴミ袋を用意しておき、準備は完了。
この時点で大概の場合は弁当はすでに温め終わり、レンジの中で数秒置いてある状態となっている。
この日も案の定だった。俺は包装を剥がして用意しておいたゴミ袋に入れ、弁当の蓋をとる。温めてから多少時間をおいたので中は少し蒸れた状態になっている。
開けた瞬間のその匂いを、特別良いものだとは思わない。悪いというわけではないのだが、コンビニ弁当の特有の匂いがなんともなしに鼻につくものである。
中身は大ぶりのチキンタツタが一枚に申し訳程度の漬物。そして海苔とおかかの乗ったゴハン。以上である。他の人がどう考えるかは知らないが偏食である俺にとってはこのくらいのラインナップの方が嬉しい。特にゴハンに乗っているのが海苔おかかなのがいい。梅干しでは台無しである。
別途で付属しているおろしソースをかける。このソースがおろしたる所以であり、この弁当の最大の美味さだ。これをかけるだけで香りも強烈に良くなり食欲が一気に湧いて来る。
「うん、いつも通りだ」
いつも通り、袋からソースをかけて初めて美味そうになる感じ。これがこいつとの丁度いい付き合い方だ。
「いただきます」
タツタを箸でつまんで一気に頬張る。そしてすかさず米、海苔とおかかの部分を避けて白飯を一口。
(やはり、丁度いい)
ほどほどに空腹の中にいきなり肉を詰め込んで罪のないラインナップ。熱めの温めに対して常温のソースがよく絡んですっと口に入る感じ。おろしソースのさっぱり風でいながら濃いめの味付けで米が進む快感。
ものすごい美味い訳では決してない。だが、この時間、この状態で食うにはこいつはごくごく丁度いいのだ。そして飯にとって丁度いいというのは重要なことである。
二口目。今度は海苔おかか米を楽しむべく、肉の割合もソースの分量も少なめな端の部分を一口で食い切り、飯の中央部分に箸を入れて、かきこむように思い切りよく口に入れる。
やはり、合う。なんだか始まりは全てタツタだというのに最終的には米を美味しく食うためにこの弁当を食っている気さえして来る。いや、その側面も間違いではないだろう。これまで米がまずいと思った弁当を二度口にする機会などなかった。
その後はもうサイクルである。肉、米、肉、米と交互に口に運び、時として水を飲みまた肉に戻る。
それしか選択肢のない中身であるが、それで十分だ。おかずが多い方がいいなどというのはもはや前時代的でさえある。
やがて中身は食い尽くされ、後に残るのはタツタ一切れのみである。米のほうが先に無くなるのだ。毎度そうだ。肉で始まっているのに肉で終わる。それだけボリューミーな弁当なのである。
俺は最後に肉を肉のみで味わい食事は終了である。
そこには物足りなささえ少し感じるが、それもまた丁度いいと感じる一つの要素である。いまこの時間に苦しいほどの満腹になどなるべきではない。
「ふう」
弁当をあらかじめ用意しておいたゴミ袋に入れる。これは後で外のゴミ箱に捨てに行く。これは食べている姿を人に見られたくないのと同様に食べ跡を人に見られるのがたまらなく嫌だからだ。
監視カメラで店内を確認。客はなし。今日は食事をとっている間も客は一人も来なかった。これは幸運なことである。食事の中断というのは、なんだか食欲を削がれる上に接客途中もなんだか落ち着かない気分にさせられる。
俺は今のうちにと弁当のゴミを持って外に向かった。
夜明けはまだ遠い。
暗い空の下、店内の明かりに照らされながら、ゆっくりと伸びをする。
朝になれば客は増え、にわかに忙しくなる。
だけどこの時間ばかりはまだ、俺の時間だ。
あとはのんびりと、夜明けを待つばかりである。