プロローグ とある公爵令嬢と場外乱入者到ライ
「以上の罪に加えて「その処分、ちょっっと待った!!」……」
王立学園の卒業式。この、記念すべき日に行われていたのは断罪劇だった。
テンプレよろしく王子と婚約していた公爵令嬢が悪役令嬢にされたのである。その元凶は一見可憐な少女であり、4人の男達に守られるように囲まれていた。男達はこの国の王侯貴族で、卒業と同時に次期当主・国王としての教育が行われる予定だった。
愚かしくも捏造された罪を色々披露していく男達。他貴族達から冷ややかな視線が送られている事も察せずに。
そうした中、待ったを掛ける1人の魔術師系貴族子息が現れた。
「なんだ、異論でもあるのか?」
王族たる自分に何か異議申し立てをするかと暗に問う王子へ、顔面蒼白になりつつ捲したてる。
「殿下、率直に申し上げますが、矛先を今は兎も角お納めください! でなければ、どうにもならない事態に…………ああ、本当にどうか!!!」
今にも泡を吹かんばかりに土気色の顔色で土下座をした貴族子息。しびれを切らした王子が怒鳴るも、必死に茶番を止めようとした。
「この無礼者を視界から外せ、いや、ひと思いに切れ」
王子の指令で動いた騎士。誰もが貴族子息の首が吹っ飛ぶ瞬間を想像した。群衆のざわめきと恐れるような空気が流れた。
だが、それに反して飛んだのは騎士。歯と涙と血を舞わせながらクルクルと3回宙返りをしてから王子の足元へと顔面着陸という無様を晒した。
静まり返る会場。唖然とする王子たち。
一方の貴族子息は、空飛ぶ騎士を見つめながら達観した表情をしていた。
「嗚呼、遅かったかぁ……」そらそうだよね。
突如、会場の光が消えた。蝋燭や魔術具・魔導具が突然消えたのである。闇に包まれ、悲鳴を上げる人々。何者が消したのかと騒ぐ人や、護衛に身を固めさせる人。逃げ出そうとする人。様々であった。だが、そんな彼らを誰も待ってはくれない。
ドン、ドン、ミシミシ…………
揺れる会場と、ぶつかる音。明らかに何らかの攻撃を受けている事だけは察せられたが、それが何かまでは判っらない。
判っているのは、音の発生源がホール窓側だということ。
丁度食事用のテーブルが並べられており、食事中の時間帯でない現在は護衛騎士以外の誰もいなかった。だが、今や身の危険を感じたのかもぬけの殻状態となっていた。
音の鳴る頻度が上がり、音も大きくなってきた。
嗚呼、もう防ぎきれない。
誰もがそう思った瞬間窓と壁が崩壊した。一瞬静まり返るも、外の光景が視界に入った途端悲鳴と怒号が響き渡った会場。
そこには1隻の船があった。立派な西洋風の帆船である。
それは正しく、伝説クラスの魔導船。
雄大なサイズに煌びやかな装飾の施された船は、強度までも最強だった。
壁を破壊しながら船に傷ひとつ作る事なく、ボールルームへ侵入した。
瓦礫に押しつぶされると目を瞑っていた会場側の人々は目を開く。降ってこなかった事で不安になりながら見回す貴族達。だが、彼らは見てしまった。
瓦礫を支える無数の手首を。
そして、気づいてしまった。反逆者の指輪に。
嵌めたのは自分達である。『罪人の証』などと称して冤罪や汚名と共に。処刑後に遺体すら処理されず、野ざらしで、貶められるようにと。
まさか、これは自分達への報復なのか。
多くの貴族は失禁という名の醜態をさらすことになった。
「……これは、一体?」
唖然とした王子とその取り巻きの貴族達。
断罪劇の茶番をしようとしていたら、王宮へ大型船が突撃してきた。彼らのにとっては意味不明な事態だろう。だが、それでも次期権力者として、避難誘導するなり何かしら行動を起こさないといけなかった。
というか、誰に言われずともそう動かなければならなかった。
それすらできず、顔面蒼白、茫然自失状態で立ち尽くすばかりの愚者達。
これならば、まだ真っ先に逃げ出した少女の方が判断力だけならばありそうである。王子の通称『運命の相手』の令嬢。あっさり王子達を見捨て、逃げ出したのである。
