40
「お姉さんは姫乃姉ちゃんとさっきの怖いお姉さんのお姉さんなの?」
木陰のベンチに座る姫菜に、隣に座っている子供が尋ねる。
夢華達よりも大人っぽい顔つきに身長。姫菜のことを彼女達より年上だと思ったのだろう。
もう一人は姫菜の膝の上に満足げな顔をして座っている。
「あはは……たしかに私大きいけどあの二人と同い年でお友達だよ。」
「へー。」
本当に?
ポチの声ではない。自分の声が頭の中に響いた。
本当に彼女達は友達?
こんなに振り回されるなんて友達じゃないんじゃないの?良いように利用されてるだけじゃないの?
「……っ。」
姫菜どうしたの?
今度はポチの心配そうな声。
「どうしたの?大丈夫?」
膝の上の子供が姫菜の顔を見上げて言う。
「うん、ありがとう。」
頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
ねぇ、姫菜?そのまま聞いてて欲しいんだけどさ。
「……?」
そのー私もあの子達に混ざりたいなーって……。
「えっ!?」
ポチの言葉に思わず声が出た。
「ど、どうしたの?」
「大丈夫?」
子供達が心配そうに姫菜を見つめる。
「へ?あ、いや、大丈夫だよ。ごめんね。」
苦笑いで二人を撫でる姫菜。未だに周りに誰かいる状態でもポチに反応してしまう。
運動したいなーって思ってさ……駄目?
ポチが甘えた声で言う。この声に姫菜は弱い。
「二人ともごめんね、私も遊びたくなっちゃったなー。……一緒に行く?」
ありがとう、姫菜!
声だけでも分かる。ポチは今満面の笑みに違いない。
「良いや。」
「止めておく……。」
先ほどの姫乃と夢華がよほど怖かったのか、二人とも拒否を示した。
「そ、そうなんだ……。」
この子達を置いて行って良いのだろうか。ポチは遊びに行きたいだろうが、置いていくのは気が引ける。
姫菜?
「お姉さん行きたいの?」
子供の声に、姫菜が反応しようとした時、身体がふわりと浮く感覚があった。姫菜はやられた、と思った。ポチが乗り移ったのだった。
「うん……行ってきちゃ駄目?」
姫菜に甘える時のような声を出す。
ちょっ!私の声でその声出さないでよ!恥ずかしいよ!
「ねぇ良いでしょ?」
姫菜に構わずポチが追撃する。
「……うん、分かった。」
「早く帰って来てね?」
不満そうな二人。
ポチはそんな二人に御構い無しに、意気揚々と小走りで夢華達の所へ向かった。
なんてことしたの。可哀想だよ。
「だ、だって遊びたかったんだもん。」
もう……。ちょっとだけだよ?
「うん!」
夢華と姫乃が見えた。依然として空気は良くないようだ。しかし、ポチはそんなことなど気にせずに声をかけた。
「ふ、二人とも!」
「……ひ、ひーちゃん?」
息も絶え絶え、制服も泥だらけの夢華が驚いた顔をしている。
「お、黒木さん一緒に遊ぶ?」
息の全く切れていない姫乃。
「うんっ!私も混ぜて!」
満面の笑みで答えるポチ。
「おぉ、なるほど……。」
何かに納得した様子の姫乃。
姫菜の笑みに見惚れる夢華。それと同時に、ボロボロの自分を見られ、情けないと感じた。そして、すぐに俯いてしまった。
「私からボール取ったら黒木さんの勝ちだよ。」
「分かった!」
姫菜の身体でポチが駆け出した。
無理に決まっている。何度か姫菜が運動していたのを見たことのある夢華はそう確信していた。夢華がボールに触れることすら出来なかったのだ。
少しの好奇心から、夢華は、悔しがる姫菜も見てみたいと思った。しかし、それと同時にやはり姫菜が辛い思いをするのは見たくないと考えている自分がいる。そして、それになによりも、自分ではなく他の者と楽しそうに遊ぶ姫菜の姿など見たくなかった。
疲れ果てて身体が動かない。今はただ姫菜が姫乃に向かっていくのを見ていることしか出来なかった。無力さが歯痒かった。
「……え?」
信じられないことが起きた。
「うー、惜しーいっ!」
ポチが悔しがる。
「危なー……。もうちょっとで黒木さんの勝ちだったね。」
夢華の目の前では、あと一歩で姫乃からボールを取れるであろう姫菜の姿があった。今まで見たことのないような俊敏な動きで姫乃を追い込んでいたのだ
「うーもう一回っ!」
「いいよ!来て!」
その後、何度かの挑戦の後、ポチは姫乃からボールを取ることに成功した。驚愕する夢華をよそに姫菜は大喜びであった。
「やったー!」
大手を降り喜ぶポチ。
そんなポチを見てニコニコと微笑みながら姫乃が近づいた。そして、耳元で囁いた。
「いや、完敗だよ。凄いね、黒木さん。……前とはまるで別人みたいな……そうだね、例えるなら猫みたいな俊敏な動きだね。」
えっ……。
ドクンと心臓が跳ね上がる。まさかばれたのか。しかし、常識では姫菜とポチの関係は想像すらつかないような状態だ。誰も信じないだろう。だから大丈夫だ。そんなことが姫菜の頭の中を巡っていた。
「えへへー、そうかにゃ?夏休みに運動始めたからねー。にゃーにゃー。」
ポチが言う。恐らく姫乃の発言の重要性に気づいていないのだろう。
「……ふふ、可愛い子猫だね。」
姫乃は、ポチの能天気な発言に笑いながら頭を撫でる。ポチも目を細めて喜びながら受け入れる。
「じゃあ、約束どおり……。」
姫乃がチラリと夢華を見る。夢華はピクリと反応すると、すぐに目線をそらした。
「約束って?」
姫菜も疑問に思っていたことをポチが尋ねる。
「私が勝ったら黒木さんに近づかないって約束だよ。だから安心して、もうこの子に悩ませられることはないから。」
笑顔の姫乃。
姫菜とポチにとって、寝耳に水とはまさにこのことだった。




