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3

姫菜達新入生は、一人ずつ自己紹介し、教科書を受け取ると、そのまま流れ解散となった。


「く、黒木姫菜で、でし……です。よ、よろしくお願いしゅ、し、します。」


「……。」


「い、以上で、です。……です。」


姫菜の番になると、やはり空気が変わり、皆の視線がより一層姫菜へ注がれた。姫菜は緊張してしまい、少し噛んでしまったが、誰一人笑うことなくただただジッと見ていた。


「うぅ……緊張した……。」


「お疲れさまー。凄い緊張感だったねー。」

姫菜が机にぐでっと突っ伏していると、みさが労いの言葉をかけてきた。


その後、全ての日程が終了すると、自宅へ帰らずそのまま友人達と遊びに行く者、まっすぐ家に帰る者、クラスには大きく分けてその二種類の生徒がいた。姫菜も遊びに行く者の一人であったが、他とは若干異なっていた。友人とどこかへ遊びに行くのではなく、友人と遊ぶためにどこかへ向かうのだ。



「じゃあねー、お姫。」

お姫。どうやら姫菜のニックネームを本人の許可なしに作ったのだろう。みさが姫菜に手を振りながら言う。


「お、お姫……?あ、うん、真亀さんまた明日。」

みさに送り出され、教室を出る姫菜。その際みさは何かを考えているようだったが、すでに廊下に出てしまっていたため、姫菜は一瞬どうしたのか聞こうとしたが、直ぐに歩を進めた。


みさとの絡みを見られ、何人かが声をかけていく。みさの言ったように、クールビューティ、高嶺の花で声をかけにくいと思われていた。しかし、みさとの会話からその第一印象が崩れ、皆ここぞとばかりに姫菜に声をかける。姫菜はそれら一つ一つに丁寧に答えていった。



何とか中学生生活初日を終えた姫菜。初めは嫌なこともあったが、終えてみれば新たな友人も出来た。それに、帰り際に多くのクラスメイト達から声をかけられた。もしかしたら彼らと仲良くなれるかもしれない。そう思うと、姫菜の顔は自然と緩んだ。


通学路から少し外れた住宅街、姫菜はここに用があった。車の滅多に通らない道端、ここで良いだろう。姫菜はそう思い、肩にかけていたスクールバッグを一度アスファルトの地面に置く。そして、そのまま地面に座り込む。この際、スカートが風でめくれあがらないように内側に入れ込む。そして、前日に用意して置いた鰹節の小袋をスクールバッグ内から取り出す。これで準備が整った。


「ポチーおいでー。」

姫菜が口を開く。


ポチ。犬のような名前ではあるが、彼女は犬を呼んでいるわけではない。ここら辺りに住み着いている黒猫を呼んでいたのだ。



少しすると、スリムで、野良にしては毛並みも綺麗な黒猫が姫菜に近づいてきた。姫菜もそれを待っていたと言わんばかりに笑顔で見つめている。この黒猫こそがポチであった。


「へへへー、今日はちゃんと鰹節持ってきたにゃ。」

姫菜はポチに話す時に度々語尾に猫の鳴き声のようなものをつけてしまう癖があった。


姫菜が、ポチに鰹節の入った小袋を見せびらかすように左右に小刻みに振ると、ポチはそれに合わせ右に左にと顔を忙しなく動かした。それが楽しくて姫菜は少し意地悪をしてみたくなる。何度も何度も繰り返し左右に振るのだ。


にゃー。

痺れを切らしたようにポチが鳴く。


「あぁごめん、ごめん。はいどうぞにゃ。」

袋を破り、中の鰹節を摘み、ポチの顔付近へ持っていく。ポチは姫菜の指ごと口の中に含み、器用に舌で鰹節を口の中に落とす。


ポチは鰹節を何度か咀嚼すると飲み込んだ。そして、姫菜の指を舐める。姫菜には、これがどんな意味なのか最近りかいすることが出来た。もっと欲しいということだ。


「もぉしょうがにゃい子だにゃあ。」

そう言いつつ顔が緩む姫菜。袋から再び鰹節を摘むと、またポチの顔へ近づける。そして、またポチがそれを口に含み、再び姫菜の指を舐める。以後繰り返しだった。



「はい、今日の分お終いにゃ。」

袋の中の鰹節を全てポチに食べさせると、姫菜がそう言った。


にゃー。

まだ足りないようで、ポチは姫菜の指を舐める。



「もー贅沢言わないでよー。私だってお小遣いあんまり多くないんだよ?」


指を舐めても新しい鰹節が出ないことに不満を感じたポチが、姫菜の指を噛んだ。


「痛っ、もう!駄目なものは駄目なの!」

噛んだと言っても甘噛み程度で、姫菜の指からは出血はしていない。それでもやはり痛いものは痛い。姫菜は思わず手を引っ込め、少し大きな声を出してしまった。


にゃー!

一瞬ビクッと怯んだが、ポチも負けじと姫菜を威嚇する。


「うっ……ご、ごめん。で、でも我がまま言わないでよぉ。」

姫菜の惨敗。先ほどの荒げた声から情けない声へと変化する。


数分ポチを撫でると、姫菜は満足したのか再び元来た道を戻り、通学路を通り帰宅した。



「ありゃ……参ったなぁ、あの猫って……。」

ポチと触れ合い上機嫌な姫菜。そんな彼女の後ろ姿を見つめる影が呟いた。

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