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19

夢華と別れた姫菜。夢華が来るまで少し時間があるだろうと思い、ポチに会いに行くことにした。



「ポチー?おーい、来たよー?」

いつも通り、ポチがいる場所に着くと、姫菜はポチを探し始めた。


「ポチ……?」

妙だった。いつもなら、姫菜の声を聞くと、どこからともなく現れたポチが、今日は来ない。


妙な臭いがする。姫菜が嗅いだことのない鼻をつくきつい臭いだ。今までこの場所で、こんな臭いがしたことはなかった。


胸騒ぎがする。何か悪いことが起きている。姫菜は冷や汗が止まらなかった。明日から夏休み。そんな日に外に出ているのに、姫菜は震えが止まらなかった。



それが死臭だと分かったのは、すぐのことだった。目の前には酸素に触れ、赤黒くなった血がアスファルトの地面に広がっている。その中心に、ポチが、ポチだったものが横たわっていた。夏の日差しに焼かれ、強烈な臭いを放つそれに、ハエがたかっていた。


「ポチに触れるなーっ!」

発狂にも近い姫菜の叫び。スクールバッグを振り回し、ハエを追い払う。


ハエは、一時的には離れたが、息を整えるために姫菜が休むと、再びポチの死骸に群がった。そのため、姫菜は何度も呼吸を乱しながらスクールバッグを振り続けた。何度もなるうちに、腕が上がらなくなり、吐き気が込み上げてきたところで膝から崩れ落ちた。


「なんで……なんで……。」

涙と鼻水まみれでポチの死骸に呟く。


「ポチ……。」

姫菜は、力の入らない身体に鞭を打ち、四つん這いでなんとかポチの死骸の元へ行くと、そのままそれを抱きしめた。


鼻を刺す鋭い死臭がより一層強くなり、ハエの羽音が耳元で聞こえた。姫菜の制服が、ポチの血と、先ほどは見えなかったが、避けていた腹部から漏れ出た内臓によって汚れた。それでも姫菜は気にせず抱きしめていた。



「……ひーちゃん?ひーちゃん!」

姫菜の後ろから叫ぶように姫菜を呼ぶ声がした。駆け寄ったそれは、夢華であった。姫菜の自宅へ向かう途中で姫菜の叫び声を聞き、心配になり姫菜を探していたのだ。


「し、白河さん……。」


「ひーちゃんどうしたのっ!?……こ、これ……。」

姫菜が抱えていた物を見て夢華は驚いた。以前、姫菜とともに会った犬猿の仲であった黒猫の死骸であったからだ。


「ポチが……ポチが……。」

姫菜が嗚咽交じりに夢華に訴えた。その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃであったが、そのボロボロな姫菜に劣情を抱いてしまった。


「と、とにかくひーちゃんの家に行こう。……立てる?手貸すよ?」

自身の中に渦巻く醜い感情をぐっと堪え、姫菜に手を伸ばす。堪えられたのは、周囲を漂う死臭のおかげかもしれない。この不快感が劣情に勝ったのだ。


「うん……。」

ポチを抱えながら立ち上がる姫菜。途中ふらっとしながらもなんとか立ち上がり、歩き出すことが出来た。


姫菜は夢華の手を掴むことはなかった。



「その、あの、猫……猫どこかに置いていかない?」


「……。」


「ひーちゃん?」


「……。」

夢華の声が耳に届いていないのか、まるで反応のない姫菜。姫菜の自宅とも、夢華の自宅とも違う場所へ向かおうとしていた。


「ねぇ、ひーちゃん。」

夢華が腕を掴むと、姫菜はその腕を払い歩き続けた。


「一回ひーちゃんの家に戻ろう?ね?」


「……。」


「……力づくで行くけど文句言わないでね。」



「……や、やっとついた。」


結果は夢華が姫菜を力づくに姫菜の自宅へ引っ張った。運動神経も、筋力も雲泥の差のはずであったが、夢華は思いの外苦戦した。汗で髪と制服がくっつき不愉快であった。少しついたポチの血がさらに不快感を増長させた。


「シャワー浴びたい……。」

夢華はそう独り言を漏らすと、インターホンを鳴らす。


少しして、姫菜の母がやってきた。初めは姫菜の姿、そして、彼女が抱えている猫の亡骸にぎょっと目を見開いたが、すぐさま二人を家の中へ入れた。その際、ポチの死骸は新聞紙に包まれ玄関の隅に置かれた。



「ごめんなさい、夢華ちゃん、この子を先にお風呂に入れてきて良いかしら?」

姫菜を支えながら姫菜の母が言う。自分の服が汚れるのも気にせず姫菜をしっかりと抱きしめ支えていた。


「はい、あ、すみません、制服汚れちゃってて……。」


「うん、洗濯しておくわね。代わりに何か姫菜の服を着ててもらっていい?」


「っ!?はい、是非!」

夢華は、姫菜の服というフレーズが出た途端身体が反応し、ピクッと動いた。姫菜達の姿が見えなくなると、小走りで姫菜の部屋へ向かい、なるべく何度も着たであろう服を探し、見つけると何の躊躇いもなく着た。


夢華がリビングに向かうと、先客がいた。


「……で、なんで貴女がここにいるの?」

夢華の声は、先ほどとは打って変わり、抑揚のない低いものになった。


夢華の目の前には、ストローを使い、オレンジジュースを飲んでいるみさがいた。彼女は、ソファーに全体重をかけるように座り、くつろいでいた。


「……まぁ、ちょっとね。」


「……ひーちゃんの猫、まさか貴女が殺したの?」


「なにそのぶっ飛んだ話、意味分かんないんだけど。……そっかやっぱもう死んでたのか。」

悲しそうに俯くみさ。


「……もう一回言うんだけど、貴女なんでいるの、ここはひーちゃんの家なのよ?」


「まぁそんな瑣末なことはどうでもいいじゃん。私が用があったのは白河さん、貴女。まどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言うね。貴女、もうお姫に近づかないで。」

夢華を睨みつけるようにみさが言った。

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