そして、彼女を皮切りに大混乱となった会場。
貴族達は必死に逃げようと一斉に出口へ向かった。
誰も列を整備できず、いつドミノ倒しが起こってもおかしく無い、大変結構危険な状態となっていた。
一方で、覚悟を決めていた人もいた。
先ほどまで弾圧されていたご令嬢である。
彼女は根っからの権力者。権力に伴う義務や責任を真に理解し、民衆を守るという事をよく理解した良き貴族だった。彼女の父親と同様に容貌や言動で誤解されることも多かったが、同じく権力者としては優しく、正しくあろうとしていた。
だから、いくら自分を断罪しようとしたり、蔑ろにしたりしていても、相手は格下貴族。公爵位にある自分は結局、守る義務がある。そう認識して、彼女は行動しようと考えていた。
まして、今まで王妃教育で学んできたのである。国民の手本、そして未来の国母として正しく在らねばならない。たとえ命を落としても。
恐怖に震える手を握りしめ、船の無作法者達と対峙せんと姿勢を正した。
だがそれは、一瞬にして崩れた。
突如として背後から誰かに抱きしめられたからである。
それも、力が強く抵抗もできない。真っ先にこんな無礼を誰が、などと浮かぶくらいには余裕ぶる令嬢。本当は余裕なんてなくて、もう内心ガクブルで今すぐ気絶したい内心は何とか隠す。
ここで一つ、妙なことに気づく。自分が嫌に感じてい無いことに。
それにこの感覚。前に一度……
「ごめん、遅れて。」
耳元で囁かれた、穏やかで深みのある低い声。暖かい息がかかっていることもあって腰砕けになり掛けた。
それを支える男性の長髪が目に入る。それは、見覚えのある銀髪だった。
「大丈夫、君の命もらっていくだけだから。」
その言葉に暗殺しに来たのだと誤解し、天国から地獄と落とされる令嬢。一瞬にして顔色が悪くなった。
しかし発言者の男性は気付く様子もなく、公爵令嬢を横抱き(所謂『お姫様抱っこ』)してホールから連れ出した。目を瞑っていた令嬢は男性の優し気な手に目を開き、見上げる。
令嬢はそこで、銀髪に紅い目に気付いた。初対面のはずなのに、どこか懐かしく感じるそれに。
「さて急ぎましょうか、お嬢様。」
仮面越しにも笑っているのがわかる声が聞こえ、公爵令嬢は遠のいていた意識を一気に戻した。
「ど、どなたが存じ上げませんが一体この状況「大丈夫、それよりさっさと逃げましょうか」……大丈夫だなんて無責任ですわ! 何を根拠に一体!?」
ドーンという爆発音にビクリとする令嬢。銀髪紅眼の男性は、器用に片手で頭を抱える。
「……やっぱり奴らも来ちゃったか、失敗したかも。」
ドタバタと忙しない足音が多数。
泥棒はあっちだ追え! と叫ぶ騎士達の声。あばよ〜と遠去かっていく調子の良い声。かと思えば、やめろ! 俺はノンケだ、アッー……という断末魔。
これぞまさに、叫び声のデパート(意味不明)
「いやぁ、やっておいてなんだけど見事に阿鼻驚嘆だな。」
「こうなることゼッタイ分かってたろ、兄貴。」
絶対わざとだろ。そう呟くのは今度は背後から少し高めの声。
公爵令嬢が振り返って見たのは、気持ち身長低めの男の子。角度によっては金色にも見える角があるのが特徴だろうか。褐色の肌をしており、尻尾まである。
そこで令嬢は王妃教育で習った『金色角は魔王』とういう常識を思い出す。
「魔王、ですの?」
顔色が土気色になる公爵令嬢。それに気づかない銀髪男は呑気な調子で答えた。
「ああ、こいつは私の弟弟子で義弟です。」
「真名は訳あって名乗れないがギルとでも呼んでくれよ、義姉さん。」
なるほど義理弟。ならば同族? 下手すれば魔王ではないかもしれない。希望的観測をしだす令嬢のポジティブ側。
いやでも待てよ、身体的特徴はまさに人類の敵たる魔人族。冷静に分析しだす令嬢のネガティブ側。
令嬢は、考えるのを一旦止めた(現実逃避)
