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「聞き間違いかしら、今貴女、ひーちゃんに近づくなって言った?」
みさを睨みつけたままの夢華。
「良かった、ちゃんと聞こえてたみたいだね。うん、そう言ったよ。」
みさは、夢華の迫力に臆することなく夢華を見つめ、淡々と話す。
みさの言葉を最後に睨み合いが続く。どちらも何の言葉も発さず、物音一つ立てない。少し離れた場所の浴室のシャワーの音だけが僅かに二人の耳に入っていた。
「ふぅ、夢華ちゃん、良かったらお風呂入ってい……あら、どうしたの、二人とも?」
汗を拭いながら姫菜の母が睨み合う二人のいるリビングに入ってきた。それにより、空気が変化した。
「……いただいて良いですか?」
「えぇ。」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて……。」
きっちりと頭を下げ、礼をする夢華。みさはもはや夢華のことは見ておらず、ズズズと、ストローで少なくなったジュースを勢い良く吸い上げていた。
「あの、図々しいお願いだとは思いますが、その、下着と替えの服をお借りして良いですか?」
その夢華の言葉にみさは腹わたが煮えくり返る思いだった。
「えぇ、ちょっと待っててね、新品があったと思うから持ってくるわ。」
姫菜の母は、そう言うと、そそくさとリビングを後にした。
「あ、あの、ひーちゃんの使った物で大丈夫……なん、ですけど……。」
夢華が慌てて言った時にはすでに先ほどまで睨み合っていたみさしかいなかった。
「ふふ。」
「……なに?」
「いえ、別に?早くシャワー浴びに行ったら?」
ニヤニヤするみさ。そんなみさに舌打ちし、夢華はリビングから出て行った。その後、廊下で会った姫菜の母に本来姫菜が着るはずであった新品の着替えを貰った。
「……その、今日はありがとうね。」
姫菜の母は、リビングに戻ると、開口一番みさへ礼を述べた。その顔は、俯き加減でみさからはあまりよく見えなかったが、どんな顔をしているかは容易に想像すらことが出来た。
それは、姫菜を引きずりながら夢華が来るおよそ一時間前のことだった。みさが先に姫菜宅に来ていた。
「はじめまして、私、姫菜ちゃんの友達の真亀みさです。実はお願いがあって来ました。」
「……お願い?えっとごめんね、あの子まだ帰って来てないのよ。良かったら中で話聞くわ。」
こうして、みさは姫菜の帰りを姫菜の自宅で待つこととなったのだった。
「えっと、それでお願いってのは?」
夢華以外の姫菜の友達が来たことがなかったため、声色がやや高くなった。みさには、嬉しさが隠しきれていないように見えた。
「はい、その……多分今日お姫……じゃなかった、姫菜さん凄いショック受けて帰って来ると思います。出来れば何も言わずに迎え入れてあげてくれませんか?」
「……えっと……。」
いまいちみさの言わんといていることが分からない姫菜の母。
「すみません、私からはこれ以上は言えないんです。」
「その、一つ確認なんだけど、姫菜はいじめられているというわけでは……。」
先ほどとは打って変わり、心配そうに眉を垂らす。
「いえ、それはありません。……その、姫菜さんには私達仲良くさせてもらってます。そんなものは、一度も見たことありません。」
「そう、良かったわ。あの子友達少なかったから……。これからもあの子をお願いして良い?」
「はいっ!」
みさの言う通り、姫菜は精神的に衰弱して帰宅した。夢華に支えてもらいながら戻って来た時は、助けてもらえる子がいるという安心感、みさの言った通りに弱り切っている我が子を見てしまい、何が起きたのかという不安感が同時に襲ってきた。黒猫の死骸を大事そうに抱えている姫菜の目は真っ赤になり、焦点が合ってないように見えた。
みさの言った通り、姫菜に何も聞かずにシャワーを浴びさせた。
「ほら、一人で服脱げる?」
「……。」
「何があったかは姫菜自身の頭の中の整理がついたらで良いわ。」
立っているのがやっとで、自分で制服を脱げない姫菜の代わりに彼女の服を脱がせる。
「ごめん……なさい……。」
「もう、泣かないの!お友達来てるんだから。」
泣き出す姫菜を強く抱きしめると、そのまま優しく頭を撫でた。母よりも大きく成長したとはいえ、まだ中学生の姫菜は、母の胸の中で微かに震えていた。




