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「では失礼します。お姫……姫菜さんによろしくお伝えください。」
「制服洗濯していただいただけでなく、服まで貸していただいてありがとうごさいました。後日また改めてお礼を兼ねてお返ししに来ます。ひーちゃんにまた来るとお伝えしていただけますか?」
「二人ともありがとう。姫菜にはちゃんと言っておくわ。夢華ちゃん、お礼なんて良いからいつでも姫菜と遊んであげてね。もちろんみさちゃんも。」
姫菜の母がシャワーを浴び終えた姫菜を寝かせると、そのまま夢華とみさは姫菜宅を出た。夢華は姫菜に会いたいと、少し渋っていたが、みさが話がある、と言うと、すぐに出た。
姫菜宅を出てから無言の二人。少し歩いていると、小さな公園が見えてきた。中では数人の小学生が走り回って遊んでいる。
「ちょっと寄ってかない?」
「なんで?」
「さっきの続き。貴女だって一方的に私にお姫に近づくなって言われて心中穏やかじゃないでしょう?」
「えぇ、はらわた煮え繰り返ってる。」
「まぁ、ベンチにでも座って。」
「……。」
みさがベンチの隅に座り、提案した。夢華は無言でその指示に従った。夢華は反対の隅に座り、人一人分のスペースが空いている。少し離れたところでは、小学生達の楽しそうな声がしていた。
その後、数分の沈黙が続いた。少し離れた場所から見ても険悪な雰囲気であることが分かった。
「ねえ、早くしてくれない?私も暇じゃないの。ひーちゃんのことじゃないなら帰らせてもらうわ。」
痺れを切らした夢華がみさに言った。夢華の足は貧乏ゆすりによって揺れており、苛立っているのが目に見えて分かる。
「ひ……って……うな。」
ぼそぼそと小声を出すみさ。
「……え?」
聞き取れない夢華が聞き返すが、みさは気にせず口を開いた。
「……そうだね、私も貴女と二人きりなんてこれ以上耐えられないからね。」
「さっきも言った通り、お姫には近づかないで。」
みさが続けて言う。
「なんで?貴女に関係ないでしょ?」
「今あの子は不安定なの。だからストーカーが近くにいたら壊れちゃう。分かるでしょう?」
「ストーカーじゃないっ!私はひーちゃんの友達だ!」
夢華が怒鳴り声をあげ、立ち上がる。そして、みさの胸倉を掴み、詰め寄る。みさは全く臆することなく夢華を見つめている。
「……そう思ってるのは貴女だけかもよ。もうお姫を困らせるのは止めて貴女だって分かってるでしょ、自分がお姫に依存してるって……。」
凜とした顔とは裏腹に、みさの声が震える。夢華の目に映る彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「……っ!」
みさの様子がおかしいことを感じた夢華は再びベンチにどかっと座る。
「納得はしてないけど、ひーちゃんが今傷ついているのは事実。貴女の言う通り一人にしておいた方が良いのかもしれない。でも二、三聞かせて……。」
「なに?」
目を擦り、涙を拭うみさ。ズズッと鼻をすすっていた。
「貴女、私より先にひーちゃんの家に向かってのよね?」
夢華の質問に、無言で首を縦にふるみさ。肯定の意味だ。
「ならなんで私達が黒猫の死体持ってった時に慌てなかったの?」
「……。」
「普通……私も貴女も普通の……というのは些かおかしいかもしれないけど、女子中学生があんなもの見たら、何かしらのリアクションがあると思うんだけど……。」
「……。」
「なら、もう少し具体的に私が聞きたいことを言うわ。……あの猫、貴女が……。」
「違うっ!私があの子の傷つくようなことするわけないでしょ!」
夢華の言葉を遮りみさが大声を張り上げた。突然のことに、夢華は一瞬ピクッと反応し、遊んでいた小学生達も何事かと驚いた。しかし、すぐに遊び始めた。
「分かった、じゃあ貴女が仮にあの猫を殺してないとして、なぜ貴女が知っていたの?」
「そ、それは……。」
言い淀むみさ。
「……知ってたのは否定しないのね。」
ギロッと睨む夢華。しまった、カマをかけられたのか、みさがそう理解した時には遅かった。
夢華はみさが思うよりも冷静で、一方のみさは、夢華が思うよりも焦燥していた。
再び静かになった。話を止め、静かになったので、少し離れたところで遊ぶ子ども達の声が妙に大きく聞こえた。
「あれ?みさっちと白河さんじゃん。」
二人を呼ぶ声が耳に入った。百合だ。
「ゆりりん……。」
「赤井さん……。」
「あ、あれ?もしかして私空気読めなかった?」
百合は、二人のただならぬ雰囲気に気づき、苦笑いになる。
たまたま通りかかり、声をかけたことにひどく後悔した。みさは涙目、夢華は目つきがやや悪く、少し息が荒い。何かいざこざがあったのは明白だった。
「興が削がれたわ、続きはまた今度に……。」
夢華はそう言うと、足早にその場から立ち去った。




