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夢華の心臓はいつもよりも鼓動が早かった。足音一つ立てずに上がる階段。ゆっくり歩いているにも関わらず息が上がっている。
夢華の気分が高まる。少し強引とは言え、姫菜の合意の下姫菜の部屋へ入れる。この事実に夢華の胸はぎゅっと締め付けられ、たまらなく嬉しくなった。
「ここだね。」
階段を上がり、すぐの部屋を目の前にして夢華は独り言を呟いた。
夢華は、ふうー、と長く息を吐いた後、一気に扉を開け部屋の中に入った。そして、直ぐさま大きく鼻で息を吸った。仄かに香る姫菜の香りに思わずにやけてしまう夢華。
入学式の日。初めて会ったあの日から自分の中で最も好きな香りの一つとなっていた。姫菜の匂いは甘酸っぱい柑橘系の果物の匂いで、人工的なものでない。仄かだが夢華好みの匂いであった。
服を洋服箪笥の中にしまい、棚を閉めると、一段下の棚を開き、顔を突っ込み再び深く鼻で息を吸った。その顔はいつものクールなものではなく、だらしなくにやけていた。
「……枕はまた今度にしよう。」
いつまでも滞在していては流石に姫菜に怪しまれてしまう。夢華は名残惜しいが姫菜の部屋から出ることを選択した。
夢華が部屋を出ようとすると、机に置かれた写真が目に映った。
「……え?」
心地よい気分が一気に悪くなった。
「あ、ゆめきゅん、ありがとう。」
夢華がリビングへ戻ると、姫菜がそう言った。
「……うん。」
夢華が半ば強引に提案したことなのに礼を言う姫菜を可愛いと感じた。思わず抱きしめてしまいそうになるのをぐっと抑える。姫菜と話し、再び気分が良くなった。
「えっと、じゃあゆめきゅんの家いつ行く?」
少し照れたように頬をかき苦笑いする姫菜。
「ひーちゃんの支度が出来たら行きたいなって思ってるんだけどどうかな?」
「そっか、なら支度してくるね。……えへへ、お友達のお家とか初めてだから楽しみだなー。」
照れくさそうに、それでいて楽しそうにニコニコする姫菜。
「っ!?」
言葉にならない言葉とともに脳で考えるよりも夢華の身体が先に動いた。姫菜を思い切り抱きしめていたのだった。
「ゆ、ゆめきゅん!?どうしたの!?」
突然のことに驚く姫菜。その身体は小さく震えており、我に返った夢華はゆっくりと名残惜しそうに離れた。
以前誰かに言われたことを思い出した。姫菜のストーカーまがいなことは辞めろ。誰に言われたのだろう。最近言われたはずなのに、思いだろうとしても誰に言われたのか思い出せない。しかし、不思議なことにその警告にはなぜか従っておいたほうが良いと夢華自身思っていた。
「ご、ごめんつい……。」
「そ、そうなんだ……。え?あっ……へー……。」
夢華には一つ気になることがあった。それは、時折姫菜が全く関係ないことを突然言い出すことだ。独り言だと言われてしまえばそれまでなのだが、まるで本当に誰かと話しているようなものだ。
そのモヤモヤしたものの原因を今日確かめる。その為に夢華は姫菜を自宅へ誘ったのだ。
「ごめんね、準備出来たよ。」
「じゃあ行こっか。」
「ゆめきゅんのお家楽しみだなー。」
「ふふ、私もだよ、ひーちゃん。」
「じゃあ、行ってきまーす。」
「お邪魔しました。」
二人は姫菜の家から出た。




