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ポチ!交代して!
慌てる姫菜の声が脳内に響き渡る。ポチも姫菜の声に慌てながら姫菜に身体を返す。
「ど、どういうことなの?」
ポチに代わり、姫菜自身が自身の口で言う。
姫菜と距離を取ることと、今までの遊びに何か関係があるのだろう。しかし、当の本人が蚊帳の外だ。なぜそんな話になったのか姫菜には分からなかった。
「どういうこともなにも黒木さんこの前言ってたじゃん。困ってるんでしょ?だから助けてあげようと思ったの。」
姫乃が姫菜をジッと見て、さも当たり前のことのように言う。
「で、でも……。」
「ほら、やっぱり私嘘ついてなかったよ。黒木さん、あんたのこと煙たがってるんだからいい加減気づいたら?」
姫菜から視線を外し、今度は夢華を見る。
「ひ、ひーちゃん……?本当なの?私のこと……嫌いって……。」
今にも泣きそうな夢華。声身体が震えている。
「ち、違っ……その……。」
こ、これは修羅場ってやつ?どうするの?
どうすることもできないポチがボソッと呟く。
少しの沈黙が続いた。
「ま、まぁいいや。」
沈黙を破ったのは姫乃であった。
「え?」
「……?」
姫乃の言葉に二人が、どういうことか分からないといった様子をとる。
「こ、今回の黒木さんの件は保留にしておくから話し合っておいて。じゃあ、私はこの辺で。バイバイ。」
そう早口で捲したてると、姫乃は小走りでその場を後にした。その姿は、今までの高圧的な態度とは打って変わって焦った様子で、まるで別人のようだった。
姫乃が帰ったことにより、公園には嫌な沈黙が訪れた。微かに聞こえる夢華の鼻をすする音と、セミの鳴き声、風にそよぐ木の音以外姫菜の耳には入ってこない。
子供達はいつの間にか帰っており、公園には、姫菜と夢華しかいない。
「ごめんね、ひーちゃん……。明日からあまり話さないから……だから嫌いにならないで……。」
しゃがみ込み、俯きながら呟く夢華。俯いた顔の下は、涙が落ち、水たまりになっていた。
「あ、あのその……。ご、ごめん……なさい。」
「こっちこそごめんね……。じゃあね。」
ボロボロの夢華が立ち上がった。そして、フラフラと歩き出す。
良いの?姫菜……。
「そ、その……。」
姫菜はどうすれば良いのか分からなかった。
このまま夢華の後ろ姿を見ているべきか。それとも違う行動をすべきか。
「わ、私どうすれば……。」
あー!もうっ!焦れったい!私が行くよ!
フワリと浮く感覚。ポチが姫菜の身体を乗っ取った。
ポチが姫菜の身体に乗り移ると、すーっと息を吸い始めた。肺に空気が多量に入ると、夢華の方を見て大声を上げた。
「ちょっと待って!」
夢華は姫菜の声に反応し、ピタッと止まる。そして、その後、フラフラと姫菜の方へ振り返る。
「ひーちゃん?」
ポチに聞こえるかどうか分からないくらい小さな声。
夢華に声が届き、彼女が立ち止まったのを見てポチなズカズカと歩き始めた。自身の方に向かってくる姫菜の姿に目を見開き驚きの表情をする夢華。
「ひ、ひーちゃん……?」
ついに目の前まで来た。
「この際だからはっきり言わしてもらうよ!」
ピクッと反応する夢華。目に涙を溜めて姫菜を見つめる。
余計なこと言わないでよ!?
ポチの脳内で声を荒げる姫菜。
「……うん。お願い。」
「正直ストーカーっぽいと思ったし、たまに凄い怖い。」
ちょっと!もっとオブラートに包んで!
「……。」
下唇を噛み、涙がこぼれるのを堪える夢華。いつ涙がこぼれ落ちてもおかしくない。
「けど、まぁその一応憧れてはいるから……。それに友達だからね。と、とにかく!……別に嫌いではない……と思う。」
尻つぼみに言うポチ。今まで夢華を見ていたが、夢華から視線を外した。正直に言ったポチは頬をかき、少し顔を赤くした。
耐えきれなくなったのか、ポチが姫菜と入れ替わった。
「ひ、ひーちゃんっ!」
大粒の涙を流しながら夢華が姫菜に抱きついた。
突然ポチと入れ替わり、ふらついたところに夢華が勢い良く抱きついた為に、姫菜は夢華とともに倒れこんでしまった。
「痛たた……。あ、あはは……。」
小っ恥ずかしくなり苦笑いする姫菜。
ま、まぁ姫菜の代弁しておいてあげたからね。
「うん、ありがとう……。」
姫菜の胸元で泣いている夢華に姫菜の声は聞こえなかった。
「えっと……落ち着いた?」
「……うん、ごめん。」
「ならそろそろどいてほしいなー……なんて……。」
「あっ、ごめん。」
夕陽が沈みかけ、当たりはオレンジ色の光に包まれていた。姫菜は夢華が泣き止むまで押し倒されたままであった。そして、夢華が泣き止んだのを確認すると、口を開いたのだった。
「その、初めはね、ゆめきゅんに憧れてたんだ。」
「……。」
姫菜が言葉を発すると、夢華は無言では姫菜を見つめた。
入学式の前、一目惚れのような感覚があった事。近い存在となると、束縛されてストレスを感じた事。全て包み隠さず話した。時折相槌を打つ以外夢華はただただ黙って最後まで聴いていた。
「自分勝手だよね、勝手に憧れて近い存在になったら煙たがって……ごめんね。」
「いや、こっちこそごめんね。ひーちゃんに私だけを見て欲しかったの……でもそれがひーちゃんのこと束縛しちゃってたんだね……。」
お互いに本音をぶつけると、二人は泣きじゃくりながら抱き合っていた。




