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「美味しー!」


結局あの後、姫菜は自分の身体を動かせずにいた。その結果、姫菜の身体を動かしている者が姫菜の身体で朝食を食べている。大はしゃぎの姫菜の姿に、初めは戸惑っていた母であったが、姫菜の嬉しそうに朝食を頬張る姿を見て自然と笑みが溢れていた。


「もう、ちゃんと噛んで食べないと駄目でしょう?」

母が姫菜に言う。しかし、そうは言うものの、顔はニコニコと微笑んでいる。


もう、何がどうなってるの……?

姫菜の言葉は姫菜の喉を通ることはなかった。そのため、目の前にいる自分の母に助けを求めることは出来ない。



「ごちそうさまでした!凄く美味しかったよ!」


「ふふ、お粗末様でした。」


姫菜がそんな二人の会話を見ているとまるで本当の母と娘の会話に見えた。自分と話している時よりも母は笑顔で、そして、自分も笑っている。


もしかして、このままこの正体不明な者に身体を乗っ取られたままの方が皆が幸せになるのではないのか。姫菜は少し悲観になっていた。


「じゃあ、私ちょっとお散歩してくるね!」

食後の休憩もそこそこに、姫菜の口からこんな言葉が飛び出た。


「はーい、ちゃんと帽子被って行きなさいね。……あ、ちょっと待って。これ持って行きなさい。」

そう言うと、母は冷蔵庫から冷えた麦茶のペットボトルを取り出す。そして姫菜に渡し、頭を撫でた。


「いってきまーす。」


「暗くなる前に帰るのよー。」



家を出ると、姫菜は駆け出した。頭には大きなツバの麦わら帽子、背中には麦茶の入ったナップサック。


普段とは比べものにならないくらい速い脚。姫菜は、自分の身体なのに自分のものではないような感覚であった。


「なるほど、姫菜の目線ってこんな風なんだね。」

楽しくなったのか、スキップをし始める。


スキップすらまともに出来ないはずの姫菜の身体を使い、いとも容易くスキップをしてのける。身体の使い方を熟知しているようであった。



いつしか鼻歌を歌い始めていた。そのまま走ること数分。ついたのは、姫菜のよく知っている場所だった。


ここって……。


「そう、私と……姫菜との思い出の場所。」


私……?思い出の……場所。


「そう。まだ分からない?私のこと。」


心当たりがないわけではなかった。しかし、あり得るはずがない。それでも、今こうしてあり得るはずのないことが起きているのだから、この心当たりが強ち間違っているわけではないのかもしれない。


もしかして……ポチ?

これしかなかった。今いる場所は、ポチとよく会っていた路地裏の涼める場所だった。


ポチ。数日前に亡くなった黒猫の名前だ。姫菜が可愛がっていた猫で、姫菜自身嫌なことがあるとこの猫を頼っていた。そのため、姫菜にとってかけがえのない存在であり、それを喪失した時の虚無感は多大なものであった。



「そうだよ、姫菜。私は貴女のポチだよ。」


な、何言って……。


ポチだと、たしかに言った。自分の声で自分以外の者が言ったのだ。姫菜は夢なら早く覚めてくれ、そう思っていた。


しかし、これは夢でも幻でもなく、紛れもなく事実であった。


「なら証拠言うよ。」


……証拠?


「そう、証拠。」

自称ポチはニヤリと笑う。


「水色、黄緑、黄色、ピンク、白、たまに黒。」


……うん?なにそれ?


「なにって……言って良いの?」


……へ?


「まぁ、良いなら良いんだけどね。姫菜のパン……。」


なっ!?ちょっ!?え!なっ!?


「もー頭の中で大声出さないでよー、頭に響いて痛いんだから。」

姫菜の声が響いたのか、こめかみを押さえるポチ。


て言うか私のパ……し、下着の色なんて関係ないじゃん!


「あはは、面白ーい。」

笑うポチ。その態度から、ポチが姫菜をおちょくっているのが分かった。


もうっ!良い加減にしてよ!


「ごめん、ごめん。……じゃあ言うよ。」

そう言うと、ポチは真面目に話し始めた。その内容は、姫菜が一人でポチに会いに来た時の詳細で、誰にも話したことのないものだった。


信じざるを得ない。今、自分の身体を乗っ取っている正体不明なものは、今まで可愛がっていた黒猫のポチである。この常識では考えられない事実が姫菜に突きつけられていた。

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