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姫乃と接し、少しずつ元気を取り戻していた。その結果、母とは今までのように笑顔で話せるようになった。夢華が姫菜宅へ訪れる回数は少し減り、みさ、百合が遊び来ることもあった。心の負担が減り、今までのように接することが出来ていた。姫乃とはあれから会っていないが、二回会えたのだ、また会えるだろうと姫菜は思っていた。
夢華とみさは、姫菜宅訪問以来少しギクシャクしていたが、百合が間に入り、関係は修復しつつあった。その間に、夢華が制服を返しにも来た。
身体が重く、なんとなく怠い感覚は続いていたが、姫菜は特に気にしなかった。少しずつ現状が良好になっているためそちらを楽しんでいたのだ。
夏休みも中盤に差し掛かったある日の朝。姫菜はいつものように起きようとした。しかし、それは叶わなかった。身体が動かないのだ。
「……。」
母を呼ぼうにも声が出ない。首も動かせない。自身の意思で瞼を開けることすら出来ない。何も出来なかったのだ。
所謂金縛りだろうか、姫菜は現在の自分の状況をそう結論づけた。オカルト的なものに対してあまり知識はなかったが、それくらいは知っていた。それと同時に以前テレビで金縛りは霊的なものではなく、科学的に説明がつくというものを見て知っていたため、さほど怖くはなかった。それよりも、話の種が出来た程度にしか思っていなかった。
そんな姫菜の楽観的思考は、次の姫菜自身の行動によって打ち消された。瞼を開き、ベッドから起き上がったのだ。それだけなら特におかしい点はない。朝起きただけなのだから。しかし、これは姫菜が考え事をしているときに自身の意思とは関係なく起きたことなのだ。身体が動かないだけの金縛りとは違い、科学的に説明が出来ない行為だ。しかし、ここで混乱する姫菜を更に混乱させる出来事が起きる。
「おぉー、本当にあの子の身体だ!」
間違えるはずがない。恐らく姫菜が人生で一番聴いたことのある声だ。その声は、姫菜自身の声なのだ。
何がどうなっているのだろうか。一度冷静になる必要がある。一方、制御出来ない自分の身体は、部屋をキョロキョロと見渡していた。
冷静になると、一つ分かったことがあった。昨日までの身体の怠さがなくなっていたのだ。そのせいというべきか、そのおかげというべきか、姫菜の身体は飛び跳ねていた。
「ご飯食ーべよっと!」
スキップせんばかりに上機嫌の姫菜の身体。
ちょっ、そのテンションで行かないで!
「え、駄目?」
ピタッと止まる。
あ、あれ?聞こえてる?
「そりゃあ、もちろん!……え?もしかして聞いてない?」
何を!?え、どういうことなの?せ、説明してよ!
さらに混乱する姫菜。
「まぁまぁ。私お腹空いたから先に朝ご飯食べたいな。」
混乱する姫菜をそのままに、姫菜の身体を支配している者は結局このテンションのまま部屋を出た。
「おっはよーっ!」
姫菜の身体は上機嫌にスキップでリビングへ入る。張り上げた声により、すでに姫菜の朝食を作り終えていた母は驚いた。
母は何事かと目を見開き、口は情けなく半開きになっている。回復してきたとは言え、昨日までの姫菜はこんな明るく大きな声で挨拶をする子ではなかったのだ。それが今朝はまるで人が変わったかのような変貌ぶりだ。
「どうしたの、姫菜?なにか良いことあったの?」
様子を探る母。
「うん、凄く良いことがあったんだ!」
満面の笑みの姫菜。
「そう、良かったね。」
何はともあれ久しぶりに見た姫菜の満面の笑みに少し安心する。
「本当に良かった……神様っているんだね。」
ポツリと呟いた姫菜の声は、母の耳に届くことはなかった。




