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「取り敢えず隣に座っていい?」
姫乃の言葉に姫菜は無言で頷く。姫菜は、なんとなく情けなくなり、目を合わせるのが出来ずに俯いていた。
姫乃も無言になり、蝉の鳴き声と子ども達の声が二人の耳に届く。姫菜は気まずそうにキョロキョロと周りを見ていた。一方の姫乃は落ち着き、涼しげな顔をしながら目を瞑っていた。
「良かったら何があったか教えてくれない?」
姫乃が遊ぶ子ども達を見ながら言った。
どことなく安心する声で、姫菜は現状を全て話してしまった。以前話したように、夢華が依存気味であること。それにより、自分自身も近所の黒猫に依存してしまっていること。そして、その黒猫が亡くなってしまったこと。姫乃は時折相槌を打ちながら話を聴いていた。
「……そうなんだ、大変だったね。」
姫菜が全てを話し終えると、姫乃が口を開いた。
姫菜は俯くと、涙が零れた。そんな姫菜を見て、姫乃は自身の胸元で抱きしめ、頭を撫でた。ふわりと香る優しい匂いに姫菜は安心することが出来た。
どのくらいだろうか。姫乃に抱きしめられて何分か経った時、姫菜の足元に野球ボールが転がってきたのが分かった。
「すみませーん。ボール取ってもらって良いですかー?」
小学生くらいの男子と女子二人。
「うん。」
そう言うと、姫菜は姫乃の胸元から離れた。そして、少し回復した身体に鞭を打ち立ち上がった。そして、二人の元へボールを投げた。いや、投げたつもりであった。
どういう原理か姫菜が投げた方向と真逆の方へ飛び、木にぶつかり姫菜の後頭部へぶつかった。姫菜は、いっ、と短い悲鳴を上げその場に蹲る。その姿を見て目を丸くする姫乃と子ども達。
「もーなにやってんだか……。」
苦笑いの姫乃。子ども達は笑っている。
「ほら、いくよ。」
姫乃がボールを掴み、子ども達の元へ投げる。
姫乃も全く同じフォーム、同じ弾道で姫乃自身の後頭部へボールをぶつけた。
「えっ、えー!?」
驚愕の姫菜。自身が疲れていることを忘れ、目を見開き、大声を上げる。二人ともこの有様では、子ども達も驚きを隠せない。彼らも姫菜同様に目を見開いた。
「……い、今のは練習!」
耳まで真っ赤の姫乃。少しの間の後、姫乃は子ども達の元へボールを投げた。先ほどとは打って変わり見事なフォームからの程よい早さ、程よい高さでボールが子ども達の元へ返って行った。
そうこうしているうちに、姫菜は自分が自然と笑えていることに気がついた。
「……ありがとう。」
「え?何か言った?」
「なんでもないよ。」
姫乃に聞こえないように姫菜は礼を呟いた。
その綺麗なフォームに、子ども達は魅力され、いつの間にか姫乃による投球講座が行われていた。姫菜は日陰のベンチに座り、それを見守っている。子ども達と遊んでいる姫乃はとても生き生きしており、そんな彼女を今の自分と比較すると、少し嫉妬してしまった。
結局この日、姫菜は夕方になり子ども達が帰るまでベンチで彼らと姫乃を見ていた。
「じゃあね、バイバーイ。」
満足したようで、満面の笑みで手を振る子ども達。そんな彼らに姫乃が応える。
「凄いね、子ども達とすぐに仲良くなっちゃった。」
「あはは…まぁね。どうかな、少しは楽になった?」
ベンチに座る姫菜の元に向かう姫乃が言う。
姫乃が隣に座ると、汗の匂いに紛れて柑橘系の甘酸っぱい香りが姫菜の鼻腔を刺激した。
「良い匂い……。」
思わず漏れ出た独り言。
「匂い……?あっ!?ごめん、汗臭かった?」
慌てる姫乃。そう言うと、姫菜との間を少し距離を離す。
「あっ、と……その、い、良い匂いだなーって……す、すみません。」
失言だったと慌ててしまい、姫菜も同様に慌てる。顔が熱くなっており、鏡を見なくとも自身の顔が真っ赤になっているのが姫菜には分かった。
「はぁー、良かった。……良い匂いだった?」
胸を撫でながら安心した、というようなジェスチャーをする姫乃。その際の胸の揺れに、姫菜は思春期の男子学生のように釘付けとなっていた。
「え、あ、えーっと……。」
視線を姫乃の胸から目へ戻す姫菜。気づかれまいと慌てて言葉を紡ごうとするがなにも出てこない。
「もー、ガン見じゃん。」
姫菜の視線に気づいた姫乃が姫菜の言葉を遮った。そして、わざとらしく胸を両腕で隠しながらクネクネと身体を動かした。
「……ご、ごめんなさい。」
姫菜はここから消えていなくなりたくなった。
「もー!可愛いなぁー!」
姫乃はそう言うと、姫菜を力一杯抱きしめた。
姫乃の胸の谷間に顔が埋まり息をするのが困難な姫菜。本当に同い年なのだろうか。去年までランドセルを背負い元気に登校していたのだろうが、姫菜にはとても想像出来なかった。
姫菜が必死に息を吸おうとすると、先ほどよりも濃い匂いがした。
「もーそんな激しく動かないでよー。」
明るい声色で姫乃が言う。姫菜からは彼女の顔は見えないが、恐らく今の状況を楽しんでいるだろう。
姫菜は、姫乃の戯れていると、今までの鬱屈した気持ちが消えていくような気がした。
「お、おぉ……ま、まさかこんな物を見れるとは……。」
姫乃の胸元でもがく姫菜。二人から少し離れた場所から二人の写真を撮る一人の女子生徒がいた。




