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「おはよう、真亀さん。」
入学式の翌日。姫菜はみさに挨拶をした。みさに挨拶をする前、何人かのクラスメイトに挨拶をされ、それに返事をしていたため、声色は少し明るかった。
「おはよう、お姫。んー……。」
姫菜の声に反応し、返事をするみさ。その直後、何かを思案するように唸る。
「真亀さんどうしたの?」
「それっ!」
「へ?」
「その真亀さんってやつ!」
みさはビシッと姫菜を指差す。
「え、ご、ごめんなさい……名前違ったっけ?」
もし名前を間違えて覚えていたなら失礼なことだ。姫菜はそう思い、慌てて謝る。
「違う、違う、合ってるよ。」
姫菜はその言葉にホッと安堵する。
「なんというか真亀さんだとちょっと堅い感じでやだなぁ……。出来れば名前で呼んでほしいなー、なんて……。その、せっかく友達になったんだしさ。」
みさはそう言うと、姫菜から目をそらし頬をかく。顔が少し紅い。
「あ、えっと……みさ……ちゃん?」
小っ恥ずかしくなる姫菜。みさ同様に顔が紅潮する。
「え、あはは……なんか恥ずかしいね。」
「う、うん……やっぱなし!なんか他のない?」
「ほ、他?」
他の、とは何か違う呼び方だろうか。
「なんかニックネームとか……。ほら私もお姫って呼んでるしさ。」
「うーん、ニックネームかぁ……。……み、みさっち……とか?」
「みさっち……うん!みさっち良い!みさっちって呼んでよ、お姫。」
みさは、姫菜の言ったみさっちというニックネームが気に入ったのか、何度も言う。先ほどの恥ずかしそうな顔から嬉しそうに微笑む顔になったところを見ると、姫菜も少し嬉しくなった。
「うん、みさっち!」
「お姫!」
「みさっち!」
「お姫!」
以後繰り返し。
中学生となって、初めての授業。オリエンテーションに大半の時間を割いたため、ほとんど教科書を使用しなかった。
「いやー、お姫選手、人生初の中学での授業はいかがてすか?」
午前で授業が終わり、皆が帰宅の支度をしている最中、一足早く身支度を整えたみさが姫菜にちょっかいをかける。
「ふふ、何それ?……そうですね、貴重な体験だと思います。先生方、両親に感謝の気持ちでいっぱいです。」
「おー、お姫ノリ良いねー。」
「ふ、ふふっ。」
姫菜とみさの話を聞いたと思われる姫菜の後ろの席に座っていた女子生徒が
吹き出してしまった。
「えっ。」
「あっ。」
周りに聞かれていたことに気づき、一気に恥ずかしさがこみ上げてくる姫菜とみさ。
「いや、ごめんね、盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ……。えっと、クラスでの自己紹介は終わってるけど改めて、私は赤井百合、よろしくね、お姫にみさっち。」
百合が言う。見た目は、セミロングの黒髪の似合う年相応の幼さの残る少女だ。
「よ、よろしくね赤井さん。」
姫菜が少し緊張しながら言う。
「おぉ、なら赤井さんもニックネーム決めなきゃだね!」
「おっ、みさっち決めてくれるの?」
直ぐさま順応したみさの提案に喜ぶ百合。
「んーそうだなー……お姫は何かある?」
「私っ!?そ、そうだなぁ……百合……さん、だから……うーんゆ、ゆりりん……とか?」
絞り出した答え。
「あはは、ゆりりんかー。なんか電波系のアイドルのニックネームみたいだねー。うん、じゃあ二人とも私のことはゆりりんって呼んでね。」
「もーお姫は可愛いなぁー。」
片や大笑い、片や微笑む。姫菜は恥ずかしさから、百合のゆりりんというニックネームを後悔した。
「じゃあねーお姫、ゆりりん。」
「おー、じゃあねー、お姫、みさっち。」
「ばいばい。また明日。みさっち、ゆ、ゆ、ゆり……りん。」
三人が校門で別れる。姫菜は、躊躇いなく言うみさとは違い、自分が名付け親であるはずの百合のニックネームであるゆりりんは、少し恥ずかしく感じていた。
姫菜は、通学路を途中まで通る。そして、いつものように寄り道をする。目的はもちろんポチに会うためだ。
「どこ行くんだろ……。」
姫菜の後ろで姫菜のことを見つめる女子生徒がいた。