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「痛たたた……。」


夏休みのある日。姫菜はベッドの上から動けずにいた。理由は至極簡潔なこと。身体中を襲う筋肉痛のせいだ。


三十分のみとは言え、ポチと身体を共有するようになってから身体がボロボロになっていた。外を走り回ったり、近所の小学生達と夕方まで遊びまわっていたのだった。後者の場合、三十分という訳にはいかないので姫菜が譲歩し、夕方までポチに身体を貸していた。そんな日が続けば、必然的に運動など全くしてこなかった姫菜の身体は悲鳴を上げるのは誰にでも容易に想像がつく。


もう、姫菜運動不足過ぎだよ。


「しょうがないでしょ、苦手なんだから。」


苦手だからって避けてたら何にも出来ないよ。誰だって最初は苦手だよ。


「……。」

ぐうの音も出ない。猫に人間の在り方を説教されてしまった。


今日は白河さんって子が来るんでしょ?シャキッとしないと!


「ならあんまり私の身体いじめないでよ。」


それとこれとは別だよ。


「むー……。」



動かない身体に鞭を打ち、なんとか起き上がる。動く度に痛む身体に、改めて今までの出来事は夢ではないと思い知らされる。その度にため息か溢れる。こんなこと誰にも相談出来ない。相談しようものなら、きっとどこかの病院を勧められるだろう。



「大丈夫、ひーちゃん?」

姫菜か身体中を摩っていると、心配そうに夢華が姫菜に駆け寄る。


姫菜がパジャマのままリビングに向かうと、既に夢華はいた。パッと見ただけでも外行きのお洒落な服であると分かる。姫菜の元へ歩くその姿は、ファッションモデルのように綺麗であった。


「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと筋肉痛で……。」

苦笑いの姫菜。ポチは我関せずという感じであった。


「筋肉痛なんだ……。」

ふむ、と何か考え始める夢華。今までは少し怖いと感じていた彼女も、ポチの一件以来その恐怖心も抱かなくなった。


人は慣れる生き物だ。姫菜はそれを、身をもって痛感した。夢華に対し、以前のような嫌悪感や恐怖心はない。


「……マッサージしようか?」

夢華は姫菜を舐め回すように上から下へ見つめる。


「え、いいよ。」

前言撤回。姫菜は未だに夢華のことは少しだけ、本当に少しだけ怖いと感じていた。


「うん、じゃあソファーに寝て?」


「あ、肯定の意味じゃなくて、遠慮の意味です。……すみません。」

姫菜は思わず敬語になってしまい、更に何も悪いことをしていないのに謝ってしまった。さらに前言撤回。恐怖心は残っていた。


「遠慮しないで。さ、さ!ね?痛くしないから。ね?大丈夫、気持ち良くするから、絶対後悔させないから。」

姫菜の肩をしっかりと掴み笑顔の夢華。何も知らない者なら彼女の笑みに心を奪われるだろうが、今の姫菜には恐怖の対象でしかなかった。


「い、いや!本当に大丈夫です。ごめんなさい!な、治った!今まさに治ったからっ!」

怖がりながらも言葉を発する姫菜。今までなら何も出来ずにされるがままであっただろう。姫菜も成長している。


「そんな訳ないでしょ、もう面白くない冗談言ってないで早く。……ね?」

夢華の顔から笑顔がスッと消え、真顔になる。


姫菜は夢華に肩を掴まれていたが、いつの間にか両手を握られ本格的に逃げられなくなっていた。どうしたものか。この場合、大人しくマッサージを受ければ終わるのだろうが、なんとなく嫌な予感がし、姫菜にはその選択肢は無かった。


か、代わろうか?大変そうだね。

ポチの助け舟。


「お願い出来る?」

姫菜はついポチの声に反応してしまった。


「う、うん!頑張るっ!」

ポチの声に反応した姫菜の言葉に勘違いし、パーッと満面の笑みが零れる夢華。そのまま姫菜の腕を引っ張る。姫菜はその勢いで、体勢を崩し夢華の胸に頭から突っ込んでしまった。


夢華はそんな姫菜をソファーへ押し倒す。


「うわっ。」

姫菜は一瞬の出来事に理解が追いつかない。腕を引っ張られたと思ったらいつの間にか倒されており、夢華が馬乗りになっていた。そのためただただ混乱していたのだった。


……す、凄い動き。一瞬で姫菜押し倒されちゃったね。

感心するポチ。


そんな呑気なポチとは逆に、焦る姫菜。呼吸が乱れ、赤面し、夢華を直視することが出来ない。恐怖のあまり、抵抗しない姫菜の行動が、かえって夢華の感情を増長させてしまった。



「お邪魔しまーす。お姫ーいるー?近所通りかかったから来ちゃったー。」

玄関から声が聞こえる。みさだ。


助かった。これで一先ずこの状態から脱出することが出来る。姫菜はそう思い、口を開いた。


「ほ、ほら、みさっち来たから!」


「……。」

依然真顔の夢華。姫菜をジッと見つめゆっくりと顔を近づける。


「ちょっ!ちょっとタンマ!……な、なんとかしてよっ。」

姫菜は、夢華の顔をこれ以上近づけない為にも両手で抑えようとする。しかし、姫菜の両手の手首は夢華に片手で抑え込まれ、姫菜自身の頭の上で固定されてしまった。


姫菜は頭を左右に振り、床を何度も踏みつけることしか抵抗が出来ない。そんなもの抵抗の内には入らないようで、夢華はそのまま顔を近づけていく。


無理言わないでよ……まだ向こうは片手残ってるんだよ?それに馬乗りされてるし……こんなの私でもどうすることも出来ないよ。

姫菜の願いは虚しくかき消された。


姫菜は思い切り両手を動かし抵抗してみようとするが、片手対両手にも関わらずまるで動く気配がない。姫菜のその非力さが、更に夢華の劣情を駆り立てる。


「お姫ー?いないのー?……上がるよー?」

みさのその声とともに足音が近づいてくる。



ガチャリとリビングの扉が開く。みさが入ってきた。みさの視界には、夢華に押し倒され今にもキスされそうな姫菜の姿が写っていた。


「もーお姫不用心だ……よ……?」

みさはその場で停止した。

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