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もう一度確認なんだけど本当に……ポチなの?
「そうだよ、姫菜。」
そうなんだ……。その、いろいろ聞きたいことあるんだけど……私は戻れるの?
「あ、それは大丈夫だよ。戻る?」
も、戻れるのっ!?うん!戻りたい!
「はいはい。まぁちょっと楽しめたしそろそろ交代しよっかな。」
そう言うと、ポチは目を瞑った。そうすると、姫菜の意識が何者かに引っ張られるような感覚が一瞬あり、十三年慣れた感覚が戻ってきた。
目を開くことが出来る。手を動かせる。自分の意思で体を動かせることがどれほど幸せなことか知った。
「う、動けるっ!凄い!私動けてるっ!」
思わず大声になる姫菜。その声を聞き、住人が姫菜のことをチラッと見る。ハッと我に返った姫菜は足早にその場を後にした。
いつか姫乃に助けられた公園。そこに今、姫菜はいた。
おぉ、無意識にここまで来たんだね。
頭の中に響く声。姫菜は周りをキョロキョロと見渡す。周りには、夏休みということもあり、小学生が友人と遊んでいる。誰も姫菜のことなど見ていない。そのため、声をかけたとは考えずらい。
もう、無視しないでよ。
「え、ど、どういう……。」
なんだ、聞こえてるんじゃん。ほら、入れ替わったから私の声が姫菜にしか聞こえないんだよ。
「ポチ……?」
だから最初からそう言ってるでしょ。もう、さっきは分かってくれてたのにー……。
「ご、ごめん……。」
今日一日で衝撃的なことがあり過ぎて慣れてしまった。
どうやらポチは自由に姫菜の身体を動かせるようだ。そして、姫菜の身体を動かしている時は、姫菜の言葉はポチにしか聞こえず、普段はポチの声は姫菜にしか聞こえない。姫菜はそれらのことを理解は出来たが納得することは出来なかった。
それよりさ、姫菜……?
「うん?」
私の声は皆に聞こえないから良いんだけどさ、姫菜の声は周りから聞こえるんだよね。
「……まぁ、そうだよね。」
何を今更。その程度では動揺しない。
なら姫菜が周りから独り言みたいに見えてるって知ってる?
「……あっ。」
前言撤回。先ほど大声を上げ、恥ずかしい思いをしたばかりなのになぜそこまで頭が回らなかったのか。
姫菜は赤面し、周囲を確認する。幸いなことに、今近くに人がいる気配はない。遊んでいる子ども達も姫菜と距離があり、特に姫菜のことを気にしている様子もない。しかし、今までの自分をもし誰かに見られていたらと考えると恥ずかしさがこみあげてくる。
蝉の鳴き声が耳に響く。額に汗が滲んできた。
それでさ、これからどうする?
「どうするって?」
姫菜はなるべく小声で不自然なくらい慎重に口元を手で隠しながら声を出す。誰も見ていないながら良いものの、かえって怪しくなってしまった。
私と姫菜の分担だよー?
「分担って……?」
いまいち要領を得ない姫菜。喉が渇いてきて持参した麦茶を飲み始めた。
だから!私と姫菜がいつ交代するかだよ!
「え、えーっ!?ちょ、どういうこと、それ!?」
ポチの衝撃的な発言により、姫菜は麦茶を吹き出してしまった。そして、周りのことを気にしている余裕などなく大声になってしまった。子ども達の視線が姫菜一手に集まる。
ちょっ、姫菜!声、声!
「どういうこと…!?まさか私の身体使うって言わないよね?」
片手で口元を押さえ、必死に声を押し殺す。
当たり前でしょ!私だって動きたいよー。
「で、でも……。」
ね、お願い!一日三十分……いや、十五分だけで良いからっ!お願い……お願いします……。
前半は張り上げるように、後半は震える声でポチが言う。
「わ、分かったよ、分かったから落ち着いて。」
姫菜は、ポチの懇願にすぐに折れてしまった。
う、うん……ごめんね。
少し前とは比べものにならないほどのしおらしさ。
「……取り敢えずそのことはさ、家で決めよっか。」
麦わら帽子を被り直し、姫菜は公園を後にした。