それよりもなぜ自分が『義姉』と呼ばれているのか。ニカッと笑う顔は中々可愛らしく思わず頷いてしまったが、疑問が残った。
「さて、ここまできたらもう直ぐ迎えが来るはず……っと、来たか。」
城の窓を一蹴りで突き破りながら銀髪男が呟く。視線の先を見れば、確かに何かが猛スピードでこちらへ来ていた。男は公爵令嬢を下ろした。
近づいてやっと視認したのは、黒い火炎馬一頭の引く馬車。伝説級の動物が出たことに驚愕し、さらに御者を見て本気で混乱する。
「獣人……いえ、神獣?」
耳と尻尾が獣ならば獣人と呼ばれる種族を直ぐ思いつくが、彼らではない。その証拠に神々し過ぎる。艶やかな長髪は白金色に輝き、光の輪ができていた。そして尻尾は驚きの九尾。
公爵令嬢は脳内図鑑から、伝説上にしか存在しないと言われた『九尾の狐』を思い出す。人にも化けられ番うことも可能だが、大体人を揶揄弄ぶ存在だと。
「違う、そいつはゴンザレスです。ゴン、迎えに来てくれてありがと!」
女性らしくない名前を言われて一瞬固まり、すぐ復活する令嬢。
男性にゴンと呼ばれた御者席の女性は一瞬にして九尾の巨大な狐へ変化した。女性の姿は化けていたのだろうか。九尾は男性へ向かってジャンプして、受け止められた。
そして、男の顔をベロンベロンと舐める九尾。よしよしと撫でる男性。
その様は飼い犬とそれに戯れる飼い主にしか見えなかった。
令嬢の中で、伝説上の凶悪な神獣の像が『常識』とともにガラガラと崩れ去った。
「これって夢かしら?」
目をこする頬っぺたをつねると痛みを感じる。ならばやっぱりこれは現実。こんな理不尽で非現実的なのに現実。いっそ、白昼夢だったらよかったのに。
一通り撫で終えた男性はいつの間にか狐から離れ、自分のもとにいた。目が合うと柔らかく(どこか嬉し気に)微笑み、膝をついて令嬢の手を取った。
「こんな突然で、無作法なことは謝ります。ですが、どうか、こんな私と今後共に来ていただけませんか。」
そう言いながら、指先へキスを落とす男。
「えっと……」
突然のことに驚いて答えあぐねる令嬢。
すると、何かがヒソヒソする声が聞こえた。無作法も重々承知な上で顔を上げて声の元を見た。そして本日何度目かの驚きを覚えた。
「あれって遠回し振られているんじゃね?」
「我が弟子ながら情けない、女子の一人も上手くエスコートできぬとは。」
これだからDTは。
そんな、大変不名誉なことを呟く2人組の男。片方は褐色の肌に黄金の角持ち。もう片方は、悪名高きフォウスティウス家の家紋付きマントを堂々羽織っていた。あの紋章は見間違えようが無い。
「上手くいかないなら一方的に浚っちゃうか?」
どうするよ、ライ。
笑いを噛み殺した声で尋ねる家紋マントの男性。銀髪の男性は、親父今いいところだから黙っといてと答える。
令嬢はますます混乱した。
「あ〜……もう邪魔が入ったから場所変えようか。」
ここじゃあ落ち着かないだろうし。
その一言で、あっという間に馬車に乗せられた。これからどうなるのだろうと、かなり不安な公爵令嬢だった。
夜会での公開断罪が船不法侵入で中断され、更に城が何者かの襲撃を受け、抱き上げられ、求婚され、伝説生物の牽く馬車で空を今現在旅している。これほど急激な状況変化ゆえに、置いてきぼりにされた令嬢。
そんな中で令嬢は気になっていた。求婚してきた銀髪男性のことが。フォウスティウス家の男性(推定)を親父と呼ぶ上、魔王と思しき生物と親しげに接している事。伝説生物を使役していること。
そして、何故自分のような傷物令嬢へ求婚してきたのか。
不安はあるが何故か頼り甲斐を感じる銀髪男性の裾を、無意識に握る令嬢。そんな混乱中の令嬢の頭を撫でながら(ついでに片手で抱きしめて)、男性は将来へと思いを馳せているのだった。
これは0話から遥か遠い未来の、とある一幕。
でも文体はこんな感じて進めていきます。よろしく願いします!