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時計のアラームが鳴る。姫菜は目を覚ました。カーテンを開けると、太陽の光が眩しい。また一日が始まる。
おはよう、姫菜。
頭の中でもう聞き慣れたポチの声がする。
「うん、おはよう。」
はたから見れば独り言を呟いているように見える姫菜の言葉。しかし、その言葉はきちんとポチに向けられたものだった。
こんな毎日も悪くない。むしろ良いかもしれない。姫菜はそんなことを思っていた。
「行ってきます!」
学校に着くと、クラスメイトと挨拶を交わした。今までは百合と数人のクラスメイトとしか挨拶をしていたのみであった。しかし、ポチとの生活を始めてから社交的になり、今ではクラスメイトのほぼ全員と挨拶を交わせるまでになった。
席に着くと、教室の戸が激しく開く音がした。姫菜が音のした方に振り向くと、そこには雛子と由香がいた。
「黒木さん、おはよう。」
笑顔の雛子。
「あ、おはようございます。」
緊張し、ぎこちない笑みを浮かべる姫菜。
「どう?考えてくれた?」
ニコニコとなるべく姫菜を威圧しないようにしている雛子。
「え、えっと……。」
「ひーちゃんは生徒会長なんてしません。」
渋っている姫菜の代わりに夢華が答えた。
「あ、あんたには聞いてないでしょっ!?」
姫菜の時とは違い、声を荒げる雛子。その後ろでは由香がキッと夢華を睨みつけている。
「ま、まぁまぁ。そろそろ授業始まりますし……。それに……。」
百合が割って入る。その際にチラチラと見ていた。周りから視線が集まっているのを暗に知らせていたのだ。
百合からのメッセージを受け取った由香が雛子を連れて教室から出て行った。夢華はその後ろ姿をジッと見ていた。
……で、どうするの?あの人達また来ると思うよ。
ポチの声。
「大丈夫だよ、ひーちゃんの代わりに何回でも追い返してあげるから。」
夢華が自身の胸を叩いて姫菜に言う。その顔は自信に満ちている。
「まぁまぁ。新聞部としては派手にやってくれた方が記事になるけど友達としては穏便に済ませて欲しいな。」
苦笑いの百合。
あっという間に放課後になった。このまま帰ってしまっても良かったのだろうが、付きまとわれても困る。付きまとわれた経験がある姫菜だからこそその大変さが分かる。その為姫菜は生徒会室へ向かうのだった。姫菜が教室を出ると、当然のように夢華と百合がついてきた。
「し、失礼しますっ!」
姫菜は扉を三回ノックする。すぐさま由香が笑顔で迎え入れた。
「あら、貴女達もいるのね。まぁいいわ。上がって。」
生徒会室には、由香しかおらず、雛子は見当たらなかった。
「あぁ、会長なら多分日直ね。」
辺りを見渡す姫菜に気づいた由香の言葉。
「それで、考えてくれた?」
由香が再び口を開いた。
夢華が反応し、口を開くが、姫菜が彼女の手を握り止めた。手を握られた夢華は一瞬ピクッと動き、その後姫菜を見つめる。視線を合わせ、姫菜は無言で頷いた。
「そ、その……やっぱり私には荷が重いというか……ありがたいお話って思うんですけど……すみません。」
しどろもどろになってしまったが、たしかに姫菜が自身の口で言った。
「そっか……。」
由香の声がいつもより低くなった。そして、言い終えると、由香が席を立った。
由香の動きに反応し、夢華が中腰に身構える。そして、百合は咄嗟に姫菜を庇うように抱き寄せた。姫菜は何もできずに百合にされるがままであった。
しかし、二人の警戒をよそに、由香は姫菜達には何もせず、入口へ向かった。
「なら仕方ないね。無理言ってごめんなさい。」
振り返り、笑顔でそう言うと、由香は生徒会室から出て行った。
妙にすんなりと引く。姫菜達は不気味な印象を抱いた。
結局、姫菜達の杞憂で、何もなくその日を終えた。また、その後も雛子達からのアプローチはなく、生徒会長云々は忘れていた。
しかし、それは突然やってきた。
「月曜日に言うの?」
「……うん、そうすれば逃げられないでしょう?」
「雛ちゃんも悪いこと思いつくね。」




